<憑依>地獄へのフライト③~幸せ~(完)

彼女の憑依された姿が病み付きになってしまった
彼氏は、彼女にその演技をして欲しいと嘆願するー

そんな変なお願いをされても快諾する彼女。

幸せな彼に待ち受ける、結末とは…。

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「ぐふふふふ…この身体は俺のものだ~♡」

ぎこちない演技で叫ぶ玲奈。

飛行機の中で見た夢を
きっかけに正樹は
玲奈が憑依されている姿が
忘れられず玲奈にお願いして
演技をしてもらっていた。

「う~ん」

正樹が呟く。

「----」
玲奈が正樹の方を見つめている。

「う~んって何よ!」
玲奈が苦笑いしながら叫ぶと
正樹は言った。

「あ、いや…ほら…
 夢の中で見た玲奈は
 もっと本当に憑依されてたなぁ~って

 なんかこう、ゾクゾクが違うんだよな」

正樹が言うと、
玲奈は不貞腐れたように
頬を膨らませた。

「正樹のために頑張ってるのに~ひどい!」

「はは…ごめんごめん」

旅行は終わり、
正樹と玲奈は順調な関係を続けていた。

正樹はあの日以降、
こうして玲奈に”憑依された演技”をしてもらって
玲奈とエッチをしている。

最初はドン引きされるかと思ったけれど
玲奈も以外と乗り気で
色々な格好をしたり
色々なシチュをやってくれるー

けどー

「--、あははははは、わたし、
 のっとられちゃった~!」

演技が致命的に下手だった。

「う~ん…下手…」
正樹が呟く。

「失礼ね!」
玲奈が叫ぶ。

「--わたし、演劇部でもなんでもなかったし、
 無理だよ~」

笑いながら言う玲奈に対して
正樹は
「諦めたらそこで試合終了だよ」と呟く。

玲奈はやれやれと言う様子で、
苦笑いすると、
”そろそろお昼にしよ”と呟いた。

12:46-

二人は昼食を食べながら
今後についての話をした。

大学の卒業も目前に迫っている。

正樹と玲奈は
それぞれ就職し、
社会人として
働き出すことになる。

最初は、仕事に慣れることが第1だろうかー

そして、ある程度落ち着いたら
二人は結婚するつもりでいたー

「---はぁ…緊張するなぁ」
正樹は緊張のあまり、
まるで水に溺れたかのように
ずぶ濡れになりながら汗をぬぐう。

「--まだ緊張するには早いでしょ?
 まず社会人として
 ちゃんとやっていくようにしなくちゃ」

玲奈が言うー

さっき、憑依されたフリをしてもらう時に着てもらった
バニーガール姿のままなので、
正樹はついその太ももに目が行ってしまっている。

「--ちょっと!聞いてる!?」
玲奈が怒りっぽく言う。」

正樹は玲奈の太ももを見つめながら
「聞いてるよぉ~ふふふ」と
返事をしたー

玲奈も案外、
憑依された演技にノリノリみたいだし、
変な夢だったけど、
あの夢がきっかけでこうして
楽しめていると考えると
正樹はそれはそれで悪い気はしなかった。

