ある雨の日の帰り道ー。
彼女が、突然苦しみだすー。
そして、豹変する彼女ー。
これは、彼女が憑依されて”別れ”を告げられる彼氏の物語…。
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降り注ぐ雨の中ー。
いつも仲良しの大学生カップルは、
2人で雑談を交わしながら、歩いていた。
2人の会話の前では、雨の音もただの”背景”になるー。
楽しい会話がまるでいつまでも続くような気がして、
無限にも思えるこの幸せな時間を噛みしめる。
しかしー…
そんな楽しい時間をー、
一つの”声”が打ち消したー。
「ーーーうっ…」
彼女が、そんなうめき声を上げたのだー。
始めは、そんなに大きな出来事になるとは思わなかった。
いつものように、軽い気持ちで彼は振り返るー。
そこには、いつもと変わらぬ彼女の姿ー。
だが、彼女は困惑した表情を浮かべながら
瞳を震わせている。
まるで、何かに怯えているようなー。
ある日の大学からの帰り道…
同じ大学に通う雄太(ゆうた)と、萌美(もえみ)の二人は、
いつものように、穏やかな時間を過ごしていた。
他人から見れば、下らない話かもしれないー。
けれど、萌美と言葉を交わす、そんな何気ない時間が
何よりも楽しみだった。
言葉は、発した瞬間に消えるー。
でも、交わした会話はー…大切な人との会話は
永遠に思い出として生き続けるー。
「ーーー萌美ー…?」
しかし…その”幸せ”は消えていくー。
萌美と一緒にいられる時間がずっと続くと、そう思っていた。
そんなー
”何気ない時間”が何よりも大切だったと気付いた時には
もう、大切なものはこの手から零れ落ちているー。
「ーーー…ゆ……雄太ー…」
萌美が苦しそうに、やっとの思いで言葉を吐き出すー。
そんな萌美の表情を見て、雄太はすぐに
”ただ事”ではないということに気付く。
身体中から血の気が引くような、ゾワッとした感触を覚えるー。
萌美に何が起きたのかは”まだ”分からない。
でも、萌美の表情から”よくないこと”が起きていることは理解したー。
「ーーど…どうしたー?」
雄太が慌てて、背後で立ち止まった萌美の方に駆け寄るー。
急に、萌美が倒れてしまうのではないかとそんな不安を抑え込みながら、
萌美に駆け寄ると、
萌美は苦しそうに息を吐き出しながら、
”たすけて”と、雄太に言葉を吐き出したー。
「ーー身体が…急に…動か無くなってー」
萌美は、今にも消えてしまいそうな声で、そう言葉を振り絞ったー。
気付いた時には、雄太は傘を持つことも忘れて、
「か、身体が動かないって…?ど、どういうことー?」と、
心配そうに声をかけるー。
投げ飛ばされた傘が、水しぶきを上げて水たまりに落ちるー。
そんな音も、聞こえないぐらいに雄太は萌美のことだけを
只々、ひたすらに心配していたー。
ズブッー…
雄太に声を掛けられて”ちょっとだけ”安心感を覚えていた萌美に
”次なる”異変が襲い掛かるー。
今までに感じたことのないような”何か”が、
身体の中に入って来るような感覚ー。
”強さ”はあまり感じないー。
しかし、少しずつ、確実に自分の奥深くに
ズルリと入り込んでくる感覚ー。
必死に抵抗しようとするも、
萌美の身体に入り込もうとしているのは”霊体”ー。
形無きものを、手で振り払うことはできないー。
「ーーわたしの中に、何かがー…」
雨の打ち付ける音にかき消されてしまいそうなほど、
弱弱しい声ー
「も…萌美ー?」
何が起きているのか分からないー。
そんな様子で戸惑う雄太ー。
自分が濡れていることも忘れー、
スマホを手に「き、救急車が必要ならー」と、そんな言葉を発するー
「ーち、違うのー…
何かがわたしの中に、入って来てるー…」
萌美は、涙目でそう言葉を口にするー。
自然と、目から涙が溢れるー。
けれど、その涙は雨と混じり合いー、
涙のまま、地面には落下しないー
「ーーぁ… ぅ…」
苦しそうな声を上げる萌美ー。
萌美は、慌てた様子の雄太を見つめるー
「も、萌美…!しっかりするんだー!
今、救急車を呼ぶからー」
スマホを手にした雄太は、
スマホが濡れてしまうこともお構いなしに
慌てて、救急車を呼ぼうとし始めるー。
雄太の声がー、
耳に響くー
でも、なんだか曇ったような声ー。
だんだんと、視界が狭くなっていくのを感じるー
傘を持つ手から、力が抜けて傘が地面に
横たわるー。
「ーーーぁ…」
身体から力が抜けていきー、
地面に膝をつく萌美ー。
”何が、起きているのー?”
