<憑依>妻は元アイドル①~暴走する元ファン~

妻は、数年前に現役を引退した元アイドルだったー。

現在は、家庭を持ち幸せに暮らす夫婦。

しかしー、そこに
”アイドル時代のファンの男の影”が迫っていたー!

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柚本(ゆもと)家ー。
夫婦と、一人娘の三人家族で暮らしているその家では、
今日もいつものような”穏やかな時間”が流れていたー。

「ーー希海(のぞみ)ー、
 来週だけど、遊園地か動物園って言ってたやつ、
 奈々子(ななこ)どっちがいいのかな?」

夫の泰治(やすはる)が、穏やかな表情で
妻の希海に尋ねるー。

現在、20代後半に突入している希海は、
以前は、アイドルとして活動していて、
ファンも多く存在する人気アイドルだったー。

中学生のころからグループで活動を始めて、
高校生、大学生と、アイドルとして、活躍してきたのだー。

大学卒業後、希海は引退を表明ー、
アイドルとしての生活に終止符を打ち、
幼馴染でもあった彼氏の泰治と結婚、
現在は普通の主婦として暮らしているー。

「ーーあ、う~ん、まだ迷ってるみたい」
希海が笑うと、泰治は「そっか」と、微笑むー。

アイドルを引退してから既に5年以上が経過しー
4歳の娘・奈々子もいるー。

しかし、
5年以上が経過した今でも、希海はとても可愛らしく、綺麗で、
今でも街を歩いていると、当時のファンから
声を掛けられたり、家族で買い物をしていても、
遠目から「あれ、希海ちゃんじゃない?」とか、
ヒソヒソ話をされることもあったー。

夫の泰治は
”希海があまりアイドル時代の話をされるのが好きじゃない”
ということを理解し、
家では、かつての希海の話はなるべくしないようにしていたー。

元々、泰治は希海の幼馴染で、
希海が”アイドルだから”好きになったわけではないし、
今はもう、アイドルは完全に引退し、芸能界も引退しているー。

希海自身も、もう”アイドルとして見られること”は、
望んでいなかったし、泰治もその意思を尊重していたー。

「ーーははは…まぁ、奈々子ぐらいの年頃だと、
 どっちも行きたいし、迷うよなぁ…」

泰治はそんなことを言いながら楽しそうに
希海と会話を続けるー。

既に寝ている奈々子のほうを微笑ましそうに見つめながら、
「ーどっちでも行けるように準備しておくか」と、笑うと
希海も「うん」と、笑顔で頷いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーみ~つけた…」

不気味な暗い部屋ー。
ポテトチップスを片手でバリバリと食べながら
ニヤニヤする男は、
静かにそう呟いて、笑みを浮かべたー。

男の部屋には、
”アイドル時代の希海”の写真が
びっしりと貼られているー。

それだけじゃないー
希海のグッズや、希海が所属していたグループのCD各種、
ライブイベントで購入したと思われるグッズー、
さらには希海が現役だった時代に開催された
サイン会で入手した希海のサインー

男の部屋には、現役時代の希海の
”あらゆるもの”が詰め込まれていたー。

「ーーーのぞみちゃん、み~つけた… えへへへ」

アイドル時代、希海は”のぞみ”表記で、活動していたー。
男にとって、”のぞみ”は”希海”ではないー。

上林 憲彦(うえばやし のりひこ)ー
彼は、”のぞみ”の熱狂的ファンだー。
のぞみがデビューした当時、のぞみに一目ぼれをし、
以降、アイドル・のぞみの熱狂的なファンとして
全力で応援してきた。

のぞみのイベントには、のぞみの顔がプリントされた
シャツを着て、電車に乗り、
堂々と”のぞみちゃんLOVE”と書かれたハチマキをまいて、
いつもイベントに参加していたー

