<憑依>妻は元アイドル~決着編~(後編)

アイドル時代のファンの暴走ー

憑依された元アイドルの妻ー。

そこから長い間続いた悲劇ー。
それが、ついに、終わりを迎えるー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

不気味な笑みを浮かべる希海ー。

娘の奈々子を助けるために、
一人暮らしの奈々子の家に向かった希海ー。

一時は、奈々子を正気に取り戻すことに成功しー、
10年以上にわたり、希海たちを苦しめ続けて来た
悪の根源でもあるファンの男・上林憲彦は
確かに消えたー。

しかしー…
希海は油断したー。

いや、誰だって、全部終わったと思うのは当然だー。

上林憲彦は、憑依を繰り返すうちに
”自分の魂を分裂させて、他人に植え付けること”で、
同時に何人にも憑依することが可能になっていたー。

奈々子の身体で、上林憲彦の本体は確かに消滅したー。

けれど、既に憲彦は奈々子が住んでいるアパートの
大家さんに”保険”として自分の分身を憑依させていたためー
本体は消えても、上林憲彦は健在であったー。

大家さんに憑依した”分身”が、さらに分身を生み出し、希海に憑依ー、
そして、奈々子も再び支配されー

今ーーー

「ーークククククー」
”帰宅”した希海は夫である泰治にも
”自分の分身”を憑依させようとしていたー。

上林憲彦の分身が入ったお茶ー
それを、何も知らずに泰治は手にするー。

「ーーーーー希海ー」
泰治がコップを口元まで運んで、ふと表情を歪めたー。

「ーーー」
希海は、泰治のほうをじっと見つめるー。

「ーーーーーー……どうして」

泰治が少し不安そうな表情を浮かべながら
希海のほうをじっと見つめるー。

「ーどうして、”いつもと逆”なんだ?」
とー。

「ーーーー逆?」
希海が表情を曇らせながら聞き返すと、
泰治は「コップ」と、コップを指さしながら笑うー。

今ー
机に置かれている2つの色違いの模様が入った
お揃いのグラスはー
希海が”上林憲彦”から解放されて、
希海と泰治が”再婚”した際に二人で再婚記念として
購入したグラスー。

同じ模様の色違いー。
二人はいつも、
赤い模様のほうを泰治が、青い模様のほうを希海が
使っていたー。

だがー
今はー

「ーーーーこれ、希海のだろ?」
泰治が言うー。

”青い模様”のグラスのほうを手に、泰治が言うと、
希海は「ーーわ、わたしの…?」と、意味が分からずに
表情を歪めたー。

泰治が何を言っているのか、
上林憲彦には分からなかったー。

希海から娘の奈々子に移動してー
泰治と希海が再婚したあとのことなど、
彼は、詳しく知らないのだからー。

「ーーーーーーー」
泰治が疑いの目を向けて来るー。

そしてー
流石に鈍い泰治も気づいたのか
言葉を口にするー

「ー”また”俺の妻をー」
泰治の怒りの形相に、希海は「な、な、何を言ってるの?」と、
とぼけるー。

「ーーとぼけるな!!!!」
泰治は怒りに震えていたー

そしてー
言葉を口にするー

「”いつから”だー?」
とー。

「ーーーー」
希海は狼狽えるような演技をしながら、
心の中で笑みを浮かべたー

”いつから”何て聞いてくると言うことはー
”昨日までは本当の希海だったこと”も
理解できていないー

”ーやっぱ、お前は鈍いやつだなぁ…
 そんなんで、のぞみちゃんと結婚するとかーー
 
 やっぱりー
 あり得ないなぁ…!”

希海は、ニヤッと笑ってから、突然コップを手に、
それを無理やり泰治に押し付けようとするー。

希海に押し倒される泰治ー。

「ーーなっ…!お、お前…!
 いい加減に…
 いい加減にしろ!!!!!

