<憑依>憑依ディストピア③~彼女~(完)

憑依が当たり前の世界ー

その世界で、憑依とどのように向き合って行けば良いのか。

大切な彼女が語る真実を前に、
彼はー…?

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「---話って、なに?」
屋上にやってきた麻奈が言う。

「---…麻奈、あのさ」
豪人はそこまで言葉にすると
口を閉ざした。

もしも、もしも麻奈の中身がおっさんだったら、
どうするー?

それを言ってしまったら、
麻奈が遠くに行ってしまう気がするー

麻奈は、どう反応するだろうかー。

もちろん、麻奈の言葉通り
麻奈は”オリジナル”であると信じたい。

だがー
この世には”違法憑依薬”があるー。
それで麻奈が憑依されていたらー。

違法憑依薬で憑依された人間は
日常的に見かける。

この前、麻奈と下校中にも見たし、
昨日、祖母が息を引き取った際の
帰りにもそれらしき人達を見た。

麻奈だって、
違法憑依薬で憑依されていても
おかしくないー

屋上からは、近未来的な建物だらけの
風景が広がっているー。

「…」
麻奈は、何も言わない。

人類の技術は飛躍的に進歩した。

憑依薬を開発した企業
フュージョン・テクノロジー社は、
憑依薬以外にも様々な技術を開発し、
人類の生活は大きく変わったのだ。

現在存在するすべての建物は”地上から1ミリ程度浮いている”
特殊な技術により生み出されたー”次世代の耐震技術”

