”脳移植”手術が実用化された世界ー。
けれど、完璧ではない脳移植手術を行うことに、
疑問を感じていた一人の医師。
そんな彼女に、院長の魔の手が迫りー…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーーーー」
紀香が目を覚ますと、
そこには、逢坂院長の姿があったー。
いつも通り、どこか穏やかな笑みを浮かべると
逢坂院長は言葉を口にする。
「ーー目が覚めたようだね。
よかったー。
ーーそれで、気分はどうだい?」
逢坂院長のその言葉に、
「ーーわたしはー…」と、そう言葉を口にするー。
「ーーーーー」
逢坂院長は、そんな紀香を見つめながら
少しだけ表情を歪めると、
「ーー剣崎(けんざき)くんー」と、そう言葉を口にしたー。
「ーーーえ…」
剣崎 庄蔵(けんざき しょうぞう)は、
逢坂院長の愛弟子とも言える存在で、
30代後半の男性医師だ。
紀香と共に、この病院の脳移植手術の医師として
働いていた男ー。
紀香は、どうして自分がその名前で呼ばれたのか
分からずー、けれども何だか返事をしてしまいそうになって
違和感を覚えるー。
「あ、あのー…」
紀香がそう言うと、
逢坂院長は一瞬、険しい表情を浮かべたものの、
すぐに、穏やかな表情に戻ってから
口を開いたー。
「ーーー急に倒れたから驚いたよー。
でも、もう大丈夫だー。心配ないー。
ただ、少しの間は安静にしていなさいー」
逢坂院長はそれだけ言葉を口にすると、
紀香の元から立ち去っていくー。
一人残された紀香は険しい表情を浮かべながらも、
”感覚”で理解したー。
”脳移植手術をされた”のだとー。
「ーーど、どういうことー…?」
これまで、数えきれないほどの脳移植手術を行って来た。
だからこそ分かるー。
”脳移植手術をされた”のだということはー。
しかし、紀香は脳の病気など持っていなかったし、
脳を移植される理由などないー。
「ーーーー……」
紀香はそう思いつつ、困惑の表情を浮かべると、
”わたしは、一体何をされたのー?”と、
そんな言葉を口にしたのだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーまだ、”あの女”のままだー」
逢坂院長は、院長室に戻ってくると
うんざりした表情を浮かべながら
そう言葉を口にしたー。
「ーーやはり、”記憶を残したまま”というのは難しかったのではないですか?」
秘書の女・美穂(みほ)がそう言うと、
逢坂院長は険しい表情を浮かべるー。
逢坂院長は、脳移植手術に疑問を覚え、勝手な行動をしようとした紀香に、
自らの愛弟子である剣崎 庄蔵の脳を移植したー。
庄蔵は、逢坂院長に忠誠を誓っているー。
その庄蔵の脳を、紀香の身体に移植すれば、
紀香は忠実な駒になるー。
がー、”脳移植手術”を行う外科医としては
庄蔵よりも、紀香の方がはるかに”上”だったー。
庄蔵など、足元にも及ばないー。
だからー…
逢坂院長は、”紀香の知識”を欲したー。
そのまま、いつものように紀香の脳を摘出し、
庄蔵の脳を移植すれば、紀香の身体を庄蔵が乗っ取ることはできたー。
が、それでは”紀香の姿をした庄蔵”が完成するだけで、
オペの腕前は庄蔵基準になってしまうー。
そこでー、
紀香の脳の”記憶”の領域や感覚の領域などを残したまま
不要な部分や感情など、身体自体をコントロールする部分は摘出ー。
紀香の脳を部分摘出し、庄蔵の脳を移植することで、
”紀香の記憶やスキルを受け継いだ、紀香の身体になった庄蔵”を
作り出そうとしたー。
ただーこれは初めての試みー。
成功するかどうかは不明瞭で、
実際、目を覚ました紀香は、”庄蔵”の名で呼ばれても、
ピンと来ていない様子だったー。
「ーーくそっー。あの女ー…
だがー…しばらくは様子を見るとしようー」
逢坂院長はそう言葉を口にすると、
思うような結果になっていないことに苛立ちを覚えながら
