一人暮らしの大学生、菊池 治(きくち おさむ)は、
とある願いを抱いていた。
彼女、島崎 麻美(しまざき あさみ)に
また逢いたいー。
彼の願いは、それだけだった。
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一人暮らしの大学生、
菊池 治は、大学に行く準備をしながら、
慌ただしく動いていた。
テレビのニュースが
明日は「雷雨」であると告げている。
「-ーーチッ、楽しそうに言ってんじゃねぇよ」
彼は雷が嫌いだった。
怖いからではない。
ニュースのお天気キャスターとスタジオの人間たちが
楽しそうに話しながら「雷雨」であることを告げている様子が
気に入らなかった。
彼にとって、それだけ雷雨は忌むべき存在なのだ。
着替えた服を放り投げてそのまま出発しようとする治。
だがー
”出したものはちゃんと片付けなさいよ!まったく…”
彼女の島崎 麻美(しまざき あさみ)によく言われている
言葉を思い出す。
「--おっと、いけない!また怒られちまう」
治はそう呟くと、自分の脱ぎ捨てた服をたたんで、
洗濯物置き場においておいた。
もともと、彼の家の洗濯物置き場なんてなかった。
だが、だらしのない生活をしている治を見て、
麻美が洗濯物置き場を作ったのだ。
”ここに洗濯物を入れる!
帰ってきたら洗濯する””
と可愛らしい字で書かれている
「完全に嫁だな こりゃあ」
治は苦笑いする。
麻美は家に来るたびに、
治の生活に何らかケチをつけてくる。
普段はとても優しいのだが、
治の家を見ると言わずには居られないのだとか。
それだけ、治の一人暮らしの生活は荒れていた。
治自身は真面目な大学生で、明るく、素行も悪くない
ごく普通の大学生だ。
けれど、
家に帰ってくると、どうしても面倒になってしまう。
どうしても適当になってしまう。
そんな治を見かねて、30分程度の距離のところに
一人暮らししている彼女の麻美が、度々訪ねてきてくれていたのだった。
「---はは、口うるさくて困っちまうぜ」
治が洗濯物をカゴに入れながら呟く。
そして時計を見て
「いけね!講義に間に合わなくなる!」と叫んで
自宅を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昼。
大学の食堂で、列に並びながら
今日は何を食べようかと考える。
「---今日はカレーだな」
治はカレーの写真を見て、
カレーの味を思い浮かべた。
彼は、辛口派だ。
学食のカレーはピリ辛で彼にはぴったりだ。
列の一番前に辿り着いた治は「カ…」と言いかけて
言葉を止めた。
学食のおばちゃんが、
”ラーメン”を用意して微笑んでいた。
「--はい、菊池君。ラーメン、用意しといたわよ」
週2回、学食で働いているこのおばさんは、
治がラーメンにハマっていた時期のことを
覚えてしまっていて、治の顔が見えると、
治の注文を聞く前にラーメンを作り出してしまうのだ。
治が列の前に来る前に完成するように。
「--はは、、どうも…」
治は、頭をかきながら、ラーメンを手に、机へと座る。
「あれ?あんた、
カレー食べるぜ!って叫んでなかったっけ?」
幼馴染の保坂 美野里(ほさか みのり)が言う。
彼女は小学生時代から一緒の女の子で、
中学卒業時に別の進路に進み、
しばらく音信不通だったものの、
大学で偶然再会したのだった。
彼女の麻美とも親しく、
よく麻美ともガールズトークを繰り広げているような間柄だ。
「ん…いや、、その…まぁ、色々」
食べてるものがラーメンに変わっていることを指摘され、
治は苦笑いする。
「---そんなにいつもラーメンばかり食べてるから
ラーメン治なんてあだ名がついちゃうのよ…」
美野里が言う。
ラーメン治。
確かに一部からはそう呼ばれている。
「--うるさいなぁ…
俺だって好きでラー…」
背後にたまたま学食のおばさんが通りがかったのに気付き、
治は咄嗟に言葉を変えた
「俺だって好きでラーメン食べてるんだよ!」
よく分からないことを叫んだ治を、
美野里はあえて無視した。
「でさ…アンタ・・・」
美野里が気まずそうに言う。
治はその言葉を遮った
「いいや!その話はしないでくれ!
今はそんな気分じゃないんだ」
そう言うと、治が動揺した様子で蓮華を
ラーメンのスープの中に落とした。
「あ~もう、これじゃあスープ飲めないじゃんか…」
治が悲しそうに蓮華を見て呟く。
「ーー新しい蓮華借りてくればいいじゃない」
呆れた様子で美野里が言う。
「ま、、まぁ…確かに」
いつもの日常。
そう、いつもの。
だがー、治は決意していた。
”美野里”にも協力してもらうー と。
「---…悪く思わないでくれよ」
治は新しい蓮華を貰いに行きながら、そう呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
今日は休みだ。
天気予報通り、
騒々しい雨粒が窓に当たり、音を立てている。
時折、外が光ってはやかましい音が聞こえてくる。
「---あ~あ、外出面倒くさいし、
冷凍食品で済ますか!」
治はそう呟いて思う。
”栄養のあるものも、少しは食べなさいよ!
