彼の妹は、
精神的に不安定で、何かあるとすぐに
自暴自棄になってしまうー。
そんな状態だったー。
時には命を絶とうとすることさえある妹を救うため、
兄は、密かに”憑依”を使って妹を守っていたー…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーー…はぁ」
内村 真奈美(うちむら まなみ)は、
大きくため息をついたー。
少し前まで高校に通っていたものの、
先輩からストーカー行為をされたことで
精神的に病んでしまい退学ー。
それ以降は実家に引き籠る日々を送っているー。
そんな彼女は、現在も精神的に不安定な状態が続いていて、
時には、命を絶とうとするようなこともあったー。
「ーーーーーー」
そして今日ー、
週1回の通院の帰り道ー…
真奈美は
駅のホームから、線路の方を見つめて、
”あること”を考えているー。
そう、”命を絶つ”ことをー。
”あそこに飛び込めば、楽になるかなー…”
そんなことを考えてしまう真奈美ー。
「ーーーーー…」
しばらく考え込んでいた真奈美ー。
がー、ついに”それ”を決心してしまったのか
真奈美は電車が来たことに気付くと、
ホームの端の方に向かって歩いていくー。
しかしー
「ーーーぅ…」
ピクッと震えた真奈美は、
表情を歪めると、
「ーあぶないあぶない…セーフ…」と、
静かにそう言葉を口にしながら、間もなくホームに到着する
電車を見つめつつ、ホームの端から少し後ろへと下がるー。
「ーーー念のため”幽体離脱”して、見守っててよかったー」
真奈美はそう言葉を口にすると、
さっきまでの弱弱しい表情が嘘かのように、
真剣な表情を浮かべるー。
「ー”途中”で、抜けるとまた死のうとするかもしれないしー
とりあえず、家まではこのまま行くかー」
真奈美は、そんな言葉を呟くと、
そのままやってきた電車へと乗り込むー。
”やっぱ、スカートって落ち着かないよなー”
そう心の中で思いながら、ソワソワした様子で
電車に乗り込んだ真奈美は、
反射する窓に映る自分の顔を見つめたー。
”しかし、”憑依”ってすごいよなー”
真奈美はそう心の中で考えるー。
そうー
真奈美はたった今、駅のホームで死のうかと考えていた
タイミングで”憑依”されたー。
真奈美に憑依したのは、
真奈美の兄・内村 和人(うちむら かずと)ー。
和人は、現在大学生で、
”幽体離脱”して、
他人に憑依する力を持っていたー。
何年か前に、高熱で死にかけた際に幽体離脱してしまい、
それ以降、何故だか分からないものの、
いつでも幽体離脱して、他人に憑依することが
できるようになっていたー。
とは言えー…
和人はそれに気付いてからも、その力を悪用することなくー、
しばらくの間は”憑依”の力を使うこともしていなかったー。
しかしー…
妹の真奈美が高校で先輩にストーカーされた挙句、
精神的に病んでしまい退学ー、
定期的に自暴自棄になっては命を絶とうとしたり、
とんでもない行動に出ようとしたり…を、繰り返すようになり、
やがて、一度自殺未遂も引き起こしたー。
それ以降、真奈美のことを心配した和人は、
時間のある時は幽体離脱した状態で真奈美を見守りー、
今のように、死のうとしたりした時には、
真奈美に憑依することでそれを止めているー。
「ーーー……ーーー」
電車に揺られながら、真奈美は
”このおっさん、妙に身体をくっつけてくるなー”と、
不快そうに表情を歪めるー。
”今は中身が俺だからいいけどー
ただでさえ、真奈美、怖がってるんだからー
こういうのやめてほしいよなー”
そう思いながら、真奈美はわざとらしく舌打ちをすると、
おじさんも悪意があったのか、ギクッとした様子で
身体を離したー。
”ったくー”
真奈美は、そう思いながら目的地に到着すると、
家に向かって歩くー。
一度、真奈美が自殺未遂を引き起こした際に、
母親は酷く悲しみ、泣いていたー。
真奈美自身も、それを見て
”もう、絶対にこんなことしないからー”などと
言っていたのだが、
結局は、同じことを繰り返そうとしているー。
けれどー、それを兄の和人が”憑依”で止めている状態ー。
