<皮>わたしはただ、普通に過ごしたい③~脅迫~(完)

皮にした明美の身体で
ただ”普通に”過ごしたいー。

そんな彼女と、その秘密を知ってしまった彼の
状況は、大きく変わろうとしていたー。

・・・・・・・・・・・・・・

「ーー正体をバラすって脅されてるってこと?」
直哉が言うと、明美は「そう」と、頷くー。

「ーーーー…」
直哉は明美からメッセージを改めて確認しながら、
表情を曇らせるー。

「ーー……川崎くん以外にも、この前、わたしの話、
 誰か聞いてたってことかな…?」

明美の言葉に、直哉は
「ここに誰か来るなんてこと、滅多にないけどー」と、
半分廃墟のような状態の大学内の”旧研究棟”の周囲を見渡すー

「ーでも…まぁ確かにここは立ち入り禁止になってるわけじゃないから
 入ろうと思えば入れちゃうからなぁ…」
と、直哉は呟くー

「どうしようー?」
明美の言葉に、直哉は少し考えたあとに、
「ーーあの日、僕が色々聞いちゃったせいでもあるんだし、
 僕も力になるよ」と、笑顔で答えたー。

「ーーありがとうー」
明美が微笑むー。

少しドキッとした様子で直哉は
「で、でも今の時点じゃ、とりあえず何もできることはないかなぁ…」
と、明美のほうを見つめるー。

明美によれば、要求は
”明美の解放”だったー。

「ーーでも、この前言った通り、わたしがこの子の皮を脱いでも、
 もうこの子は元に戻らないからーー
 解放なんてーー」

戸惑いながら、そう呟く明美ー。

「ーーー”皮”の状態のままでもいいって、ことなんじゃないかな?」
明美の言葉を聞いた直哉は、そう言葉を口にするー。

電話で明美は
”羽村明美を開放しろー。俺が指定する場所で羽村明美の皮を脱ぐんだ”と、
要求されているー。

その場所は後日指定する、
とー。

「ーーーー…確かに”解放しろ”としか言われていないけどー」

明美を着ている治は、要求されている”解放”とは、
明美を元に戻すことだと解釈していたー。

だが、明美から話を聞いた直哉は、
明美の”皮”の脱ぐことだけを要求しているのではないかー、と
そう推理した様子だったー。

「ーだってさ、あの日の僕たちの話を聞いてたってことは
 羽村さんが”この子の皮を脱いでも元に戻らない”って
 僕に説明してくれた時の話も聞いてるはずだろ?」

直哉の言葉に、明美は「うんー…確かに」と呟くー

”元に戻せない”と、いうことを脅迫の犯人が
知っているのであればー、
”明美を開放しろ”という要求は
”脱げ”ということの可能性が高いー

元に戻せないのを知っていてそう要求して、
”明美が要求を満たせないように”し、結局”要求に従わなかったから”と
明美の秘密をばらすつもりなのかもしれないー
それなら最初から明美に脅迫電話をせずに、
明美の秘密をばらせばいいはずー

「ーーー確かに、そうねー」
明美は、直哉の言葉に納得した様子で頷くと、
直哉は「ーー羽村さんを脅迫した犯人は、”皮”にされた人間を
元に戻す方法を知ってるのかもしれないー」と、付け加えたー。

「ーーー元に戻す方法をー?」

「そうじゃなきゃ、”皮になった羽村さん”を回収する理由がないだろ?」

直哉の言う通り”明美を開放しろ”が、
”治自身が明美を脱ぐこと”を示しているなら、
そうなのかもしれないー。

だが、明美は脅迫してきた犯人の言う
”明美を開放しろ”が、
直哉の言う通り”脱ぐことだけを要求している”のかは分からなかったー。

直哉はそう推理しているものの、
やはり”明美の皮を脱いで、元に戻せ”という意味の可能性も十分にあるー。

「ーーーでもまぁ…次の連絡があるまで、やっぱり動けないよねー」
直哉は、少し恥ずかしそうにそう笑うと、
明美も「そうねー」と、不安そうな表情で呟いたー

”わたしはただ、普通に過ごしたいだけー”
それをー、
ジャマしないでー、と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数日後ー

”羽村明美の解放に応じるつもりになったかー?”

