<憑依>好都合な身体

憑依薬を手に入れた男は、
「その人生を乗っ取るのに好都合な身体」を
探し求めていたー。

そんな、彼の答えとはー。

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オークションで”憑依薬”を購入した男・
広岡 益男(ひろおか ますお)は、
憑依薬を前に、考え込んでいたー。

”乗っ取るのに、好都合な身体とは”

それを、考え続けていたのだー。

広岡益男ー
38歳。
人付き合いが苦手で、容姿にも恵まれなかった
中年の男だー。

大卒で会社に入社したものの、
陰険な女子社員に睨まれて、
いじめを受けた末に、退職したー。

それからは、フリーターとして
色々な職業を転々としているー。

益男は”いつかは結婚したい”とも思っていたー。
結婚願望がない人間は、今の世の中、探せばそこそこいるー
けれど、益男は、結婚したかったー

”いつかはチャンスが訪れるだろうー”

”来年こそは”
”来年こそは”
”来年こそは”

毎年毎年、そう思っていたー

でも、出会いはなかったー
チャンスも訪れなかったー

自分の生活環境は、会社を退職した25の時から
何も変わっていないー。
ずっと、フリーター生活だ。

動いたのは、時計の針だけ。

気づいたら、38歳独身だった。

収入もない、容姿にも恵まれないー

”このままじゃ俺、生涯独身じゃん”

そう思ったのが、36のときー。
婚活サイトに登録したー

結果は、言うまでもない。

そして、今が38。

”いつか出会いがあるはず”

そう思ったままー
彼は年齢を重ね、アラフォーに突入していたー。

もう、結婚は無理だろうー
もう、子供も無理だろうー。
そんな風に思い始めていた益男が出会ったのが
”憑依薬”だったー。

オークションで愛染 亮(あいぜん りょう)という男が
出品していた憑依薬を購入した益男は、
今、憑依薬を前に考え込んでいたー

”この身体を捨てて、第2の人生を歩むー”

益男の目的は、乗っ取った身体で悪事を働いたり、
破壊行為をしたりすることではなく
”新しい身体で第2の人生を送る”ことが目的だったー。

だからこそー
慎重に身体は選びたいー。

”冴えないおっさん”として過酷な人生を送って来た益男は、
”女”の身体を乗っ取ることは既に決めていたー。

益男からしてみれば
”冴えないおっさん”になるぐらいなら
女になった方が、なんとなく上手く行くような気がしたからだ。

だが、女を乗っ取るとは言え、エッチ目的ではないー。
もちろん、エッチなこともするとは思うが
表向きは”普通の女性”として生活していくつもりだし、
その身体で一生生きていくのだから、
身体は慎重に選ばなくてはいけないー。

「------でもなぁ」
益男が頭を抱えていたのは
”その子を乗っ取ったあとの周囲の反応”だったー。

当然、性格は変わるだろうし、
記憶を読み取れたりしなかった場合、周囲から見れば
”記憶喪失”に近い状態になってしまうー

そうなれば、当然違和感を抱かれることになるだろうー。

色々聞かれたりしたら面倒臭いし、
最悪の場合”憑依”にたどり着かれたりでもしたら、大変だー。

”突然記憶喪失になりました”
などと、信じてもらうことは難しいだろうー。

「---俺の性格じゃなぁ…」
益男は、その点も心配していたー

益男は今までの自分の人生から、
すっかり自分に自信が無くなってしまっているー。

そのため、例えば、クラスの人気者女子高生に憑依したところで
益男の性格では、その子になりきることは難しいー
逆に1ヵ月もすればいじめられるような立場になっているかもしれないー。

だからと言って、おばさんに憑依すればいいのか?と言われれば
それは違うー。
どうせ憑依するなら、やっぱり若い子がいいし、
益男が味わうことの出来なかった”青春”をもう一度味わいたいー