真奈美に憑依したまま帰宅すると、
真奈美の身体のまま”自分の部屋”の中を確認するー。
「ーーーーーーーー
”自分の抜け殻”ー
和人自身の身体がベッドに横たわっているのを確認すると、
真奈美はため息をつきながら、
自分の身体の心臓のあたりに触れるー。
「ちゃんと動いてるなーよかったー」
真奈美はホッとため息をつくー。
幽体離脱は何度も試しているものの、
時々、不安になるー。
”抜け殻になっている自分の身体の心臓が止まっているのではないか”
とー。
だから、こうしてそれなりに長い時間、
自分の身体から幽体離脱をしていた際には、
心臓が動いているかどうか、ついつい確認してしまうー。
「ーそれにしてもー…
”自分の寝顔”を見るのって不思議な気分だなー」
真奈美に憑依したまま、和人はそう呟くと、
「さて、真奈美から出るか」と、真奈美の部屋の方に向かっていくと、
部屋のベッドに座った状態にして、真奈美の身体から抜け出したー。
「ぁ…」
真奈美が座ったままガクッと項垂れるー。
真奈美から離脱した和人は、幽霊のような状態になりながら、
”今日も、真奈美を守ることができてよかったー”と、
そう呟きながら、自分の身体へと戻って行くー。
「ーーーふぅ」
和人が、和人自身の身体に戻り、目を覚ますと、
隣の部屋からも物音が聞こえて来たー。
部屋から出て来た真奈美と廊下で鉢合わせすると、
真奈美は不安そうな表情を浮かべながら
「ーわたし、いつ帰って来たー?」と、
そう言葉を口にするー。
「ん?あぁ、いや、さっきー。
なんか眠そうにしてたから、そのまま寝落ちしちゃったんじゃないかな」
和人がそう言うと、真奈美は「ーーそう」と、だけ頷くと
1階の方に向かっていくー。
真奈美には”憑依されている間”の記憶がないー。
そのためー、今日のように
比較的長い時間憑依した時には
”言い訳”を考えるのが大変だー。
いつもは、真奈美が自暴自棄な行動を起こしそうになった時に憑依ー、
その瞬間だけを阻止して抜けることが多いため、
真奈美自身もあまり違和感を感じていない様子で、
特に言い訳をする必要もないものの、
今日は、電車に乗り込んですぐに、変なおじさんが
妙に身体を密着させてきたこともあって、
なかなか憑依から抜け出すタイミングを見失ってしまい、
結局、真奈美の身体のまま、家に帰ってきてしまったー。
本人には寝落ちと説明したもののー、
まぁ、多少無理があるのは自分でも分かっているー。
「ーーあ、そうだー真奈美ー
例の頼まれてたやつだけどー」
和人がそう言いながら、真奈美に声をかけると、
真奈美は「あ、うんー。ありがとうー」と、
和人の方を振り返って、和人が手渡した資料を手にするー。
先輩のストーカー行為に悩まされて、
結果的に高校を退学する道を選んだ真奈美も、
そのまま何も考えていないわけではなくー、
通信制の高校を中心に、復帰への道を模索していたー。
少し前に、真奈美から調べ事をお願いされて、
その頼まれていた調べ事に関する資料を、
真奈美に手渡したのだー。
「ーーーーー」
通信制の学校の書類を見つめながら真奈美は
表情を曇らせるー。
「やっぱ、まだ辛いかー?」
和人がそう言うと、
真奈美は「ううんー…」と、首を横に振るー。
一度自殺未遂を引き起こして以降、
真奈美は一度は立ち直りつつあるように見えたー。
しかし、最近はまた悩んでいる様子を多く見せるようになって、
さっきの駅のホームのように、命を絶ってしまうんじゃないかと
思うような場面も見られるようになってきてしまっているー。
今日も、そうだったー。
「ーーーーー」
何か言いたげな表情を浮かべる真奈美ー。
「ーーー…何かあるなら、俺がいつでも相談に乗るから、なー?」
和人が心配そうにそう言葉を口にすると、
真奈美は「ありがとうー」と、それだけ言葉を口にしたー。
真奈美に憑依をしても、
真奈美の記憶を読むことはできない。
つまり、”真奈美が今、何を考えているのか”を、
和人が知ることはできないー。
”まだ先輩とやらに付き纏われたりしてる…ってことはないよなー?”