木と同じ役割を果たす小型のキューブ型装置
”グリーン・キューブ”
環境問題への取り組みと、森林伐採をしても環境破壊が
起きないようにするための取り組みー。

あらゆる技術をこの会社は、もたらした。

”地球には存在しない技術”を社長が持っているだとか
”未来から技術が持ち込まれている”だとか
謎の噂もあるが、真偽は不明だー

代わりに、”自然”は消滅しつつあるー。
様々な施設が建てられ、
世界は”機械化”しつつある。

フュージョン・テクノロジーが目指すものは
何なのだろうかー。

豪人は、屋上から見える街並みを見ながら、
なんとなく、そんなことを考えていたー。

「---言いたいことあるなら、言って」
麻奈が言った。

少しきつい口調ー

けれども、その表情は穏やかだったー。

「--麻奈さ…
 その身体、自分のものじゃないよな?」

豪人は意を決して言った。

もう、逃げないー。

世界がどこに向かおうとしているかなんてどうでもいいし、
自分のような一般市民には、
与えられた世界で生きるしかないー。

憑依薬が当たり前のように存在するのであれば、
自分が使う・使わないに関係なく、
その中で、生きて行くしかない。

「----ふふふふふ…」
麻奈は笑い出した。

「あははははははは…
 そっか、そっか」

麻奈が自虐的に笑う。

「ーー麻奈!俺は本当のことを知りたいだけなんだ!
 教えてくれー」

豪人が出会ったときー
既に、麻奈は”今、中にいる人間”に憑依されていたのだろうー

つまり、豪人が好きになった麻奈は、
麻奈であって麻奈ではないー

晶の言うとおり、おやじ狩りをしてるなら止めないといけないし、
何か悪さをしているのであれば、
彼氏として、止めなくてはいけない。

豪人は、そう思った。

「-----そうよ」

麻奈が答えた。

「----!!」
豪人は表情を歪めた。

心のどこかで
”否定してほしい”
そう思っていたー

いつものように
いたずらっぽい笑みを浮かべながら
”わたしはわたし”と言ってほしかったー

けどー

麻奈は溜息をつきながら
屋上のフェンスによりかかって
片足をフェンスに押し付けた。

「--は~…
 バレちゃった」

そう呟く麻奈を見て
豪人は言う。

「--い、、違法憑依薬で
 憑依したのか?」

豪人の言葉に麻奈は頷く。

麻奈の”人体票”には
”オリジナル”と書かれていた。

合法に憑依した場合
”オリジナル”ではなく
表記が”ポゼッション”になる。

麻奈の人体票が”オリジナル”のままなのに
憑依されているということは
”違法憑依薬”による憑依しか
考えられないのだー。

「---…」
言葉を失う号と。

大好きな彼女の秘密を知って
どう言葉を口にしていいか、分からない。

自分が好きになったのは
”今の麻奈”だ。

”乗っ取られている麻奈”ではないー。

友人の晶のように、
合法的に憑依された人間なら
それで構わないー

だがー
”違法憑依薬”となると…

「---見て」
麻奈が写真を一枚、鞄から取り出して投げつけた。

そこにはー
髪の薄くなった小太りのおじさんが写っていた。

「それが、わたし」
麻奈は腕を組みながら言う。

「--こ、これが…」
豪人は震えたー

正直、容姿は最悪レベルのおじさんだ。
フケや、身だしなみなどを見る限り、
差別的な意味ではなく
不潔な感じも漂っている。

「---……こ、、これが、、」
豪人は、泣きそうになった。

大好きな麻奈がー
こんな…

「---この女が中学2年のときに
 憑依したの。

 ま…もう何年も経ったし?
 今ではすっかりわたしが麻奈だけど」

麻奈はあくまでも
女子高生としての言葉を崩さずに言うー。

「--ーーーそんな」
豪人は首を横に降る。

麻奈は豪人の方に近づくと、
少し手前で立ち止まる。

「---どいうつもこいつも、
 所詮は外見よね」

麻奈が嫌悪感を丸出しにして呟いた。

「--ふふ、わたしの本当の姿を見て
 失望した?

 キモいって思ったでしょ?」

麻奈が感情的になって言う。

豪人は、目から涙をこぼしているー
屋上にしゃがみ込みながら、
麻奈に憑依しているというおっさんの写真を
見つめているー。

「--はは…
 あんたも結局そうなんだ!
 見てたのはこの身体だけ!
 中身のことなんてどうでもいい!

 知ってる?

 ”年間廃棄量”の話」

麻奈の言葉に
豪人は「何の話だ?」と返事をする。

「---”誰からも望まれない身体”は
 どうなってると思うー?」

麻奈の言葉に、
豪人は考える。

確かに
憑依素体センターに集められた身体で、
人気のない身体もあるー。

そしてー
憑依薬を飲んで、別の身体に憑依し、
抜け殻になった身体は
”処分”か”憑依素体センターに寄付”か
どちらか選ぶことができるシステムになっているが、
人気がない身体は”いつの間にか素体センターから消えている”

「--おっさん、ブス、ババア、障害を持つ身体、
 デブ、ハゲ…」

麻奈が悪口とも取れるような言葉を
口にしながらイライラした様子で屋上を
歩き回る。

「そういう身体のほとんどはね
 ”裏で処分”されているの。
 焼却処分」

麻奈が呆れ果てた様子で言った。

「--焼却処分?
 そんな話は聞いたこと…」

豪人がそこまで言うと
麻奈はさらに続けた。

「--同じ人間なのに、
 需要のない身体はゴミなんだって。

 ふふふ…酷い話だと思わない?