 希海から…いい加減に出て行け!!!!!!!!」

怒りの叫び声をあげる泰治ー

「ひひっ…ひひひひっ!
 それは僕のセリフだぁ…!
 いい加減に、僕の邪魔ばっかりしてしつこいんだよ!」

本性を現した希海は、そのまま泰治を
グーで殴りつけてー
苦しそうな表情も泰治にー
”上林憲彦の分身”を盛ったお茶を
口に押し付けたー。

「ーぐっ…が」
口の中に、上林憲彦の分身が含まれたお茶が入っていくー

「ひゃはははははははははは!
 これで、これでお前も”僕”だ」

希海が目をカッと開いて
狂気的な笑みを浮かべるー

「のぞみちゃんも、のぞみちゃんの娘も、
 お前もー
 全部、”僕”だー

 いいやー
 そうだー
 気に入った女は全部”僕”にしてやるー

 へへへへー
 そうだー
 のぞみちゃんに拘る必要もなかったんだー

 全部全部ー
 僕のお気に入りは、僕にしてやるーー!!!!」

その言葉と同時に、
泰治は自分の意識が薄れていくのを感じたー

これがーーー

”ーーー泰治ーーー”

”お父さんーーー”

薄れていく意識の中ー、
希海と奈々子の声が聞こえたー

気がしたー

・・・・・・・・・・・・・・・・

カッと目を見開く泰治ー

「ーーーなっ!?」
希海が表情を歪めるー

「俺は…俺は、お前なんかに、負けないー!」

薄れかけていた意識が急速に戻り、
上に覆いかぶさっていた希海を足で突き飛ばすと、
泰治は希海を逆に追い込み、
怒りの形相で睨みつけたー

「ーーー希海を、解放しろー」

泰治の言葉に、希海は「へへ…へへへー」と、首を横に振るー。

「ーーーーー」
泰治は悲しそうな表情で希海の方を見つめるー。

だがーーー

「ーーや…す……や、すはる…」
希海が突然、苦しそうに言葉を口にしたー。

そしてーーー

「ーーー…憑依した人を……け、せる薬がーーー
 そこにーーー」

希海は、苦しそうにそう言い放つー。

その言葉を聞き、泰治は咄嗟にその引き出しの方に
向かって行くー。

するとー
その中には
希海が上林憲彦本体を”消滅”させたのと同じ薬がー
置かれていたー。

「希海ー…これは?」
泰治がそう尋ねるもー、
希海はもう、再び上林憲彦の分身体に支配されて、
不気味な笑みを浮かべていたー。

「ーへへへへ…そんなモン、どうするつもりだよ?
 毒の薬かもしれないぞ?」

希海がニヤニヤしながら言い放つー。

だがー
泰治は、希海に託されたカプセル状の薬を
ぎゅっと握りしめるとー
「これを、飲ませればいいんだなー…?希海ー」と、
静かに呟いたー

何粒かあるが、分量が分からないー。
しかしー
それでもー
例え危険があってもーー
泰治は希海が言った言葉を信じてー
それを、希海の口に放り込もうとするー

必死で抵抗する希海ー

「ふざけるな!のぞみちゃんは、のぞみちゃんは僕のものだあああああ!
 のぞみちゃんはアイドルを引退しても、
 永遠に、永遠に、僕だけの…僕だけのものなんだあああああああああああ!!!」

大声で叫ぶ希海ー。

だが、泰治はそんな希海の口にー
”カプセル”を放り込むとー、
希海はもがき苦しみ始めてー
やがて、口から不気味な色の液体を吐き出しー、
そのまま、その場に倒れ込んだー。

吐き出された液体は、そのまま蒸発するようにして消えていくー。

「ーーー希海…希海!」
泰治が気を失った希海に慌てて声を掛けるとー、
希海は静かに目を覚ましー、
「ーーありがとうー」と、静かに微笑んだー。

「ーーあんな薬、いつの間にー?」
泰治がそう確認すると、
希海はその理由を説明したー。

万が一の時のために、色々捜しまわって
入手しておいたのだとー。

身体を起こす希海ー。

泰治は「そんな薬があるなんてー」と、
安堵の表情を浮かべながら、
「それにしても、あの男ー…本当にしつこいやつだなー」と、
困惑の表情を浮かべるー

「ーーでも、もう大丈夫ー
 これからはーー…これからは、やっとー」

希海の言葉に、泰治は頷くー。

”上林憲彦”に滅茶苦茶にされた夫婦の絆と
家族の時間ー
泰治・希海・奈々子の、本当の家族の時間は
これから始まることを泰治は確信して、
「ーー絶対に、希海のことも、奈々子のことも
 幸せにしてみせるからー」と、
改めて誓ったー。

