<入れ替わり>感情のないあの子と僕③~光~(完)

”感情がまるでない”
そんなことから、”氷の女”などという名前も
つけられてしまっているクラスメイト・雪菜。

そんな彼女と入れ替わってしまった秀太は、
雪菜が感情表現をしない理由を知るー。

そして…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雪菜(秀太)は、自分の部屋で
鏡を見つめながら戸惑っていたー。

”いつも無表情”な、雪菜ー。

雪菜が感情を見せないのは、あの父親ー。
”家庭環境”にあると理解した秀太は、複雑な思いを抱くー。

「ーーーー」
さっきー、
この部屋に上がってくる最中に、雪菜(秀太)は
ある光景を見ていたー。

それはー
”雪菜の父親と母親が笑っている写真ー”

今の父親からは想像もつかないがー、
とても優しそうで、穏やかそうな父親だったー。

「ーーテメェが生まれてさえ来なければ…律子は…律子はー!」

”お前が生まれた際に、律子は死んだー”
自分の部屋に上がってくる直前、父親はそう言っていたー。

もしー、
もしもーー

「ーー氷谷さんが生まれてきたときに、お母さんが無事だったらーーー…」

雪菜(秀太)は静かに呟くー。

雪菜の母親の身に、何も起こらず、無事だったらー
今頃、あのお父さんもあんな風にはなってなくてー
雪菜も笑っていたのかもしれないー。

「ーーーーー」
雪菜(秀太)は鏡の前でほほ笑んでみるー。

”雪菜の笑顔”は、誰の笑顔よりも可愛らしく見えたー

”こんな風に笑顔を浮かべることができるのにー”

雪菜の感情は、死んでしまったー。
過酷な、環境の中でー。

怒った顔ー。
笑った顔ー。
悲しそうな顔ー。
緊張してそうな顔ー。

”感情のないクラスメイト”の身体であらゆる感情表現をしてみるー。

「ーーー……」

ちゃんと、こんな風に笑えるのにー
ちゃんと、こんな風に怒れるのにー。

「ーーー…」
急に、妙な寂しさを覚えてベッドの上に座ると
雪菜(秀太)は「ーーー…僕に何かできること……あるのかなー」と、
静かに呟いたー

今まで”氷谷さん”のことは、ただのクラスメイトとしか思っておらず、
特に良い感情も悪い感情も秀太にはなかったー。

”無表情な子”ぐらいの印象だー。
それ以上でも、それ以下でもないー。

けれどー…
こんな風に、色々なことを知ってしまったらー…

「ーーーーー…」
雪菜(秀太)は「ーー女の子の手ってこんなに冷たいんだなー」と、
冷たい手を触りながら「ーー氷みたいだー」と、呟いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーははは、そっか~迷っちゃったんだなぁ~」

「秀太は昔からうっかりさんだからね~」

一方、秀太になった雪菜は
”秀太”として、秀太の家で過ごしていたー。

”暴力を振るう父親”から身を守るうちに、
雪菜は”人の感情を正確に、素早く読み取る術”ばかりが
成長していたー。

そのおかげだろうかー。
秀太(雪菜)として帰宅後に、すぐに家族の表情・振る舞い・空気から
秀太として”不自然ではない程度”に振る舞うことができたー。

家族の雑談ー
そんな暖かい環境に、秀太(雪菜)は思わず笑顔をこぼしながら
たくさん雑談したー

こんなに喋ったのは、いつぶりだろうかー。
心から笑ったー
心から楽しいと思ったー

”わたしはー川口くんじゃないけれどー”
そんな風に思いながらー

笑って話をすることができるって、
こんなに楽しいことなんだとー、
秀太(雪菜)は心からそう思ったー

家族が作ってくれたご飯を食べながら
楽しく雑談をするー

雪菜には、そんな経験すら、存在しないー

そしてー
自分に笑う資格なんてないー。

だってー

”わたしは、お母さんを殺したんだからー”

雪菜はー
自分自身でも”わたしが生まれてきたせいで、お母さんは死んでしまった”と
自分のことを責め続けているー。

”出産時の母親の死亡”ー
これは、雪菜自身にはどうすることもできないことだー。

けれどー、
それでも、
雪菜は自分を責め続けたー。

”お父さんが、わたしに怒るのは、仕方がない”
と、ずっと思い続けていたー。

「ーーーーーーー」
秀太(雪菜)は気づけば、目から涙をボロボロこぼしていたー。

「ーーーえ…?ど、どうしたのー?」
秀太の母親が、突然泣き出した息子を前に困惑するー

「ーーおいおい、どうしたんだよ?」
父親も戸惑った様子だったー

「ーーううん…ごめん、なんでもないよ」
秀太(雪菜)は
”川口くんが変に思われちゃう”と、すぐに涙をふくと、
ご飯の最後の一粒までを全部美味しそうに完食して、
「ごちそうさまでした」と、静かに呟いたー