幸せな日々は続くー

大学を卒業する正樹ー
嬉しさのあまり、濁流のように涙が出たー

就職までの期間、
玲奈と遊んだり、友達と遊んだりする正樹ー

そしてー
新社会人になって
就職する正樹ー

なぜだろうかー。
なかなか、人の名前を覚えることができないー

いや、モブのように、特徴がない。
社会人とはこんなものか。

上司も、先輩も、同期も、
入社した会社の人間は
みな、特徴がなかった。

そう、自分の人生とは
関係のない、モブのようにー

顔がのっぺらぼうとでもいうべきだろうか。

だがー
そんな会社でも1か月が過ぎー
だいぶ、仕事に慣れてきた。

「ふ~」
正樹は、最近、少しだけ
体調に異変を感じていた。

新社会人として
働くことに疲れているのかもしれない。

時々、呼吸が苦しい―
そんな気がする。

少しヒマになったら病院に行ってみようー

そんな風に思いながら
正樹は家へと向かうのだったー

仕事は順調に進むー

そして、ついに玲奈と結婚するその日がやってきた。

緊張していた両親との挨拶も終え、
結婚式の当日ー

玲奈は、あれからも憑依された
演技で楽しませてくれる。
最近は、だんだんと演技も上手になってきた。

結婚したら、
毎晩のように、いっしょに楽しめるだろうー。

だがー

「---はぁ…」
正樹は溜息をつく。

「まただよ…」

最近、正樹は謎の現象に襲われていたー

時々、
自分が”海に飛び込んだかのように”
急にずぶ濡れになることがあるのだー

そういえば、
あの旅行を終えた頃からだー
自分がやけに汗をかきやすい気がしていたしー

それにー

なんだか、”新しいこと”に無頓着になった気がする。

そう、言うならば
”今まで体験したこと・記憶したことを
 ベースに人生を送っているかのような”

そんな、感じだ。

新しいものを購入する意欲が湧かないー
覚える意欲が湧かないー

まるで、自分の記憶を
組み合わせて、無理やり新しい日常を
作っているかのような、そんな感覚。

会社の人間の顔を覚えられないのもそうー
いや、名前すら覚えていないー

自分の記憶にないからなのか。

それはよく分からない。

そもそも、玲奈の両親とは
いつ挨拶した?

あの旅行から
まだ数時間しか経っていない気がするのは何故だ?

実際にはもう1年が経過しているのに、
ダイジェストかのように、
時間が素早く進んでいる、
そんな気がするー

「--…はっ!」
正樹は気づくと、
結婚式会場にいた。

周囲は拍手で玲奈と正樹を祝福している。

ウェディングドレス姿の玲奈が
嬉しそうに微笑む。

正樹は唖然としながら
周囲を見渡す。

まただー

自分がずぶ濡れになっていることに気付くー

でも、周囲は何も言わない。

「---玲奈…」
正樹が自分の心を落ちつけようと
玲奈の名前を呟くと、玲奈は、優しく微笑み返してくれた。

「--正樹…これからもずっといっしょだよ」

とー。

「あ…あぁ…ずっといっしょだ」
正樹の不安が急速に失われていくー

そうだー
何も不安に思うことなんてないー

自分は、玲奈と結婚し、
幸せな家庭を作り上げていくー

それだけだー。

何も、

「---ずっとずっと…いっしょだから…」
玲奈が急に涙をこぼし始めた。

「--玲奈…?」
正樹は、そんな玲奈を見つめて、
不思議そうに首をかしげたー

正樹が腕にしている腕時計の時間はー
12:46を示しているー

そう、進んでいないー

1分もー。

「------」

人はー

死の間際ー

どんな光景を見るのだろうかー

それは、
誰にも分からないー

だってー
死んだ人間は、もう、喋ることができないのだからー
生きている人間に、何かを伝えることは
できないのだからー

「---…あ」

海上に墜落した航空機ー
半分は浜辺にー
半分は、沈みかけている状態ー

「--あ…」
正樹は、虚ろな意識を取り戻すー

濡れているー
全身がー
海水で、濡れているー

息苦しいー

自分の腕時計を見るー

12:46-

時計が、壊れて止まっているー

「---あ…れ…」
正樹は呟く。

自分は結婚式を迎えていたはずだとー

「ああはははははは…ははははは」

不気味な笑い声が聞こえてくるー

海水に沈みかけて、
真っ暗になった機内ー

既に、
乗客はほとんどが息絶えているのかー
静まりかえっているー

「--あはははははははは!
 あはははは♡」

その笑い声には、聞き覚えがあったー

玲奈だー。

正樹は、ボロボロになった身体ー
本当なら、もう立ち上がることのできないであろう
身体を、無理やり動かしたー。

玲奈への強い想いが、正樹を動かしたー

「---」
正樹は、涙や血を流しながら、
笑い声のする方向に歩いていく。

正樹は思うー

夢ー。

そっかー。

夢だったのかーと。

飛行機は墜落したー
”墜落する夢を見て、目を覚ましたー”
のではなく、”墜落して、その後の人生の夢を見たー”

