<憑依>1年後の美貌 ~その、十年後~(後編)

憧れの存在に憑依しー
自分の醜さをイヤと言うほど味わった彼…

しかし、その10年後、
彼は何とか立ち直っていたものの…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーー絶対に許さないー
 あんたのことーーー
 絶対に呪ってやるから!」

美乃梨の言葉を思い出すー

帰宅した千奈津は耳を塞ぎながら

「ーーもう、過去のことなのにー」
と、呟くー。

千奈津に憑依した隼吾は、あれから10年ー
千奈津として生きてきたー

先輩の誠也とも婚約してー
”憧れの人生”を手に入れることはできずともー…
それなりの人生を手に入れることはできたー。

なのにー

「ーーあはははははは!
 わたしの方が、可愛いし~!
 っていうか、美乃梨ってよく見るとブスだよね~」

「あんな彼氏と付き合ってるなんて
 信じれらな~い!」

「ーわたしの可愛さに嫉妬してるの~?ふふふふふ」

あの時の自分は”クズ”だったー。
それは、自分自身でも思うー。

千奈津の身体を手に入れたことにより
有頂天になりー、
友達も、美貌も、健康も、成績も、何もかもを失い、
恐ろしいほどまでの転落を味わったー

別人のように太り、部屋に引き籠って
ブツブツと文句を言いながら
コーラをガブ飲みしていた時の
”千奈津”は、もはや千奈津ではないなにかー
そう”クズな僕自身”になっていたー

あのあとー、雑貨屋のおじさんからの言葉を受けて
考えを改めた千奈津…いや、隼吾は
ここまで日常生活を取り戻すことが出来ているー

けれどー
10年前のあの時の”悪行”は消えないー

高校卒業目前から、大学生になったころまでの”千奈津”に
傷つけられた人間は、数えきれないほど存在しているのだからー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーわたしの身体を返してー」

声が聞こえるー

「1度きりの人生を、わたしはあなたに奪われたー!」
「許さないー」
「許せないー!」
「わたしの人生を、返してー」

そんな声が響き渡るー。

隼吾は、ふと気づくと、自分の身体に戻っていたー。

千奈津が、怒りの形相で、目に涙を浮かべながら
闇の中から迫って来るー

「許せないー
 わたしの身体ー
 わたしの人生ー

 許せないー
 わたしが、あなたに何をしたの?
 何でわたしの身体を奪ったのー?

 今、そこそこ幸せー?
 人の幸せを奪っておいて、
 他人の身体で幸せになるなんてことー
 許されるの?」

千奈津に罵倒される隼吾は
耳を塞いでしゃがみ込むー

「ごめんなさいーごめんなさいーごめんなさいー」
小刻みに震えながら、
謝罪の言葉を連呼する隼吾ー。

「ーーわたしの身体を、返してー」
「ーー絶対に、絶対に、絶対に、絶対にー許さないー」

悪魔のように歪んだ千奈津の顔ー

高校時代の優しい千奈津の顔が、悪魔のように歪んでいるのを見てー
悲鳴を上げる隼吾ー

恐怖のあまり、大声で叫ぶとーー

そこはーー
千奈津の”家”だったー

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
周囲を見渡して、今の光景が”夢”であることを理解するー

千奈津は冷や汗をかきながら、何度も何度も荒い息をすると
ようやく心を落ち着けて、洗面台で顔を洗いー
ため息をついたー

”千奈津から恨み言を言われる夢”は、
実はー、前から見る。

いやー
正しく言えば”9年前”から見るー。

千奈津に憑依した最初の1年は見なかったー。
だが、雑貨屋のおじさんと話をして、”前向きに”生きていくことを決めてから
定期的に見るようになったー。

きっとー、”自分を見つめ直し”心を入れ替えたことで、
千奈津の身体を奪った罪悪感を感じるようになったのだと、
自分では思っているー。

最初ー
身体を奪った直後は、そんなこともなんとも思わなかったしー
自分の性格の悪さを極限まで発揮してー
”嫌われものの千奈津”に転落したー。

でも、今は違うー。
憑依してから1年後ー
”何もかも失ったあの時”心を入れ替えてから
千奈津に対する”申し訳ない”と言う気持ちが芽生えたー。

その結果ー
定期的に見るのだー。

こういう、夢をー。

とは言え、
憑依してから10年ー
だんだんとその罪悪感も薄れたのかー
最近は”千奈津に恨み言を言われる夢”は
あまり見なくなっていたー

でも、今日は久しぶりにー
それも、強烈にー。

昨日、美乃梨と再会したことが原因なのだろうー。

「ーーー……わたしはー……普通に…普通に生きたいだけー
 もう、憧れじゃなくてもいいからー」

千奈津に憑依した隼吾はそう呟くー

”今、そこそこ幸せー?
 人の幸せを奪っておいて、
 他人の身体で幸せになるなんてことー
 許されるの?”

