彼には、ある力があったー。
それは”人を洗脳して意のままに操る力”
しかしー彼は、その力に思い悩んでいた。
何故なら、”相手を見つめるだけで”
その気がなくても、人を洗脳してしまうことができるのだからー。
・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーはい、わかりましたー
ありがとうございますー」
綺麗に整頓されたその部屋で、
電話を受けていた男は、そう呟きながら
通話を終えたー。
スマホを机の上に置くと、
すぐ隣の作業机の方に向かっていくー。
彼は、イラストレーターとして働いていて、
ライトノベルの表紙を描いたり、
自分自身でも絵を公開したり、
時には、大手メーカーの仕事を受けたりしながら働いているー。
彼が、この仕事を始めたのはー
元々”絵が好きだった”からではないー。
小さいころは、スポーツ少年で、
将来の夢は”サッカー選手”だったー。
けれど、彼はその夢を諦めたー。
理由は簡単だったー。
中学時代、サッカーの試合中に”顔面にボールが当たって大けがをした”
ことがきっかけだー。
「ーーーーー」
彼、檜山 翔(ひやま かける)は、寂しそうな表情を浮かべながら
作業机の隅に置かれた”妹”の写真を見つめるー。
「ーーーーーー」
翔が、サッカーを辞めた理由の一つ、
それは”妹の存在”でもあったー。
何故なら彼はー
”妹を殺した”のだからー。
そして、その罪は
”誰にも信じてもらうことすらできない”のだからー
大切な人の命を自らの手で奪ってしまったのにー、
その”罪”すら、償うことができないー。
”俺が殺したんだ!”と泣きながら叫んだ当時ー。
だがー、それでも誰にも信じてもらうことはできずー、
翔は、今、こうして”人となるべく会わないで済む”
仕事にたどり着いていたー。
檜山 翔ー。
彼にはー”人を見つめながら念じるだけで”
相手を洗脳してしまう力を持っていたのだー。
「ーーーーはぁ」
ため息をつきながら、翔は妹の写真を見つめるー。
「幸美(ゆきみ)ー」
悲しそうに呟く翔ー。
中学時代、翔は妹の幸美を殺してしまったー
”この力”でー。
・・・・・・・・・・・・・・・・
中学時代ー
いつものようにサッカー部で猛練習を積んでいた翔ー。
翔は部活内でも”エース”と呼べる存在で
その才能は、当時の部活の顧問が認めるほどだったー。
”こういう子が、将来プロ選手になるのかもしれないな”
などと、その顧問も当時、周囲に漏らしていたのだと言うー。
だがー
”その出来事”は突然起きたー
サッカーの練習中に、
対戦相手が放ったボールが翔の顔面に直撃しー
翔はその場で倒れ込み、動くことができなくなってしまったー。
すぐに救急搬送された翔ー。
医師によれば、”翔は失明するかもしれない”とのことだったー。
医師に泣きつく両親ー
そんな願いが通じたのかー
翔は”失明”することなく、奇跡的に回復し、
無事に退院したのだったー。
しかし、それからだっただろうかー。
翔は”周囲の人が、自分に妙に優しい”ことに
違和感を感じ始めていたー。
最初はー
”失明直前の大けがをして退院したから”
周囲が優しくしてくれているのかと、そう思っていたー。
だが、次第にそんな小さな不安は
”膨らんで”いくー。
”明らかにおかしい”と思うようなことが
だんだんと増えたのだー。
例えば、サッカーの試合の最中に
相手のゴールキーパーが”翔の時だけ”
わざと失敗するようなそぶりを繰り返すようになったのだー。
やがて、相手チームから”お前、何か言ったのか!?”などと
八百長のような行為まで疑われてしまう始末ー。
さらにはー
突然”彼女”もできたのだー
クラスメイトの憧れだった女子が、
突然元々いたはずの彼氏を振って、
翔に告白してきたのだー。
翔は飛びあがるようにして喜び、
その告白を受け入れたものの、
次第に”おかしい”という気持ちが膨らんでいったー。
そして、翔は気づいたー
”みんな、俺の思い通りに動いているー?”
