あの時の笑顔に、もう出会うことはできないー。
何故ならー。
彼女の真実を知り、
彼が選ぶ道は…。
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姉の寧々は憧れだったー。
妹の菜々美にとって…。
自分とは違うー。
寧々は優しくて、真面目で、成績優秀で
誰にでも愛される子だった。
一方の妹の菜々美は、その真逆だった。
親に”姉と比べられる毎日”を過ごした菜々美は
次第に歪んでいった。
姉の寧々は、そんな菜々美にも優しく接していた。
けれどー
その優しさが、菜々美には眩しすぎた。
あの雨の日の夜―。
菜々美は、地元の中学生と夜遊びをしていた。
小学6年生が中学生と夜遊びー。
あの時は、相当に荒んでいた。
でもー。
姉の寧々は、そんな菜々美を迎えに来てくれた。
本当は嬉しかった。
今にも泣き出して、姉に抱き着きたいぐらいだった。
なのにーー
菜々美は、姉を突き飛ばしてしまった。
あんなことになるとは思わなかった。
たまたまやってきた車が、きっと、明るい未来があったはずの
寧々の将来を、全て奪ってしまったー。
いや、違うー。
寧々の将来を奪ったのは、自分自身ー。
そう思った菜々美はー、
姉に自分の体を捧げることにした。
「--なんだって?」
病室で植物状態の寧々を見つめる兄の郁也が、
驚く。
「--私の体を、お姉ちゃんにあげるの」
菜々美が言った。
「--お、おい、お前が気にするのは分かる。
けど、そんなことー」
菜々美は、携帯を見せたー。
そこには”憑依薬”の商品情報が表示されていたー。
あの日が始まりだった。
兄は、しぶしぶ承諾してー、
菜々美は、姉の寧々に憑依された。
「---お兄ちゃん…?」
菜々美の体で目を覚ました姉の寧々は
兄の郁也を見て呟いた。
「--わたし、助かったのね…」
寧々は言った。
けれどー
本当は違う。
寧々の体は、もう目を覚まさない。
寧々は、妹の菜々美のからだで、目を覚ましたー。
「--寧々…」
兄の郁也は、黙って鏡を差し出した。
それ以上は、妹たちのことを考えて、
言葉が出なかった…。
寧々はそれから”菜々美”として中学校3年間を過ごした。
ちょうど、家庭の事情で引っ越しをしたから、
小学生時代の菜々美本来の姿を知る人は
中学校にはおらず、いきなり菜々美が優等生になったことを
疑問に思うような人は居なかった。
寧々が菜々美に憑依している間、
妹の菜々美にも、わずかながら意識があった。
自分はもう、心の奥底で生きていくしかない。
けれどー
それでも良かった。
姉が憑依している”菜々美”は
みんなから愛されていたからー。
やっぱり、自分なんかとは違うからー。
姉の寧々は菜々美として
クラスメイトの稔に好意を抱いていた。
寧々は何度も告白しようと思った。
でもー
寧々は決めていた。
”あること”を心に決めていた。
だからー
告白できなかった。
そんな寧々も、卒業式の日、
”せめて、想いだけでも伝えたい”
そう思って、稔を呼び止めた。
でも、稔は聞いてくれなかった。
逃げるようにして、居なくなってしまった。
姉の寧々は、家に戻って、泣いたー。
ただ、ひたすらに、菜々美の体で泣いた。
生きていれば、いつかまた、会えるかもしれない。
でもー。
自分には…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高校入学直後。
意識の奥底に居た菜々美に、光が差し込んだ。
真っ白な何もない空間ー。
そこで、菜々美は、姉の寧々と再会した。
「--お姉ちゃん」
菜々美は驚いた表情で言う。
「---菜々美…
楽しかったよ…。ありがとう」
姉の寧々は悲しそうにほほ笑んだ。
「--ごめんね。3年間もあなたの
体、使っちゃって」
寧々が言う。
「--いいの。私のせいでお姉ちゃんは…
だから、私はもう」
菜々美がそう言いかけると、寧々は
微笑みながら菜々美の手を握った。
「--もう十分だから」
菜々美がハッとして寧々の方を見ると、
寧々は、涙を流していた。
「--もう十分だよ。
菜々美の気持ちはちゃんと伝わったから…
だから、もう、いいの」
菜々美は、姉の言わんとしていることを理解した。
「--お兄ちゃんには、憑依薬はもういらない、って
言ってあるー。」
寧々は、植物状態だからか、定期的に憑依薬を
投与しないと、消えてしまう状態だった。
郁也は、その状態を理解し、定期的に寧々の体に
憑依薬を与えていた。
菜々美の体に、いつまでも寧々がいられるように。
「--そ、そんな!ダメだよ!お姉ちゃんは生きてよ!
悪いのは、わたしなんだから!」
菜々美が叫ぶと、
寧々は手を離した。
「--だめ。
菜々美は、菜々美でしょ?」
そう言うと微笑んだ。
確かに中学時代、自分が何をしていたのかは
寧々を通して、菜々美本人も知っている。でも…。
「高校の勉強…
大変だと思うけど、頑張ってね」
そう言うと、寧々は微笑んで、
菜々美に背を向けた。
ーーお姉ちゃんが行ってしまう。
そう思った。
「待って!お姉ちゃん!