「---ははは…」
正樹は自虐的に笑う。

おかしいと思ったー

急にずぶ濡れになったりー
新しい出来事を覚えることができなかったりー
そういえば見る度に時計は12:46を
示していた気がするー。

「---玲奈…」

正樹は、沈みゆく旅客機の中で
玲奈の笑い声の方に向かうー

「あは…ははは…」
ボロボロになった玲奈が憑依されたまま
笑い続けていたー

「--玲奈!」
正樹はやっとの思いで声を振り絞った。

「ははははは…まだ生きていたのぉ~?
 あはは、あははは、あははははは」

ボロボロになりながらも、
憑依されたまま
最後まで身体を酷使される玲奈。

正樹は、玲奈に憑依しているやつを
引っ張り出して
八つ裂きにしてやりたいと思った。

しかしー

「---はは…」

正樹は思う。
もう、無理だー。

恐らく、飛行機は海の上に墜落して
沈みかけている状態だろうかー

身体はもう、ボロボロ。
どう考えても、自分はもう助からない。

こうしてー

こうして、
生きて意識を取り戻すことが
できたのが
奇跡だと思うぐらいだー

「--あははははは…♡
 わたし…憑依されたまま、
人生、終えちゃうのぉ!」

玲奈が笑い狂っている。

他の乗客はどうしたのだろうー
正樹はそんなことを思いながら
身体を引きずり、
玲奈の方に近づいて行くー

機内が傾き、
水が、さらに侵入してくるー

状況が分からないー
海の上に機体が浮かんでいて、
今、まさに沈もうとしているのだろうかー

「---死ぬ前に、
 もう1回、エッチするぅ~?」

玲奈が身体をくねくねさせながら言う。

「--玲奈」
やっと、玲奈の前に
辿り着いた正樹は、
静かに微笑んだ。

「---玲奈」
正樹は、玲奈を優しく抱きしめた。

「--!?」

玲奈は驚きの表情を浮かべる。

正樹はもう、力尽きる寸前だったー。

機内の扉が壊れて、
水がさらに入り込んでくる。

「----…」
正樹はうつろな目でそれを見つめる。

やはり、海に沈んでいるー

沈みかけの機内に水が入り込んできて
正樹と玲奈は抱き合ったまま
海水に浸かるー

「---あは……あ…♡」

玲奈は嬉しそうな表情を浮かべたまま、
黙りこんだー

玲奈に憑依していた初老の男の本体がー
息絶えたのだったー

玲奈に憑依していた男の一部も消えるー

「---玲奈…」
正樹は呟いた。

「一緒に旅行の約束…守れなくてごめんな」

正樹は、ボロボロの玲奈を見つめる。
確かにボロボロだがー
思ったよりも傷は深くなさそうだ。

「--地獄旅行は、俺一人で行くから」
正樹はそう呟くと、
気を失ったままの玲奈を無理やり、
機内の扉の外、海中に向かって
放り投げたー

浮かんでいく玲奈ー

「---じゃあなー」

正樹は、玲奈だけでも
助かってほしいー

そう願いながらー
沈んでいくー

玲奈との結婚はーー
あの世に玲奈が来てからにしようー

随分先だな、、それは…

そんな風に思いながら
正樹は静かに目を閉じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「----!!」

玲奈が目を覚ますと、
病院のベットの上だった。

「あれ…?わたし…?」

玲奈が訳も分からずに
周囲を見渡すと、
母と父が涙を流していたー

玲奈は全てを聞かされたー

乗っていた、飛行機が
墜落したのだとー。

「--そんな…」

玲奈は、生存者の中に正樹がいないことを知るー

ショックを受ける玲奈ー

けれどもー
玲奈は、正樹が助けてくれたようなー
そんなおぼろげな記憶を心の支えにしてー
1か月後ー、奇跡的に退院するのだったー

「-----」

正樹の墓の前で手を合わせる玲奈。

「--正樹が助けてくれたんだよね…
 ありがとう」

玲奈は、無事に卒業し、
就職し、順調な毎日を送っていたー

「--わたし…
 正樹に助けてもらった分も、
 頑張るからー」

玲奈が墓の前でそう呟くと、
自分の額の汗をぬぐいながら
立ち上がった。

「また来るからね…!ばいばい!」

玲奈はそう言って微笑むと、
正樹の墓の前から立ち去って行くー

助けてくれた、正樹の分も生きなくちゃー。

改めて決意した玲奈ー。

そんな玲奈の腕時計の表示はー
12:46を示していたー

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

暗いお話でした…。
好みが激しく分かれるお話だと思いますが
毎日書いているので、たまには
こういうお話も…!

お読み下さり、ありがとうございました!

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