彼には、”記憶をいじる”力があったー。
他人の悩みや辛い記憶を消して、
周囲を助けながら生活をしていた彼ー。
そんな、不思議な力を持つ男の物語ー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大学から帰宅した彼は、
溜息をつくー。
「ーーふぅー。今日も疲れたー」
そう呟きながら、彼は自分の手を見つめるー。
程なくしてスマホが鳴り、
彼がスマホを確認すると、
そこには”さっきはありがとうーおかげで楽になったよー”と、
そんな言葉が表示されていたー。
同じ大学に通う幼馴染・沢口 沙羅(さわぐち さら)からのメッセージだ。
”どうしたしましてー”
そんな返事を送ると、彼は今一度ため息をついたー。
”どうして、俺にはこんな力があるんだろうー”
自分の右手を見つめながらそう呟く彼ー。
彼には”力”があったー。
他人の記憶を”消す”
そんな力がー。
彼はその力のことを”記憶の消しゴム”と呼んでいたー。
妙に子供っぽい名前なのは
彼自身が小学校に通い始めたばかりの頃にこの力に気付き、
その時に名前をつけたからだー。
「ーーーははー…我ながら、単純な名前だなー」
そう呟きながら、窓の外を見つめる
山岡 明人(やまおか あきと)は、自虐的な笑みを浮かべたー。
今日は、幼馴染の沙羅からある相談を受けたー。
それがー、
”失恋の相談”だったー。
沙羅は同じ大学に通う先輩のことが好きで
先日告白したものの、振られてしまい、酷く落ち込んでいたー。
そんな沙羅から今日、頼まれたのだー。
”ーねぇ、わたしの”記憶”消してくれないー?”
とー。
”先輩への想いを全部忘れて、楽になりたい”
とー。
明人は、そんな幼馴染の顔を見ながら
静かに頷くと、右手を沙羅にかざして、
”先輩に対する想い”を全て消したー。
綺麗さっぱりとー。
先輩への想いを削除された沙羅は、
元気を取り戻し、こうして今、お礼のメッセージを
送って来たのだったー。
「ーーー…」
明人は少しだけ寂しそうに笑うー。
”この力”のことを知っているのは沙羅だけー。
小さい頃、沙羅は同級生の男子からいじめを受けていて、
”そいつら”から、あらゆる記憶を奪い取って、
沙羅へのいじめをやめさせたー。
まだ”子供”だったから加減が分からなかったー。
”全部忘れろ”と、全ての記憶を消してしまったことで、
沙羅をいじめていた男子は、”廃人”のようになってしまい、
今でも、社会復帰することが出来ていない状態だと聞いているー。
沙羅を助けるためだったとは言え、
”そうなってしまった”ー、そのことを明人は酷く悲しみ、後悔しー、
そして、幼馴染の沙羅に打ち明けたのだったー。
その時、沙羅は驚きながらも明人のしたことを受け入れてくれて
助けてくれたことに改めて感謝した上で、
”いっしょに罪を償っていく”と、その秘密を
共に背負ってくれているー。
「ーーーーー」
そんな、沙羅との過去の出来事も思い出しながら、
明人は苦笑いするー。
明人は昔から”沙羅”のことが好きだったー。
けれど、この想いが届かぬ思い出あることは分かっているー。
沙羅は、明人のことを”大切”にしてくれてはいるー。
けれど、その”大切”は、幼馴染としての大切で、
沙羅の中には”明人を恋愛対象として認識する”ということは
全くない様子だったー。
今回も、”沙羅が片思いしていた先輩”に、沙羅が振られたことに
少しだけ安堵の表情を浮かべてしまった明人ー。
前に、一度だけ”俺以外を忘れろ”と沙羅の記憶を消して、
沙羅を自分のものにしようとー…
そんな、悪魔のようなことを考えてしまったことがあるー。
だが、その日ー、
明人は”想像してしまった”だけでも、死ぬほど後悔して、
それ以降もずっと、沙羅の幼馴染として生きて来たー。
”ーーー”
がー、今日は少しだけ”期待”もしてしまっていたー。
幼馴染の沙羅は、今、失恋している状態ー。
もし、今、告白すればー、
もしかしたら沙羅は振り向いてくれるかもしれないー。
一瞬、そんな風に思ってしまったのだー。
「ーーーはは…無理に決まってるのにー」
明人はそう言いながらも、ソワソワしつつ
そのまま静かにため息をつきながら、
沙羅にメッセージを送り始めたー。
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翌日ー