治の体に何かあったら、わたし…”
冷凍食品やレトルト食品ばかり食べていた治に、
彼女の麻美はよくそう言っていた。
「…ったく…おせっかいだなぁ…」
治はつぶやきながらも微笑んだ。
分かっている。
普段は優しい麻美が、家で色々何かを
言ってくれるのは、
全部自分のためだと。
そんな麻美の気遣いがとても、嬉しい。
だから治も、麻美の言うとおり、自分の
だらしない生活を改善しようとしてきた。
治は、自分で簡単な料理を作り、
それを口に運ぶ。
食事後、流し台に皿を置き、
治は自虐的にほほ笑んだ。
「--放置したら、また怒られるよ…。」
食べ終わった食器を1日以上置いたままにすることもあった治に、
麻美は怒っていた。
確かに、2,3日も皿をためるなんて、だらしなさすぎた。
”あの日”から
治は使い終わった食器はすぐに洗うようになった。
雷が外で鳴る。
冬だと言うのに、よく降っている。
大気が不安定なのか、南風が吹き荒れる。
食器を洗いながら、ふと治の目から
涙が零れ落ちた。
「・・・・・・」
治は手を止める。
「なぁ…俺…、、、
少しは立派になれたかな」
治が視線をキッチンの横に向ける。
そこにはーーー
彼女、島崎 麻美の
笑顔の写真が飾られたー
小さな”仏壇”があったー。
雷は嫌いだー。
あの日もーーーそう、こんな雨の日だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2か月前。
その日は、治の誕生日だった。
激しい雷雨の中、彼女の麻美が自宅にやってきた。
「すっごい雨…来るの大変だったよ~」
麻美が少し濡れてしまった服を拭きながら、
笑みを浮かべる。
「--はは、帰りは送っていくからさ」
車の免許を持っている治は言う。
この雨の中、麻美を帰らせるわけにはいかない。
その日は麻美と、色々話しながら楽しく過ごした。
同年齢とは思えないぐらい、麻美はしっかりもので、
治のことをよく気にかけてくれていた。
大学に入学して、
とある行事の際に出会った二人は、
共通の趣味があったこともあり、意気投合して
そのまま付き合い始めたのだった。
「--治も、だいぶちゃんとできるようになったよね」
麻美が笑う。
「なんだよ…弟みたいな扱いして…」
治が言う。
治は背がそれほど高くなく、
麻美より1、2センチほど背が低かった。
そのせいか、幼馴染の美野里からは、
よく「弟みたい」とからかわれていた。
「--ふふ、、でも嬉しい!
治がちゃんと頑張ってくれて」
麻美が言う。
麻美と出会う前の治の家は、本当にひどかった。
ゴミは散乱し、
漫画は開きっぱなし。
ポテトチップスが床に落ちていたこともある。
外では真面目だが、
自宅ではがさつ。
そんな人間だった。
「口うるさいからなぁ…
ちゃんとやらないと怒られちゃうし」
治が冗談を言うと、麻美は笑いながら
「言わないとやってくれないでしょ?」と言う。
確かにそうなのだが…。
治は、この日、麻美が家に来たい!と言い出したのは
何か誕生日の祝いでもしてくれるのかと密かに期待していた。
この数か月前の麻美の誕生日には、
治は奮発してプレゼントを贈ったものだ。
だがー。
麻美からはそんなそぶりはなかった。
雷が近くに落ちる
「きゃっ…」
麻美が驚いて声を上げる。
「はは、雷でそんなにビビるなって…!」
治が笑いながら麻美の肩を叩く。
ふと、麻美が流し台の方を見た。
「---あれ?治…
この食器、なんか干からびてない?」
麻美が食器に目をやる。
「あぁ…」
治は都合が悪い事に気付かれた!という
感じで、短く返事をした。
ちょうど、大学のとあるレポートで忙しくて
それどころではないのだ。
共同でレポートを作っていたやつがミスを
やらかしたおかげで、治は正直、この日、イライラしていた。
そしてー
麻美が”自分の誕生日を忘れているかもしれない”ということにもー。
「---まーたそうやって後回し!
これいつの食器よ?」
麻美が呆れた様子で聞く。
「2日前の晩飯かな」
治が愛想なくレポートを作りながら呟く。
「--2日前って…
汚いなぁもう!
