<憑依>そのビルには守護霊がいる

彼はー
守っていたー。

大それたことではないー

けれど、自分に届く範囲の”モノ”を守っていたー。

自分はここから飛び降りてしまった過去を変えることはできないけれどー
そのことを、ずっと後悔しているから…。

--------------------—

彼はー
10年前…
このビルの屋上から飛び降りて、命を落としたー。

「---」

そのビルの屋上には、入ろうとさえ思えば、
誰でも入ることが出来てしまい、
定期的に、飛び降りが発生しているビルだったー。

彼もそうー。
新卒で会社に入社後、
あまりにも酷いブラック企業に酷使されて、
失意のうちに、ここから飛び降りてしまったのだー

だが、彼は今、激しく後悔しているー。

生前の彼女や、家族、友達が
想像以上に彼の死を悲しんでくれたー。

彼は、ブラック企業での勤務を続けるうちに
”自分に価値なんてない”と
思い込んでしまったーー
いや”思い込まされてしまって”命を絶ったー

けれど、それは間違いだったー

悲しんでいる彼女や家族、友人に声を掛けてあげたくても、
もう、それすらもできないー

いつかし彼は、自分が飛び降りたこのビルの周辺で
さまよう亡霊と化し、
成仏も出来ずにいたー。

「----」
今日も、彼はビルの屋上を見つめるー。

ちょうどー
女子大生が屋上にやってきていたー。

「----…」
女子大生の悲しそうな、目ー

彼は悟ったー。
この子は、自分と同じように”自殺”
しようとしているー、
と…。

「----…」
彼は、それを悟ると、
自分の身体を浮遊させて、
女子大生の側に近寄るー。

女子大生が、スマホを見つめると、
スマホの電源を切ったー。

そして、鞄を捨てて、屋上の端っこに歩んでいくー

「---だめだ!」
彼はそう叫ぶと、
女子大生の身体に、自分の霊体を重ねたー

「--ひぅっ!?」
ビクンと震える女子大生ー

「---ふぅ…間に合った…」
虚ろな目で無表情だった女子大生が笑顔を浮かべるー。

この身体の子が、こんな笑顔を浮かべるのは
何日ぶりー、いや、何週間、あるいは何か月ぶりなのかもしれないー

そんな風に思いながら、
彼は、乗っ取った女子大生の鞄を確認するー

鞄の中には、
学生証が入っていて、
中橋 美鈴(なかはし みれい)という子であることが分かるー

「---へへへへへ…美鈴ちゃんか」
美鈴はイヤらしい笑みを浮かべるー。

そして、スマホをいじり始めるー。

「--ほぅほぅ」

10年前、このビルで自殺した彼の悪霊はー
このビルから飛び降りようとして、
精神力の弱っている身体に、憑依して
その身体を乗っ取ることを繰り返していたー

”自殺”を考えていない人間は
乗っ取ることはできないー
自殺直前の人間の精神には”バリア”のようなものが
失われているために、憑依することが出来るのだー。

そして、彼はーーー

スマホを見つめると「へへ」と、悪い笑みを浮かべたー

彼はー
女子大生・美鈴の身体を乗っ取りー

エッチなことをーーー

しなかったー。

彼はスマホを見終えると
「美鈴ちゃんは酷い男に捨てられて、しかも
 裸の映像をネットに流すと脅されて
 追い詰められていたのか」と呟くー

そして、美鈴の身体で歩き出す。

「----」

彼はー
悪霊ー。

けれど、乗っ取った身体で悪事をこなすわけではないー

数時間後ー
美鈴を乗っ取った男は、
美鈴を脅している男を呼び出していたー

そしてー

「----ぁ…」
美鈴がその場で”抜け殻”のようになって膝をつくー。

「----!」
美鈴を捨てた男が驚くー

邪悪な黒い悪霊となって、
男の周囲に巻き付くようにして、
彼は男を脅したー

”元カノの裸をネットに流出させようとしているんだって?”