とー。
ゴールキーパーが翔がシュートするときだけ失敗していたのはー
翔がいつも、シュートする際に”失敗しろ”と、相手キーパーを
視界に入れながら思っているからー。
憧れの子が急に元々いた彼氏を振って
告白してきたのは、
翔がその子のことを見ながら
”彼女になってくれたらいいのになぁ”などと
心の中で思っていたからー。
もちろん、それらを翔は口に出すことはないー。
人間”心の中で何を思う”のも自由だし、
心の中は欲望に忠実で、酷いことを考えている人も
そこら中にいるだろうー。
それを表に出すか、心の中だけにとどめておくかー。
それが、人間としての”差”を生み出す要素の一つなのかもしれない。
だが、
翔はそんな”心の中で思ったこと”の通りに
相手が行動していることに気付いてしまったのだー。
原因は分からないー。
しかし、後に翔は
”自分が見つめながら念じるだけ”で、相手を洗脳できることを
知ってしまったー。
原因はおそらく、サッカーの試合中に目を大けがをしたことー。
あの時、失明の危機から”奇跡的に回復した”過程で、
”異常”が生じたー。
ちょうど、翔が周囲の反応に違和感を感じ始めたのは
あの事故の後からだったー。
そんな中ー
彼は、ついに悲劇を起こしてしまうー。
当時、中学1年生だった妹の幸美と大喧嘩をしてしまった翔ー。
普段は仲良しだったが、この日は、たまたま喧嘩をしてしまっていたー。
まだ、子供だったのだろうー。
いや、大人でも”心の中”で思うことぐらいはあるかもしれないー。
喧嘩の最中に翔は、妹の幸美と言い合いをしながらー
”死ね”
と、そう思ってしまったのだー。
子供が、言い合いの最中に”死ね!”と相手に言うようなー
そのぐらいの気持ちだったのだろうー。
本当にそういう殺意があったわけではないー。
しかしー
「ーーー…うん」
幸美がそう呟くと、突然玄関の外に出て行ってしまったのだー
最初は、”喧嘩で妹の幸美が不貞腐れてしまった”と、
そう思っていたー。
けれど、すぐに翔は気づいたー
「ーーーー!!!!」
既に”相手を見つめた状態で何かを念じると”
相手をその通りに洗脳できてしまう力が自分に
あることを、なんとなく理解し始めていた翔は
たった今、自分が妹に”死ね”と、心の中で
一瞬、思ってしまったことを思い出したのだー。
「ーー…ゆ、幸美ー…!」
青ざめた翔はそのまま玄関から飛び出すー。
「ーー幸美… 幸美! 幸美!!!!!」
手遅れだったー
幸美は自ら、近くの建物から飛び降りて、
翔が”死ね”と心の中で思った通りの行動を
実行してしまったのだー。
「ーーーー幸美…!幸美!」
倒れている幸美に駆け寄る翔ー。
どう見ても、もう助かる様子ではなかったー。
「ーーーーーーお兄ちゃん…」
幻聴かー
それとも、奇跡かー。
幸美は、目を開いて、こうつぶやいたー
「お兄ちゃんの言う通り…わたし、死ぬねー…」と。
洗脳されている幸美は、
嬉しそうに、翔に対してにっこりと笑ったー。
その後継がーー
今でも翔の中に焼き付いているー。
「ーーーよし…できた」
翔は絵を描き終えると、当時のことを少し思い出しながら、
幸美の写真を見つめるー
幸美は”自殺”
世間では、そう判断されているー。
”俺がやったんだ!”と翔は何度も叫んだー。
だが、誰も信じるはずはなかったー。
翔が”直接”何かをしたわけでもなければ
”死ね”という言葉も口にしたわけではなく、
心の中で思っただけだし、証拠はなかったー
”俺を逮捕しろー”
そう念じて、刑事の一人を洗脳したこともあったー
しかし、”少年を無理やり逮捕しようとした”として
その刑事は後日、懲戒免職になってしまったー
”俺が、この力を使えば使うほど、不幸な人が増えていくー”
そう感じた翔は、
人との接触を、その時以来、極力絶つようになってー
サッカーもやめたー。
呆然としながら日々を過ごす翔は
妹が”絵を描く”ことが好きだったことを思い出してー
絵の世界に触れたー。
それが、翔と”絵”の出会いだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーよし、とー」
