”憑依能力”と”遺言状ー
その二つを利用して、邪魔者を排除してきた翔ー。
夕陽が沈もうとする中、彼の取った行動はー…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーー俺、”他人に憑依することができるんだ”」
翔は、夕陽を見つめながら、そう呟いたー
眩しそうに目を細めながら、夕陽を背にしている麻紀のほうを見つめるー。
幼馴染でもあり、彼女でもある麻紀ー。
そんな麻紀に、翔は”大林や明奈の自殺に関与していないかどうか”を
問い詰められたのだー。
麻紀には、嘘をつくことはできなかったー。
そもそもー
翔が最初にこの力を使って、人の命を奪ったのはー
最初にー”遺言状”を書いて、
憑依により”何もかもが思い通りになる”と理解したのはー
小さい頃、麻紀をいじめっ子たちから
助けた時だったのだからー。
始まりは、麻紀のためだったー。
でも、いつの間にか”憑依”を使えば
いつでも邪魔者を排除できることを知りー、
”遺言状”に適当な言葉を書き残せば、
それが、嘘でも事実になることを知った翔はー
その力に溺れてしまったー。
「ーーーーーー」
やがて、内心で翔はどんどん人を見下すようになっていきー、
行き着いたのが、今の翔ー
男子大学生の翔だー。
「ーーーーー…軽蔑するか?」
翔が笑いながら麻紀を見つめるー。
「今まで俺、何人を殺してきたと思うー?
二人や三人じゃないー
10人ー…
いいや、100人かな?
もしかしたら1000ぐらいいってるかもなー?」
翔が笑みを浮かべながら言うとー
太陽の光が反射して、よく見えない麻紀の方を
眩しそうに見つめるー。
麻紀の表情はよく見えないー
けれどー
”これだけは”ハッキリと分かったー
麻紀が、涙を流していることだけはー。
「ーーーー翔…」
麻紀の声は、既に麻紀が泣いていることを
よく伝えてくれたー。
「ーーー……人ってさー…
”何でも思い通りにできる”力があるとー…
ダメだなー」
翔はため息をつくー。
「ーーどんどん自分が醜い存在になっていくのが
俺自身にも、痛いほどよく分かるんだー。
邪魔者は、いつでも死なせることができるしー、
どんな美人の身体だって思うがままにできるしー、
遺言状を使って、周囲の人々の考え方まで
ある程度操ることができるー
今の俺は”モンスター”だよ。
人間じゃないー」
翔は笑いながら言うと、
麻紀のほうを見つめたー。
「ーーみんな…みんな…翔が殺したのー?」
麻紀が信じられない、という様子で言うー。
疑ってはいたー。
けど、
翔にいつものようなさわやかな笑顔で、否定してほしかったー
「ー法律的に言えば、自殺かな。
自分で死んだんだし」
翔が、そんな言葉を口にするー。
「ーふざけないで!真面目に答えて!」
麻紀が泣きながら叫ぶー。
翔は自虐的な笑みを浮かべてから頷くー。
「法律上は自殺だよー。
誰も俺を裁けないー。
だって、俺の力を証明する手段はないんだからー。」
翔はそれだけ言うと、笑うー。
「ーー第3者から見て、例えどんな発言をしていようと、
本人が、自らの手で、自らの命を消したことには変わりはない。
それはつまり、自殺だー。
そうだろう?
仮に俺が「憑依して殺しました」って自首したとしても、
今の法律じゃ、俺は逮捕されないー…」
翔の言葉に、麻紀は震えたー。
”大好きな幼馴染”であり、
”大好きな彼氏”であり、
”頼れる存在”だったー
そんな翔が、こんな考え方の持ち主だったなんてー
信じたくないー
麻紀はそれでも、翔のほうを見つめるー。
「ーーー麻紀ー…
俺のことは、誰にも裁けないー。
警察であってもー。
それでも麻紀は、俺を止めるのか?」
翔は呟くー。
「ー今まで俺は、確かに自分のためにこの力を使って
色々な人を自殺させてきたー。
でもさー、麻紀ー。
考えてごらんー。
俺が最初に自殺させたいじめっ子もそうだったけど、
俺は、今までに麻紀のことを何度も何度も助けているんだよー。
麻紀の邪魔になる人間をー
俺は何人消してきたと思うー?
