姫と影武者が入れ替わってしまったー。
そっくりな二人は周囲に悟られないように、
入れ替わり状態のまま、過ごしていくもののー…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーーー」
王宮内のユリア姫専用の浴室で
入浴していたエレオノーラ(ユリア姫)は、
自分の腕を見つめるー。
そこには、消えない傷跡があるー。
普段は服で隠れている場所で、
入れ替わる前までは知らなかったもののー、
エレオノーラの身体には”2度と消えない傷跡”が残されていたー。
恐らくは、盗賊に襲撃された際ー、
あるいはそれ以前についたものなのだろうー。
「ーエレオノーラ…」
エレオノーラ(ユリア姫)は悲しそうに呟くー
「ーいつも、わたしのことを守ってくれてありがとうー」
一人、そう呟くー。
彼女は、本当によくやってくれているー。
できれば”影武者”などという立場ではなく、もっともっと、
何か違うあり方はないかどうか、
いつも考えているー。
けれどー…
彼女は貧しい村の出身ー
”何か”理由をつけなければ、王国内にも色々な考えの人間がいるため
”反対”されるー。
”そんな貧しい村の娘を近くに置いておくなどー”と、
不満を漏らす者もいるー。
今でこそ”影武者の役割は、彼女にしか務まりません”と、
強気に出ることができるー。
だがー、”影武者”以外の道を彼女に与えればー
王宮内で反発する人間も増えるだろうー。
「ーごめんなさいー…あなたに、こんな役割しか用意できなくてー」
エレオノーラ(ユリア)は心を痛めながら、一人静かにそう呟いたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
入れ替わった二人の生活は続くー。
エレオノーラ(ユリア)と、ユリア(エレオノーラ)が
共に食事をしながら、状況の確認を行うー。
「ーそうそう、マティアスが
”順調”だってー。
そう遠くないうちに、わたしたち、元に戻れるかもー」
エレオノーラ(ユリア)が笑いながらそう言うと、
ユリア(エレオノーラ)は少しだけ寂しそうな表情を浮かべたー
「エレオノーラ…?」
エレオノーラ(ユリア姫)が首を傾げながらそう言うと、
ユリア(エレオノーラ)は「あ、いえ、な、なんでもありませんー」と、
慌てた様子で食事を口に運び始めたー。
「ーそれにしてもー、
”味覚”って、人によって本当に違うのねー」
エレオノーラ(ユリア)が笑うー。
「このスープもいつも飲んでいた時とは全然違う味だしー、
このケーキもー」
その言葉に、ユリア(エレオノーラ)は少しだけ手を震わせたー。
そしてー、
その震えを抑えるかのように、口を開くー
「わ、わたしもー、姫様の身体になってから
なんだか、色々味が違ってー。
でも、だんだん慣れて来ちゃいましたけどねー」
そんな言葉を口にするユリア(エレオノーラ)の
顔色はすぐれなかったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーどう?順調かしら?」
ユリア姫の妹、セラフィーナが笑みを浮かべながら
ユリア(エレオノーラ)の元にやってくるー
「は、はいー…
姫様は”毒”には気付いていませんー」
震えるユリア(エレオノーラ)ー
「ーふふ
やはりわたしの思った通りですわー。
入れ替わったことによって”味覚”が違うからー
毒が入っていて味が変わっていても
お姉さまはそれを”味覚の違い”としか思えないー
あぁー、わたしってば、何て天才なのかしらー」
自分に酔いしれるかのように、
自分を抱きしめながら笑うセラフィーナ。
そんな彼女を見ながら、ユリア(エレオノーラ)は暗い表情を浮かべるー。
”姫”として、自分に手を振る民衆ー
”姫”として、王国の家臣たちに慕われる”わたし”ー
どうしても、その快感が頭に焼き付いて、離れないー。
そしてー
”極限の貧しさを知るわたしのほうが、姫様よりも、もっと民たちのことを
考えてあげられるー”
最近では、そんな感情も強まりつつあったー。
けれどー…
”ユリア姫”が助けてくれた恩義は忘れないしー、
ユリア姫のことは今でも”だいすき”だー。
愛情とー、
欲望ー、
その狭間で、ユリア(エレオノーラ)は悩んでいたー。
”ーーーふふふふー
あなたが女王になれば、
あなたを裏から言いなりにすることなんて、たやすいことー
所詮あなたは小汚い下賤の輩に過ぎないのだからー。”
セラフィーナは、ユリア(エレオノーラ)のほうを見つめながら笑うー。
”ーわたしこそが、クローバー王国女王にふさわしいのよー”
そう、心の中で囁きながらー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エレオノーラ(ユリア姫)は、