悪霊としての怨念を極限まで強めてー
美鈴の元彼を脅すー

「ひっ、、、ひっ、何だおまえはーー」
男が叫ぶー

彼は、男にあえて憑依してー
手足を乗っ取って見せるー

”--これ以上、この女に嫌がらせをするのであれば
 俺はお前を破壊する”

悪魔のようにー
低い声で脅す悪霊ー

男はあまりの恐怖にその場で小便を漏らしー
悲鳴をあげながらスマホから元カノである美鈴のデータを全て削除したー

”俺は、お前を見ているぞ”
悪霊の男はそう呟くと、男をさらに脅し、
2度と美鈴に近づかないように、命令したー

「---う…」
美鈴が目を覚ますー

”すまなかった。俺はもう金輪際お前とは関わらない
 写真も全部消した!”

元カレからのメールを見つめる美鈴ー。

美鈴には、憑依されている間の記憶はなかったー。

しかしー

「-----…」
美鈴は、空を見上げたー

意識を失っている間に、
誰かが守ってくれた気がするー

そんな、気がするー

「--ありがとう…」
美鈴はそう呟くと
もう少しだけ、この世界で頑張ってみようー、
そう決意しながら、自分の家に向かって歩き始めたー

・・・・・・・・・・・・・・・・

「よかった」

彼の悪霊は、今日も、自分が10年前に
飛び降りたビルの屋上にいるー。

ここから移動しようとしても、
気づくとここに戻ってきているし、
他人の身体に憑依したついでに、
別の場所に移動しようとしても、
やはり、その身体から出ると、
しばらくすると気づくとここに戻されてしまうー

ここで飛び降りてしまった自分はー
恐らく、ここから逃れることができないのだろうー

だから、せめてーー

「---」

今日も、飛び降りようとしている人がいるー。

彼は、「ふぅ…」とため息をつきながらー
また、その子に憑依するのだったー

・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日も、彼はー
雨が降る中、そのビルの屋上を見つめていたー
いつものように-

「---」
女子高生らしき人物がやって来るー。

また、自殺しようとしている子だろうかー。

だがー

違ったー。

「---きゃはははははは!」
後から二人の女子高生がやって来るー。

「----」
悪霊の彼は、その様子を見つめているー

自分は、自ら命を絶ってしまったことで、悪霊になってしまったが
闇に堕ちることはなく、
これまでこうして、
ここから飛び降りようとしている人たちを
助けて来たー

勿論、先日助けた美鈴もそうだし、

「---ねぇねぇ、マジで?」
最初にやってきた女子高生が笑うー
化粧も濃くて、ギャルっぽい感じだー

”-----”
男の悪霊は、その様子を見つめていたー
”自殺”でないのなら、干渉する必要はないー

そう、思っているからだー。

「--ほんとだよ~!
 ネットでも話題!ここで自殺しようとすると、
 なんでも悩みごと解決するんだって!」
後からやってきた二人組のうちの一人が笑うー

「へぇ~面白いじゃん」
最初にやってきた女子が笑うー

「--じゃあさ、あたしがここから飛び降りようとすれば
 あたしの悩み事、解決するってことだよね」

「---そうそう」

三人組が笑っているー

あとからやってきた女子の一人だけは戸惑っているー

「ねぇねぇ、やめたほうがいいよ」
とー。

だが、残りの二人は笑っていたー

「--あははは!びびってんの? 
 何人もそういう人がいるんだからー。

 ねぇ!守り神さま!聞こえる?
 あたし、親がうざくて、自殺したいぐらい悩んでるの!
 あたしを守るために、あたしを助けてくれるでしょ?」

最初に屋上に来た女子が笑うー
3人のリーダー格のようだー

”-----”
男の悪霊は、冷たい目でその様子を見つめていたー

”自殺は、遊びじゃないー
 悩みに悩んだ末の、さらにその先の心が抉れるぐらいに悩み抜いた結果の選択だー”

こんなふざけた女が、
遊び半分で飛び降りようとしていることに、
腹が立ったー

「---やめたほうがいいって!」
3人組の一人が言う。

だが、屋上の端に立った少女は笑ったー

「--あはははは!びびってんの?マジださい~!
 ほら、見てなよ!」

そう言いながらー
彼女は屋上から笑いながら飛び降りるー。

”--------”

男の悪霊は、何もしなかったー。

ぶしゃっ

”-----”