もちろん、麻紀にお願いされたわけじゃない。
でも、俺は麻紀のためにも、この力を今まで使ってきたんだー。
だから麻紀ー
これからもーーー」
太陽が沈むー
麻紀は、目に涙を浮かべながら、
「翔ーー」
と、呟くー。
大学の屋上が暗くなりー
大学内の照明に照らされる二人ー。
「ーーわたし、翔のこと、小さい頃から大好きだからー」
麻紀の言葉に、翔は少しだけ笑うと
「はは…それは嬉しいなー」と、照れくさそうに呟くー。
だがー
麻紀は、次の瞬間ー
翔の意に反する行動に出たー。
いやー…
「ーーーーー!」
翔が表情を歪めるー。
麻紀の手に握られていたのは、ボイスレコーダー。
翔との会話を記録しようと思って、
持ってきていたものだったー。
「ーー翔のことが大好きだからー
わたしはー…
わたしは、翔にしっかりとー
ちゃんと、罪を償ってほしいの!」
麻紀の意を決した言葉に、翔は突然笑い出したー。
ライトに照らされながら笑う翔ー。
翔はやがて、笑みを浮かべながら、
「ーーなるほどなるほど、俺の”自白”を録音したのかー」と、呟くー。
「ーーーー」
震えながら翔のほうを見つめる麻紀ー。
翔は少しだけ笑みを浮かべるとー、
「麻紀ー…俺は、麻紀にも憑依できるんだぞ?」と、呟くー。
「言っただろ?誰も俺を裁くことはできないってー。
警察は”憑依”なんて信じないだろうしー、
俺のことを追い詰めようとする人間がいれば、
俺はそいつを始末することだってできるー」
その言葉に、麻紀は後ずさりながら目に涙を浮かべるー。
「ー麻紀ー。
今までありがとうなー。
お前に憑依して、お前の身体で遺言状を書いてやるー」
翔が笑みを浮かべたー
麻紀は「や…やめて…」と、悲しそうに呟くー。
「ーーーーーー」
翔は、そんな麻紀を見つめながら
麻紀に近付くと、麻紀の耳元で、静かに言葉を囁いたーー
”さよなら”
とー。
そうー
翔にとって”人間の命”は軽いー。
この力を手にしてしまったが故に、
翔は人間の命に重みを感じることができなくなってしまっていたー。
だってー
いつでも思い通りにできるし、いつでも始末することだってできるのだからー。
”誰にも知られずに自殺扱いで人の命を奪うことができるー”
翔は思うー。
”俺を非難するやつは、たくさんいるだろう”
とー。
けれどー
”俺を非難するやつらは、この力を手に入れても、
本当に一生、誰にも使わず生きていけるのか?”
とも、翔は思っているー。
人間は、欲深い生き物だー。
どんなに自制心を働かせようとしてもー
やがて、俺と同じように力を使うー。
翔は、そう思ったー
「ーークククー…」
憑依された麻紀は、大学の敷地の中心部にある
そびえたつ灯台のようなものから放たれている光を見つめるー。
この大学のシンボルにもなっている存在だー。
「ーーーーー……麻紀に憑依するのは、初めてだなー」
麻紀はニヤリと笑みを浮かべながら、
「さて…と」と、その場から静かに立ち去ったー。
やがてー、
麻紀は自分の家に帰宅すると、周囲を見渡しながら、
紙とペンを見つけると、髪を邪魔そうに払いのけながら、
笑みを浮かべるー
鏡を見つめながら、麻紀は呟くー
「これから死ぬってのにー笑ってやがるー」
とー。
そして、”遺言状”を書き始めるー。
遺言状に書く内容は、もう決めてあるー。
それを書き終えると、麻紀は静かに笑みを浮かべるー。
鏡の前に移動して、
麻紀の顔を見つめー
髪を触りー
唇を触りー
身体を上から下までゆっくりと触りー、
名残惜しそうに、麻紀を堪能するとー
「ーーありがとなー…麻紀ー」
と、呟き、静かに笑みを浮かべたー。
”自殺”
これまで何度も憑依でそれを繰り返してきた翔ー。
そう、これまでと同じだー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーーう」
麻紀が、目を覚ますー。
「ーーーーー…あ…」
寝ぼけたような感じになっていた麻紀は
しばらく状況を理解できず、
自分の部屋の机の前で寝落ちしてしまったかのような
格好で寝ていた自分の身体を起こすー。
「ーーーあれ…わたし…」
麻紀は自分がこうなる前の状況を頭の中で整理しー
大学の屋上で翔を問い詰めたことー
そして、翔が”自分のしたこと”を自白した音声を録音してー
それを翔に突き付けたことー
翔が、麻紀に憑依しようと近付いてきたことー…
全てを思い出したー
「ーーえ…」
時計を見つめる麻紀ー。
時計を確認する限り、1時間ちょっと、麻紀は
憑依されていたことになるー。
麻紀は、唖然としながら
「ーー翔…だめだってばー…」と、