夢の中の千奈津に言われた言葉を思い出すー。

あれは、”千奈津本人の意志”なのか、
それとも、ただの夢なのかー

「ーー影野さんは、今、どうなってしまってるんだろうー…」
千奈津はそう呟くー

”影野 千奈津”の身体を奪った隼吾ー
身体を奪われた千奈津は今、どこにいるのだろうー。

もしー
もしも、千奈津がまだ”この身体の中”で眠っているのだとしたらー
夢に出て来る千奈津はもしかしたら”夢”などではなくー
本当の千奈津なのかもしれないー。

そんなことすら思いながらー、
千奈津は今日も会社に向かうー

”呪ってやるー”
”呪ってやるー”

乗っ取った千奈津と、高校時代の親友だった美乃梨の言葉が
思い出されるー。

ため息をつく千奈津ー。

「大丈夫?」
婚約した誠也が、休憩中に声をかけてくれたー。

千奈津はため息を深くつきながら
「わたしー…嫌な女じゃないよね?」と、
変なことを聞いてしまうー。

誠也は「なにかあったのか?」と、不安そうに千奈津を見つめるー。

だがー、千奈津はそれ以上は何も言うことはできなかったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

美乃梨と再会してからー
”嫌でも”過去の自分を思い出してしまったー。

人として、どうしようもない自分をー。

いやー
今はマシになった、というのも幻想なのかもしれないー

だって、今もー
”奪った身体を使って”自分だけほどほどの幸せを
手に入れようとしているのだからー。

次第に病んでいく千奈津ー。

美乃梨との再会ー
それだけで、自分がこんな風になってしまうとは
思わなかったー。

美乃梨が何をしてきているわけでもないー
あの日以降、美乃梨は何もしてきていないー。

だがー
美乃梨との再会をきっかけにー
”知らなくてもいいこと”を調べてしまったー

それはー”同級生たちのSNS”ー。

当時の情報を頼りに、千奈津は何人かの同級生の
SNSを見つけたー

そこでー
”あの女は本当に最悪だったー”というーーー
千奈津について書かれた記述を見つけてしまったー

「ーーー」
心を抉られるような衝撃を受けたー

自分にとっては過去のことー
けれどー、過去についた”傷”は消せないー

高校時代、”千奈津に憑依した隼吾”が周囲を傷つけ、
横暴な態度を取ったという現実は消えないー。

”ーー泥棒!
 絶対に許さないからー…!
 地獄に引きずり込んでやるからー!”

千奈津のそんな声が聞こえるー。

「ーひっ…… ひやぁああああああああああああ!?!?!?」

足を引きずられそうになり、大声で悲鳴をあげて目を覚ます千奈津ー。

顔色は真っ青でー、
表情は明らかにやつれているー。

連日、”千奈津の夢”を見るようになったー。

いつまでも、いつまでも、罪悪感は消えないー。

やがて、体調を大きく崩し、会社にも行けなくなってしまったー。
誠也ともちゃんと接することが出来ずー
精神的におかしくなってしまった千奈津はー
今度は激やせして、すっかりとげっそりした状態に
なってしまっていたー。

毎晩のように”千奈津”の夢を見るようになりー、
その恐怖から逃げるようにしてー、
酒に溺れてー、
千奈津は、会社を辞め、誠也との婚約も破談になってしまったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