脅迫男から、再び連絡が入ったー
相変わらずの機械音声のような声だー。

「ーーーー…応じる」
明美は、そう答えたー。

「ーーーーー場所は?」
明美の言葉に、男は”多くの学生が下校した時間に旧研究棟で”と
指定してきたー。

旧研究棟は、直哉が昼食を食べているときも
ほとんど人が来ないぐらいに、そもそも人が来ないー。

そこに夕方以降となれば、
尚更人は来ないだろうー。

「ーーわかった」
明美がそう言うと、電話が切れたー。

明美は、脅迫があった初日に、直哉と話して以降ー
数日をかけて
直哉と”作戦会議”をしていたー

相手の目的は、
明美を開放させることー
あるいは、明美を着ている治の秘密をばらすことー

要求に従えば、治は明美の身体を失い、
要求を拒めば、治が明美を着ている、という秘密がバラされるー。

「ーどっちも阻止するためにはー
 ”たった1回のチャンス”を狙うしかないと思う」

と、直哉は提案していたー。

”明美の皮を取引する”タイミングに
必ず明美を脅迫している男は姿を現すはずだとー。

そのタイミングで「僕と、羽村さんー…っていうか、中身の君と…一緒に
その男を取り押さえるー」
それが、直哉の提案だったー

直哉自身は、体力自慢ではないし、人と争うことも苦手だが、
かつてワルだったという治がいれば、
恐らく2:1で明美の皮を回収しに来た男を取り押さえることは
できるはずだー。

チャンスは1度きりー

これからも”ただ普通に過ごすため”には
脅迫男を捕まえるしかないー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

直哉と打ち合わせを終えた明美は、
”取引”のために旧研究棟にやってきていたー

”その先の部屋で、羽村明美の皮を脱げ”
男からの指示に、明美は指定された部屋に入るー。

その部屋にはー
1時間前から隠れて、”脅迫男”を待ち構えている直哉がいたー。

直哉が隠れている場所を見ると、
直哉は明美に対して頷くー

明美を脱いだ治は、一度この部屋から
離れないといけないー。

作戦はー
治が立ち去り、明美の皮を回収しに、犯人が姿を現したら
直哉がまず飛び出し、犯人が逃げられないよう、時間を稼ぐー。
そして、明美を脱いだ治が、直哉が時間を稼いでいる間に
ここに戻ってきて、二人で犯人を捕まえるー、
というものだったー

”皮を脱いだら、旧研究棟から立ち去れ”
そう、メッセージが届くー

明美は不安そうに直哉のほうを見ると、
直哉は明美の視線に気づいて頷くー。

明美が皮を脱ぐー。
中からいかつい雰囲気の男・治が姿を現すー

治は、明美の皮を置いてー
旧研究棟の外に一度出たー。

このあたりにはほぼ大学関係者も来ないが、
見られたら”不審者”扱いされる可能性もあるため、
治は慎重に周囲を見つめたー

”脅迫男”は現れるのだろうかー。

だが、
治がここをウロウロしていては
脅迫男も警戒して姿を見せないだろうと判断し、
一度その場所から離れたー

そしてーーー
直哉から連絡が来たー

”もしもし!?来た!来たよ!
 今、犯人を取り押さえてるからー
 早く…!
 ぼ、僕、別にこういうの得意じゃないから、早く来てくれないとー”

その連絡に、明美を脱いだ治は「す、すぐに行くよ!」と、返事をすると
旧研究棟の方に引き返しー
明美の皮を脱いだ部屋を一直線に目指したー

だがー
そこにいたのはー

「ーーーえ?」
治が驚くー

教室の中にいたのは、明美一人だったー。

「ーーーえ」
直哉の姿も、”脅迫男”の姿もないー。

「ーーーありがとうー」
明美がにっこりと微笑むー

「ーーえ……?」

目の前にいる”明美”はなんだー?
と、治は困惑するー。

”明美本人”かー?
それとも”脅迫男が明美を着た”のかー?

どっちだー?

治はそう思いながらー
「ーお…お前はー…」と呟くー

直哉が脅迫男に倒されて、明美の皮を脅迫男に
着られてしまったならー
最悪の展開だー。

「ーーーわたし?」
明美はクスッと笑うとー
突然ーー
「きゃああああああああああああああ!」と大声で叫んで
逃げ出し始めたー

「ーーえ!?え!?なに!?」
治が思わず明美のあとを追うとー
旧研究棟から飛び出して、大学の人通りのある方に
明美が逃げていくー。

明美が「たすけて!」と叫びながら治のほうを指差すー。

「ーー怪しい人が!」
明美の言葉に騒然とする学生たちー

「ーいや、え…ちょっ!?」
治が困惑しているとー
すぐに大学の警備員が駆け付けてー
警察に通報されるー。

しかもー
治は明美を乗っ取る前に、悪さをしていたことや、
治が明美になってから、治は世間的には行方不明で、
捜索願が家族から出ていたことなどからー
駆け付けた警察が治の顔を見ると同時に、
「お前は!」と、すぐに気づいた様子でー
そのまま治は警察に連行されてしまったー

”川崎君ー”
連行される治は、状況が分からず、
脅迫男にやられてしまった可能性が高い直哉の身を心配したー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーー…」