 わたしもそう。
 この身体に憑依してから周囲の人間の
 対応が180度変わったの。

 みんなみんな、わたしのこと、チヤホヤするの…

 わたしをバカにしてたやつらも、みんな、ね」

麻奈は過去の自分の写真を
指さしながら笑う。

「----」
豪人は悲しそうに首を振りながら
考えるー

この世界ではー
”需要のない身体は、処分される”
そういうことなのだろうかー。

「---…教えてくれ」
豪人は麻奈の方を見た。

「どうして、その子に憑依したんだ?
 そしてーー、あんたは誰なんだ?」

自分の手をうっとり見つめながら麻奈は微笑む。

「この女、わたしのアパートの近所に住んでた子でね。
 わたしのこと、友達と一緒に「きっも~!」って
 バカにしてたんだよ

 だから、復讐も兼ねてこの女に憑依してやったのさ」

麻奈がケラケラと笑うー。

「---…」
豪人は、”元々の麻奈”は、
そんな、人を笑うようなコだったのか、と
少し悲しくなるー

「---…」

ニヤニヤしていた麻奈が
悲しそうな表情を浮かべて呟くー。

「…あんたは、誰なんだ?」
豪人は尋ねる。

「--わたしはその写真のおっさんよ…
 元々はね」

麻奈が言う。

だが、豪人が聞きたいのはそんなことじゃない。
麻奈はそれを理解し、
話を始めた。

「--知ってる?
 政府は憑依薬を開発した企業
 ”フュージョン・テクノロジー”と繋がってる」

豪人は頷く。
憑依薬は今や生活には欠かせないし、
フュージョンテクノロジーの生み出す技術は
人類に欠かせない。

「---じゃあ」
麻奈が難しい表情をして呟いた。

「ーー”違法憑依薬”を作ってるのも
 フュージョン・テクノロジーだってことは、知ってる?」

麻奈の言葉に
豪人は「えっ?」と呟く。

違法憑依薬は裏社会で流通している違法な薬物で
犯罪組織が作り出した、と表向きは報じられているー
しかし、実際にはー

「政府は違法憑依薬も購入してる。
 都合の悪い人間を、憑依で消すために…ね?

 わたしは元々、フリーのジャーナリストだったの。
 政府とフュージョンテクノロジーの間には
 何かある、そう思って、わたしは調べてた。

 そしてー
 私は”フュージョン・テクノロジー社長”の
 恐ろしい正体に気が付いた」

麻奈はそこまで言うと、微笑んだ。

「でもね、
 秘密を知りすぎたわたしは、”消された”
 フュージョンテクノロジーに雇われた人間に
 ボコボコにされて海に放り投げられたー」

麻奈はさっきの写真を指差す。

「その写真はそのあとのわたしの写真。
 いろいろ障害を残して、その通り、
 そういう姿になっちゃったの」

そこまで言うと、
麻奈は続けたー

「--わたしが”違法憑依薬”を使って
 憑依したのは、政府から狙われないようにするため…

 あと…
 さっき言った通り、この女がわたしをバカにしたからっていう
 私怨、この2つね。

 普通の憑依薬で身体を移動しても
 政府は”人体票”で全部管理しているから、
 わたしは消されちゃう。

 だから仕方なく”違法憑依薬”を使ったの」

麻奈はそこまで言うと
ため息をついた。

「-----」
豪人は麻奈の方を見つめる。

どんな世界にも汚い”裏側”があるー。
麻奈の中にいる人間は、
それを知ってしまったのだろうー。

「----どうする?」
麻奈が笑った。

「---わたしを、通報する?」

違法憑依薬で憑依された人間を見つけた場合
”通報”すれば、逮捕してもらうことができるー

ただー…

「---わたしが逮捕されたら多分、
 わたしは…”処理”されちゃうでしょうね」

麻奈は笑う。
自虐的にー

「この身体になってみて
 普通に女子高生として生きて
 ふつうに恋愛して…
 豪人のこと、本当に好きになって…

 このままずっと、麻奈として
 生きて行きたかった…

 でも、ばれちゃったなら…
 仕方ないよね…」

麻奈は少しだけ涙を目に浮かべたー。

政府と憑依薬製造会社の癒着ー
そんなこと、豪人には、どうでもいい。
確かに暗部があるのだろう。
だが、豪人は正義のヒーローでもなんでもないし
そんな部分を追求するつもりはない。
例え、何か暗部があっても
現代は、一応のバランスを保っているー。