千奈津は、夜の街で欲望に身を投じていたー。

夜の仕事で、自分の身体のことも顧みずに、
ひたすら欲望を満たしていく日々ー。

快楽を味わっている最中はー
気持ちよく喘いでいる最中だけはー
”この辛い気持ち”を忘れることが出来たー。

堕ちるところまで堕ちたー。

自分でも分かっているー
でも、もうどうすることもできない。

「ーーはぁ…♡ はぁ…♡」
今日も気持ちよく喘いでー
自分の罪から逃れるかのように快楽に狂って
ふと、天井を見上げながら思うー

僕はー
わたしは、何をしているだろうー

とー。

”影野さんの身体を奪って、僕はどうするつもりだったのだろうー”
とー。

もしもー、
もしもあの時”憑依する”という道を選んでいなかったのならばー、
僕はどんな人生を送っていたのだろうー。

身も心も再びボロボロになった千奈津はー
ふと気づけば、あの雑貨屋を訪れていたー。

「ーーーそうかーそれは辛いねー」
雑貨屋のおじさんは、昔と同じように、そう呟いたー。

彼はー…
”若い頃に憧れの先輩に憑依してしまったサッカー部の女子マネージャー”だー。

”己への戒めのため”店先に置いてあった憑依薬を
隼吾が持ち出してしまったことからー
隼吾の、千奈津に憑依して、今に至るまでの苦しみが始まったー

「ーでも、それは仕方がないんだー。
 受け入れて、生きて行かなくちゃいけないー」

おじさんは言うー。

「ー私もそうだよー
 先輩のことを未だに夢に見るー
 夢の中の先輩は、私に対して怒ってるー。

 きっと、私自身が先輩のことをまだ気にしているんだろうしー、
 きっと、先輩も私に怒っているんだと思うー。」

雑貨屋のおじさんの言葉に、千奈津は「僕はどうすればいいんですかー」と
目に涙を浮かべながら言うー。

「ーそれが、隼吾くんと、私の罪だー。
 私たちは、その罪をずっと背負いながら生きて行かないといけないー。
 
 私たちに出来ることは、せめて”奪ってしまったこの身体”の名誉を
 傷つけないように、最後のその瞬間まで自分なりに出来る範囲で
 生き抜くことー

 私はそう思ってるよー」

雑貨屋のおじさんはそう言うと”高校時代の先輩”の写真を見つめるー。

「ー隼吾くんにも、できるさー。」
雑貨屋のおじさんは言うー。

「身体を奪ったという罪は永遠に消えないしー
 憑依したあとにやってしまったことも、永遠に消えない
 けど、それは仕方のないことなんだー。

 私と、隼吾くんはー
 ”とんでもないもの”を盗んでしまったんだからー。

 人の人生を盗んだ私たちは、ずっと、苦しみ続けなくてはいけないー
 最後のその瞬間まで」

雑貨屋のおじさんの言葉に、
千奈津は自虐的に笑うー。

「それが、僕の人生ですかー」
とー。

「ーそう」
雑貨屋のおじさんは、冷たくもー、暖かくそう頷いたー。

「でも」
と、少しだけ表情を緩めながら笑うー。

「ー永遠に苦しみ続ける人生の中でも、
 光を見つけることはできるー。」

その言葉に、千奈津は今までのことを思い出すー

”わたしはー”

そうー
美乃梨は”呪ってやる”と言っていたけれどー
あれ以降は何もしてきていないー。

”千奈津の夢”は、たぶん、自分が千奈津に対する
罪悪感をずっと抱えているからー。

本当だったら、誠也と結婚してー、
あの会社で今でも働いてー
そんな人生が待っているはずだったー

確かに過去にしたことの罪は消えないー
ずっとこの先も苦しみ続けるだろうー。

でも、誠也や、仕事ーそういったものを全部放り出して、
逃げて、自暴自棄になって夜の仕事に溺れたのはー、
全部、”わたし”の決断ー

「ーーー苦しみから逃げちゃダメだー。
 戦いなさいー。
 最後のその時までー

 それが、私や隼吾くんに出来る唯一の償いー。

 身体を返すことも、謝ることも私たちには許されないー。
 
 でも、それでも今の隼吾君を大事にしてくれる人はきっといるしー
 苦しみの中でも、居場所は見つかるー。

 逃げちゃ、ダメだー」

雑貨屋のおじさんの言葉に、
千奈津は「そう…ですねー」と、呟くと、
「おじさんもー”まだ”苦しみ続けているんですか?」と、尋ねるー

「もちろんー
 人の身体と人生を奪うって言うことは、そういうことなんだよー
 私も、隼吾くんも、それに気づかず、他人の身体を奪ってしまったー

 …私もー、今でも見るよー先輩の夢を」

雑貨屋のおじさんはそう言うと、
千奈津は頭をペコリと下げて
「やっぱり、ここに来てよかったですー」と、
少しだけ笑ったー

「それは良かったー。
 
 隼吾くんーーー
 苦しいけれど、一緒に、頑張ろうー」

雑貨屋のおじさんの言葉に、千奈津は静かに頷いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

”また”全部失ったー

仕事も、誠也もー、
何もかもー

でもーーー

「ーーー」
千奈津は、自分の姿を鏡で見つめるー。

”せめてー
 私たちにできるのは、奪ってしまった身体を大事に使うことー
 
 そして、最後まで苦しみ通してー
 死んだあと、向こうで、謝ることー

 もちろん、許してもらえるとは思わないけどねー”

雑貨屋のおじさんはそうも言っていたー

身体を”返却”できるならー
返却したいー

けど、それは”不可能”ー。

そうなった以上ー
この身体をできる限り大切に使うことー
それが、償いなのかもしれないー

「ー10年経っても、辛いやー」

千奈津はそう呟きながら涙をこぼすとー

「でも、”奪われた”影野さんは、きっともっとつらいんだよねー」

そう、呟くと
10年前の自分の”憑依”が、どれほど大きな罪だったかー、
それを改めて自覚して、千奈津になった隼吾は
千奈津として、できる限り生き抜くことを
改めて決意するのだったー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

「1年後の美貌」の後日談でした~!

今になってこの作品の10年後を描くことになって、
私も懐かしい気持ちでした~!

書き終えたあとにふと思ったのですが
”本当に10年後”に書くのも
面白かったかもしれないですネ~笑

お読み下さりありがとうございました~!

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憑依<1年後の美貌>

コメント

  1. 匿名 より:

    前向きに頑張ろうとしても、中々うまくいかない感じですね。
    自業自得といえばその通りなんですけども。

    それにしても、他の作品の憑依人では、他人の身体や人生を奪っても、全く罪悪感もなく、新しい人生をエンジョイしてるタイプのが多いので、この話みたいにまともに罪悪感感じてる憑依人は珍しいのでなんだか新鮮ですね。

    • 無名 より:

      ありがとうございます~!★

      20年後には上手く言っている…かもしれません~笑

      確かに罪悪感を感じている人は少な目ですネ~!