ホラ、書きものしてないで先に洗いなよ」
ーーーレポートが上手く行かない
ーーー締切も近い。
イライラしていた。
八つ当たりだった。
「うるせぇなぁ!」
治が机をたたいて立ち上がった
「ちょっと何よ、その言い方!」
麻美が負けじと反論した。
「---大体いつもうるさいんだよ!
おせっかい!
麻美には感謝してるけど
鬱陶しいんだよ!」
治がそう言うと、
麻美が悲しそうな表情で黙り込んだ。
だが、それでもイライラにおさまらない治は、
溜めこんでいたものを吐き出すかのように言った。
「--もう帰れよ!
グチグチグチグチ…!
俺だって忙しいんだよ!」
治が叫ぶと、
麻美は目を涙ぐませて頷いた。
「……わかった……帰る」
麻美は荷物をまとめて、傘を持って
そのまま玄関の方に向かう。
「待てよ、送ってってやるから!」
治が「悪いことした」とふと思い、
そう言ったが
麻美は顔を向けずに言った。
「いいよ、忙しいんでしょ」
それだけ言うと、麻美は、雷鳴響く大雨の中
玄関から外に出て行った。
そしてーー
それが、麻美との最後の会話ーーー。
数時間後ーー
幼馴染の美野里から連絡があった。
”麻美が雷に打たれた” とー。
治の家から出た麻美は、近場の公園で、
雷に打たれ、緊急搬送された。
とーー。
治は信じられない気持ちでその言葉を聞いた。
そして、すぐに家を飛び出した。
”あの時、送っていってやれば…”
治は自分を呪った。
大学のレポートに関するトラブルは麻美には関係のないこと。
自分の誕生日だって、そんなに怒ることじゃない。
それなのにー。
病院に辿り着いた治は、膝を折ってその場で
泣き崩れた。
麻美はー助からなかった。
雷に打たれて、無残な姿となった
麻美の亡骸が運ばれていくー。
そしてー
治は後から知ったーー。
あの日、麻美は、治への誕生日プレゼントを用意していた。
雷に打たれた麻美が持っていたバッグの中に、
治が欲しがっていた、音楽プレーヤーが入っていたのだった。
麻美が雷に打たれたときに、
その場に落っこちて、濡れてしまっていたけれど…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
治は麻美の最期のプレゼントとなった
音楽プレイヤーを見つめる。
「俺…自分のことしか考えてなかったよ…
馬鹿だよな」
治が仏壇の前で麻美の写真を見つめる。
部屋に貼られた麻美の
優しい言葉を見つめる…
「--俺のこと心配してくれて、
言ってくれてたのに…俺は…」
麻美はあの日、
治に向けて何かメッセージを送ろうとしていた。
彼女の遺留品のスマホから、
そのことが判明した。
”ごめん、もうー”
そこで文章は途切れていた。
治には分かった。
「ごめん、もう無理」
麻美が、よく使う言い回し。
だから、分かった。
「愛想つかされて当然だよな…」
治は悲しそうに天井を見上げる。
麻美にもう一度会って、謝りたい。
彼は、麻美の死を受け入れられず、
あらゆる情報を調べあげたー。
そしてー
”麻美に会う方法”を見つけた。
”憑依”
ここから1時間ほどの山奥に、
とある神社がある。
そこはこの世とあの世をつなぐ境界線なんて
言われている場所だ。
その場所で死者の魂を憑依させて、
現世によみがえらせる方法があるのだという。
最初はくだらない、そう思っていた。
けれどー。
調べていくうちに、それでこの世に舞い戻った人間も居ることが分かった。
雪の日にー。
同性の人間の体を供物として捧げればー、
”会いたい人の魂”がその体に憑依して再会を
果たせるのだと言う。
治は、麻美の写真を持って呟く。
「麻美ーー、俺はお前に会いたいー」
3日後にちょうど、雪の予報が出ている。
本当に、麻美に会えるのかは分からない。
けれども、
もう一度麻美に会って、
もう一度やりなおしたいー。
机の上に飾ってある、
治と麻美が笑顔で写っている写真を見つめるー。
「--ーーー」
治は決意した。
もう一度麻美に会う、と。
そのために、
幼馴染の美野里の体を麻美にささげることをー。
「---麻美…」
その名を呟き、彼は
3日後に、亡き彼女の魂を幼馴染の美野里に憑依
させるべく、その下準備を始めるのだった。。
②へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
憑依要素0…(汗)
今日は前段階で必要だったので…!
明日は憑依までたどり着くはずです!
コメント
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ダークな終わり方希望です
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> ダークな終わり方希望です
コメントありがとうございます~!
結末は既に決まっていますが、果たして今回は!?…
と、いうことで次回もぜひご覧下さい^^
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果たしてどうなるのか……
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> 果たしてどうなるのか……
白か、黒か…
どちらでしょうね(笑)