ねぇ、本当は怒ってるんでしょ!
私があの時、突き飛ばしたからお姉ちゃんは…!」
寧々は立ち止まった。
「-ーーうん。
”ちょっとだけ”怒ってるー」
振り向かずに言う寧々の言葉に、
菜々美は”やっぱり…”と思う。
寧々は、言葉をつづけた。
「--でも、やっぱりわたしは、菜々美のことが
好きだからー。
怒ってる、なんて気持ち、どこかに飛んでいっちゃった」
寧々は振り向いて笑った。
「--わたしは、いつでも菜々美の味方だから… ネ?」
そう言ってほほ笑むと、
菜々美は、白い霧に包まれてーーー
別途で目を覚ました時、
菜々美の目からは涙がこぼれていたー。
「お姉ちゃん…」
中学時代3年間、姉に憑依されていた菜々美が、
自分の体に戻ってきた瞬間だったー。
ほどなくして、こん睡状態だった寧々の体は、
心停止を起こして、亡くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「----…そっか」
話を聞き終えた稔は、神妙な面持ちで呟いた。
「---もう、いないのか…」
稔は、空を見つめた。
あの時、中学の卒業式の時、自分に告白してくれた菜々美、
いやーー姉の寧々はどんな気持ちだったのだろう。
「---ごめん」
稔はそう呟いた。
本当は、自分も、好きだったのに…
「ーーわたし、お姉ちゃんの分まで生きるって
決めたのに…
結果はこのざまよ」
菜々美が自虐的に笑う。
「--相変わらず不真面目だし、
自分で自分が嫌になっちゃう。
私なんかじゃ、お姉ちゃんには一生届かないよね」
悲しそうな笑みを浮かべて言う菜々美。
「---そんなことないよ」
稔が言う。
「高校時代の友人から聞いたよ。
矢向さん、いじめられてた子を庇ってー」
その言葉を遮り、菜々美は笑った。
「--それは、ただの気まぐれ。」
そう言うと、
菜々美は続けた。
「--そういうことだからー。
私は、あなたの知るわたしじゃない…。
だから放っておいて」
愛想なく言って、背を向ける菜々美。
「---最後に一つだけ!」
稔が背後から叫んだ。
「--どうして、俺を避けるんだ!」
稔の言葉を聞いて、
菜々美は立ち止まった。
菜々美の目からは涙がこぼれていたーーー
菜々美は、寧々の中学時代の記憶を
受け継いでいる。
だからーー
菜々美は、稔の事が好きだったー
けれど、
稔は、姉の寧々が短い人生の中で
”唯一好きになった人”
だからー
自分なんかが、奪うわけにはいかない。
それが、妹の菜々美にできる、
姉への、罪滅ぼしー。
「---あんたが、嫌いだからよ」
そう言って、菜々美は立ち去った。
「----矢向さん」
稔は、菜々美が涙声だったことに気付いた。
けれどー
それ以上はもう、何も言わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それからーー
稔と菜々美は、特に接点もないまま、
1年が過ぎたー。
稔は、寧々の兄、郁也から聞いて、
寧々の墓を訪れていた。
「ーーー」
そこに、先客の姿があったー。
「---矢向さん…」
稔が声をかけると、
菜々美が振り返る。
「---」
菜々美は、気まずそうな表情を浮かべて会釈した。
「お姉さんの墓参りに来たんだけど、いいかな?」
稔が言うと、菜々美はうなずいた。
稔が線香をあげるのを、横で見届ける菜々美。
稔は最後に
「---俺も、好きだった」と、
そう呟いた。
この言葉が届くだろうか。
いや、今頃届いてももう遅いだろうー。
けれど、言わずにはいられなかった。
「ありがと…」
菜々美はそれだけ言うと、足早に立ち去ろうとした。
ふいに、菜々美が立ち止まって
一言だけ言った。
「--訂正。
1年前、”あんたが嫌い”って言ったけど、
あれは嘘--。」
菜々美の言葉に稔が「え?」と言葉を返す。
菜々美は振り返って、
微笑んだー。
「--気にしないで。とにかく、ありがとうー」
稔はその笑顔を見てはっとしたー。
その笑顔はーー
中学校卒業式の日のー
菜々美の笑顔と、同じだったー。
心からの笑顔ー
眩しい笑顔ー
でも、今度は”逆光”にならずにー
その笑顔を稔は受け入れることができた。
やっぱり、姉妹なんだな…
稔はそう思った。
「--どういたしまして」
稔はそう言って微笑み返すと、
菜々美はにっこりと笑って、そのまま立ち去って行った。
稔は、墓の方を振り返る。
そして、ほほ笑んだ。
--楽しい中学時代を、ありがとな…
稔は、心の中で、そう呟いた…。
あの時の恋は消えない。
永遠にー。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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ダーク要素がない…?
私は、闇の魔術師ではないのです!(?)
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