静かにため息を吐き出したー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーーー」
数日後ー
紀香は回復して”脳移植手術”に従事していたー。
しかしー、脳移植手術を施される前の紀香とは違い、
淡々と脳移植手術をこなしていきー、
院長に疑問を口にするようなことはなくなったー。
”素晴らしいー”
逢坂院長は、紀香が患者の脳移植手術を行う姿を見て、
その腕前は、愛弟子である庄蔵ではなく、ちゃんと”紀香の腕前”が
維持されていることを確信するー。
”自分のことを、佐倉 紀香”だと、まだ思っているーー
あるいは、紀香の自我が身体を動かしているのは
想定外ではあったものの、
紀香は、自分に逆らうような様子を見せなくなったー。
逢坂院長は、”忠実な駒となれば、どちらでも良いー”と、
満足気に、紀香に対して次々と患者の手術を依頼したー。
「ーーーふぅー」
紀香は、自分自身”何だかおかしい”とは思いつつも、
”院長のために”と、脳移植手術を続けたー。
がーーー
そんな日々を続けていた、ある日のことだったー。
「ーねぇ、先生、キスしようよー」
入院患者の一人ー、体育の授業中にボールが直撃して、
脳に重大な怪我を負い、
”脳移植”によって命を取り留めた女子高生・真里菜が
笑みを浮かべながら姿を現したー。
真里菜は、緊急事態であったため
何度も何度も逮捕されることを繰り返した変態男の脳を
移植されー、その副作用で変態になってしまった少女だー。
もちろん、”移植前に調整手術”を行っているため、
本来であれば、変態男の脳であろうと、真里菜は
元通りの生活ができるはずであったものの、
真里菜の場合は、経過が悪く、
変態男の脳に染まってしまったー。
「ーーー…キスー?」
紀香はドキッとしながら、真里菜とキスをしたいと
一瞬、そう思ってしまうー。
真里菜は笑いながら
「ー先生、”男の脳”を移植されたんでしょー?
なら、わたしの仲間じゃんー
今のわたしたちは女同士であって、男同士でもあるんだからー」と、
そう続けるー。
その言葉に、紀香は表情を歪めると、
「わたしがー…男ー?」と、困惑するー。
真里菜は少しだけ笑うと、
「あははーとぼけないでよ。佐倉先生、剣崎先生の脳を移植されたんでしょ?」と、
そう言葉を口にしたー。
あの日ー、
真里菜は、”紀香”のことを下心から付け回していて、
紀香が逢坂院長に眠らされ、さらには、剣崎 庄蔵の脳の移植手術が
始まったところを見ていたのだー
「ーーそ、それって、どういうことー?」
紀香が少し虚ろな目でそう言葉を口にするとー、
真里菜は「あははー。先生、自分の手術のこと聞いてないの?」と、
面白そうに笑いながら、”自分の知ること”を言葉にし始めたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから1週間ー。
紀香は”脳移植”の影響を強く受け始めたのかー、
”自分は剣崎 庄蔵”だとそう言い始めたー。
「ーー院長ー。ありがとうございますー。
僕もこれで、”脳移植の名女医”になれますよ」
紀香が嬉しそうに言うと、
逢坂院長は「君は、私への忠誠と、その女のスキルを手にしたー」と、
そう言葉を口にしながら「君は最強の脳手術医だ」と、
得意気な表情を浮かべるー。
紀香は「では、僕はこれから手術がありますのでー」と、
そう言葉を口にすると立ち去っていくー。
その様子を見て、秘書の美穂が
「ーー”脳側”が身体を支配するケースでも、
移植される側の記憶やスキルを残すこともできるってことですねー」と、
そう言葉を口にするー。
「ーあぁ、そのようだなー。
今後の脳移植手術にも応用できるかもしれないー」
逢坂院長はそう言葉を口にすると、
”自身の好みの女”に、強引に側近の男の脳を移植して
”作り出した”秘書の美穂を見つめながら
静かに笑みを浮かべたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
”では、あの女医はもう問題ないのだなー?”