翔は”極力”人と会わないような生活を続けていたー
妹の意思を継ぐー
そんな思いもあり、始めた「絵を描く」ということー。
今では絵を描くことも
胸を張って”好きだ”と言えるー。
そしてー
それは、望まない力を持ってしまった翔にとっても、
望ましいことだったー。
今でも翔は”人を見つめるだけ”で、
念じれば相手を洗脳することができてしまうー。
妹を殺してしまったあとでも、
”望まぬ洗脳”をしてしまったことはあるー。
慌てて”元の状態に戻す”ようにしているものの、
それは果たして”洗脳される前の本人”に完全に戻っているのかは
”洗脳された側”でないため、翔には分からないー
”表面上”は、普通に戻ったように見えても、
”本当に元々のその人と全く同じ状態”なのかどうかー
中身までー、本人に何の影響も与えていないのかどうか、
これは本人にならない限り確認することはできないー
いやーそもそも本人すら、”自分に異変があったとしても気づくことができていない”
かもしれないー。
「ーーーー」
だから、この仕事は翔にとって”最適な”仕事でもあったのだー。
この仕事であれば、人と極力合わずに済むー。
やり取りはネット上や電話が中心だし、
直接会う機会はごくわずかだー。
「ーーーくそっ…どうして俺はこんな力をー」
”相手と目線を合わせさえしなければ”力が発動しないなら
まだ良かったー
だが、翔の場合、例え相手の後ろ姿であっても、
視界に入れた状態で、”何かを思ってしまう”と、
相手を洗脳できてしまうー。
「ーーー今の時代でよかったよな」
個人でも、ネット上で絵を描いて活動している翔は、
十分に、一人であれば生活していくことのできる
収入は得ることができていたー。
そんな時だったー
♪~~~
「ーーはい」
翔は、相手の顔を確認しないようにしながら
インターホンに応答するー。
”初めまして!隣に引っ越してきた高嶺(たかみね)と申しますー
今日からお世話になりますので、ご挨拶をー”
相手はー
若い女性の声だったー
”あぁ、そういえば、隣の冨士田(ふじた)さん引っ越したからなー”
そんな風に思いながら翔が、「あ、わざわざご丁寧にありがとうございます」と、
答えると、”さすがに顔を出さないのは失礼か”と思いながら、
玄関から顔を出すー。
なるべく”心を無”にしながらー。
「ーーあ、これつまらないものですけどー」
新しく引っ越してきた隣人、高嶺 香央梨(たかみね かおり)が、
ちょっとしたお菓子を差し出してくるー。
「ありがとうございますー」
翔がそう呟いて、なるべく手短に話を終えようとしたその時だったー
「ーーーあ!!!」
香央梨が突然声を上げたー。
「ーー!!」
翔は一瞬表情を歪めたー。
”洗脳”
してしまった時ー、
人によっては「うっ」とか「ひぅ」とか、うめくような声を
あげる人間もいるー。
”あっ!”と叫ぶ人間には今のところいなかったと思うが
一瞬ー、香央梨を洗脳してしまったのかと、
そう思ったのだー。
”俺、今、何も考えていないはずー”
翔がそう思いながら、「えっ!?」と声を上げるとー
香央梨は「あ、すみませんー。もしかして”プルートさん”ですか?」
”プルート”とは、ネット上で絵師として活動している名前だー。
「ーーー!」
翔は、慌てて玄関に出たものだから、
入口から見える場所に、スケッチブックを置いたままに
してしまっていたー。
それを見て、香央梨は反応したのだろうー。
「ーーえ、…あ、、、え、、えぇ、はいー」
翔が戸惑いながら言うと、
「うそ…すごい…」と、小声で呟きながら
香央梨は「ファンだったんです!」と嬉しそうに声をあげたー。
②へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・
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”望まぬ洗脳”をすることができてしまう男の物語デス~!
続きはまた明日デス~!
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