彼女は、この時代に生きる人間じゃない、
そんなことは分かっていたー。
けれど…。
彼女に憑依したくノ一の魂との別れのときー。
くノ一、完結です!
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木々が風に揺られている。
桜の花びらが舞い落ち、
地面をピンク色に染めていく。
「--今、なんて…?」
圭吾が言う。
愛衣は繰り返した。
「お別れだ」
と。
「--お、お別れって…
ど、どういうことだよ!」
圭吾が叫ぶ。
愛衣は淡々と続けた。
「私はもう、還るー。
ここは、わたしのいるべき時代じゃない。
この女の身体から抜け出すための忍術を使って、
わたしは元の時代に帰る」
愛衣の中に憑依しているくノ一は
そう言いながらも思う。
”嘘だー”
と。
”帰る”場所なんて、もう無い。
時はもう流れた。
あの時代に帰る方法なんて、ない。
この身体から抜け出せば、
自分は消滅することになるだろう。
殿や、あの時代の皆が待つ世界に、
逝くことになるのだろう。
「ど…どうして…!
僕はまだ、君と一緒に居たいよ…!」
圭吾が涙を流しながら叫ぶ。
「--ぬるい時代に、飽きたのだ。
この時代は、わたしには合わぬ」
愛衣が目を逸らしながら言う。
「---そ、それだけの理由で…!」
圭吾が叫ぶ。
「---それに、お前みたいなよわっちいヤツは
好かぬ!男らしさのカケラもない!」
愛衣は、桜を見つめながらそう言った。
「---ねぇ…」
圭吾は口を開く。
「こっち向いて話せよ!
わかってる!君が目を逸らしてるときは
僕にウソをついているときだ!
数か月も一緒にいたんだから、そのぐらい、分かるよ!」
圭吾が言うと、
愛衣は、圭吾の方を見た。
その目にはー
涙が流れていた。
「---ーー変なところには鋭いんだな…」
愛衣が涙を流しながら言う。
「---帰るって…
それってさ、死ぬってことだよね」
圭吾が言うと、
愛衣は首を振った。
「--わたしは、お前と出会えて本当によかった。
わたしは元々、あのとき、死ぬはずだった女だ。
だから…いいんだ。
たった数か月だけでも、今の世の中を
見ることができて、私は幸せだ」
愛衣が寂しそうに言った。
「--だめだよ!僕には君にずっといて欲しい!」
圭吾は空を見つめる。
「--愛衣のことなんてどうだっていいんだ!
僕は君とー!」
「--ウソをつくな!」
愛衣が叫んだ。
「--お前も同じじゃないか」
愛衣が笑う。
「--私にウソをつくときは、
目を合わせられない」
指摘されて、圭吾は顔を赤らめる。
「--本当は、この女のこと、
誰よりも大切に想ってる。
そうなんだろう?」
愛衣が言う。
圭吾は、事実を指摘されて、涙を流すことしかできなかった。
「--わかってる。
私に気を使わせないために、
そう振る舞ってたのは。」
愛衣が圭吾に近づいて、ほほ笑む。
「本当は、会いたいんだろう?
…この女に」
愛衣がそう言うと、
圭吾は泣いたまま頷いた。
「うん………
で、、でも、僕が、僕が必ず
君と愛衣がどうにか二人とも
人生を送れる方法を考えるから」
圭吾が言うと、
愛衣は首を振った。
「そんな都合の良い方法は無い。
消えるのは、わたしだ」
そう言うと、愛衣は、悲しそうに微笑んだ。
「……ねぇ、わざわざ死ぬ必要なんてないよ!
ねぇ、僕の前から消えないでよ…!
僕、君に出会えて本当に楽しかった!
だから、だから…!」
圭吾はそこまで言って、
泣きじゃくってしまった。
「--泣くな。男だろ?」
愛衣は微笑むと、近づいてきて、
圭吾を抱きしめた。
「---!!」
圭吾は突然のことに驚く。
「--感謝するのはわたしの方だ。
忍びとしての生き方しか知らなかったわたしに、
お前は、人として、女しての生き方を教えてくれた」
愛衣に抱きしめられながら
圭吾は、止まらない涙を流し続けた。
「--決めてたんだ。桜が散るころには
消えようって」
そう言って愛衣は、圭吾から手を離す。
「--いかないで…」
圭吾が泣きながら言う。
「--ふふ、未練がましいやつだな」
愛衣が笑うと、
圭吾の手に、何かを握らせた。
「わたしが作ったお守りだ。
何かあった時は、
それで、私がお前を守ってやる」
それだけ言うと、愛衣は背を向けた。
「-べ、別にお前の事が好きなわけじゃないから」
そう言うと、愛衣は、呪文のようなものを
唱え始めた。
散る桜を見つめながら、愛衣は悲しそうな
表情を浮かべる。
「殿…今、お側に参ります」
そう呟くと、愛衣は目を閉じた。
「---お松さん!」
圭吾が、くノ一の本名を口にした。
その名で呼ぶのは、初めてだ。
いつも、愛衣と呼んでいた。
「---ありがとう。今まで、本当にありがとう…」
圭吾の言葉を背中で聞きながら
愛衣は微笑んだ。
そして、呪文を唱えるのをやめて、
圭吾の方を見て微笑んだ。
「---大好きだよ…
圭吾くんーーー」
くノ一は、初めて圭吾の名前を呼んだー
そして、顔を真っ赤にして微笑んだ。
「く…や、、やっぱり、
こ、、こういうのは私には無理だ!」
そう言って、愛衣はまた背を向けて、
呪文を唱え始めた。
そしてーーー