死んじゃうかもー。
そう思っただけで、胸の奥底から
凍り付くようなヒヤッとした感触を覚えるー。
膝をついてー、
空から降り注ぐ雨に打たれてもー、
もう、萌美は何も感じなかったー。
心配そうに、萌美の方を見つめながら
スマホを手にしている雄太ー。
救急車を呼ぶために、電話をかけている最中のようだー。
「ーーーー…」
けれどー。
内側から”何か”に引っ張られるようなー、
縛り付けられるような感覚がさらに強まっていくー。
”ヤバいー”
只々、そう思ったー
このままじゃ、わたしー…
そう思った萌美は救急車を呼ぼうとしている雄太に
大声で助けを求めようとしたー
けれどー
急速に意識が闇に飲まれて行きー、
萌美の意識は闇の中に溶け込んでいくー。
そこには、恐怖も驚きも何もないー。
只々闇が、萌美を飲み込んでいくー。
萌美の意識は闇に飲まれー、
もう、”怖い”とも感じなかったー。
「ーーいいよ」
萌美が、ふいに声を発するー。
119にようやく繋がり、状況を伝えようとしていた
雄太が不思議そうに萌美の方を見つめるー。
だが、萌美の声をハッキリと聞き取ることができなかったのか、
雄太は「すみませんー。一緒にいる彼女の体調がー」と、
そう言葉を発し始めるー。
どうやら、119への電話が無事に繋がったようだー。
「ーーごめん!もう治ったから、大丈夫!」
今度は、ハッキリとした口調で萌美がそう言葉を吐き出すー。
雨に濡れたまま、にっこりと微笑む萌美ー。
「ーーーえ?」
戸惑いの表情を見せる雄太ー。
「急に驚かせてごめんね。でも、もう大丈夫ー」
目に浮かんでいた涙は、雨と混じり、見えないー。
にこっと笑う萌美を見つめながら
雄太は、言葉に言い表せない強い不安を覚えるー。
だがー
”どうかされましたか?”
相手の電話の声に、ハッと正気に戻ると、
雄太は「ごめんなさいー…体調が戻ったようですー」と、
心底申し訳なさそうに言葉を口にするー。
さっきまで、本当に救急車が必要そうな状態だったからこそ、
こうして慌てて電話をかけたのだが、
何だか拍子抜けしてしまったー。
安心感と言いようのない不安が膨らむ中、
自分が雨に濡れていることを、ようやく思い出し、
電話を終えると、雄太は慌てて傘を拾いに行くー。
「ーーーーふふ」
そんな雄太を他所に、萌美は雨の降る空を見上げながら
気持ちよさそうに微笑むー。
「ーーー萌美ー?」
自分の傘を萌美に差し出して、そのあとから
萌美の傘を拾いに行こうとする雄太ー。
がー、萌美は不気味な笑みを浮かべていたー。
なんだか、いつもと違うー。
そんな感覚を覚える、不気味な笑みー。
まるで”何か”に喜んでいるようなー
邪悪さを感じさせる笑みー。
「ーーーー濡れた女ってーーー…エッチだよねー」
クスっと笑う萌美ー。
ボソッと呟いた、そんな声だった。
でも、確かにそう言った気がするー。
雨がさらに強まり、雨の音にその言葉の余韻は
かき消されて、やがて、萌美は濡れた自分の服を
見つめながら、雄太から傘を受け取るー。
「ーーううんーなんでもないー」
まるで、自分の言葉を噛みしめるかのような口調ー。
”この声”で喋ることができてうれしいー。
そう思いながら、萌美は一言一言に
歓喜を感じながらー、
口元が、思わず歪むー。
萌美を乗っ取った男は、この子に
こんな悪い笑みを浮かべさせていることに、激しく興奮したー
萌美の身体がゾクゾクと快感を感じているー。
この子は、自分の身体を乗っ取られて、
意識があるのであれば助けを求めたいはずなのに、
支配された身体は喜びを感じ、興奮しているー。
心臓が高鳴り、火照っているのが分かるー
「ーーーふふふー」
思わず、声が漏れてしまうー。
”俺”が萌美になったんだー、と、改めて実感して、
喜ばずにはいられないー
今すぐこの場で胸を揉んでー、
スカートの中に手を入れて、
快感に溺れたい気持ちになるー。
それを想像しただけで、萌美の身体はさらに興奮してー、
下半身が、ゾクゾクとしているのを感じるー。
「ーーーー…ねぇー」
すぅっと息を吐き出し、萌美は静かに言葉を口にするー。
本人が、絶対に思っていないであろう言葉をー。
本人が、絶対に感じていないであろう言葉を、
口に、させるー。
「ーー少し前から言おうと思ってたんだけどー」
”萌美”の声で喋ることができるー
こんなに透き通った綺麗な声が出るー。
そのことにも激しい快楽を覚えるー。
身体がぞわぞわとして、
興奮を抑えきれなくなりそうになるー。