「ーーーう……嘘だろー……?」
明人は、呆然としながら
その場に立ち尽くしていたー。
沙羅に告白しようかどうか考えてー、
結局告白しなかった明人ー。
だが、その翌日となる今日ー、
”沙羅が遺体で見つかった”という連絡を受けたのだー。
「ーーそんな………沙羅…どうしてー?」
運び込まれた先の病院で、沙羅の亡骸を前に、
涙をこぼす明人ー。
「ーー…沙羅……… 沙羅…!」
悔しそうにそう言葉を口にする明人ー。
沙羅は今朝、遺体となって発見されたー。
頭を打ち付けているだけではなく、
その身体には暴行されたような跡があり、
犯人は現在調査中だー。
「ーーー……なんでだよー…沙羅ー」
沙羅の亡骸を前に、涙をこぼしながら、
何度も何度も沙羅の名を呼ぶ明人ー。
けれどー……
沙羅が明人の呼びかけに答えることはなかったー。
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帰宅した明人は、
呆然と、沙羅と二人でかつて撮影した写真を見つめるー。
もちろん、”幼馴染として”撮影した写真であって、
二人は恋人同士ではないー。
「ーーー…」
大きくため息をつく明人ー。
”こんなことになるなら、告白しておけば良かったなー”
明人は苦笑いしながら、写真の沙羅を見つめるー。
まさか、こんなお別れになるとは思わなかったー。
恋人同士になることはできなかったとしても、
幼馴染として、まだまだこの先も一緒の時間を
過ごしていく、とそう思っていたー。
こんなにー、
こんなに早く別れの時が訪れてしまうのならば、
昨日、告白しておけば良かったー。
そう思いながら、明人は
後悔しても、後悔しきれない思いを抱きつつー、
悲しみに暮れるのだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その数日後ー。
明人は、大学で後輩の女子から呼び出されていたー。
「ーー先輩のこと、ずっとずっと、好きでしたー」
そんな風に”告白”された明人ー。
タイミングの悪いこと、と言うのは
重なるものなのだろうかー。
好きな人を失った数日後に、
間が悪く告白されたー。
同じサークルに所属している後輩の女子・啓子(けいこ)ー。
それなりに可愛い子だし、性格も悪くないし、
もし、こんなことが無ければ付き合っていたかもしれない。
しかし、どうしても付き合う気分にはなれずー、
明人は告白を断ったー。
「ーそ、そんなー…せ、先輩ー…!
わ、わたし、諦めませんから!」
そんな言葉を口にする啓子ー。
「はぁ~…」
明人はため息をつきながら、やむを得ず、右手を
後輩の啓子にかざすと「俺のことは忘れてくれ」と、
そう言葉を口にしたー。
啓子は急にきょとんとした表情を浮かべると、
「ーーあ…ど、どうもー… あれ?」と、
今まで自分が何をしていたのかも忘れたのか、
そう言葉を口にすると、
「ーーなんでわたし、真っすぐ帰らず寄り道したんだろう?」と、
不思議そうにしながらそのまま立ち去って行ったー。
「ー悪いな…今はそんな気分じゃないから、さー」
明人はそれだけ呟くと、
自分もそのまま大学から家に向かって帰ろうと歩き出すー。
がー、
その時だったー。
「ーー山岡 明人さんですねー」
スーツ姿の男が、突然目の前に姿を現すー。
明人は一瞬警戒したものの、その男が
警察手帳を取り出したために警戒を解いて、
「あ、警察の方ですかー」と、頭を下げるー。
「ーー沢口 沙羅さんの事件の件で
お聞きしたいことがあるのですが、
よろしいでしょうか?」
その言葉に、「ええ」と、答える明人ー。
明人としても、沙羅を殺した犯人を突き止めることができるのであれば
協力は惜しまないー。
すると、警察官は”沙羅が死亡した日”の明人の行動を
確認し始めたー。
「え?あー…当日は家にいました。
特に外出はしていないのでー」
明人がそう言うと、警察官は「それを証明できる者はいますか?」と
そう言葉を口にしたー。
「ーー…え…いえ、一人暮らしなので、
証明…と言われるとなかなか…
ただ、ずっと家にいたので、それは間違いありません」
明人がそう言い切ると、警察官は少し困惑したような表情を浮かべながら
「ーー沢口 沙羅さんが殺害されたあの日ー、事件現場周辺のカメラに
あなたらしき人物が映っているのですがー」と、
そう言葉を口にするー。
「ーーえ?