謎の光が、愛衣の身体から飛び出て、
そのまま、愛衣は地面に倒れた。
「-----さよなら」
圭吾は泣きながら、そう呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
光の中ー。
一人の少女が、困り果てた表情で
何もない世界を歩いていた。
「---悪かったな」
そこに、忍姿の女性がやってくる。
「---・・・」
肉体の主導権を解放した
くノ一から、愛衣は全ての記憶を受け取っていた。
自分が、加賀コーポレーションの社長に拉致
されて、くノ一の魂を憑依させられたこと、
けれども、そのくノ一が加賀を裏切って、
圭吾に味方したこと。
それから、圭吾とくノ一が、数か月間の時を
過ごしたこと。
「---怒らないでやってくれ」
くノ一が言う。
「ーーーーー」
愛衣は、複雑そうな表情で、くノ一の方を見た。
「---…ふ、無理な相談か」
くノ一がつぶやく。
長い間、自分の人生を奪われていたのだ。
怒って当然だ。
「…怒ってるよ」
愛衣は口を開いた。
「--でも、、、感謝もしてる」
愛衣がほほ笑む。
くノ一は意外というような表情で愛衣の方を見る。
「--あなたは、圭吾のことを守ってくれた。
ありがとう」
愛衣が言うと、
くノ一が照れくさそうに顔を赤らめた。
「わ、私は、ただ、あの加賀という男の
悪党ぶりに腹が立っただけだ」
そう言って目を逸らすくノ一。
「--ふふ」
愛衣はそれを見て、笑った。
そしてー
「あいつは、口にはしなかったけど、
ずっとお前のことを心配していた。
だか、怒らないでやってくれ」
くノ一の言葉に、愛衣はうなずく。
「うん。約束する。
圭吾らしいな…
あなたのことも、真剣に考えてたんでしょ、きっと」
愛衣がほほ笑むと、
くノ一も少しだけ微笑んだ。
「--それと、あいつに伝えてくれ」
くノ一が真剣な表情で愛衣を見た
”愛している”とー
そう言おうと思った。
けれどー
彼女である愛衣の目の前でそれを言うのはー
そして、もう2度と会うことのできない自分が
それを言うのは酷だー。
そう思った。
「--元気でな、と伝えてくれ」
くノ一の言葉に、愛衣はうなずいた。
そして、くノ一は、愛衣に背を向けて
歩き出した。
「--私は、帰るべき場所に帰るー。
悪かったな…身体を長々と使って」
くノ一は、そう言うと、
振り返ることなく、光の中に消えて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「---うっ…」
愛衣が目を覚ました。
「---……め、愛衣ちゃん?」
圭吾がそう呼ぶと、愛衣は微笑んだ。
「ただいまー」
愛衣がそう言うと、
圭吾は、おかえりと、嬉しそうに、
けれども、少し寂しそうに微笑んだ。
「----って、何この格好!?」
愛衣が自分の格好を見て叫んだ。
露出度が高い格好に声をあげる。
「--ちょっと!じろじろ見てたでしょ!」
声をあげる愛衣。
「--み、見てないよ!」
顔を赤らめながら言う圭吾に、
「その顔は見た顔よ!エッチ!」と叫んで
愛衣は目を逸らした。
「--はは・・・」
圭吾は笑いしながら、
くノ一に最後に手渡されたお守りを見つめた。
そのお守りはー
ボロボロで、まるで幼稚園児が作ったかのようだった。
「はは…ボロボロじゃないか」
戦いしか知らないくノ一が、必死に作ったお守りを
握りしめながら、圭吾は涙したー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1か月後。
圭吾と愛衣は、
くノ一と別れた場所にやってきていた。
石で作った簡素な墓を前に
圭吾は手を合わせていた。
「---」
愛衣も、敬語と一緒に手を合わせる。
桜はもう散っている。
圭吾は、手を合わせ終えると微笑んだ。
「きみのことは忘れないよー」
と。
愛衣はそれを聞いて
「ちょっと嫉妬しちゃうな…
でも、ありがとう」
と、くノ一の眠る墓に語りかけた。
そして、二人は、仲良くその場から
立ち去っていく。
”元気でなー”
ふいに、そう聞こえた気がした。
圭吾は、振り返って微笑みながら呟いた。
「--ありがとう」 と。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
くノ一の物語をようやく完結させることが
出来ました!
彼女の帰還まで、ちゃんと書ききれてよかったです!
お読みくださりありがとうございました!!
コメント
SECRET: 1
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もしかしてこれが言ってた数少ないハッピーエンド?
めんどくさがりの俺はラスト確認ばかりで情けない限り、拙者切腹したいでごわすよ…
と言うわけで改めて初めから呼んできます。
ちなみに個人的にくノ一は大好きです。今回みたいなのも悪くは無いですが、自分はくノ一の方に憑依ってのが好みです。
実際某アニメで憑依じゃ無く操られた娘(しかも何と中二ですよ!がいたんですが、操られるシーンが憑依に近い感じもあり卑しくもゾクッとしましたね。