強引な方法で、”萌愛”をドナーに仕立て、
脳移植により身体を奪った神崎社長が、
逢坂院長に対して電話でそう確認するー。
「えぇ。問題ありませんよー
彼女は、私が脳移植手術を行い、
忠実な駒に仕立てあげましたー」
逢坂院長が得意気な表情を浮かべながら
電話相手の萌愛ー…神崎社長に身体を乗っ取られた萌愛に
そう伝えると、
萌愛は”そうかー。君には感謝しなくてはなー”と、
そう言葉を返して来たー。
「クククー。いやいやー。
それにしても社長ー。随分可愛い声になられましたなー」
逢坂院長がそう言葉を口にしながら、
「私も、自分の身体が衰えてきたら、脳移植を考えるとしますかね」と、
そう言葉を付け加えたー。
が、その時だったー。
側近の美穂が院長室に慌てて駆け込んでくるー。
「院長!」
美穂のただならぬ様子に、逢坂院長は戸惑いの表情を浮かべつつ
「ちょっと失礼」と、神崎社長との電話をいったん中断するー。
「どうしたー?何かあったのかね?」
逢坂院長がそう言葉を口にすると、
側近の美穂は青ざめながら言ったー
「あの女ー…あの女がー!」
そう叫びながら、慌てて院長室のテレビをつける美穂ー。
すると、そこにはー
脳移植手術により、院長の忠実な駒となったはずの紀香が、
記者会見を行いー、
病院の不正や、脳移植手術の闇、
自身も強引に脳移植手術をされたことを暴露している紀香の姿があったー。
「ー彼女も、脳移植手術の犠牲者ですー。
僕がーー…わたしが……手術を行った結果ー…
彼女は元に戻ることはできなくなりましたー」
紀香が、移植された庄蔵の脳によって、
自分のことも分からなくなりそうになりながらも、
それに耐えて、患者である真里菜を記者たちに見せながら
そう言葉を口にするー。
”変態男”の脳によって変態になってしまった真里菜ー。
ただ、”元の真里菜”の記憶などは保たれているために、
元は真面目だった彼女は、紀香に”紀香が院長に勝手に脳移植されたこと”を
伝えたあとー、紀香に協力してくれていて、
記者会見にも同席してくれたー。
紀香はあのあと、”わざと”庄蔵の脳に支配されたフリをしつつ、
病院内の不正や、脳移植の不正の情報を集めていたのだー。
そして、今日、記者会見で全てを暴露したー。
”もう、自分が紀香なのか庄蔵なのか分からないー”
そんな状況に陥りつつも、紀香の”このままじゃいけない”という強い意思で
紀香は記者会見をやり遂げたー。
「ーーーお疲れ様ですー。先生ー」
記者会見を終えると、真里菜が笑いながら言うー。
「ー約束通り、協力したからキスしてくれますよね?」
変態になってしまっている真里菜がそう言うと、
紀香はその約束を果たしてから大きくため息を吐き出すー。
「ーーー僕はーーー」
紀香としての意識が急に薄れていくー。
”たとえ脳移植で救われる人がいても、
こんな汚れた状況はー…絶対に止めないといけないー”
その目的を果たした紀香は、安心してしまったからか、
自分のことも、分からなくなってしまうー。
けれどーーー…
これで、今の”闇だらけの脳移植”は止めることができるはずー。
そして、将来、ちゃんと技術が確立されて、
ちゃんとルール作りがされてー
改めて、脳移植手術が実用化されてくれれば、
それでー…
そう思いつつ、紀香は会見が終わって
部屋を移動した直後に意識を失ってしまったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
逢坂院長は、逮捕され、
脳移植手術の闇が明るみに出たことで、
実用化されていた脳移植手術はストップされたー。
更なる安全性の確立と、ルールの制定ー
それらが行われるまでは当面、見送りとなり、
移植病棟も閉鎖されたー。
そんな”報告”を、病室で受けた紀香は少しだけ笑うー。
「ーー僕はーー」
紀香は、もう、自分が紀香だとは思えなくなり、
完全に、”庄蔵”だと思い込むようになってしまったー。
ただ、”紀香の記憶を残して移植する”という初めての試みの
副次的作用なのかー、完全に庄蔵とも言えない
ような、そんな状況で記憶障害も多く発生していたー。
それでもーーー
紀香は、脳移植手術の見直しが始まったという報告を
患者だった清美から受けると、
少しだけ穏やかな表情を浮かべながら、
「ーーー僕はーーするべきことをしましたー」と、
そう言葉を口にしながら
”脳移植手術停止”のニュースを見つめるのだったー…
もう、自分が誰かもよく分からないけれど、
でも、するべきことはしたー。
そう、思いながら
紀香は今一度静かに微笑んだー…。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
久しぶりの脳移植のお話でした~!★★!
他の人の身体に~~!ってなることができる
一番現実的な方法…な気もしますケド、
でもやっぱり、脳の手術をされるのは
怖いですネ~……!
お読み下さり、ありがとうございました~~~!!
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