2108年ー。
世界は”崩壊”した。
とどまることを知らない憑依。
”個”が”個”で無くなるー。
昨日会った人間が、明日には違う人格に憑依されている。
昨日の友は、今日の他人。
憑依が当たり前の世界が行き着く先は…?
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とある現場。
憑依薬を持っていた男が
婦警に声をかけられた。
まだ若い女性だ。
「---不法所持ですね」
憑依薬を取り上げた婦警が言う。
「か…勘弁してくれよぉ…」
冴えない男が必死に謝る。
この世界ではー
10年以上前に制定された”尊厳維持法”なる法律により
憑依薬、そしてそれに類するものを所持していた場合、
10年以上の懲役が科せられる。
「----くふふふっ…」
婦人警官が突然表情をゆがませる。
「えっ…」
男が唖然とする。
「いいじゃん、いいじゃん!憑依!
あんたも、可愛い女の子に憑依しなよ!
えへへへへへっ!」
真面目そうな婦人警官が
汚らしく笑うー。
そう、彼女も憑依されていた。
もはやー
尊厳維持法は、意味をなさない。
何故なら、
取り締まる側の人間が、憑依されているのだからー。
2年前。
一つの国家が消滅した。
人口が少なかったその国は、
とある大国の人間に、国民が一人残らず憑依されて、
全員が笑いながら自ら命を経ったのだ。
”ポゼの悲劇”
その、姿なき戦争は、そう呼ばれて全世界に広まった。
だがー
それを責めるものはいなかった。
今や、世界は憑依に支配されている。
”憑依”に対して、
反対意見を言おうものなら、
すぐに…。
「---世の中も変わったな」
清楚な雰囲気の女子高生が街を見ながら笑う。
ーーかって松美という女子高生に憑依していた男は、
今は高校2年生の、長倉 優羽(ながくら ゆう)という少女に憑依していた。
優羽の視線の先では、
女子高生二人が抱き合っている。
舌を絡み合わせて、濃厚な時間を過ごす二人の女子高生。
その周囲で美人OLや、女子中学生が狂ったような笑みを浮かべて
拍手している。
「---街中は美人ばかり」
優羽は呟いた。
もちろん、優羽も美少女だ。
ーーー今やこの世は、イケメンと美人ばかりしか残っていなかった。
一部の過激派と呼ばれる人間たちが、
イケメンや美人以外の人間に憑依して、自ら命を絶たせてしまうのだ。
だからーーー
この世は、憑依に適した体しか残っていない。
そしてーー
ほとんどの人間は…、”自分”ではないー。
最初に憑依薬が発売されたころに、憑依薬を手に入れ、霊体と
なったものたちが、次々と体を乗り換え、交際して、
子供を作り、また子供に憑依する。
もはやーー、
社会のシステムは壊れつつあった。
壁にもたれかかって、ほほ笑むながらタバコを吸う女子高生。
注意する人間は居ない。
路上で愛液まみれになって喘ぎまくっている女子大生。
周囲にはギャラリーが出来ている。
反対に、甘い声で囁いているイケメン男。
中身は恐らく腐女子だろう。
女装して微笑んでいる男子もいる。
中身は分からない。
「---…憑依薬を発売したのは間違えだったんじゃないの?」
優羽は最近、そう思い始めていた。
優羽に憑依している男も、最初は楽しかった。
松美に憑依している頃は特に。
だが、
”もう、飽きてしまった”
憑依は、一般的でないから楽しいのだ。
ここまで広がってしまっては、もう…。
女性が突然、狂いだすのが当たり前の世では、
もう、興奮も何もないー。
本当の意味での”女性”が居なくなってしまった。
「・・・・・」
周囲を見渡す優羽。
女子大生や女子高生が街中で抱き合う姿は
もはや日常茶飯事。
これはーー
この国だけではない。
他国でも同じことだった。
もう、止められないー。
予防接種も続いてはいるが、今や予防接種はビタミン剤だ。
製薬会社の重役やスタッフが憑依されている今、
ワクチンをまともに作る会社はない。
いやー、息子や娘に予防接種を受けさせようと考える母親も居ない。
ーーー否、受けたがる子供もいない。
駅ビルのモニターには
現在の総理大臣、憑依党党首の女子中学生が映っている。
総理が女子中学生。
もう、法律も何も捻じ曲げられてしまった。
最近社会問題になっているのは
”からだのポイ捨て”だ。
要らなくなったからだを捨てて別のからだに向かうという行為。
今や、小さいころに憑依される子供が多い。
そのため、憑依から解放された人間は、そのほとんどが
憑依失調症になってしまうのだ。
「あぁああ~~~~まま~~~~!」
女子高生が公園の真ん中で叫んでいる。
あれはきっと…
憑依から抜け出された少女だろう。
まぁ…放っておけばすぐに…
優羽がそう思っていると、
泣いていた女子高生はすぐにイヤらしい笑みを浮かべて、
スカートをめくり出した。
「---ふぅ」
優羽は木に寄りかかってタバコに火をつける。
「----…ね…ねぇ…」
背後から声がした。