側近のマティアスと共に、先祖が眠る墓地にやってきていたー。
数か月に一度、いつもこうして
先祖に花を添えているー。
かつて、ユリア姫の先祖は、
強大な力を持つ魔王と戦ったのだと言うー。
その戦いでユリアの遠い先祖・セレスは命を燃やしー、
魔王と共倒れになってのだと言うー。
”伝承”が正しく伝わっているのかどうかは分からないー。
実際に起きたこととは、異なる伝わり方をしているかもしれないー。
”美化”されているかもしれないー。
けれど、長く続くこのクローバー王国を背負うものとして、
ユリア姫は、先祖たちに祈りを捧げるー。
「ーー魔王フォーティスに、魔女カミーラ。
今の平和な世からすると、考えられない戦いが
遠い昔にはあったということですなー」
マティアスが、墓地の周囲の刻まれた古の戦いの記録を
見つめながら呟くー。
「ーえぇ…それをわたしたちの先祖様が乗り越えたからこそー、
今があるー…
だから、これからもこの平和を、守って行かないといけないー」
エレオノーラ(ユリア姫)がそう言うと、
マティアスは穏やかな表情で頷いたー。
今一度、墓に手を合わせるエレオノーラ(ユリア姫)ー
”ー今回は、他の子の身体で、失礼しますー…”
自分の身体以外の身体で墓参りに来たことを心の中で詫びながら、
エレオノーラ(ユリア)は、祈りを捧げるー。
がーー
その日の夜ー、
王宮に戻ったエレオノーラ(ユリア)は急変したー。
セラフィーナから提供され、
ユリア(エレオノーラ)が、エレオノーラ(ユリア)の食事に
盛っていた毒が、ついにその恐るべき力を発揮したのだー
「ーーごめんなさいー…最近ーー体調がすぐれなくてー」
エレオノーラ(ユリア)が苦しそうに言うー。
マティアスと、ユリア(エレオノーラ)が心配そうに
その様子を見つめるとー、
エレオノーラ(ユリア)は口を開いたー
「ーわたしにもしものことがあったらー
エレオノーラ…あなたが”わたし”になってー」
エレオノーラ(ユリア)の言葉に、
ユリア(エレオノーラ)は、少しだけ表情を歪めるー。
「ーーーわたし、ずっと、あなたに”影武者”をやらせてることを
心苦しく思ってたー
でもー…もしー…もしも、わたしが死んだらー……」
エレオノーラ(ユリア)が苦しそうにしながら
言葉を続けるー
「ーー…あなたをーーーもう、”影”として扱わなくて済むー」
エレオノーラ(ユリア)は、自分が死んだら、ユリアの身体になった
エレオノーラに”代わり”をやってほしい、と伝えたー。
「影武者じゃなくてー、あなたが、本当の女王になって、
この王国の平和をー」
目から涙をこぼすエレオノーラ(ユリア)ー
ユリア(エレオノーラ)は、”わたし…なんてことをー…”と、
今になって震えていたー
叫び出したい気持ちになりながらー、
必死にそれをこらえるー。
しかしー、夜明け頃になって、
エレオノーラ(ユリア)の容体はさらに悪化したー。
苦痛にもがき苦しむ彼女を見てー、
ユリア(エレオノーラ)は泣きながらその手を握りー、
「ごめんなさいー ごめんなさいー」と、何度も何度も呟いたー。
そしてーーー
エレオノーラ(ユリア)は朝方に息を引き取ったー。
殺して、しまったー。
”姫”ー
そして”元自分の身体”の亡骸を前にー、
ユリア(エレオノーラ)は、放心状態で口を開いたまま
座り込んでいたー
「ーーーー…姫様ー」
側近のマティアスは、悲しそうに
エレオノーラの身体のまま死んでしまったユリア姫のほうを見つめたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日後ー
マティアスと共に、”死んだのは影武者”
ということにして、ユリア(エレオノーラ)は
”姫様の死”を隠していたー。
だが、マティアスはユリア(エレオノーラ)に後を継がせることには
慎重派のようだったー。
かと言って、ユリアの妹・セラフィーナとも距離を置いているマティアスは
頭を悩ませているようだー。
がーーー
「ーあのおじいちゃんには、そろそろお迎えが必要ですわ」
セラフィーナが笑うー。
「ーそ、それはー…?」
ユリア(エレオノーラ)が聞き返すと、
セラフィーナは笑ったー。
「お姉さまと入れ替わったことを知る、唯一の人間を
消してしまえばー
あなたが正真正銘の”ユリア姫”になるのー」
クスッと笑うセラフィーナ。
「ーーあぁ、わたしってばやっぱり天才
うふふふふふふふふふ」
扇子をバタバタとさせながら笑う
セラフィーナ。
ユリア(エレオノーラ)は、戸惑いながらもー
”もう、わたしの手は汚れているー…”
と、マティアスの”暗殺”を決断してしまったー。
その日の夜ー…
ユリア(エレオノーラ)とセラフィーナは、
マティアスを呼び出しー、
そしてー、自殺に見せかけて”処分”したー。
「おほほほほほほほほほほ!
