<憑依>遺言状~生無き者に語る口はない~第一章

憑依を悪用する人間は、どこにでもいるー。

そう、ここにもー。

男は、遺言状を用いた悪魔のような憑依を行っていたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーな、なんだ…これはー」
とある居酒屋の店長が、店を開くなり、驚きの声を上げたー。

そのお店で働いていた女子大生バイトが、
店内で首を吊ってー
”自殺”していたのだー

「ーーひぃっ!?」
思わず尻餅をついてしまう店長ー
腰が砕けて、すぐには動くことが出来ないー。

すぐに警察に通報する店長ー。

しかしー
店長にとっての衝撃はこのあと、
さらに続くことになるー。

「ー少し、お話をお伺いできますか?」
バイトの女子大生の自殺現場に駆け付けた警察官の一人に
そう言われた店長は素直に応じるー。

自殺した彼女の話を聞かれる、と、そう考えたからだー。

だがー
警察官から言われた言葉は、
店長にとって信じられない言葉だったー。

警察官が何かを机に置くー。

そこにはー

”わたしは店長から、ずっとパワハラを受け続けてきましたー。
 性的な乱暴もありましたー。
 もう、耐えられませんー”

と、書かれた”遺言状”が、置かれていたー。

死んだ女子大生バイトが残した遺言状だー。

「ーーー…」
瞳を震わせながら、居酒屋の店長が
”信じられない”という様子で警察官のほうを見つめるー。

”バレてしまったー”
そういう、理由から動揺しているのではないー。

店長には”心当たりがない”のだー。

自殺した女子大生バイトに対してもー
いや、その他のバイトに対してもパワハラと言われるような
行為をした覚えがないし、
性的な乱暴をした覚えも一切ないー。

「ーそ、そ、そ、そんなこと…私はしていない!」
店長が慌てた様子で叫ぶー。

だが、どんなに否定してもー
”本人”はもう語ることができないー。

”死人に口なしー
 死んだ人間が、語ることはできないー。
 だが、それ故、死にゆく人間が残した言葉は重く、
 何よりも強く、生きるものたちに響くー”

「ーーーー」
別の場所ー
”イケメン”と呼ばれるような整った顔立ちの若い男が、
本を読みながらそう呟くと、静かに笑みを浮かべたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーなぁなぁなぁなぁなぁ、聞いてくれよ」

「ーーなんだよ、またかよー」
イケメン風な男子大学生、塚谷 翔(つかや しょう)が
ため息をつきながら振り返ると、
同じ大学に通う自慢大好きな男子大学生・大林(おおばやし)が
笑いながら言葉を続けたー

「ー俺の彼女さ~!、昨日マジで可愛かったんだよ」
ニヤニヤしながら”彼女自慢”を始める大林ー。

「ーーーははは、お前、さっき他のやつにも
 そのこと話してなかったか~?」
翔がさわやかな笑みを浮かべながら言うと、
大林は「へへへっ!いいじゃねぇか。何度思い出しても可愛いんだから!」と
ニヤニヤしながら言い放つー。

彼はー、1か月ほど前に彼女が出来てから
毎日この調子だー。

最近では”大林のやつ、マジでうぜぇ”と言っている
生徒も見かけるし、
”ウザ林”だとか”ウザギ”だとか、変なあだ名まで
つけられてしまっている状態だー。

「ーーー大林さー…最近、みんなから不評だけど、大丈夫か?」
翔が心配そうにしながら言うー。

だが、大林は止まらなかったー。

「ー可愛いもんは、可愛いんだよー」

彼にとってー、今の彼女・明奈(あきな)は、
人生で初めての彼女であり、
それ故に、明奈以外のことが何も見えない状態に
なってしまっていたー。

大学生になるまで、恋愛と全く縁がなかった反動ー、と
言うべきだろうかー。
明奈のことを全力で大事にするあまり、
周囲の迷惑も、何も、見えなくなってしまっていたー

「ーー大林ー。お前、そろそろほどほどにしておけよー」
翔が心配そうに再び口を開くー。

「ーーなんだよ」
不満そうにする大林ー。

「ー俺はお前を心配して言ってるんだー。
 あまり度を超すと、”そのうち大変なこと”になるぞー」
翔が言うと、大林は「わかったよー」と、
不満そうに呟いたー

「ーはは。彼女を大事にするのもいいけど、
 周りの迷惑もちゃんと考えなくちゃな」

翔の言葉に、大林は”納得がいかない”というような
顔をしながらも、その日の話は、そこで終わったー。

「ーーーーーーーー」
帰宅した翔は、整理整頓された部屋で静かに
椅子に座ると、
音楽を川の流れる音を再生し、
目を閉じたー。

塚谷 翔ー

俳優と間違えられるほどの整ったルックスと、
非常に速い頭の回転を持つ”天才”的な大学生ー。
”表向き”の人当りも非常によく、
男女問わず、人気が高いー。
当然、大学の教員たちからも気に入られているー。

