<憑依>たった一人の立てこもり③~解決~(完)

全てに不満を抱く60代の男に憑依されて
乗っ取られたまま自らを人質に立てこもりを続ける少女ー。

そんな彼女を、彼は説得しようと試みるー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーー深山優花ー いや、小暮稔ー」

竜太郎は、そう言葉を言い放ったー

その言葉に、現場にいた警察官たちも、
優花の関係者も、
そして、憑依されている優花自身も、
驚きの表情を浮かべたー

”確証”はないー。

だが、優花の普段の振る舞い、優花の直近の行動、
今の優花の言動に、
これまで警察沙汰になったこともある小暮稔の行動、
そして、今現在小暮稔の家に優花が立てこもっていることー

あまりにも、非現実的すぎる推理ではあったー。

だが、竜太郎には、そうとしか思えなかったー

”今、目の前にいる深山優花は小暮稔である”
としかー。

もちろん、そう思っても、あまりにも非現実的すぎる答えを
こうして堂々と口にする人間は、そうはいない。

けれどー
竜太郎は、その言葉を口にしたー。

彼自身、何が起きているのかは分かっていないー。

”小暮稔が深山優花に憑依し、深山優花を乗っ取っている”とまでは
理解していないー。

小暮稔が深山優花に変身しているー
小暮稔が女装して深山優花になりきっているー

色々なー可能性を全部ひっくるめて、
半信半疑ながらも”俺は分かっている”と、相手に思わせるべく、
自信満々の表情で、深山優花を小暮稔だと言い切ったー

「ーーー…あの…島川さんー?」
近くにいた若い刑事が困惑の表情を浮かべるー。

だがー
優花に憑依している稔は、”全て気づかれている”と勘違いしたのだろうー

自らの口で、”何が起きているのか”を説明し始めたー

「ーあぁ!そうさ!俺は小暮稔だ!
 この若造の身体に憑依して、こうして俺のものにしてるのさ!」

優花はそう叫んだー。

可愛らしい声なのに、言っている内容が、まるで真逆の内容で、
周囲の警察官たちも、関係者も恐怖すら覚えるー。

「ーお前ら、俺を老人扱いしやがって話も聞こうとしねぇ!
 だからこうして若者になってやったんだよ!」

怒り狂っている様子の優花ー

”憑依”だとー?

竜太郎自身も、予想の斜め上の出来事が起きていることに
強い衝撃を感じながらも、それを悟られないように続けたー。

「ーーそうかそうか。小暮ー。でも、あんた、まだ自分は死にたくないだろ?」

自分の首筋に刃物を突き付けている優花に向かって
そう言い放つ竜太郎ー。

「ち、近付くな!この女、ぶち殺すぞ!」
優花はそう叫ぶと、首筋に少しだけ傷をつけるー

「やめて!やめて優花!」
母親が泣きながら叫ぶー。

「ーーー町長と自治会長と市長はどうした!?
 ジジイの話が聞けねえってなら、若者の身体で話すまでだ!
 さっさとここに連れてこい!」

あまりに叫びすぎたからか、優花は何度か咳き込みながら、
少し苦しそうに竜太郎のほうを見つめるー。

優花が普段、こんなに怒鳴ることはないー

”元の身体の持ち主を完全無視した振る舞い”に
身体が悲鳴を上げているー。

「ーーもう一度言うぞ。あんた、死にたいのか?小暮ー」

竜太郎は、
小暮稔は”自殺”するようなタイプではないと考えていたー。

”自己中心的なこういうタイプの男は、
 自分の身に危険が及ぶことを何よりも嫌うはずー”

と、彼は分析していたー。

「ーー俺は死なねぇ!死ぬのはこの女だけだ!
 俺はこの女の身体から抜け出して、
 自分の身体に戻ればー」

「ーーーははは なんだなんだー
 知らないのか?」

竜太郎が笑いながら言うー。

「ーーなにがだ?」
優花が不愉快そうに呟くー。

「ー憑依した身体で、自殺すれば、そのまま死ぬだけだぞ?」
竜太郎が、堂々とそう言い放つー。

「ーな、何ー?そんなはずはー」
優花が少し動揺するー。

「ー死んだら、乗っ取ってた身体から抜け出せるとでも?
 馬鹿かお前はー。
 乗っ取ってる身体が死んだら、お前もその身体と一緒に
 死ぬんだよ」

竜太郎はそう言い放つー

”嘘”だー。
いや、正確に言えば”知らないー”