いやいやいや、それはありません。人違いです。
家の中にずっといましたから」
明人がそう言い放つー。
警察官は疑いの目を向けながら、
明人の方を今一度見つめると、
「ーー分かりました。それでは失礼します」と、その場は一度引き下がったー。
困惑する明人ー。
”なんだよ、俺まで疑ってるのかよ”
不満に思いながらも、明人は帰宅すると、大きくため息をついたー。
が、その数日後のことだったー。
警察官が再びやって来るー。
「ですから、俺は家にー」
明人がうんざりした様子で顔を出すと、
警察官は”逮捕状”を明人に見せつけると、
そのまま「同行願えますか」と、そう言葉を口にしたー。
「ーは?いや、え?何でですか!?えっ!?
俺が沙羅を殺すわけないじゃないですか!!」
明人が言い放つー。
だがーーー
警察官は、当日の夜出かけていく明人の姿ー、
そして、明人の指紋のついた手袋が発見されたと言い放ったー
「う、嘘だ!そんなこと!!あるわけないです!
何かの間違いです!
俺は、沙羅を殺してない!
身に覚えがーーーーー!」
明人はそこまで言いかけると、
”ある可能性”が頭の中に浮かび、恐怖し、言葉を止めたー
”ーーー俺…まさかー…
いやー、そんなはずはーーー”
明人は、恐怖を感じながら警察官にそのまま連行されていくとー、
パトカーの中で頭を抱えたー
”俺ーーー……いや、そんなこと、ないよなー?”
明人は震えたー。
それはーーーー
”ある可能性”に自分自身、たどり着いてしまったからだー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幼馴染の沙羅が死亡した当日ー。
”沙羅が好きな先輩に振られた今なら、チャンスがあるんじゃ?”
そんな風に考えた明人ー。
「ーーーはは…無理に決まってるのにー」
明人はそう呟きながら、ソワソワしつつ
そのまま静かにため息をつきながら、
沙羅にメッセージを送り始めたー。
それはー、
沙羅に”大事な話がある”と沙羅を呼び出すメッセージだったー。
そしてーーー
明人は、沙羅に告白したー。
「俺ーーずっと、沙羅のこと好きだったんだー」
とー。
しかしー、沙羅は戸惑いの表情を浮かべながら
「ーごめん。わたし…明人のことはーー
大事な幼馴染としてしか見れないー」と、そう言葉を口にしたー。
「ーーーそ、そっかー…な、なら少しずつー」
明人は、苦笑いしながらそう言い放つー。
がー、沙羅は「ごめんー。明人と付き合うことはないと思うー」と、
ハッキリと言い放ったー。
”そんなハッキリ言わなくてもいいのに”
そう思った明人は、いつの間にか感情的になり始めていたー。
「ーー小さい頃だって、俺が守ってやっただろ!?」
そんなことまで言い始める明人ー。
沙羅も、明人から色々言われて口論に発展してしまうー。
そしてーーー
最後には喧嘩になって、沙羅に”化け物”と言われてしまったー。
”記憶の消しゴム”ー
そんな、得体の知れない力を持つ明人は化け物だとー。
もちろんー、沙羅もずっとそんな風に思っているわけではなかったー。
けれど、急に告白されて、断ったら文句を言われて、
罵倒された沙羅は、ついカッとなって”化け物”と言い放ってしまったー。
”化け物”と言われた明人は、気付いた時には
沙羅に暴力を振るっていたー。
我を失い、怒りに任せて”何でそんなことを言うんだよ!”と、声を上げる明人ー。
そしてーーー
気付いた時には、転倒した際にコンクリートに頭を打ち付けた沙羅が、
目を見開いたまま血を流して死んでいたー。
「ーうっ…うわああああああああああああ!」
悲鳴を上げてその場から逃げ出す明人ー。
家に駆けこんだ明人は、荒い息を吐き出しながらーー
”消しゴム”を使ったー。
自分の”手”の能力ー。
記憶を消す力を、”自分に”使ったー。
”今日、沙羅に告白したこと”もー、
”沙羅を殺してしまったこと”もーーー
消したーーー
・・・・・・・・・・・・・・・・・
パトカーの中で
”本当にあったこと”は思い出せないながらも、
”その可能性”に感づいた明人は、
目から涙をこぼしていたー。
”多分ー俺がやったんだー”
消した記憶は戻らないー。
けれどーー
多分、そうだー。
明人はそう思いながら、
いつまでもいつまでも、涙を流し続けたー
おわり
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コメント
一度思いついて、イメージ画像(ツイッターなどで載せているもの)まで
作ったのですが、お蔵入りにしていた作品でした~!☆
でも、私の記憶から消えちゃう前に
こうして無事に皆様にお届けすることができました!笑
お読み下さりありがとうございました~!☆
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