「ーーーえ?」
萌美に声を掛けられて、戸惑いながら
振り返った雄太は、萌美の方を改めて心配そうに見つめるー。
体調が回復したのは良かったけれど、
やっぱり、萌美の様子がおかしい気がするー。
いつも、一緒にいて萌美のことを気遣って来た彼だからこそ、
気付くことのできる、萌美の違和感ー。
「ーーわたしたち、お別れしよ?」
萌美はクスッと笑うー。
この場で大笑いしてしまいそうになったー。
がー、口元を”萌美の綺麗な手”で押さえながら
爆笑してしまいそうになるのを堪えるー
「え…な、なんでー?」
信じられない言葉が突き付けられたー。
雄太が、萌美に振られてもこの世は終わらないー。
世界は何の変化もなく、このまま回り続ける。
けれどー。
それでもー、雄太にとっては
まるで世界が終わってしまうかのような
とても、とても強い衝撃ー…
「ーー…ど…どうして…急にー?」
雄太はそう言葉を吐き出すー。
振り絞るようにして、吐き出すー。
「ーー…だって、雄太じゃ”つまらない”んだもんー」
クスッと笑う萌美ー。
萌美はそんなこと思っていないのにー
”そう”言わせる快感ー。
それも、心底嬉しそうにーーー
「ーー雄太、自覚ないみたいだから教えてあげるけどー、
”男”としての魅力、ぜ~んぜん、ないんだもん」
萌美の口から出る声が震えていることに、
萌美に憑依した男も気づくー。
萌美が、自分の意思とはまるで正反対のことを言わされていることに
反応しているのだろうかー。
それともー、”女を乗っ取って無理矢理彼氏と別れさせる”ことに
快感を感じているのかー。
「ーーー…な…ーーー」
雄太は戸惑いながら、青ざめているー。
”そりゃ、いきなりこんな風に別れを告げられたら
言葉も失うだろうなー”
萌美の口元が無意識のうちに、歪むー
雨に濡れた自分の服を見つめながら
「えっろ…♡」と、小声でつぶやくと、
それが全て自分のものになった喜びを噛みしめながら、
萌美は静かに、雄太へと近づいたー。
「ーーーさよならー」
萌美が、悪魔のように囁くー。
雄太は、呆然としながら、その場に膝をつくー
雨の音が響き渡る中ー、萌美が立ち去っていく足音が、
ゆっくりと、静かに、聞こえなくなっていくー。
「ーーな…なんでー…」
雄太は、呆然としながらも、
しばらくその場から動く気力すらなくー、
悲しそうに「なんで…」と言葉を口にするー。
けれどー、雄太にその答えが見つかるはずもないー。
萌美の身に起きていることは、
あまりにも現実離れしすぎている出来事だからー。
まさか、萌美が”憑依”されたなどとは、夢にも思わないからー…。
「ーーーごめんなー…萌美ー」
優しい性格の雄太は、
萌美に別れを告げられたのも、全ては自分のせいだと思い、
静かにそう呟くー。
「ーー本当に、ごめんー」
そんな雄太の耳に聞こえてくるのは、
只々、騒がしい雨の音だけだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「クククク…ふふふふー
あっははははははは♡」
雨の中、笑いながら道を歩く萌美ー
萌美が、こんな風に悪意のある笑い声をあげたことが
あったのだろうかー。
「ーーーあぁぁ…我慢できねぇ…」
”家”まで我慢しようと思ったが、もう我慢できないー
萌美は片手で、自分の胸を揉み始めると、
気持ち良さそうに声を漏らしながら、
そのまま家に向かって歩き始めるー。
「ーこれからはたっぷり気持ちよくしてあげるからねー
俺のーいいや、”わたし”の身体ー」
萌美は”自分の身体”に向かってそう言葉を発するとー、
支配された身体は、まるで喜びを感じているかのように、
ゾクッと震えるのだったー…
雨の中ー、
”生まれ変わった”萌美は、家にたどり着くと、
嬉しそうに家の中へと入って行ったー。
欲望の、世界へー。
おわり
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コメント
シンプルな”憑依されて、彼氏を捨てる”を
たまには描こうと思って考えた作品デス~!
描く場所を限定的にすることで、
いつもよりも、濃密(?)な描写にしてみました~!☆
たまには、描く場面をこうやって限定して、
じっくりそこを深く描くのも書いていて楽しかったデス~笑
お読み下さりありがとうございました~~!
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