もう、奈々子は大学生だし、
”普通の家庭”のような時間は送れないけれどー
それでも、家族としてできることは、あるはずだー

そう、思いながらー。

上林憲彦の分身体は、完全に消滅しー

時は流れたー

今まで苦労した分、まるで夢のようなそんな幸せな時間が流れー、
娘の奈々子は、大学で出会った彼氏と
大学卒業後に婚約ー、
今日は娘の晴れ舞台の日を迎えていたー。

奈々子の幸せそうな姿を見つめながら、
泰治は、隣にいる希海のほうを見つめるー

「こんな未来が待っているなんて、
 ホントに、希海が豹変して離婚することになっちゃった当時は
 夢にも思わなかったなぁ」

泰治がそう言い放つと、希海は微笑みながら
「泰治ってば、ホントにわたしのことイヤになって
 離婚してたんだもんね」

と、笑うー。

「ははー…本当にごめんなー」
泰治がそう言うと、希海は「もう済んだことだから」と
微笑みながら、娘・奈々子の晴れ舞台のほうを見つめるー。

ぐぅぅぅぅ…

「ちょっと~」
ふと、泰治のお腹が鳴ったのに気づいて、
希海が苦笑いすると、
「朝も食べたんだけどなぁ~ちゃんと」と
泰治が苦笑いするー。

「最近、食欲がヤバくてさー」
そんな泰治の言葉に、希海は「ーこのあと、料理も出るから我慢我慢!」と
笑ったー

何故だろうー。

食べても、食べても、食べても食べても食べても、
一向に空腹が収まらないー

何を食べても、
まるで食べていないかのように空腹が続くー

まるで、最初から何もー
食べていないかのようにー。

奈々子に子供が生まれてー
子供を可愛がってー
希海と一緒に幸せでー

それなのにー

何もーーーーー

「ーーーーふふふふふふふふ♡♡」
希海がニヤニヤしながらアイドル時代の衣装を着て
奈々子の前に立つー

「あ~!やっぱりもう、ババアじゃん~!」
奈々子がゲラゲラ笑いながらそう言うと、
希海は「こら!何がババアだ!」と、言い返すー

奈々子は「へへへーにしても、僕が奈々子ちゃんの身体で
良かったよぉ」と、笑みを浮かべるー

希海は「ほんとだよ!分身の癖に!」
と、叫ぶと、奈々子は「お前も分身だろ!」と笑うー。

あれから数か月ー

希海も、奈々子も、上林憲彦の分身に憑依されたままー

そしてー
父の泰治もー、だ。

憑依された人間は
”憑依されて身体の主導権を奪われた”という
過酷な現実に対して防衛反応が働くのか
”幸せな夢”を見るー

憑依されていた間の希海も、そうだったー。
奈々子のアパートに足を運んだ際、
希海は”きっと奈々子も同じ状況だから、早く助けないと”と、
そう、心に誓っていたぐらいだー。

泰治は、あの時、何もできなかったー

”ーーー泰治ーーー”
”お父さんーーー”

薄れていく意識の中ー、
希海と奈々子の声が聞こえたー

そんな、気がして
”憑依された希海”に”反撃”したあの瞬間からー
泰治はもう憑依されて”夢の中”にいたー。

だから、ご都合主義かのように、希海を正気に戻すことができたし、
”奈々子がまだ憑依されていることを知らない”泰治が見ている夢だからこそ
奈々子は何事もなかったかのように普通にしていたー。

