大好きな漫画の作者・零夜先生に憑依した
男子大学生ー。
零夜先生の正体を知り、
そして、戸惑う中、彼はー…?
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”仕事”も、
身体が覚えていたー
零夜先生の身体に憑依した秀雄は、
零夜先生として漫画を描くことができたー。
当然、零夜先生=麗の記憶を読み取ることが
できたわけではないー。
だが、”零夜先生”としての特徴的な画風や、
仕事の流れは
”記憶”というよりも、もはや”身体”に染みついていたー
人間”言葉には言い表せないけど、感覚的に覚えている”
と、いうことがあるー。
零夜先生も、そんな感じなのだろうー。
だからこそ、零夜先生に憑依した秀雄にも、漫画を
描くことができているー。
だがー…
”先の内容”に関しては、身体に染みついているものではなく、
零夜先生の頭の中にあったものなのかー
憑依しただけに過ぎない秀雄には、分からないー。
”漫画家の仕事って本当に大変なんだな…”
漠然とした作業内容は知っていたものの、
実際にやってみると、
こうして、大変さを実感することができるー
「ーわたし、ちょっとお手洗いに行きますね~」
ギャルなアシスタント・千乃がそう言いながら
仕事部屋の外に出ていくー
「ふ~~~~~~」
一人になると零夜先生=麗はため息をついて
椅子に寄りかかったー。
”1日だけ、勘弁してくださいー…零夜先生ー”
巫女服に身を包んだ麗を見つめながら、
顔を赤らめて、首を横に振るー。
零夜先生の身体であんなことやこんなことをする
”妄想”がさっきから、度々頭の中に浮かんできては、
消えていくー。
そんなこと、絶対に許されないー。
そう、思いながらなんとか、
自分の中に湧き上がる感情を消していくー
「それにしてもー…
すごすぎるよ…」
”霧の中の王国”
零夜先生が現在連載している漫画の続きを見て、
麗に憑依した秀雄は激しく興奮していたー
麗は、まるで”自分が描いた漫画をファンのように”
見つめて、ニヤニヤするー。
「ーーはぁぁぁ…すっげぇ…僕も早く続きを見るのが
楽しみだなぁ…」
そう呟きながらー
”少し先”を今日、自分で描いてしまったことに
不安を感じるー
「僕のせいで、内容が変わっちゃったりしないかなー…」
麗はそう呟くー。
麗の身体に”零夜先生としての画力”は宿っていたー
だから、絵は同じように描けるー。
だが、内容はー
あくまでも”秀雄が霧の中の王国を今まで読んできた知識の上で”
描いているものに過ぎないー。
つまり、同人誌と同じようなものだー。
作者本人…零夜先生が考えていた先の内容とは
絶対に、違うー。
「ーー先生~?どうしたんですか?僕なんて言ってー」
笑うアシスタントの千乃ー。
いつの間にかお手洗いから千乃が戻ってきていたー
「ーーーあ、、い、、いえ、僕は別にー…
あ、ちがっ!」
慌てた様子で叫ぶ麗を見てー
「あ~~~!まさか」
と、千乃が麗のほうを見つめるー
「ぎくぅ!」
思わず変な声を出してしまう麗ー。
「ーー今度、ボクッ娘の新キャラが登場するんですね~?」
千乃が笑いながら言うー。
「ーーぎ、、ぎくぅ…う、、う、、、うんー」
咄嗟に誤魔化すためにそう言ってしまった麗ー
「ーここでボクっ娘ー
やっぱ先生は天才ですね~!」
千乃の言葉に、
麗は緊張からか巫女服の下ではべっとりと汗をかいていたー。
”やばい…やばいよ、僕のせいで、変な方向に話が進んじゃうー”
そう思った麗に憑依している秀雄は、慌てた様子で
「わ、わたし、今日は体調悪くなってきちゃっらから、
今日はここまでにしよっか」
と、呟くー
先ほど、偶然、麗が書いたと思われるスケジュール表を確認できたー。
そこには締め切りまで5日ほど余裕をもって
次の話が完成する、ようなスケジュールが組まれていたー。
今日ぐらい、仕事を早く終わらせても大丈夫だろうー
「え…だ、大丈夫ですか?」
”当たり前”と言わんばかりに麗の額を触って
自分の額の方も触り、熱を確かめる千乃ー
ドキッ