飛び降りた女子高生がビルの下でつぶれるような音がしたー。

「---え??ちょ???マジ?」
屋上に残された2人が唖然としているー

「え…??え…???え???」
止めようとしていたほうも、戸惑っているー。

悲鳴を上げながら、
救急車を呼ぶふたりー

「----」
彼は、何もしなかったー

”自殺”をまるで遊びかのように笑う
この女子高生たちを、許せなかったー。

自分もそうだー
今まで助けて来た人たちもそうだー。

”部外者”は、”当事者”がどれだけ苦しんでいるのかも知らずー
それを、笑い、踏みにじるー。

ギリギリのところで苦しむ人たちの背中をまるで
後ろから突き飛ばすかのように、
冷たいことをするやつらが、この世界にはたくさんいるー。

面白半分で飛び降りた少女は死んだー

「--人殺し!」

数日後ー
三人組の一人ー。
笑っていたほうが、ビルの屋上にやってきて叫んだー

「-自殺者を助けようとしている守護霊とか、
 マジであり得ない!」

少女が叫ぶー。

ネット上で、男の悪霊が憑依して、自殺しようとしている人たちを
助けていた行為は、いつの間にか話題になっていたー

もちろん”男の悪霊が憑依して助けている”などということまでは
誰も気づいていなかったがー

都市伝説として、それは伝えられていたー

「---そうやって、自分の気に入らない人は見捨てるのね!
 悪魔!偽善者!!!」

逆恨みー。

この少女たちは、都市伝説を聞いて
面白半分でここにやってきてー
そのうちの一人が面白半分で飛び降りたー

それなのに、この言い草ー

「--俺は、遊んでんじゃねぇぞ」
男の悪霊は怒りの形相でそう呟いたー。

「---守護霊だがなんだか知らないケドさ、
 意味わかんない!
 クズ!ゴミ!ほんと最悪!

 涼子は、あんたのせいで死んだんだからね!」

少女が叫ぶー。
飛び降りた子の名前が、涼子なのだろうー。

いるのかも分からない”守護霊”に向かってー
男の悪霊に向かって叫ぶ少女ー

「---人殺し!」

ーーーーキレたー。

男の悪霊の怨念が爆発したー。
少女たちのおふざけな行為がー
善意から人を助けていた悪霊をーー
”本当の意味の悪霊”にしてしまったー

「ーーこのクソ野郎がぁあああああああ!」

気づけば、屋上で文句を言っていた少女に
悪霊の男は憑依していて、
その身体で叫んでいたー

あまりの憎しみにー
乗っ取った少女の目が真っ赤に染まるー

ぶるぶる震えながら少女が怒りの言葉を口にするー

「--人間なんて…人間なんて、やっぱり、、やっぱり腐ってる…!」

乗っ取られた少女は、血の涙を目から流しているー

男はー
この世に絶望して命を絶ったー。
この世に強い恨みを抱いてー。

完全な悪霊となる寸前だった男を救ったのはー
”家族や友達、生前の彼女が自分の死を想像以上に悲しんでくれたこと”

それ故ー
彼は死んだことを後悔しー
人間に対しての希望を抱くことができたー

けれどー
今…

「--うああああああああああああああああ!!!」
再び人間に絶望し、少女を乗っ取った男はー
そのまま、狂ったように笑いながらー
乗っ取った少女の身体を、屋上から飛び降りさせたー

・・・・・・・・・・・・・・・

もうー
戻れないー

数か月後ー
そのビルは”呪いのビル”と呼ばれ、恐れられていたー

何の悩みも持っていなかった人でもー
その屋上に行くと、突然、飛び降りてしまうー。

そんな、”噂”が広がり始めたのだー。

命を絶とうとしている者を憑依で助けようとしていた悪霊はー
一部の人間の醜さによって、壊れてしまったー

今、彼はー
屋上にやってきた人間に手当たり次第憑依してはー
そのまま”自分と同じような目に”遭わせているー

もう、戻れないー
憎しみと憎悪に支配された彼はー
完全な悪霊になってしまったのだったー

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

善意が、悪意に支配されてしまうお話でした!

このビルには…もう近づくことはできないですネ…!

お読み下さりありがとうございました!!

小説
憑依空間NEO

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