泰治はー
上林憲彦の分身に乗っ取られてー
仲間たちと相談の上、一人、飲まず食わずで山の中を
徘徊していたー

「ーーくっそ~~~!……
 僕ものぞみちゃんの身体が良かったなぁ…」

やせ細った姿で呟く泰治ー。

「ーーーぐへへ…でも、僕をー
 いいや、”僕たちを苦しめた”こいつにはー
 山の中で餓死するって死に方がお似合いだもんなぁ」

泰治はニヤニヤしながら、山の中で、
ついに体力の限界を迎えて倒れ込むー

泰治がー
夢の中で、最近”空腹”に苦しんでいるのはー
身体がこうして、餓死させられようとしているからだー。

しかし、泰治は、それに気づくこともできないー。

気付くことができないままー
幸せな夢を見続けているー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーそろそろお父さん、死んだんじゃない~?」

笑いながら言う憑依された奈々子ー

「ーーえへへへ そうかもねぇ~~~
 僕からのぞみちゃんを奪った悪党にふさわしい最後だ!」

希海がそう叫ぶと、奈々子はクスッと笑うー。

「ーーさ~て、邪魔者もいなくなったしー…
 これからはもっともっと好き放題させてもらわないとなぁ…
 
 えへへへへー」

嬉しそうに希海がそう宣言すると、
希海と奈々子は、棚の上に飾られていた
泰治・希海・奈々子の写真を手にしてー
静かに囁いたー

「ー僕の勝ちだー…!
 のぞみちゃんも、奈々子ちゃんも、僕のものだー」

希海の手で、幸せな家族写真が破られていくー。

”決着”はついたー。

”悲劇”の終わりはー
その終着点は、
ハッピーエンドとは、限らないー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか悩みつつ、
頂いた感想や、その他色々を考えた結果、
無情なバッドエンドになりました~!

これでまた、私のダークイメージがついてしまいそうデス…笑

(※ちゃんとハッピーエンドの作品もそこそこあるので
 見たことがない人は探してみてくださいネ~!)

ここまでお読み下さりありがとうございました~!

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憑依<妻は元アイドル>

コメント

  1. 匿名 より:

    完全なバットエンドですけど、憑依された3人が幸せな夢を見てるのはせめてもの救いですかね?

    ところで泰治、弱いですね。女の身体の相手に力づくでいいようにされちゃうのはちょっと情けなさ過ぎません? それとも、妻の身体には暴力は振るえなくて、躊躇しちゃったんですかね?

    それにしても、希海は、結局、自分も含めて、娘も夫も救うことが出来ませんでしたね。
    ふたたび憑依された夢の中で、夢だということを自覚してるのかどうかは知りませんが、希海はアイドルになったことをきっと死ぬほど後悔しているのでしょうね。

    アイドルにさえならなければ、普通に幸せになれたはずでしょうし。

    • 無名 より:

      コメントありがとうございます~!

      希海に暴力を振るうことはできない…という想いは
      泰治の中にあったはずですネ~!
      また、決断力や判断力に欠けていて、
      優しい性格ですが、有事には弱い一面もあります~!
      (娘が憑依されたままなことにも気づいていませんでしたし…☆)

      アイドルにさえなっていなければ…
      この悲劇は少なくとも起きなかったので
      全く違う人生が待っていたでしょうネ…☆

  2. ムッシュ より:

    泰治が正体を見破った時点で乗っ取ったボディを総動員して数の暴力勝ちを狙うのを予想していたのですがまさかのタイマン勝負勝ち。
    憑依薬に身体能力を強化するタイプが欲しい。美少女に憑依しても男の腕力を捨てたくない。

    女の細腕のまま腕力はむしろ強化されているチートタイプないかな?って
    例、握力80キロ男性が握力20キロの女性に
    憑依すると見た目が変わらないまま握力100
    キロになるスーパーウーマン気分を味わえるとか。
    今回の勝敗は、嫌がる男の口に無理矢理女が
    液体を放り込むとか強過ぎだろ?
    まさか自分の妄想通りの身体能力強化タイプ
    あったの?って思いました。

    • 無名 より:

      コメントありがとうございます~!☆

      能力が強化される憑依…☆
      それも面白そうですネ~!
      いつかチャレンジしてみるかもしれません…☆

      今回は単に妻が相手なので、彼が本気で
      反撃することを躊躇している間に、
      やられてしまった…という設定でした~!