そう思いつつ、和人は静かに表情を曇らせたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌週ー
和人は大学が休みだったこともあり、
幽体離脱をして、真奈美の様子を観察していたー
”これじゃ、俺がストーカーみたいだよなー”
和人は苦笑いしながら、真奈美の周囲の様子を伺うー。
真奈美は精神的に病んでしまって
体調を崩してしまっていることから
週に1度、病院に通院しているー。
今日は、その通院の日だー。
高校を退学してから、少しずつ回復しているように見えた真奈美ー。
しかし、最近は”また”真奈美がだんだんと
落ち込んできているように見えるー。
もしかしたら、真奈美にストーカー行為を働いていた”先輩”が
まだ真奈美に付き纏っているのではないかー。
和人は、そんな不安を覚えたのだったー。
「ーーーー…」
霊体の状態のまま、和人は周囲を見渡すー。
”真奈美”を意識的に見ているようなー
そんな感じの人間は見当たらないー。
真奈美に付き纏った”先輩”とやらの容姿は
和人も写真で見て知っているー。
しかし、その”先輩”の姿もないー。
「ーーー」
”考えすぎかー”
和人は、先輩とやらの姿が、少なくとも見張っていた感じでは
見えなかったことに少し安堵するー。
がーー…
「ーーー!」
病院に向かう途中ー、駅から降りて踏切を渡ろうとしていた真奈美が、
踏切のほうを見つめながら、
ゆっくりと歩き始めたー
”ま、真奈美!”
踏切の中に入って死ぬつもりかもしれないー。
そんな風に思った和人は、
慌てて真奈美に憑依するー。
「ーーぅ…」
ピクッと身体を震わせて、小さく声を漏らす真奈美ー。
「ーー?」
すぐ横に立っていた踏切待ちをしていたおばあさんが
心配そうに「大丈夫?」と、そう声をかけて来るー。
「あ、は、はいー。大丈夫ですー」
にこっと笑って誤魔化す真奈美に憑依した和人ー。
”ふ~~~…
憑依するとき、ちょっと身体が反応しちゃう感じの、
どうにかできるともっと憑依しやすいんだけどなー”
真奈美に憑依した和人は、そんなことを思いながら
真奈美の身体で電車が通り過ぎて、
踏切が開くのを待つー。
どうしても、憑依した瞬間に、
真奈美の身体が少し震えて、変な声が出てしまうー。
がー、憑依するときに多少、
身体側が感じる刺激のようなものがあるのだろうー。
声が漏れてしまうことを、どうにかすることは難しかったー。
「ーーーー」
電車が通り過ぎるのを見つめる真奈美ー。
髪を揺らしながら、
やがて、電車が通り過ぎると、
真奈美に憑依していた和人は、すぐに真奈美から
抜け出したー。
「ーー!」
真奈美が一瞬驚いたような表情を浮かべながらも、
踏切が既に開いていることに気付いたのか、
そのまま真奈美は踏切を渡り始めたー。
「ーーよかったー」
霊体の状態の和人は、妹の真奈美を今日も
守ることができたことに安堵しながら、
真奈美の後ろ姿を見つめたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それからも、和人は
真奈美を守るために、真奈美への憑依を続けたー。
自暴自棄な行動を真奈美が起こそうとするたびに、
真奈美に憑依して阻止するー
それの繰り返しだー。
とにかく、真奈美のことを助けたかったー。
もちろん、憑依するだけではなく、
兄として真奈美本人の話もできる限り聞こうとしたー。
だがー、
真奈美を守れば守るほど、
真奈美はまた、元気を失って行ったー。
”やっぱりまだ、付き纏いが続いてるのかもしれないー”
和人は、そう思って真奈美に確認したもののー、
やはり、真奈美は「そんなことないから大丈夫」の一点張りだったー。
そしてーーー
数日後の雨の日ー…
「ーー真奈美は?」
「ーーえ?さっき買い物に出かけたけど?」
母親のその言葉に、和人は強い不安を覚えるー。
慌てて部屋に戻った和人はすぐに幽体離脱をして、
そのまま真奈美を探し始めるのだったー…。
②へ続く
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コメント
”守るための憑依”を描く作品ですネ~!★
今のところ、和人くんは
憑依を悪いことには使っていないのデス…★!
明日もぜひ楽しんでくださいネ~!
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