力に溺れて暴走した翔を止めようとするー。
”翔に憑依されたけど、わたしは殺されなかったー”
それはつまり、
翔には、麻紀を殺せないー
そういうことを意味するー。
麻紀は”翔は、わたしが止めなくちゃー”と
慌ててスマホで翔に連絡を入れて、
翔を止めに行こうとするー。
だがー
机の方に視線を向けた麻紀は、
”その必要がない”ことを悟ったー。
「ーーーえ」
唖然とする麻紀ー。
机に上に置かれていたのはー
”遺言状”だったー。
それはー
”翔”の遺言状ー。
”俺は、数えきれないほどの罪を犯したー
麻紀に言った通り、法律上は罪にはならないー。
でも俺は、”裁かれることのない罪”をいくつも犯したー”
そんな風に遺言状には書かれているー。
”ー麻紀を助けるために、初めてこの力を使ってから
俺はどんどん、自分が醜い存在になってくるのをずっと感じてたー。
でもー、それでも俺は自分を止めることができなかったー。
俺は麻紀や、他のみんなが思ってるような強い人間じゃないー
自分の力を自制することもできない、弱い人間なんだー。
いつか、こうなることをずっとずっと、願ってたのかもしれないー。
俺に、麻紀は殺せないー。
俺にとって、麻紀は大切な存在だからー。
ずっとずっとー
麻紀が俺のしている”悪魔のようなこと”に気付いてー
こうして、俺を止めようとしてくれるのを、待ってたのかもしれないー。
麻紀に言われて、目が覚めたよー。
遺言状を書くべきは、俺だってー。
俺もー
正直、分かんないんだー。
この力を、どうすればいいのかー。
警察に言っても、逮捕されないだろうし、
麻紀の録音も無駄だー。
万が一、
逮捕されたとしても、俺は幽体離脱して
誰かに必ず憑依するー。
俺は弱い人間だからー
生きている限り、また必ず誰かを殺すー。
だから、これ以上犠牲者を出さないためにはーー
こうするしかないんだー。
最後の最後まで、麻紀を苦しめるような馬鹿でごめんー。
こんなことをして、許されるなんて、思ってないー。
でも、俺を裁けるのは、俺自身しかいないしー
俺以外に俺を裁けるのは、それはこの世界の人間や法律じゃなくて、
地獄だけだー。
俺は、地獄って多分あると思うんだー
そこでこれから俺は死ぬほど苦しい思いをしてー
いや、もしかしたら何度も何度も死んだりしてー
ずっとずっと、永遠に苦しんでいくんだー。”
そのあとにも、言葉が続くー
”さよなら”
憑依される直前に翔が口にした言葉はーー
麻紀が死ぬーーのではなく、翔が死ぬからーー
だったのだー。
麻紀は目から涙をこぼしながら、
”遺言状”を握りしめたー。
「ーー翔のしたことー
わたし…絶対に許せないー」
と、呟きながらー
「ーーーでもーーー
こんなことになる前に、気づいてあげられていたらー…
もっと早くー
最初に翔がそんな力を使う前に気付いてあげられていたらー
こんなことには、ならなかったのかもねー…」
麻紀は悲しそうにそう呟くー。
麻紀の目から零れ落ちた涙が、翔の遺した”遺言状”に、
音を立てて落下したー。
それと時を同じくしてー
まるで、麻紀が落とした涙と、呼応するかのようにー
翔は、誰にも迷惑を掛けない場所でー
静かに身を投げてー
静かに微笑んだー。
”地獄に行ったらー
こんな醜い人間になっちゃった俺もー
ちゃんと、反省できるかなー”
翔は意識が途切れる直前にはー
昔のように、ただただ、麻紀の幸せを心から願っていたー。
こんな力がなければー
俺、どうしてたのかなー
最後に翔が考えたのは、そんなことだったー。
誰にも止められない”強大な力”ー
そんな人間を止めることができるのは、
たとえ、力はなかったとしても、
身近にいる存在なのかもしれないー。
おわり
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コメント
4週間に渡ってお届けしてきた「遺言状」の最終回でした~!
当初は3話の予定だったのですが、
頭の中に浮かんでいる話を文字にしたら思いのほか、
長くなってしまって4話に…!
土曜日枠(※土曜日だけ事前に書いて予約投稿)でなかったら、
更新スケジュールを公開してしまっている都合上、
③で駆け足で終わらせることになってしまってたので、
土曜日枠の作品で良かったのかもしれないですネ~!
前にも、違う形で同じようなお話も書いたことがありましたが
今回はこんな感じの作品になりました~!
お読みくださりありがとうございました!
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