昔ー
”とある地の大名と町娘の身体が入れ替わってしまった”
ことがあるー。
歴史には残されていないその地で起きた
”入れ替わり”の物語…
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道の真ん中を堂々と歩く役人たちー
貧相な格好の町人たちが、その役人たちを見つめるー。
「--どけ!」
子供の頭を突き飛ばす役人ー
「--申し訳ありません」
突き飛ばされた子供の母親が役人に頭を下げるー
役人が母親を蹴り飛ばして、
そのまま堂々と歩くー
江戸時代ー。
帯刀 雪之丞(たてわき ゆきのじょう)という大名が
統治していたこの地ではー
”暴政”が敷かれていたー。
暴君・帯刀 雪之丞に苦しめられつつも、
村人は何もできず、自分たちの不幸をただ嘆くばかりー。
江戸幕府本体も、
最近は不安定な状態が続いており、
このような辺境の地の大名である
帯刀雪之丞のような男にまで構っている暇はなく、
この地は事実上、帯刀 雪之丞による独裁状態だったー
「--………どうか、どうか、お父様を助けてください!」
町娘の小夜(さよ)が、泣きながら、医師に向かって叫ぶー
「小夜ちゃん、助けてあげたいのは山々なんだが」
医師の男が、呟くー
「お殿様に全部持っていかれて、
もう薬がここにはないんだよ」
とー、悔しそうにー
「そんな……」
小夜が悲しそうに、目に涙を浮かべるー
”町にあるものは儂のもの”
帯刀 雪之丞は、町にあるものを、根こそぎ自分のものにしてしまうー。
そのため、町人たちは、
苦しい生活を強いられていたー
雪之丞の家来たちも、町で堂々と歩き、
町人をまるでごみのように扱うー
少しでも逆らえば、打ち首もあり得るー。
この領地では、
帯刀 雪之丞に逆らう者は”死”を意味していたー
「ごめんなさい…お父様…ごめんなさい」
小夜が泣きながら父親に謝罪の言葉を口にするー
心優しい町娘・小夜は、
この地域では、誰もが知る
”優しい娘”だったー
美しく、父親がやっていた食事処の
看板娘としても働いていたが
半年前、父が倒れてからは、
父親の看病に躍起になっているー
「--いいさ…お前の気持ちは、よく分かってるよ」
父・源左衛門が苦しそうに呟くー。
「---ーー俺たちが何もしてやれねぇで…
本当に、申し訳ねぇ」
江戸っ子風の男、佐吉が呟く。
佐吉は、源左衛門に恩義を感じている
若い男だー。
「---佐吉、……小夜のことを、頼むぞ」
源左衛門がそう呟くー
佐吉は「いえいえ、小夜さんに俺なんて」と首を振るー。
小夜と佐吉は、互いのことを思い合っているー
そう見抜いた源左衛門は、
自分が死んだあとのことは、
佐吉に託そう、とそう決めていたー。
源左衛門の部屋から出た佐吉が呟くー。
「--…俺、役人に掛け合ってみる」
佐吉が呟くー
「---え」
小夜が戸惑うー
「--薬があれば、源左衛門さんは助かるんだ。
なのに、何もしねぇなんて、
俺には、そんなこと、できねぇ!」
佐吉が悔しそうにつぶやくー
「でも、そんなことしたら、佐吉さんがー」
小夜が戸惑うー。
帯刀 雪之丞は、”病気の町人”のことなんて
何も気にしていないだろうー。
佐吉が”薬を下さい”と嘆願しても
無視をされるか、最悪の場合はーーー
その時だったー
「-----殿様がいらっしゃったぞ!」
町人の一人が叫ぶー
「--!」
佐吉と小夜が、町の入口の方を見るー
そこにはー
黒い馬に跨った帯刀雪之丞と、その家来たちの姿があったー。
堂々と街中を歩く雪之丞ー。
暴君ではあるもののー
”殿”としての威厳と風格も兼ね備えている雪之丞の威圧感に
町の人間たちは、誰もが平伏したー。
道の端により、頭を下げるー
雪之丞は、そんな町人たちに視線を合わせることもなく
ただ、正面を見据えているー
誰もーーー
誰も、文句のひとつすら言わないーーー
だがーーー
その時だったーーー
「--殿様!」
佐吉が、雪之丞の馬の前に飛び出したー
雪之丞の側近たちが刀に手を掛けるー。
「--よい」
雪之丞が手を挙げると、
側近たちが後ろに下がるー。
「---殿様…どうか、、どうか、薬を俺たちにも分けてくだせぇ」
佐吉が頭を下げながら言うー。
「---薬を?」
雪之丞が表情を歪めるー
「--今、町では病が流行っております。
どうか、どうか、薬をー
少しでも、少しでも、良いのです。どうか、、どうか」
佐吉は頭を地面にこすりつけて土下座をしながら叫ぶー
とにかくー
源左衛門さんを助けたい、
その一心でー
「ならばーーー」
雪之丞は、呟くー
「ならば、一つ問おう」
緊張感が高まるー
小夜は、道の脇で頭を下げたまま、
佐吉の身を案じているー。
「はっ…何でございましょうか」
佐吉が土下座しながら、雪之丞の言葉を待つー。
「--儂がなぜ、下々を助けねばならぬのだ?」
雪之丞の言葉は
冷たくー
残酷だったー。
「---ーー」
佐吉は頭を下げながら、「そ、、そ、、そ、、それは…」と
震えるー。
”言語化”
それができず、佐吉は困惑するー
この帯刀 雪之丞を納得させる”ことば”
それが、頭に浮かんでこないー
「--答えよ。儂がお主らを助けて、儂は何を得る?」
雪之丞の冷たく、威圧する口調ー。
「-ーー、、、、な、、何故…」
佐吉が呟いて、顔をあげるー
「何故、殿様は、薬を独占なされるのでございますか?
