憑依薬が当たり前のように存在し、
あらゆる分野で使われていたその世界ー。
そんな世界で、憑依薬の供給不足が起きー、
社会は大混乱に陥るー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーくそっ……くそっ!」
憑依薬を用いて、他人の身体に憑依し、
一晩過ごすことができるサービスを提供していた
”憑依ホテル”と呼ばれるホテルー。
憑依ホテルでは”憑依される担当”のスタッフが
100名近く勤務しており、
客は、好きなスタッフを指名、そのスタッフに憑依して
その身体で一晩をホテル内で過ごすことができる、
というものだー。
その憑依薬にも”安全装置”掛けられていて
ホテルの敷地から出ようとすると、憑依状態が
強制的に解除されるほか、
身体を物理的に傷つけようとしたりすることは
許されないー。
また、ネット上にスタッフに憑依した状態で
自撮りを公開したり、
その人の人生を壊すような写真を投稿したりすることを防ぐため、
ホテル内にはネット環境は存在せず、
スマホやカメラなどもチェックインの際に
預かることになっているー
そんな”この世界では合法のサービス業”だー。
”客に身体を提供する”スタッフはー
”他人に身体を貸す”ことを除けば、
実質上”寝ているだけ”で仕事をしたような状態になるため
意外と、人気があるー。
風俗店のように接客をする必要もほとんどなく、
”憑依されて、翌朝、チェックアウトの時間まで
身体の奥底で眠らされているだけ”で良いのだからー。
憑依されている間、エッチなことをされたとしても、
撮影も何もできないような仕組みにホテルがなっているほか、
身体を傷つけられたりする心配も、
身体を持ち逃げされる心配もないためー、
働く側も”他人に憑依される”ことが気にならなければ
とても良い仕事の一つとして、人気だったのだー
だが、憑依薬の原材料が世界的に不足し、
憑依薬供給不足になった今、
”憑依ホテル”は、もはやビジネスとして成り立たなかったー
「ー支配人ー…」
”憑依”される役だったスタッフの一人、真由美(まゆみ)が
心配そうに呟くー
「ーー…真由美ちゃんー」
支配人の男は、表情を歪めながらため息をつくと、
「君も早いところ、他の仕事を探したほうがいい」と呟くー。
既に”憑依される担当”だったスタッフの大半は
自ら退職しているー。
”憑依薬が供給不足に陥った今”
憑依ホテルの未来はない、と、誰もが予想できたからだー
「ー今日は…」
真由美がそう呟くと、「3組だけだよー」と、支配人は
自虐的に笑ったー。
憑依薬の入手が困難になってから、
このホテルでは”憑依ホテル”ではなく、
普通のホテルとして臨時で営業を始めたものの、
やはり”元・憑依ホテル”であるからか、
一般の利用客は少ないー。
また、”憑依ホテル”は
”憑依した他人の身体で一晩を過ごす”ことを
中心に設計されているため
”家族連れなどの利用”は、あまり想定されていないし、
ホテル内の設備は通常のホテルよりも劣るー。
大半の利用者が、部屋で”乗っ取った身体”を堪能することが
多いため、その他の機能は、二の次なのだー。
だがー、憑依薬が無くなってしまっては
このビジネスはもうー。
「ー…ここも、もう廃業だな…」
支配人は寂しそうに呟くー
「真由美ちゃんにも、本当に、申し訳ないー」
支配人が言うと、憑依されるスタッフとして
働いていた真由美は「いえ…」と、悲しそうに呟いたー
「ーーー」
支配人は何とか、ホテルを立て直そうと、
色々な策を考えるー。
憑依ホテル以外の業態でやっていくことはできないかどうかー
憑依薬をなんとか入手することはできないかどうかー。
だがー
有効的な解決策は見当たらないー。
しかしー
そんな”窮地のホテル”に、”悪”が迫りつつあったー。
どんな時でも、
人の弱みに付け込む、悪党がー。
「ーーあ、あなたはー…?」
ある日ー、
ホテルの支配人の元に、見慣れないサングラスの女がやってきたー。
派手な服装のサングラスの女は、
笑みを浮かべながら、
「ーこのホテル、わたしに頂けないかしらー」
と、呟くー。
「な、なんですって?」
支配人が困惑していると、
「今、世界的に憑依薬が供給不足なのは、知ってるでしょ?」と
サングラスの女が言うー。
「も、もちろんー。それで我々のホテルはー」
と、壊滅的打撃を受けたことを支配人は伝えるー。
しかし、その女は足を組みながら不敵に笑うと続けたー。
「ーー実はわたしたち、憑依薬を作れるの」
とー。
「ーそ、それはどういうー…?