竜太郎は、今の今まで”憑依”など一度も見たことがないし、
そんなこと現実にあるとは知らなかったー。

「ーだってお前、どうやってその子に憑依したんだー?
 アレだろ?」

竜太郎がそう言うー。

犯人と対峙する際にはー
”ブラフ”や”ハッタリ”をいかに使いこなすかも重要だー。

「ーあぁ、ネットで買った憑依薬だよ!憑依薬”P-7054”ー!」
優花が怒りの形相で叫ぶー。

「ーーはは、だよなー」
竜太郎は”憑依の方法”と”憑依薬の種類”を聞きだせたことに笑みを
浮かべると

「ーそれ、死ぬぞ」
と、呟いたー。

「ーーーその子の身体を傷つければ、お前はその子から
 抜け出すこともできず、その子と共に死ぬー。
 知ってるか?身体が衰弱すれば、お前はその身体から
 抜け出すこともできなくなるんだよー。」

竜太郎が言うー

全て”適当”に言っているー
だが、”本当に知っているかのように”
自信満々に言い放っているー

「ーーそうなりゃ、お前も、死ぬー
 前に同じやつ使ってる男の事件を何度か処理してなー。
 その時の一人が、乗っ取った身体ごと、死んだのを見た。

 だから、やめとけ」

竜太郎が言うと、
優花は刃物を自分につきつけながら
「嘘をつくんじゃねぇ!」と叫ぶー。

「ーこの女がどうなってもいいのか!?
 おら!」

ナイフをさらにぐいっ、と首筋に向ける優花ー。

「ーーー試してみるか?
 小暮ー。お前、死ぬぞ?」

竜太郎が鋭い目つきで”ハッタリ”を呟くー

本当は、どうなるかなど知らないー。
少なくとも、小暮本人の身体は既に”死亡”しているが、
小暮の言う通り、優花が死んでも、優花から抜け出して
次の人間に憑依できる可能性も、否定はできないー。

「ーーくっ… くっ…」
優花は震えながら「くそっ!」と叫ぶと
ナイフを捨てて、そのまま家の中に入り込んでいくー

竜太郎はすぐにそのあとを追うー。

「島川さん!」
周囲の刑事が叫ぶと、
竜太郎は「大丈夫だ」と手を挙げて
そのまま優花の家の中へと入って行くー。

「ーーーーくそっ…どいつもこいつも!」
部屋の中に入ると、自暴自棄になった様子で
制服姿の優花が胡坐をかいて焼酎を口にしていたー

「ーおい、その子の身体で酒なんか飲むな」
竜太郎が言うと、優花は「うるせぇ!」と叫ぶー

「ーしかし、何で女子高生になんか憑依したー?
 お前は変態か?小暮」

竜太郎が、フレンドリーな様子で優花の反対側に座ると、
「ー違う!最初に目についたガキがこいつだっただけだ!」
と、優花が叫ぶー。

「ーそうかそうか」
竜太郎は、優花のほうを見つめるー

制服は乱れてはいるが、
確かに身体に乱暴をした感じはしないー。

「ー小暮。お前は何度も迷惑行為で警察に通報されてるー
 それは、理解してるだろ?」

竜太郎の言葉に、優花は焼酎を口にしながら
不満そうに「うるせぇ!」と、叫ぶー。

「ーお前が話を聞いてもらえなかったのは、
 お前が年寄りだからじゃないー。
 お前が、周囲に迷惑な行為を繰り返しているからだー。

 相手に話を聞いてもらいたいながら、
 まず自分自身、最低限の振る舞いをしなくちゃ、
 聞いてもらえない。

 違うかー?」

竜太郎が諭すように言うー。

「ーお前だって、職場で立派に定年まで勤めあげたー。
 会社の人の評判だって聞いてるー。

 お前だってわかるはずだぞ?
 自分が今、何をしているのかー。
 どうして、話を聞いてもらえないのかー。」

竜太郎が言うと、
優花は酒を口にしながら、突然涙を流し始めたー

「ーー俺だってよぉ…分かってるんだよ…
 でもなぁ… でも、むかついてむかついて仕方ねぇんだよ!
 どいつもこいつも、俺を馬鹿にしてるように感じちまうんだよ!」

酔っぱらったのか、愚痴り始めた優花ー。
竜太郎は、そんな優花の話を聞くー

”見た目が女子高生”なのに”まるでおっさん”の振る舞いと会話に
竜太郎は”憑依の恐ろしさ”を実感しながらも、その話を聞き続けるー

やがてー
「ーいいよ」と、優花は腕を差し出したー。

”逮捕していい”
と、いうことなのだろうー

「ーおいおい、その子は犯罪者じゃないー。
 その綺麗な手に手錠はかけられないー。

 だが、まず、お前をその子の身体から出さないといけないー
 手錠はかけないが、一緒に警察署に来てくれるかー?」

竜太郎がそう言うと、優花は少し考えてから、
ようやく”わかった”と呟いたー

こうしてー
”女子高生による立てこもり”事件は解決したー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーーーー……」
優花は表情を歪めていたー