赤ん坊に憑依するのも、また違うー。
”自由に行動できる年齢”になるまで
時間がかかってしまうのは面倒臭いし、
あまり親に束縛されず、かつ、若い方がいいー

そうなれば、やはり女子高生、
あるいは女子大生あたりがいいだろうー。

益男の個人的な趣味もここに加えると
やはり”女子高生がいい”という答えにたどり着くー。

「----」
記憶の件が問題だー。

記憶が引き継げるかどうかは分からないし、
記憶が引き継げても、やはり振る舞いは
元々の本人とは変わって来るだろうからー
なんとか”記憶喪失”が不自然な状況に
ならないような身体が欲しいー

それでいてー

いじめを受けないようなー

そう、”周囲が同情してくれるような”
そんな、立場がいいー

「---------」
益男は色々と頭をフル回転させて
考え続けるー

なかなか答えは浮かばないー
せっかく、新しい人生を始めるのだから、
後悔だけはしたくないー

もう、自分は散々後悔したのだからー

「--いや…失敗したら、また別の身体を奪えばいいのか?」
そう呟く益男ー。

しかし、この愛染亮という男から購入した憑依薬が
”乗っ取った身体から抜け出せるのかどうか”は
分からないー。

やはり、失敗することは出来ない。

1発で理想の身体を奪う必要があるー

益男は、1週間以上
”自分の新しい人生を始めるための身体”の
条件を色々とシミュレーションしたー

そして、たどり着いたー。

”乗っ取られた身体の記憶”がない状態でも
周囲が不思議に思わずー、
それでいて、周囲が同情してくれて
いじめられるリスクなども少なくー
若さと、新しい人生を過ごすことのできる