だがー

「ーーーなぁなぁなぁなぁ聞いてくれよー」
翌日のことだったー

大林が再び、翔に対して”明奈自慢”を始めようとするー。

翔は思わずため息をついて立ち止まったー

「ーーお前、昨日、”忠告”したよなー?」
とー。

大林は笑いながら
「そんな怖い顔すんなって!昨日もさ、マジで可愛い反応してくれたから」
と、呟くー

だがー
翔はその瞬間ー
”偽りの笑顔”を消したー。

「ーーーーー」
冷たい目で、大林を見つめたあとに無言で立ち去る翔ー。

”遺言状は、どんな手紙よりも強くー、
 その言葉は生きている人間に対して何よりも
 美しいメッセージとして響き渡るー”

翔は、凶悪な笑みを浮かべたー

彼には”裏の顔”があったー。

それはー
”憑依薬”を使ってー
他人に憑依し、”遺言状”を書いた後に自殺することー。

「ーーー大林ーお前、うるせぇんだよ」
翔は一人そう呟くとー
帰宅後ー、川のせせらぎの音を再生しながら
うっとりとした表情を浮かべるー。

翔は早速”憑依の力”を発揮するー。

彼は神経を集中させることで、
身体から自分の霊体を幽体離脱させることができー、
それによって、他人への憑依をすることができるー。

環境音を聞くようになったのは
”自らの精神を集中させて、素早く幽体離脱するため”だー。

「ーーーあ、うん!来週、そっちに帰るから!
 うん!ばいばい!」

微笑みながらスマホでの通話を終了する明奈ー。

実家に住む親に連絡していた明奈は
スマホを机の上に置くと、
台所の方に向かって歩き出したー

そしてー
晩御飯の準備をしているのだろうかー。

包丁を手に、食材を切り始めているー。

料理が趣味な明奈は、
一人暮らしになってからも、
食費の許す範囲内で、料理を楽しんでいたー。

「ーーー今日はーーー… あっ…」

急に声を上げて、ビクンと震える明奈ー
ちょうど包丁を手にしていた明奈は、指を少し切ってしまい、
指から血が流れるー。

「ーーーっ…ぃつて~…タイミングが悪かったなー」
明奈が笑みを浮かべながら指を面倒臭そうに振ると、
止血することもなく、「紙、紙ー」と言いながら
机の上に置かれていたノートの1ページを乱暴に
引きちぎるー。

そのノートは、明奈が家計簿的な使い方をしていた
ノートだったが、今の明奈には、もはやそんなことも
まるで関係なかったー。

明奈は、翔に憑依されてしまったー。

指から血をダラダラと流しながら、
そんなことお構いなしに
”大林くんから、毎日のように暴力を振るわれてー”と、
いう内容の”遺言状”を書いていくー。

”ーーもう、耐えられないー
 全部、大林くんのせいー”

そんな風に書き終えると「よし」と、明奈は笑みを浮かべて、
そのままボールペンをゴミ箱の方に放り投げたー。

絨毯に、指から流れる血が垂れているのを見て
「あ~、汚れちゃったな」と、呟くもー
すぐに「ま、どうせ今から自殺するんだしな」と、明奈は
笑みを浮かべるー。

そしてー
玄関の戸締りを確認した明奈は、
邪悪な笑みを浮かべながらー
料理を切ろうとしていた包丁で、
自らを突き刺したー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「ーーーどうした?大林ー」

何食わぬ顔で近づいてくる翔ー。

昨夜ー
明奈に憑依して明奈を”自殺”させた張本人とは
思えないぐらいに”他人事”の翔ー。

「ーーー明奈と連絡が取れなくてー」
焦った様子の大林を見て、翔は、
「ーーーはは、寝坊でもしてるんじゃないかー?」
翔はそれだけ言うと、近くの自販機でペットボトルのコーラを買ってー
鋭い目つきで大林のほうを確認するー