と、してしまって危うく鼻血を吹き出しそうになるも、
なんとか耐えた麗はー、
千乃のほうを見つめるー
千乃は満面の笑みで、
「ーわたしのほうが、熱いぐらいでした!」と、
テヘッ、と笑いながら
「でも、まぁ、先生の御身体が一番大事ですから」
と、呟くと、千乃は帰宅の準備を始めるー。
「ーお大事にして下さいー」
”仮病”を一切疑わない千乃ー。
恐らくは普段から”零夜先生”との強い信頼があるのだろうー。
”ーーごめんなさい”
麗に憑依した秀雄は、そう呟くと、
一人になった仕事場を、
まるで”ファン”のように嬉しそうに見学するー。
「ーっていうか、零夜先生自体が美しすぎるー…」
鏡の前で、巫女服姿の零夜先生を見つめるとー、
「はぁ……」と、一瞬胸を触ろうとしてしまったがー
「ちょっ!ちょっと待て!僕!」と大声で叫ぶー。
麗の声で”僕”と叫ぶこと自体にも興奮してしまいながらも
「ーれ、れ、零夜先生にそんなことしたら、
僕、死刑だぞ!」
と、大声で叫んだー。
「ーー零夜先生にイタズラするなんて…許されないぞ!」
麗の身体でそう叫ぶと、
鏡に写っている麗の顔も怒っているのが見えて
「ーーあぅぅぅぅぅ…ダメだ、頭がおかしくなるー」と、
慌てて巫女服から元の服に着替えるー。
着替えは、麗の身体が覚えているのか
巫女服に着替えた時と同じように”自然な形”で終えることができたー。
そしてー、
慌てて仕事場から出て、麗の自宅の自分の部屋に戻ると
ため息をついたー。
「ーーはぁ~~…あとは、寝れば元通りかー」
そう呟きながら”どうせなら”と、麗の部屋のパソコンの
デスクトップを見つめるー
”霧の中の王国”の見たことがないイラストー
零夜先生が、自分のパソコン用に描いたのだろうかー
「あぁぁぁ~~いい…主人公はかっこいいし、
ヒロインはかわいいしー…うあぁ~…」
作品のオタク感を、作者の身体で全開にしてしまいながら、
さらに周囲を見渡すー
「よく見たら本棚に零夜先生の過去作品が全部!」
嬉しそうに叫ぶ麗ー
「ーうぉぉぉぉぉ~~!限定1000冊の限定版も置いてあるぅ~~~!」
発狂するオタク状態になった麗ー。
もはや秀雄は麗の声で叫んでいることも忘れて
憧れの零夜先生の部屋を隅から隅まで観察して、
まるで”零夜先生博物館”に来たかのような
充実感を味わったまま、夜を迎えたー。
部屋に戻ってからは
大好きな漫画「霧の中の王国」関連のグッズや、
漫画そのもの、零夜先生の私生活が見える
真ん中暮らしのグッズなどなど、
そういったものを見ているうちに、
時間はあっという間に過ぎていき、
”零夜先生の身体で変なこと”をすることもなく、
そのまま夜を迎えることができたー。
「ーーーはぁ~~もう夜かー」
すぅ、と深呼吸をする麗ー。
「それにしても、まさか零夜先生が、
女の人だったなんてなぁ…」
”あの作品”がこの人の手から生まれー
”単行本や雑誌のあんなコメント”がこの人の手から生まれるなんてー。
以前単行本で
”ヒロインはぶりっ子しててちょっとイラッと来たので殺しました”
と、冗談なのか分からないコメントがついていて
戦慄したこともあるー。
そういう過激で冗談まじりのコメントも
”零夜先生”の楽しみの一つだったー。
「ーーー…今日は、本当にありがとうございましたー」
零夜先生に憑依してよかったー
あ、いや、零夜先生からしてみたら迷惑だろうけどー
ファンとして色々知ることができたー。
本当に、楽しい1日だったー。
そしてー
「ーー色々迷惑かけて、ごめんなさいー。
今日、ここで見たこと、知ったことは
全部、僕の心の中にしまっておきますー。
墓場まで、持っていきますー」
と、呟くと、そのままベッドの中に潜り込んで、
「ーー零夜先生のベッドぉ…」と、呟いてから、
”慣れないことを1日やったからか”疲れて、
すぐに眠りについたー。
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あれから、2年ちょっとが経過したー。
”零夜先生”の作品「霧の中の王国」は完結を迎えー、