これで、あなたが正真正銘のユリア姫ー わたしのお姉さまですわ!」
嬉しそうに笑うセラフィーナ。
マティアスは死んだー。
もう、ユリア姫とエレオノーラの入れ替わりを知る人間はいないー。
そしてー、
”身体”はユリア姫のものー。
もう、誰も、ここにいる”ユリア姫”が、ユリア姫であることを疑わないー。
”死んだのは影武者”
そういうことになって、真実は闇に葬られるのだー。
「ーーー入れ替わったことを知る人間がいなくなればー
わたしが、ユリア姫ー」
ユリア(エレオノーラ)はそんなことを呟くー。
ユリア姫に対する恩義は今もあるー。
感謝もしているー
ユリア姫のことは大好きだー。
けれどー
権力を前にー
”女王の快感”を知ってしまったユリア(エレオノーラ)は
もう引き返すことはできなかったー
「ーえっ…?」
セラフィーナが表情を歪めるー。
ユリア(エレオノーラ)が、セラフィーナを刺したのだー。
「ーーー……え……な……なにこれ……血?」
状況を理解できず、ユリア姫の妹・セラフィーナが
自分の手を見つめていると、
ユリア(エレオノーラ)は微笑んだー。
「姫様と入れ替わったことを知る人間がいなくなれば
わたしが正真正銘のユリア姫だと言ったのはー、
あなたですよー?」
ユリア(エレオノーラ)が笑うー。
ただ、純粋だったはずの貧しい村の出の娘はー
権力に溺れてしまったー。
苦痛の表情を浮かべながらセラフィーナは歯ぎしりをするー
「ーこの……卑しい下賤の輩が…!」
セラフィーナが鬼のような形相でそう言うと、
ユリア(エレオノーラ)は微笑んだー
「ーーさようならー
”わたしの”哀れな妹ー」
とー。
その日ー、
姉を抹殺して、女王の座を狙っていた妹・セラフィーナは
”マティアスを暗殺した後に、ユリア姫によって斬り捨てられた”ことにされてー、
ユリア(エレオノーラ)に殺害されてしまったー。
まさか、影武者を唆した結果、自分まで斬られることになるとはー
彼女も予想していなかったのだろうー。
その死に顔は、苦痛と屈辱に歪んだものだったのだと言うー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それがー
”2年前”の出来事ー
今、王宮は燃えているー。
疲れ果てた様子でー、
ボサボサの髪を掻きむしりながら、
ユリア姫として”2年”振る舞い続けたエレオノーラは自虐的な笑みを浮かべていたー。
結局ー
彼女は女王の器などではなかったのだー。
”影武者”として、ユリア姫の側にいた頃が、一番幸せだったー。
ユリア姫のフリをして、女王の座に君臨してー…
けどー…ユリア姫のように慕われる女王にはなれなかったー。
次第に、”女王”の座に溺れて、周囲の意見も聞かなくなり、
民に暴政を振るうようになったユリア(エレオノーラ)の統治はー、
1年もたずに信頼を失いー、
そして、2年で反乱が起きたー。
王宮に仕える第3騎士団長・ヴァリオを中心として
”これ以上は、姫に仕えることはできぬ!”と反乱が起きたー。
既に、臣下からの信望もすっかり失っていたユリア(エレオノーラ)は
あっという間に追い詰められ、後はただ、死を待つのみになっていたー
「ーー姫様ーーー」
自室の窓から、炎に包まれた王宮を見つめて涙をこぼすー
「ーわたし、どうすればいいんですかー…?
姫様ー…教えてーー…
お願い、教えてー…」
もういない”ユリア姫”に、何度も何度もそう尋ねながら涙をこぼすー。
「ーーわたし…わたし…女王になったのにー…なんで…
なんでみんな言うことを聞いてくれないのー…」
”ユリア姫”に憧れていたのにー、
結局自分は、”醜い”と思っていたあの妹、セラフィーナと同じような人間だったー
イヤと言うほど、それを思い知らされたー。
ユリア(エレオノーラ)は、反乱を起こした騎士たちが自分の部屋に
近付いてくる足音を聞きながら、
後悔に満ちた声で呟いたー
「ーー姫様ー…ごめんなさいー…」
とー。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
そっくりな二人だからこその入れ替わり物語でした~!☆
入れ替わることさえなければ、権力に溺れることなく、
今頃、それなりに平和な時代が続いていたのかもしれませんネ~!
お読み下さりありがとうございました~~!
コメント
クローバー王国は滅びてしまったんですネ( ;∀;)
権力を持ったり、権力を持とうとした人間も滅びていく…
去年の大河ドラマの「13人の鎌倉殿」もそうでした…死に過ぎでしたけどネ…
自分も日本初の女性総理大臣になった時は気を付けます笑
庶民の苦労しても報われない人を救う政策がメインなのデス☆
いつもありがとうございます~!☆
クーデター的なものなので、クローバー王国自体は健在デス~!☆
第3騎士団長を中心とした人々がまた王国を復興させていくことになりそうですネ~!
影武者のエレオノーラは、もしも入れ替わらなければ
良い人生を送れたのかもしれません…☆!
大事なクローバー王国を滅びてゴメンなさいm(._.)m
妹のセラフィーナながあっさり刺されて殺されたのが意外でした!
ひとつの入れ替りが大きな崩壊に繋がりましたね…
入れ替わりさえなければ…!な、結末ですネ~!
セラフィーナは自分に酔っていたので、
まさか影武者ごときに…!という状態でした~!