原材料は手に入らないと聞いていますがー」
支配人が言うと、サングラスの女は笑みを浮かべたー。
「ー”別の原材料”を使えば、憑依薬を作れるのー」
とー。
しかしー
安全のために”憑依薬”に使う原材料は
”世界規模”で決められているー
他の材料で作れば憑依する側も、される側も、
そして、された人間の健康状態も保証できない上に、
憑依時間を制限したり、そういう設定も難しくなるー
つまり”粗悪で危険な違法憑依薬”を
この女は作っているのだー
「憑依ホテルは、わたしたちが買いますー」
サングラスの女がそう呟くと、
ホテルの支配人は「あ、あなたは一体ー」と、
困惑しながらその女を見つめたー
女は笑みを浮かべながらサングラスを外すと、
「わたしはこういう者ですー」と、
良くない噂ばかり聞く会社の名刺を取り出して、
それを渡したー。
”皆本 結花”と書かれた名刺ー。
「ーーまぁ」
結花はクスッと笑うと、ホテルの支配人を見つめたー
「この身体は、半年前まで、彼氏と同棲していた
普通の女子大生だったんだけどー」
結花のそんな言葉に、
ホテルの支配人は呆然としながら、結花のほうを見つめるー
「ーふふふ この身体ー、妙に色っぽくてー好きなのー」
結花が鋭い目つきで、ホテルの支配人を見つめるー
”中身”が男なのか女なのかも分からないー
だが、この目の前にいる結花という女は
”違法憑依薬”で憑依されているー。
ホテルの支配人は、結花から提示された条件を
怯えながら見つめてー
そのままホテルを明け渡したー。
憑依薬の供給不足により追い詰められていた
”憑依ホテル”は、こうして乗っ取られてしまいー、
裏社会組織で経営する”違法憑依ホテル”に成り下がったー
違法憑依薬を使って、
人々の身体を貪りつくすー…
そんな、ホテルにー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーどうして、こんなことにー」
男子大学生の武夫は困惑していたー。
半年ほど前ー
憑依薬の供給不足により、
会社の内定を取り消されてー
しかも、その少し後にー
同棲していた彼女・結花が突然姿を消し、
連絡も取れなくなってしまったのだー。
「そ、その…結花、可愛いから、狙われやすそうだしー
気を付けてー」
「大丈夫大丈夫、わたしみたいな感じの人はどこにでもいるから
わたし、目立たないよー」と、苦笑いしたー。
半年前ー、
結花と交わした会話を思い出すー
結花はどうして突然姿を消したのだろうー。
武夫は、就職も、彼女との未来も消されて、
ただ茫然と、残りの大学生活を送っていたー。
「ーお、武夫!今日もシケたツラしてるな」
笑いながら近づいてくる男子生徒ー。
同じ大学に通っている友人の健太郎(けんたろう)だー。
「何だよー…俺を笑いに来たのか?」
武夫が少し不貞腐れたようにそう言うと、
「ーはは、違う違う」
と、健太郎は答えながら、
スマホを差し出したー
「ーこれ見てくれよー」
健太郎の言葉に、武夫は健太郎のスマホの画面を
見つめるー
するとそこにはー
”半年前に突然連絡を絶った彼女・結花”と
よく似た女が映し出されていたー。
ただー
派手な服装で、メイクも少しキツイ感じのー
結花と雰囲気はまるで違う感じでー。
「ーこれさ、少し前にリニューアルオープンした
”憑依ホテル”の公式サイトなんだけどさー」
健太郎が少し気まずそうにそう呟くー
武夫は、憑依ホテルの支配人を名乗る
その女の写真を見つめながら、表情を歪めるー。
「ーー結花…」
服装も雰囲気も違うー。
けど、武夫には分かるー。
これは、半年前に突然失踪した彼女・結花本人で
間違いない、とー。
「ーーやっぱり…やっぱり…結花は誰かに憑依されたんだ…!」
怒りの形相で呟く武夫ー。
健太郎は困惑しながら
「やっぱ、供給不足になってから出回ったせいかー…?