これまでの作品同様、世間的な大ヒット、というところまでは
たどり着かなかったものの、
熱烈なファンが存在する隠れた名作的存在として、
終わりを迎えたー。
しかしー…
霧の中の王国の大ファンであった
男子大学生の秀雄はー
その”完結”を見守ることができなかったー。
何故ならー、
ちょうど2年前ー
秀雄が一人暮らししていた自宅で、
変死体となって彼が発見されたからだー。
”連絡がつかない”
”大学に来ていない”
ことを心配した関係者らが、家を訪れたことで発覚したー。
秀雄が発見された際には、
既に死後数日が経過しているような状態だったのだと言うー。
大学でそこまで多くの交友関係がなく、
近所づきあいは”ほどほど”であり、
毎日連絡を取り合うような仲間はいなかったために、
結果的に発見が遅れてしまったのだー。
「ーーー…連載、お疲れ様でした!」
ギャルなアシスタント、千乃が嬉しそうに言うー。
「ーありがとうー。千乃ちゃんも、お疲れ様ー」
零夜先生=麗が言うと、
千乃はとても嬉しそうに微笑んだー。
「ーまた次回作もヒットするといいですねぇ…
これまで、何だかんだでうまく行ってますしー。
やっぱり先輩ー…あ、先生の個性的な作風が
みんなにも認められてる!ってことですよね!」
千乃の言葉に、
麗は微笑むー。
「あ、じゃあー今日はお疲れ様でした!
明日、編集さんとか関係者の方の集まる
お疲れ様会がありますから、
寝坊しないでくださいね!」
千乃はそう言うと、
麗の仕事場を後にして、
そのまま立ち去っていくー
一人残された麗は、一人ため息をついたー。
”霧の中の王国”
その、完結を秀雄は見届けることはできなかったー
”なぜなら”ー
「ーーーーーごめんなさいー」
麗は静かにそう呟くー
秀雄はーー
麗の身体から、抜け出せなかったのだー。
2年前ー
麗に憑依した秀雄は
”一晩”寝れば元に戻ると思っていたー。
だが、翌朝になってもー”戻っておらず”
秀雄の身体が死んだことも、ニュースで知ったー。
秀雄は、ずっと”零夜先生”として生きてきたー
身体に染みついた画力と、
”読者”として霧の中の王国をこれまで読んできた知識を元に、
なんとか”完結”まで持って行ったもののー
これはー
”一読者であった秀雄が、途中まで読んで勝手に考えた結末”に過ぎないー
本当の零夜先生だったらもっとー
素晴らしい作品を描けただろうし、秀雄はそれを読みたかったー
”零夜先生”がどんな結末を描こうとしていたのか、
それを秀雄が知ることは、もう、できないー
だからー秀雄は”霧の中の王国”の本当の結末を知らないのだー。
自分が零夜先生に憑依して、勝手に描いただけなのだからー。
「ーーーーーー…」
麗は静かに目を閉じるとー、
”次回作は、もう描けないかなー”
と、ため息をついたー
”自分は零夜先生にはなれない”
そう、思い知らされたー
あれから2年ー。
世間では一応の人気は保てたものの
”途中からなんか微妙な感じ”という意見も少なからずあったー。
そしてー、2年、なんとかやってこれたのはー
”零夜先生が既に霧の中の王国という作品の設定と世界を作っていてくれたから”こそだー。
1から新作を作るのは、秀雄には無理だし、
仮に作っても、それは”平凡な作品”にしかならないだろうー
「ーー僕がー」
麗は、一人寂しそうに呟いたー
「僕が”零夜先生”という漫画家を、殺してしまったんだー」
頭を抱えながら麗は、一人深く、ため息をつくのだったー
”少し先が見たい!”
そんな思いから始めた憑依はーー
”永遠に本当の完結を見ることができない”
と、いう結末にたどり着いてしまったのだったー。
おわり
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コメント
漫画家に憑依するお話でした~!
同じ画力があったとしても、中身が違えば、
なかなか世界観を再現するのは難しいですよネ~!
お読みくださり、ありがとうございました~!
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