益男にとって”好都合な身体”にー。

病院で入院中の女子高生・野々宮 薩美(ののみや さつみ)-。

ツイッターで”乗っ取る身体”を物色しているときに
偶然見つけた少女だー。

ツイッターに乗せられていた顔写真はとても可愛らしく
容姿・年齢共に、益男にとって理想の存在だったー

そして、何よりもー
薩美は、1年前、下校中に交通事故に遭ってしまい
それから”寝たきり”の状態が続いているのだー

益男にとっては最大のチャンスだったー

”目を覚ました時に記憶喪失”でも怪しまれる心配はないし、
この薩美と言う子を轢いたのは「無免許の不良」だったー
周囲は当然、薩美に同情するだろうー

若さー
性別ー
容姿ー
記憶喪失が通る環境ー
周囲から同情してもらえる環境ー

最高の”条件”が揃っていたー

健康状態に関しても、
身体は既に回復しており、
身体自体は健康とのことだったー。
事故の後遺症は”目を覚まさない”以外にはないー

「--君に決めた」

眠ったままの野々宮薩美ー。

彼女の身体こそ、最高の”器”だー。

益男は、明日、薩美に憑依することを決意し、
”益男としての最後の1日”を送るー

「まぁ…特にやることもねぇけどな」
益男は自虐的にそう呟くー。

思えばー
何の変化もない、地味な人生だったー。

別に、それでも良い人もたくさんいるだろうー

けれど、益男はそうではなかったー。
結婚願望がある益男からしてみれば
今の人生は、
米のないカレーライスのような人生であり、
我慢ならないものだったー。

米のないカレーライスなど、カレーライスですらないー

自分の人生は、カレーライスを自称している
哀れなカレーライスのようなものだと、
自虐的に笑うざるを得なかったー。

「--……」
そして、もう一つー。
薩美は”昏睡状態”だー。
既に1年以上、眠っているー

正直、目を覚ます可能性は低いと思うー

つまり、”奪う”のではないー
”空っぽになった身体を有効活用”するのだー

そうだー
身体のリサイクルだー。

益男は「俺は悪いことをするわけじゃないー
君の身体を有効活用するだけなんだ」とニヤニヤしながら
呟くと、”自分の身体の終活”を終えたー。

「--広岡 益男…
 俺は、今日、死ぬぞ。

 そして、
 明日からは野々宮 薩美として生きていくー

 ありがとう、広岡益男」

自分で自分に感謝の言葉を述べるー
地味な人生だったが、
いざ、明日でこの身体とはお別れだと思うとー
何とも言えない虚無感が身体の底から
込み上げてくるー。

「---もう、未練はない」
益男はそう呟くと、
”益男としての最後の睡眠”を取り、
事件沙汰にならないよう、
遺言状を残すー。

”人生に、もう疲れた”
そう書き残してー。

自分の身体はどうなるのだろうー。

自分の身体ごと霊体になるのだとすれば
自分は”この世から消える”ことになるー。
益男は、もう益男に戻るつもりはないー

自分の身体は残り、魂だけ抜けるような感じであれば
抜け殻になった自分の身体は、おそらく死ぬだろうー。
こっちの場合は、遺体が残ることになるー。

出品者の愛染に確認しようとも思ったが
別にもう、どうでもよかったし、
とにかく早く憑依したかったー。

こんな身体とは、おさらばだー。

そんな風に思いながら、益男は
自分の身体での最後の睡眠をとったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌朝ー

目を覚ました益男は、すがすがしい気分だったー。

”広岡益男”としての最後の朝だー。
人生最後の朝をこんなすがすがしい気分で
迎える人間がいるだろうかー。

「--いや…いるか」
益男は、交通事故に遭う人や、
急病で倒れて亡くなる人のことを考えて
自虐的に笑うー。

だが、益男の場合は
”これから広岡益男としては死ぬこと”を理解しているー

今日死ぬことを理解して、
なおもこんなにすがすがしい気分の人間は
なかなかいないだろうー。

「さて」
益男はそう呟くと、まるで神聖なる水を飲むかのように、
憑依薬を口にしたー。

自分の身体が倒れるー。

「---さらばだ」
益男は”自分の身体は抜け殻になるタイプか”と
心の中で思いながら、
憑依対象である、”野々宮 薩美”が
寝たきりの状態で入院している病院へと向かったー

霊体のまま、薩美の病室に入るー。

薩美は、寝たきりー。

生きているが、生きてはいないー。
益男は、そう思いながら、
「--寝ていても分かる可愛さ…この子が今から俺の身体に!」と
笑みを浮かべたー。

記憶喪失の状態で目を覚ました設定にしても
何も思われないだろうし
周囲から同情されて、むしろ生活しやすいー

やはり、最高の身体だー

「--君の身体、俺が有効的に使ってあげるよ。

 まずはーー
 そうだな…落ち着いたらコスプレとかもしてみたいな…へへっ!」

益男はそう呟きながら、薩美の身体に飛び込んだー。

「メイド服とか似合いそうだよなぁ~!ははっ!」

薩美への憑依に成功した益男ー。

「------------」

「------------」

「------------」

だが、薩美が目を覚ます気配はなかったー。
確かに、益男は薩美の身体に憑依したー

だが、薩美は何も反応しなかったー。

薩美の脳は、検査では計り知れない部分に
甚大なダメージを受けており、
機能しない状況だったー。

憑依しようとー
使うのは、”薩美の脳”だー。

薩美の脳が機能していない以上ー
益男は、何も出来ないー

いやー
それだけじゃないー

薩美の身体に憑依したことでー
益男も、何も考えることもー
薩美の身体から出ることもー

もはや、何もできなかったー。

益男は、薩美に憑依したその瞬間に、
”無”になったのだー。

「----------」
「----------」

薩美は、そのまま目を覚ますことなく、
3年後に、そのまま息を引き取ったー。

憑依した益男、共々ー。

益男は、憑依する相手を間違えたー。

憑依すればー
相手の身体を使うことになるー
脳も、含めてだー

脳が既に機能しない人間の身体に飛び込んだ益男は、
そのまま、何も考えることが出来ないままー
薩美の身体の死と共に、消滅したー。

「メイド服とか似合いそうだよなぁ~!ははっ!」

それがー
益男の、生前最後の言葉になったのだったー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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少し変わったタイプのお話でした~!
憑依する相手は慎重に選びましょうネ~…!

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