”いくら連絡してもー
 繋がることはないさー”
翔は笑みを浮かべながら、心の中でそう呟くー

「だってもうー」

だってもうー
お前の彼女はこの世にいないのだからー。

昨日、”自殺”したのだからー。

いいやー

「ーー俺が憑依して自殺したのはー…
 自殺って言うのかー?」

すぐに、翔は、”まぁ、そんなことどうでもいいかー”と、
心の中で笑うー。

”中身が誰であろうと、明奈が明奈を殺した”のだー
それはつまり、自殺ー。

「ーーーー…そんなに心配するなら、
 彼女の家に行ってやればいいじゃないか。
 お前、家知ってるだろ?」

翔が”友人”として、平然とアドバイスを送ると、
大林は「そ、そうだな。ありがとなー」と、少しだけ
明るい表情を浮かべて笑うー。

「ーーーーーーどういたしまして」
さわやかな笑みを浮かべて立ち去っていく翔ー。

「ーー俺はーー
 ”死”を既に、何百ー、いや、何千も経験しているー。

 あのー
 溶けていくような感覚ー
 すべてが無になっていくような感覚ー

 それを俺は、他人の身体で味わうことができるー。

 俺の邪魔をするやつはー
 俺の気に入らないやつはー
 この世に必要はないー。
 
 この世界はー
 俺が主役として輝くための舞台(ステージ)だー」

歪んだ考えを持つ翔は、
廊下を歩きながらそんなことを考えていたー。

「ーーあ、翔!」

「ーー」
名前を呼ばれて立ち止まった翔は、
さわやかな笑顔を浮かべながら振り返るー。

「ー麻紀(まき)ーどうしたんだ?」
翔の彼女、麻紀ー。

だが、その麻紀は、少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら
近付いてきたー。

「ーーー翔、浮気してないー?」
とー。

SNSの画像を見せてくる麻紀ー。

「ーーー」
翔はその写真を見つめるー

”ありさ”と書かれたアカウントでー
翔と女が楽しそうに食事している写真が掲載されているー。

”今日は、カレと一緒にごはん♡”と、そう書かれていたー

「ーーーははははは、それ、俺じゃなくね?」
翔が笑いながら言うー。

写真は、翔に見えるが、
ギリギリ言い逃れできるラインにも見えたー。

翔は、そのルックスからー
小さい頃からよくモテるー。

そして、麻紀の指摘通り、翔は”浮気”をしているー。

この麻紀が”本命の彼女”であり、
”ありさ”は、翔にとって”遊び相手”でしかないー。

”ありさ”以外にも何人も似たような女はいるー。

「ーーそうかなぁー」
麻紀が困惑の表情を浮かべると、
翔は「当たり前だろー。麻紀とは小さい頃からの付き合いなんだから」と
優しく麻紀に語り掛けるー。

「ー麻紀を裏切ったら打ち首になっちまう。はははー」
余裕の表情で冗談を口にする翔ー。

”翔には悪いうわさがないー”
そのため、麻紀も、そんな翔の言葉を信じてしまうー。

「しっかし、確かに俺に似てて迷惑だなぁ~」
翔が麻紀が見せてきた写真を見つめながら笑うー

”写真は自分”なのだが、
何の動揺も見せずに、翔は「ーまぁ、向こうも俺を見たら迷惑に思うかなー」と
苦笑いしてから、
「人間の容姿に著作権はねぇからなぁ…似たくて似てるわけじゃないだろうし」と、
余裕の言葉を口にしたー。

その後ー
麻紀といつも通り雑談して別れる翔ー。

「ーーーーー」
麻紀と別れた瞬間、翔は
”あのバカ女が”と、表情を歪めたー。

亜理紗(ありさ)には、俺とのデートをSNSに上げるな、と
いつも言っていたはずだー

それなのにー

「ーーー…俺の女に、知性のないやつはいらない」
翔はそう呟くと、”自殺だ”と、冷たい声で静かに呟いたー

<中編>へ続く

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コメント

恐ろしい憑依人のお話デス~!
翔に天罰が下ることはあるのでしょうか~?

いつも通り土曜日枠の作品
(土曜日だけ私の都合上、予約投稿)なので、
続きはまた来週になりますが、
楽しみにしていてくださいネ~!

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憑依<遺言状>

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