そしてー
部屋の方に向かうー。

”本当に、ありがとうございましたー”
秀太の両親に、心の中でそう呟くと
秀太(雪菜)は
”絶対に叶うことのない夢”を、頭の中に浮かべたー

雪菜自身の両親と、笑いながら食卓を囲む光景ー。

けれどー
そんな、夢は二度と叶うことはないー。

いやー
”もしかしたらー”
将来、自分にもそんな未来があったかもしれないー。

自分が、親の立場でー…と、いうことにはなるけれどー
幸せな家庭に生まれることはできなくてもー
幸せな家庭を作ることはできたかもしれないー。

けれどー…
それも、もうーーー

遅いー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「ーーーーー!あ、寝ちゃってた!」
雪菜(秀太)が飛び起きるー

自分の口から”雪菜の声”が出たことー
そして、起き上がった際に髪がふわりとしたことに
驚きながら
「あ…そうだ…僕、氷谷さんの身体にー…」と、
戸惑いの表情を浮かべたー。

”明日の朝には、必ず元に戻れるから”

今日は河川敷で会う約束をしているー。
そこで、身体を元通りにする、という約束だー。

雪菜(秀太)は「あ…やばっ!」と声を上げるー。
雪菜の父親の件に戸惑っている間に、お風呂に入るのを
忘れたまま、寝てしまったー

「ーー」
時計を見る雪菜(秀太)ー

だが、もう、お風呂に入っている時間はないー。

”ご、ご、ご、ごめんなさいー”

そんな風に思いながら雪菜(秀太)は
約束の河川敷に向かおうと、階段を駆け下りたー。

父親は仕事で不在の様子だったが、
テレビはつけっぱなし、電気もつけっぱなし、という
投げやりな状態だったー

「ーーー……氷谷さん、いつも本当に大変なんだなー」

そんな中ー

「ーーーーーえ」
雪菜(秀太)は”あるもの”を見て、表情を歪めたー

「ーーーーーーーーえ………… なんだこれ…」

雪菜(秀太)が見たものは、”信じられない”ものだったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

雪菜(秀太)は河川敷に走ったー。

必死に走ったー

そこでーー
秀太(雪菜)は既に待っていたー。

午前中はあまり人がいない河川敷の一角ー。

秀太(雪菜)が振り返ると、
雪菜(秀太)は「ど…どういうことなんだよ!」と叫ぶー。

秀太(雪菜)は無表情のままー
「ーーー見たんだ」と、呟くー。

「ー見たよ!…あれ、いったい…どういうーー…」
雪菜(秀太)が叫ぶとー
「ーわたしの身体って、そんな風に、色々な顔、できるんだねー」と、
少しだけー
寂しそうに呟いたー。