のぞみ関連のイベントには全て参加し、
文字通り、のぞみに全てを捧げた熱狂的なファンー。

しかし、そんな彼はー
のぞみの”引退発表”の際に、絶叫したー。

アパートを追い出されるほどの勢いで、
大声で叫びー、
喉が潰れるまで”のぞみちゃん!”と叫び続けたー。

溢れる涙が止まらず、
トイレに入っている間も、お風呂に入っている間も、
コンビニで買い物をしている間も、
ずっとずっと涙を流し続けたー。

彼にとって”のぞみ”とは”世界”だったー。
のぞみが引退した、ということは
彼にとっては”世界の滅亡”と同じことを意味するー。

あれから5年以上ー、
憲彦は、毎日毎日、のぞみのことを妄想しながら抜いては、
のぞみの夢を見て、のぞみのポスターに毎日数百回のキスを
繰り返していたー。

そんな彼は、この数年間、
”もう一度”、のぞみちゃんに会うためにと
希海の居場所を探し続けていたー。

そして今日、”ついに”見つけてしまったのだー。
”希海”の居場所をー。

「のぞみちゃんー…今、会いにいくからねー…
 僕は、引退してもずっとずっとずっと、のぞみちゃんのファンだからー
 
 のぞみちゃんは、僕の永遠の推しなんだからー」

憲彦は、一人そう呟くと、
ポテトチップスをむさぼりながら、
「のぞみちゃあああああああああああああん!」と、誰もいない部屋で
一人、絶叫したー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「ーーー牛乳と、あとヨーグルトとお菓子と、
 明日の晩御飯もー

 色々あって、ごめんね」

希海が、仕事に向かう直前の泰治に対して
”仕事帰りに買ってきてほしいもの”と書かれたメモを
渡しながらそう言うと、
泰治は「はは、いいっていいって」と、快くそれを受け取るー。

「ーーじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃいー」

仕事に向かう泰治ー。

4歳の娘・奈々子の送り迎えの準備を始める希海ー。

奈々子は現在、幼稚園に通っているため、
その送り迎えだー。

「ーー奈々子~!そろそろ準備しないと~!」
希海が言うと、
奈々子は「は~い!」と、声を上げながら
バタバタと走り始めるー。

”ぐふふふふふー…”

希海は知らないー。
既に、”最悪の男”が、希海の家が見える範囲内まで
やってきていることにー。

送り迎えの準備が終わり、
奈々子を幼稚園に送っていき、
希海が、夫の泰治に頼んだものとは別の
重たい買い物を済ませて帰宅しようとしたその時だった

「ーーのぞみちゃんー」
家の脇から声がして、希海はビクッとしながら
その声の主を見るー

そこにはー
”LOVEのぞみ”と大きく書かれたシャツを着た男が立っていたー

「ーーーど…どちらさまですかー?」
希海が不安そうに呟くと、その男ー
希海の現役時代のファンである憲彦が
不気味な笑みを浮かべながら
「ーーへへへ…のぞみちゃんは、いつになっても可愛いなぁ」と、
近付いてくるー。

「ーーーあ!」
希海は、その男の姿を見て、ようやく思い出したー

”イベントにいつも来ていた人”で、あるとー。
しかも、この男、憲彦は希海が現役時代、
何度か問題を起こしていて、警備員につまみ出されていることも
あった男だー。

「ーーあ、あの…サイン下さいー」
憲彦はまるで”神”を目の前にしているかのように
目を輝かせながら叫ぶと、
希海は「ごめんなさいー」と、苦笑いしながら
「わたし、もうとっくに引退してしまいましたし、
 今はアイドルではないのでー」と、対応するー。

「ーーさ、サインがダメならー
 もう一度これ歌ってくださいー」
リュックから、希海が所属していたグループのCDを取り出すー

「歌って、あの時のように踊ってくれるだけでいいのでー」
憲彦がそう言うと、
「ーー現役の時はありがとうございましたー
 でも、今はもう…そういうことはできないので、
 本当にごめんなさいー」と、
希海は頭を下げて、部屋の中に入ろうとしたー

だがー

ガンッ!
扉に足を挟んだ憲彦が笑みを浮かべるー。

「ーー”のぞみちゃん”は結婚したんだってねぇー
 ”のぞみちゃん”はみんなのものなのに、僕、許せねぇや」

憲彦のそんな態度に希海は「そ、そういうこと言われても困ります!」と、
困り果てた表情で叫ぶー。

「ーー僕だって困るよー
 僕にとって、のぞみちゃんは”世界”だったんだー
 それを急に引退なんかしてー

 ほら、”お客様”だよ。
 僕の目の前で歌って踊ってくれよ

 あの時みたいに」

憲彦はそう言いながら、
勝手に希海の家の中へと強引に入って来るー。

「け、警察呼びますよ!」
希海はたまらずそう叫ぶと、
憲彦は何も気にすることなく、リュックから、
のぞみが現役時代によく着ていた可愛らしいアイドル衣装そっくりの
服を取り出したー