同じ女子高に通う生徒、
三笠 聖子(みかさ せいこ)だった。
クラスの中でもとびきりのエロ女だ。
「---あぁ、聖子」
煙草を捨てて、優羽は返事をした。
「----ねぇ…何で、
最近悲しい顔をしてるの?」
聖子が尋ねる。
「ーーーえ?」
優羽は、もう疲れていた。
今の世の中に。
こんな、おかしくなってしまった世の中に。
「---…」
聖子が優羽の方をじっと見つめる。
「あなた…もしかして
今の世の中に不満を・・・」
聖子の言葉に、優羽は首を振った。
今や、この世の中に不満を持っていると知られたら、
あっとうい間に”過激派”に憑依されて
喜んで自ら命を絶つことになってしまう。
聖子は微笑む。
「--嘘つかなくていいの。
あなたの”その目”は世の中に不満を抱いている目。」
聖子が言う。
「---わたしね…」
聖子が優羽に耳打ちをした。
「---なんだって!?」
優羽が叫ぶ。
聖子はーーーー
”ナチュラル”
つまり、憑依されていない人間だった。
「--わたし…、憑依されたくない一心で、
クラスでエロいことばっかしてたの…
本当はそんなことしたくないけど、
憑依されてない女だと気づかれたら、
誰かがわたしの体を奪いに来るから」
聖子は言った。
優羽は思うー
”憑依されていない人間”に会うのは
何年ぶりだろうー? と。
いや…あるいは彼女も?
「--わたし…今の世の中を変えたい…。
ずっと、、ずっと、今の世の中に不満を
持っている人を探してた。
--でも、、居なかった。
この世の人間はみんな、己の快楽におぼれた人ばかり。」
聖子は、まっすぐ優羽の目を見て言った。
「--でも、あなたは違う。
ようやく見つけた。
一緒に今の世界を変えようとしてくれる人を!」
聖子の言葉に優羽は思う。
確かに、自分は、今の世の中にもう疲れていた。
だがーーー、
二人で何ができる?
もう、この世界は、、変わりきってしまった。
「---私ね…
憑依薬の開発者、御室博士の居場所を突き止めたの」
「なに?」
聖子の言葉に優羽が反応する。
「憑依薬の開発者ならーー、
この事態の止め方を知っているかもしれないわ…
でもね…
恥ずかしい話だけど、入口の扉が重くて、
女の子のわたしには開けられないの」
聖子が悲しそうに言う。
それで、協力者を探していたのか…。
「---」
優羽は考える。
そして、、、
「---そうだな。分かった 手伝うよ」
優羽の中にいる男は、もう終わりにしたかったー。
この”地獄”をーーー。
既に100歳近い御室博士。
憑依薬の開発者。
彼は一体…何を目的にこんなものを…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人は夜、
御室博士の居場所に到着した。
聖子は、
小さいころから歴史を必死に勉強して、
”憑依薬のないころの世界”に強い憧れを
抱いていた。
そして、5年かけて、御室博士の居場所を
突き止めたというのだ。
「---この先に、御室博士が…」
優羽がつぶやくと、
聖子が言う。
「--わたし、、今の世の中を変えたい!
からだを奪われる時代を終わらせたい!」
聖子が言う。
そして、涙ぐんで続けた。
「だって、そうでしょ?
からだは自分のものなの!
それを他人が勝手につかうのが当たり前なんて
おかじぃ・・・ひっ…!」
話している途中に突然、聖子の体がビクンとなった。
「--聖子!?」
優羽が叫ぶ。
だがー聖子は、
もう聖子ではなくなっていた。
「うっへへへへへ!
まだ憑依されていない子が居たのかぁ!
あははははは♡ うふふふふふふふっ♡」
欲求不満な男だろうか。
聖子は狂ったようにスカートを脱ぎ捨てて、
その場で喘ぎ狂い始めた。
さっきまでの真剣さが嘘のように。
「あぁん♡ はぁっ♡ はぁっ♡ あぅっ♡」
喘ぎまくる聖子。
もう、彼女のことは救えない。
優羽は、聖子を無視して、御室博士の元へ向かった。
「----来客…か」
モニターに囲まれた部屋に
”御室博士”はいた。
シワだらけの、今にも眠ってしまいそうな老人。
車いすに座り、体中に管が差しこまれている。
「---あなたが、御室博士?」
優羽が尋ねると、御室はうなずいた。
「---……ここに来たということは、
今の世の中が不満なのだろう?」
御室博士は高齢と感じさせない迫力で
そう言った。
「---いえ…不満というか…
御室博士が、今の世の中をどう思うのか知りたいと言うか…」
優羽は、元々聖子についてきただけだ。
今の世の中が不満かと言われれば不満だ。
だがー
特別、変えようとも思っていなかった。
「---ふん」
御室は鼻で笑うと、
モニターを示した。
「---98パーセント。
何の数字だか分かるか?」
御室は問いかける。
優羽は答えない。
「---憑依されている人間の割合だよ。
ヒトは、愚かだ」
御室は言った。
憎しみを込めて。
「---お前が今、一緒に来ていた女子高生…
聖子とか言ったか…?