その、違法なやつー?」
と、呟くー。
武夫は、静かに頷くー。
憑依薬の供給不足が始まってから
”ルール”破りの憑依薬の製造が増え、
裏社会の組織を中心にそれが広がり、
一般にも浸透してしまっているー
今までは、
”しっかりと管理された憑依薬が出回っているからこそ”
守られていた秩序が、壊れ始めていたー。
しかもー、最悪なことに
”憑依ホテル”や、”憑依系の風俗店”など、
そういったものが”一斉に利用不可”になったことで、
違法憑依薬に手を出してまで欲望を満たそうとする
人間も増えたー。
「ーまさか、憑依薬が無くなるなんて、思わなかったもんなー」
武夫が呟くー。
武夫自身も、体調を崩して病院で診察を受けた際に
”患者の状況を身をもって体験する”目的で、
医師から憑依されたことがあるし、
小さい頃の虫歯治療ではお世話になったこともあるー。
それだけ、この世界では”当たり前”のように
憑依薬が存在していたし、
もはや、社会のシステムとして、当たり前のように存在していたー。
大怪我をした人間や、生まれつき身体の一部が自由にできない人、
病気で余命あとわずかの人ー
そう言った人を救うためのシステムもあるー。
終身刑以上の判決を受けた犯罪者の身体は
そういった人間を救うための”器”として使われるのだー。
終身刑以上の犯罪者に、もはや未来はないー。
だが”身体”は健康な人間は多く存在するー。
そういった人間に、余命あとわずかの人間を憑依させたりすればー、
”余命あとわずかだった人は、この先も別の人間の身体で生きること”ができるー。
だからー、この世界では逮捕された犯罪者の情報は
報道されず、あまり表に出ることはなかったー。
報道してしまえば、”憑依したあと”その身体で
社会に復帰することができなくなってしまうからだー。
しかし、そのシステムまで憑依薬の供給不足により崩壊ー。
”犯罪者の身体に憑依して、この先も生きることができる”はずだった、
余命あと数か月だった男性患者が、憑依薬の供給不足で
”そのまま死ぬ”ことになったと聞かされて発狂した事件も
数か月前に起きているー。
「ーー俺たちにどうにかすることができる問題じゃないけどー
このままじゃやばいよなー
俺も内定取り消しになったし」
武夫の言葉に、健太郎は「ーそうだな」と、頷くー。
「ーー……まぁ、そんな話はいいやー」
武夫はそう呟くと、
「今日、午後の授業は休むわ」
と、言いながら大学の正門の方角に向かって歩き出すー。
「ーな、何を… お前まさか?」
健太郎の言葉に、武夫は静かに頷いたー。
「ー結花を、取り戻すー」
武夫は、”憑依された結花”が支配人になっている
憑依ホテルに赴くつもりだったー。
「ーや、やめとけって!”憑依されたら諦めろ”が、
常識だろ!?」
違法憑依薬で憑依された人間は
”諦める”しかないー。
そう簡単には解放して貰えないし、
解放して貰えたとしても、精神が壊れていたり、
人生ボロボロであることも珍しくないー。
「ーーーー分かってるー
でも、それでも、俺は結花を放っておけない」
武夫はそう呟くと、
健太郎に「忠告してくれたのに、悪いなー」とだけ呟いて、
そのまま結花の待つ憑依ホテルへと向かったー。
憑依薬の供給不足はさらに長期化しー、
世界的に不安定な世の中となりー、
憑依薬をあらゆる分野に活用していた人類は、
更なる混沌へと、足を踏み入れようとしていたー。
③へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
憑依薬に依存していた世界での供給不足…!
恐ろしい状況が続いていますネ~!
次回が最終回デス~!
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