あれから数日ー
警察は”優花”から、優花に憑依した稔を取り除くべく、
稔に憑依薬を販売した闇組織を検挙した上で、
憑依から解放する方法を取り調べしていたー。

「ーー俺は…俺は、どうなるんだー?」
優花は歯ぎしりをしながら言うー

「ーーわからないー。だが、小暮稔ー
 お前の身体は既に死んでいるー」

竜太郎が言うと、
優花は険しい表情で竜太郎を睨みつけるー

「ーくそっ…!俺だって、こんな人生にしたかったわけじゃないんだ!」
優花の言葉に、竜太郎は
「ー誰だって、人生、思い通りになんていかないもんだー」
と、静かに呟くー。

「ーーー……」
優花は観念した様子で、そんな竜太郎の話を聞いていると、
ようやく、「ーもう覚悟はできた」と、だけ呟いたー。

「ーーーー」
竜太郎は”憑依した稔”を優花の身体から外に出すための
作業をしにきた警察の係員に「同意は取れた」とだけ言うと、
そのまま優花から離れるー

「ーーーー」
優花に憑依した稔は、優花の身体のまま目を瞑ると、
「ーもう、俺はこんな世界にいたくないー」と、だけ呟き、
沈黙したー。

だがー
少しすると、一言だけ、口を開いたー

「もっと早く、あんたみたいのと出会えてればー
 こんなことしなくても、済んだのかもなー」

目を瞑ったままそう呟く優花ー。

「ーーー俺も、あんたが他人の身体を奪うなんて
 恐ろしいことをする前に、止めたかったよ」

竜太郎はそれだけ言うと、優花が拘束されている部屋から
外に出るー。

”憑依した稔”を優花の身体から
外に出すための”作業”が始まるー。

憑依薬と同時に開発されたという、”憑依した魂”を消滅させるための
薬を注射すると、優花は苦しそうなうめき声をあげて
もがき始めるー。

その光景はー
”どうして何の罪もないこの子がこんなに苦しまないといけないのか”と、
周囲の関係者が思うぐらいに、悲惨な光景だったー

やがて、苦しみにで絶叫していた優花が気を失うとー
しばらくして、優花は目を覚ましー、
周囲にいる警察官や職員から説明を受けているー

驚きながら、泣きじゃくる優花を、
警察官たちが必死に励まし、
やがて、優花は落ち着きを取り戻し始めるー

「ーーよかったですねー」
現場にも同行していた若い刑事が言うと、
竜太郎は「よくねぇよー。ここからが地獄だー」
と、呟いたー

「え…?」
若い刑事が困惑した表情を浮かべると、
竜太郎は「わからないかー?」と、苦笑いして
スマホを操作したー。

”女子高生による立てこもり事件発生ー”

数日前に起きた、憑依された優花による立てこもり事件の
ニュース記事ー。

そしてー

”立てこもりの女子高生の素性判明!正体はまさかの優等生”

ネット上で、既にお祭り騒ぎが始まってしまっているー
報道関係者も、全く関係のないサイトでも、SNSでもー
”深山 優花”による立てこもり事件 としてー
大々的に広がってしまっているー

警察は”憑依”など発表することもできないー。

「ーー…ーーー」
青ざめる若い刑事ー

「ーーわかっただろ?これからが、本当の地獄だー」

あの子ー
深山優花の人生は、これからが本当の地獄ー

竜太郎としても、どうにかしてあげたいとは思うし、
出来ることは、力になってあげたいー

だがー
この世の中で、
それが、できるだろうかー。

深山優花は、ちゃんと元の日常に戻れるのだろうかー。

”憑依”という恐ろしいものが引き起こした”地獄”は
ここからが深山優花にとって、本番となるー。

竜太郎はそう思いながら、
正気を取り戻して職員らと話を続けている優花のほうを
隣の部屋から複雑そうな表情で見つめるのだったー。

おわり

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コメント

憑依による立てこもりのお話でした~!
無事に救出はされましたが、
このあとは、本当に大変そうですネ…!

ありがとうございました~!

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