あの子も…、別の人間に憑依されていた子だ。
たしか…別の女子大生が憑依していたはずだ」
御室は言う。
正気だと思っていた聖子まで正気じゃなかった。
「…もう、、この世には…
普通の人は居ないの!?」
優羽は叫んだ。
御室は目をつぶる。
「私はなー、
50年以上前、妻を殺された。
”女を支配したい”とか歪んだ考えを持った
犯罪者にな」
御室は、憎しみの表情で続けた。
「---私はそれ以降、人を信じることができなくなった。
どいつもこいつも、下心に溢れたゴミのように見えた。
だから作ったんだよ…憑依薬を」
御室の言葉に優羽が首をかしげる。
「---人は、下心に満ち溢れたケダモノだ。
それを証明するために私は憑依薬を作ったのだ。
あれから数十年ー。
見てみろ。
世界は憑依で満ち溢れている」
御室の言葉には、迫力があった。
「---わたしは、ここで状況を見守りながら信じた。
善意が勝つ、と。
だが…結果はどうだ?
予防接種も、法律も意味が無かった。
人間は愚かだよ。
憑依率98パーセント。
それが、人の本質を示している」
優羽は、恐怖で体を震わせた。
てっきりー、
憑依薬を作った人間は下心から憑依薬を作ったのだと思っていた。
「--これから、世界はさらに乱れるだろう。
憑依、憑依、どこを見ても憑依、憑依だ!
これが人間の限界だよ!」
御室はそう叫んで、
笑った。
「----お、、、俺は…」
優羽が言いかけると、御室がそれを止めた。
「--言い訳など良い。
今はどうだか知らんが、貴様も最初は欲望におぼれて
憑依薬を手にしたのだろう?」
ーーー優羽は、言い返せなかった。
そしてーー
「---終わりだ。
わたしは、全てを淘汰する。
ケダモノどもを…。」
御室博士はとあるスイッチを手に持ち、憎しみのこもった目で言った。
「---私が開発した憑依薬は、
とある”信号”を送ることで致死性の毒を放つよう
プログラムされている。
そして、このスイッチがその信号を送る装置」
優羽の顔色が変わる。
「---え、、、ま、、待てよ!
そんなことしたら98パーセントの人間がーーー!」
優羽は叫んだ。
憑依薬に時限式の毒が仕込まれていて、
あのスイッチを押したら、その毒があふれ出すーー
それが本当なら、
世界人口の98パーセントは…!
「やめろーーーー!」
優羽が叫んだ。
「---ケダモノどもに、神罰を…!」
御室がそう叫ぶと、御室はスイッチを押した。
その瞬間ーーーー
優羽の…いや、、憑依していた男の意識はーーー
急激に薄れていったーーーー
そしてーーーーー
この日、
世界人口の98パーセントが突然死を遂げた。
残った人間たちに社会的システムを維持する力はなく、
時代は原始時代のような生活に逆行した。
後の人間は、この悲劇をこう呼んだ。
”憑依の悲劇” と。
おわり
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コメント
世紀末世界…。
書いてて色々な意味で疲れました!笑
ありがとうございました^^
コメント
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素晴らしい作品です。よく考えたなと感心してしまいます。実際にあったらこわいですけど。たくさんある中で自分はこの作品が好きです。
ナチュラルとポゼッションという表現も最高です。
美人議員、母親、女医の憑依されたあたりの話なんかも読みたいなと思ってしまいました。
気がむいたらお願いします(笑)
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> 素晴らしい作品です。よく考えたなと感心してしまいます。実際にあったらこわいですけど。たくさんある中で自分はこの作品が好きです。
> ナチュラルとポゼッションという表現も最高です。
> 美人議員、母親、女医の憑依されたあたりの話なんかも読みたいなと思ってしまいました。
> 気がむいたらお願いします(笑)
ありがとうございます!
リクエストとして覚えておきますネ!
そのうち書いてみます!
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これは自分的には良いエンドです。
何と言うか、やっぱ憑依最強だなあと思いました。
さて、続編も気になるんでちょっと読んできます。
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> これは自分的には良いエンドです。
> 何と言うか、やっぱ憑依最強だなあと思いました。
> さて、続編も気になるんでちょっと読んできます。
コメントありがとうございます~
皆様にはそれぞれの好みがあるので、
なるべく色々なジャンルを揃えられるように頑張ります!!