数日後ー

明美は、笑みを浮かべながら
大学内の図書館にやってきて、
本を読み始めたー。

「ーーー…ふふ…」
本を読みながら穏やかな笑みを浮かべる明美ー。

「ーーーーー」
明美は、時計を確認すると、
”いつものように”お昼を食べに行こうとするー。

旧研究棟にやってきて、
昼食をいつものように食べ始めると、
窓の外を見つめるー

ここは、
ほとんど人が来ない、”僕”だけの世界ー。

「ーー僕、いろいろ考えたんだー」
明美は静かにそう呟いたー

そしてー
明美の”皮”が少しだけめくれるー。

その中から出てきたのはー
直哉だったー

”密かに憧れていた女子・明美が”皮”にされて乗っ取られていたー”

そのことを知ってしまった直哉は、
最初は明美を支配している治の言う通り、黙っていようと考えたー

しかし、あまりの出来事に直哉の思考は次第に狂っていったー。

”脱ぐことができるということは、
 あの男の人が、羽村さんを脱いでいる時に、
 僕が着たら、僕が羽村さんになれるんじゃ…?”

そう、思ってしまったのだー
自分が明美になっている姿を想像すると、ドキドキが止まらないー

その上で、明美を支配していた治の言っていたことを
頭の中で少しずつ整理したー

まず、”誰かが明美になっている”ことで、
少なくとも明美の家族や友達は”本当の明美に起きたこと”を知らないまま
悲しむことはないー。
治が言っていた”周囲を悲しませたくない”ということには一理あるー、と
直哉は考えたー

そして、”明美は元に戻らない”という事実も、
明美はもうどのみち助からないし、明美を開放しても、結果的に
”明美の家族や友達が悲しむだけ”という現実があることも確かだったー。

けれどー
”明美を乗っ取った治”は、元々罪も犯しているような人間で”悪人”だー
今は改心したとは言え、
明美という何の罪もない子の人生を奪ったー
殺したも同然だー。

明美の周囲の人間を悲しませずー
明美の身体を有効活用しー
かつ、明美をこんな状態にした治という男に罪を償わせるー

直哉は、いろいろなことを考えた上でー、
”ひとつの結論”にたどり着いたー

僕がー
羽村さんになればいいー、と。

そうすればー

羽村さんの家族や友達は悲しまないー
治という男を懲らしめることもできるー

そして、僕もーー
最高の人生を送ることができるー

どうせ、羽村さんは元には戻らないんだー
こんな状態にしたのは、僕じゃないー。
だから、僕は悪くないー

そう考えた直哉は”別の男”のフリをして
機械音声を用いて、中身が治の明美を脅迫ー、
直哉自身は協力するフリをして、
治が明美の皮を脱ぐように仕向けー
治が明美の皮を脱いだ直後に、直哉が明美の皮を着たー

”取引現場”で治が、直哉の姿を見ていた際にもー
”脅迫男”からの”メッセージ”を送り、
直哉=脅迫男とバレないようにしたー。

普段から電話とメッセージを混ぜていたため、
あの場でメッセージだったのも、疑問に思わなかったのだろうー。

メッセージは下書きしておき、
”脅迫男を待ち伏せているために隠れている”という設定にしておいたため、
手元は隠してスマホも操作できたー。

最後に、明美になった直哉は、治を罠にはめて警察を呼びー、
治を葬り去ったー。

「ーーー今日から、僕が女子大生として
 普通に過ごすよー」

明美になった直哉はそう呟くと、昼食を食べ終えて、
静かに微笑んだー

人はー
力を前にすると、その力に取り憑かれることがあるー。

この直哉も、力に取り憑かれてしまったのかもしれないー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

人は力を前にすると
欲望に飲み込まれてしまう生き物…なのデス…!

お読み下さりありがとうございました~!☆

コメント

  1. 匿名 より:

    これ、最後のあたりの展開やオチは以前の結婚式当日に正体バラす話とほとんど同じ流れの話ですね。

    直哉はあの話の登場人物みたいにぶっ壊れたわけじゃないけど、凄まじい偽善者ぶりですよ。
    都合の悪いことを全部人のせいにして自分を正当化しておいて、欲望のままに行動してますから。

    治だけじゃなく、直哉もこらしめる必要がありますね。

    今度、これみたいな類似作の話やる時はハッピーエンドが個人的には見てみたいですね。
    中身がおっさんであったと知っても受け入れる展開みたいな。

    • 無名 より:

      コメントありがとうございます~!☆

      確かにハッピーエンドの流れのお話も
      作ってみたいですネ~!

      直哉をこらしめるお話は…
      もしかしたらいつか出てくるかもしれません★