麻奈に憑依した男にも
事情があったことはわかった。
”違法憑依薬”を使わなければ政府に
追跡されて消されていたのだろうー。

本当の麻奈は、
体を奪われた被害者だー。
豪人が正義のヒーローならば
本当の麻奈を助けるべきかもしれないー

けれどー

「---ありがとう」
豪人は、麻奈を抱きしめた。

麻奈は、驚いた表情を浮かべる。

「--俺にとって、麻奈は麻奈だ。
 他の誰でもない」

豪人は、そう言うと、
麻奈の方を見た。

「---本当のことが分かってよかった。
 今日のことは、お互い忘れよう」

笑う豪人。

「い、、いいの、、?
 中身は…」

そこまで言いかけた麻奈の言葉を遮る。

「--俺が麻奈と出会ったのは高校一年生のときだろ?
 だから、俺が好きになったのは
 今の麻奈だからさ」

豪人は笑ったー。

これでいいー
豪人はそう思った。

中途半端な正義感なんて、いらないー

「--だから、これからも、俺の彼女でいてくれるか?」
豪人がそう言うと、
麻奈は「うん…」とうなずいた。

豪人は知っているー
”今の麻奈は、やさしいー”

二年近くいっしょにいれば、分かる。
だったらー
中身が何であろうとー
豪人が好きなのは今の、麻奈だ。

「---あ」
豪人は思い出したように言う。

「--最近、おやじ狩りのニュースが出てるけどさ」
スマホの画面を麻奈に見せる。

おやじ狩りをしている女子高生の後姿が、麻奈に
よく似ているー。

「--これ、麻奈じゃないよな?」
豪人が言うと、
「そんなわけないでしょ!」
と、麻奈は笑いながら答えたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「--豪人」

友人の晶が近づいてきた。

「この前話したおやじ狩りだけどよ…
 あれ、亜寿沙ちゃんだったみたいだな」

晶の言葉に
豪人は、亜寿沙の座席を見る。

亜寿沙は、登校していないー。
イケメン好きの女子生徒・亜寿沙。
彼女が犯人だったようだー。

「--でも、亜寿沙ちゃんは”オリジナル”じゃ?」
豪人が聞くと、
晶は首を振った。

「半年前から違法憑依薬で憑依されてたらしいぜ?」
晶の言葉に
豪人は、そっか、と呟いた。

ほどなくして担任の先生がやってきて、
亜寿沙が逮捕されたことを
クラス全員に告げたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

土曜日ー

約束のデートの日ー

豪人と麻奈は遊園地を
楽しく歩き回っていたー

豪人は、あの日以降、
麻奈に”憑依”の話はもうしなかった。

今まで通りー
麻奈は麻奈だ。

「豪人~!今度はおばけ屋敷に行こうよ~!」
笑ながら言う麻奈。

麻奈も、すっかりいつも通りだー

本当のことを知ることができたし、
おやじ狩りの犯人も麻奈ではなかったー。

2098年ー
憑依薬が当たり前のように存在する世界ー

黒いうわさも、そこにはある。

けれどー
豪人が何かをしたところで、世の中は、変わらない。

与えられた世界の中で
必死に、生きて行くー

豪人は、もう、細かいことを考えるのをやめて、
”自分が好きになった麻奈”を
大事にしていくことを決意するのだったー

「ぎゃああああああああああ!」
おばけ屋敷に入ってから30秒ー。
豪人の情けない悲鳴が響き渡ったー

おわり

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コメント

憑依薬が当たり前の世界を
舞台としたお話でした~!

憑依薬が出回ると
やっぱり色々大変そうですネ!

コメント

  1. 匿名 より:

    彼女の中身がおっさんなのを知った上で、葛藤しつつも、最終的に受け入れてる豪人は凄いですよね。

    他の類似作では、男側が発狂したりとかしてるパターンが多いですし。

    でも、豪人がなんとか受け入れられたのは、憑依が当たり前みたいになってる未来世界だったからなのかもしれませんね。

    他の多くの話みたいに、憑依が当たり前ではない現代の話だったなら、こうはいかなかったかもしれません。

    • 無名 より:

      コメントありがとうございます~!

      受け入れるパターンが少なめだったので、
      今回は受け入れるパターンにしてみました~!

      確かに、憑依が当たり前のように存在しない世界だったら、
      彼もそう簡単には受け入れられなかったような気はしますネ…!