「ーほら!着替えて!」
家に勝手に入り込んできた憲彦がそう呟くー。

「ーーで、ですからわたしはもう引退したんです!」
希海が叫ぶー

「ーぐふふふふふ 困るじゃないかー
 勝手に引退なんかしてー
 勝手に家族なんか作ってー。

 のぞみちゃんは”僕たちののぞみちゃん”だー。
 この家の夫は、泥棒だ!
 絶対に許せないー」

その言葉に、希海は話が通じないと判断して、
警察に通報しようと、スマホに手をかけるー

だがー

「ーー裏切者…!!!」
と、突然、憲彦が叫びながら希海に突進してきたー。

手に持っていたスマホが吹き飛ばされて
音を立てて2階への階段の側まで転がっていくー

倒れた希海が恐怖の表情を浮かべながら
憲彦のほうを見つめるー。

「ーーどうしてだ…!どうしてのぞみちゃんは
 引退なんかしたんだー!

 僕は、僕たちファンは、ずっとずっと、のぞみちゃんのこと、
 大好きだったのに!」

憲彦が目に涙を浮かべながら叫ぶー。

”泣きたいのはこっちなのに!”
と、希海は怯えながらも怒りを感じて、
スマホの方に向かおうとするー。

しかしー
憲彦はそんな希海の腕を掴むと、
強引に希海を引っ張ったー

「ーやめて!何をするつもりなの!?」
希海が悲鳴に似た声を上げながら叫ぶと、
憲彦はニヤッと笑みを浮かべたー

「本当はこんなことしたくなかったんだけどー
 のぞみちゃんが、僕を裏切るなら、仕方ないやー」

その言葉に、希海はゾワッと、
心の底からの嫌悪感を感じたー

”乱暴される”
そう思ったー

しかしー
希海の直感は”外れて”いたー。

憲彦がしようとしていることは
”乱暴”などではないー。

”乱暴”よりもさらに恐ろしいー

”憑依”ーーー

「ーー!?!?!?!?!?!?」
希海の目の前で、突然倒れ込む憲彦ー

「ーーえっ…!?」
いきなり憲彦が倒れたことで、急病かと思い
「だ、大丈夫ですかー?」と、声を掛けるー。

自分を襲おうとした人間が相手とは言え、
目の前で急に倒れられると、やはり気味が悪いし、
そのままにしておくわけにはいかないー。

「ーーー…」
希海はすぐに先ほど階段の側に転がった
スマホの方に向かい、
警察への通報と救急車を呼び出そうとするー

しかしー
その時だったー

今までに感じたことのないような身体への衝撃を感じて、
ビクンと震えるとー

「うっ…!」と、うめくような声を発したー

「ーーーー」
しばらく意識が遠のいたかのような状態の希海はー
やがて、ニヤニヤと笑みを浮かべ始めたー

「ーーふふふふふふ… のぞみちゃんが
 僕たちファンを裏切るならー
 僕がファンを代表して、のぞみちゃんになるよー」

希海は、いつも出さないような低い声を出しながら、
不気味な笑みをニヤニヤと浮かべるー

「今日から、僕がのぞみちゃんだー」

希海はそう呟くと、
突然、服を脱ぎ始めて
自分で持参したアイドル時代の衣装そっくりの服に着替えたー

「ーー…」
鏡のほうを見つめた希海は、
クスッと笑うと、

「みんな~~!のぞみだよ~♡」と、
アイドル時代のポーズを取りながら、
満面の笑みを浮かべたー

②へ続く

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コメント

6月最初の小説は、
元アイドルの妻が憑依されてしまう作品デス~!☆

①は憑依されるまで中心でしたが、
②以降はたっぷりゾクゾクを楽しんでくださいネ~!

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憑依<妻は元アイドル>

コメント

  1. 匿名 より:

    良いですねぇ
    このダーク感たまらない!

  2. 匿名 より:

    確かに熱狂的なファンにとっては大好きなアイドルが引退して結婚したりするのは裏切りみたいに感じるのも無理はないかもしれませんよね。だからといって憑依されるのは理不尽すぎますが。