「ーー氷谷さんーーー…君はー…」
雪菜(秀太)の言葉に、
秀太(雪菜)は静かに頷いたー。

「本当に、ありがとうー」
そう呟くと、秀太(雪菜)は、雪菜(秀太)の手を握りー
次の瞬間、光に包まれてー
二人の身体が再び入れ替わって、元に戻ったー。

「ー氷谷さん!」
秀太が叫ぶと、雪菜は秀太から離れたー。

「ーー川口くんの家ー…
 素敵な家だったー…」

そう、呟きながらー

「ーそ、そんなことはいいんだよ!
 ひ、氷谷さんー…
 なんでーーー!
 なんでーーーー”自殺”なんてしたんだ!!」

秀太が叫ぶー
雪菜は無表情のままー

”だから、あんなに手が冷たかったんだー”
秀太はそう思いながら、雪菜を見つめるー。

けれども、少し寂しそうに「もう…疲れちゃったー」と、呟いたー。

「ーーーーー」

秀太は表情を歪めるー

雪菜の家でついたままにされていたテレビー

そこではーー

”昨日、西中央駅で、電車と衝突し、亡くなった女子高生ー”
の、ニュースが報じられていたのだー。

そして、その”亡くなった女子高生”はー
”氷谷 雪菜”だったのだー。

秀太が社会科見学中に”電車に乗り遅れた”のは、
”直前に起きた人身事故の処理で駅が混雑していたため”ー。

そして、その”人身事故”こそー
氷谷 雪菜が”自殺したことによるものだったー

「ーーー死んだらー…
 わたし、駅に立ってたのー…
 たぶん、成仏できなかったんだろうねー」

雪菜はそう言うと、
どうしようか迷っている時に、電車に乗り遅れている川口君を見つけてー、と続けたー。

「ーーあんな、優しくしてくれたの、初めてだったからー」
雪菜は言うー。

駅で、秀太は雪菜にコーンスープを手渡したー。

秀太にとっては、何の目的もやましい想いもない、ただの親切だったが、
それだけでも、雪菜の心に、深く響いたのだったー。

そして、そんな雪菜の想いが、成仏する前に、
奇跡を起こしたー。

「ーーーたったー…
 たった1日だったけどー…川口くんの家のようなー…
 あんな風な素敵な世界も、この世界にはあるんだねー」

雪菜はそれだけ言うと、
「ー本当に、ありがとうー…巻き込んで、ごめんねー」とだけ呟いて、
その姿が光に包まれて消え始めるー。

”成仏”
秀太の優しさに触れてー
秀太として、”こんな家族もいる”ということを知りー、
たった一晩だけでも、家族の温かみを味わった雪菜はー、
満足そうに、消えていくー。

「ーちょ…ちょっと待って!」
秀太が叫ぶー。

「ーーーーえーーー…?」
消えゆく雪菜が秀太の突然の行動に戸惑うー。
秀太は突然雪菜に背を向けて猛ダッシュしたのだー。

「ーーー!?!?」
唖然としていると、すぐに秀太は戻ってきて、
缶のコーンスープを差し出したー。

昨日と同じように、コーンスープを手に、
秀太は言うー。

「ーーぼ、僕のこんなことで、喜んでもらえるなら
 いくらでもコーンスープ、氷谷さんに買ってあげるから、
 だから、だから、まだ消えちゃだめだ!」

秀太の言葉に、
雪菜は無表情のまま「わたしの身体はもう、死んでるからー」
と、だけ言うと、
「それにー…」と、
「わたし、コーンスープ、本当は苦手なのー」
と、続けたー。

「ーーな、なんだ…じ、じゃあ、他のジュースでも、何でも買ってあげるからー」

恋愛経験のない、秀太の武器用な反応に、
雪菜は初めてー自分の意思で少しだけ微笑んだー。

「ーーー…もういいのー。本当に、ありがとうー。
 もっと早くー、もっと早く、川口くんとこうして話せていればー
 よかったのかもー」

にっこりと笑う雪菜を見て、
秀太は

「なんだよ…ちゃんと…笑えるんじゃないかー」
と、呟くー。

「ーー僕… 僕ーー」
秀太が雪菜のほうを見つめるとー
雪菜はもう、光の雫となって、秀太の前の前から、姿を消していたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーー昨日は大変だったなー」

学校に到着すると、
親友の輝樹が声を掛けてきたー。

社会科見学前にも、秀太と話していた親友だー。

「ーーーえ…」
雪菜が消えたことで落ち込んでいた秀太が反応すると、
輝樹は「ほら…班行動中に、氷谷さん、自殺したろ…」
と、小声で呟くー

「ーーーほんと、氷谷さん、何考えてるんだろうなー」

その言葉に、秀太は戸惑ったー

”昨日”は、
氷谷さんが自殺したあとも、成仏できず、僕と入れ替わって
一緒にいたはずだー、

とー。

だがー
クラスメイトたちの誰に聞いてもー
雪菜は”班行動中に突然姿を消して、駅で自殺した”と言う人ばかりだったー。

秀太と入れ替わって、一緒にいたー
”その記憶”は、雪菜が成仏したからだろうかー。

雪菜と入れ替わった当事者である秀太以外からは消えていたー。

あとで、こっそりと確認したけれど、
雪菜の父親からも、”雪菜(秀太)が帰宅した”記憶は無くなっていて、
”自殺したあとの雪菜”に関する記憶は、秀太にしか残っていなかったー。

あれから半月が経ちー、
みんなは”氷谷さんはよく分からない子だったー”と、
もう、誰も気に留めていない様子だったー。

けれどー

雪菜の座席があった場所を秀太は見つめるー。

雪菜の家庭の事情ー、
彼女がどうして”感情を見せない”子だったのかー
そして、そんな雪菜にもちゃんと感情はあったことー

「ーー僕は、忘れないよー」
「ー氷谷さんのことをー」

秀太は、雪菜と入れ替わった日のことを思い出しながら、
寂しそうにそう呟くのだったー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

①で何気なく書かれている人身事故が、
物語に関わる大事な部分の一つでした!

お読みくださりありがとうございました~!☆

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