何故、我々から全てを取り上げるのでございますか?」
正義感の強い佐吉が”キレ”たー。
「--何故?何故???
おかしいではございませぬか」
佐吉の表情には怒りがみなぎっているー
「--我々から、殿様は全てを奪ってお行きになられる
なぜでございますか?
なぜ、どうしてでございますか??
お答え願いたい」
佐吉は、怒りに身を任せて、
雪之丞にそう言い放ってしまったー
他の町人たちは、頭を下げたまま、佐吉と関わろうとしないー
「ははははははははははっ」
雪之丞は笑ったー。
そして、馬から降りて、刀に手を掛けたー。
「---」
佐吉は死を覚悟するー
「---奪う???? おかしい?????
笑わせるなー
儂は大名ー
すべてを手にする資格があるのだ」
刀を抜く雪之丞ー
そしてーーー
「--おやめください!」
小夜が、佐吉の前にかばう様にしてーーーー
「---!?!?!?」
雪之丞が驚いて刀を握る手を少し緩めたー
だがーーー
佐吉をかばう様にして前に出た小夜にー
雪之丞の刀がーーー
残酷にも、小夜の身体を引き裂いたー
「---!?!?」
小夜の血が吹き飛ぶー
小夜が瞳を潤ませながら、雪之丞を見つめるー
「--!?!?」
雪之丞が、突然、違和感を感じて、
激しいめまいを覚えるー。
小夜が、瞳を震わせながらその場に倒れ込む。
「小夜さん!」
佐吉が叫ぶー。
小夜を斬った直後にめまいを覚えて倒れ込んだ雪之丞に、
雪之丞の家来たちが駆け寄るー
「--殿!殿!」
家来たちが雪之丞を囲むー
そして、
「殿を城までお連れしろ!」
家来たちが慌てて倒れた雪之丞を城に運ぶため
町から去っていくー
「--小夜さん!小夜さん!」
佐吉は斬られた小夜にすがるようにして、
泣きついたー
身体から血を流す小夜が、目を開くことはなかったー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だがーーー
信じられないことが起きたー
「これは…どういうことだ?」
医師が首を傾げるー
斬られた小夜の身体が急速に回復していっているのだー。
「---…先生、小夜さんは?」
佐吉が戸惑いながら叫ぶー。
「---安心せい…無事じゃ」
医師は呟いたー。
小夜の”人智を超えた回復力”---
医師も驚くほどに小夜の傷は回復しーー
そして、翌朝、小夜は目を覚ましたーー
「小夜さん!」
佐吉が嬉しそうに叫ぶー
だがーーー
小夜の口から出た言葉は、信じられない言葉だったーー
「----小夜…????
儂は……帯刀 雪之丞であるぞ」
とー。
「--!?」
「--!?!?!?」
小夜(雪之丞)が表情を歪めるー。
自分の口から出た声がー
自分の声ではなく
町娘の声だったからだー
「---な…な、、、か、、鏡を持て!」
小夜(雪之丞)が叫ぶと、佐吉は
「さ、、小夜さん??い、、今持ってくるから」と
混乱しながら鏡を持ってきたー
そしてー
小夜(雪之丞)は鏡を見て凍り付いたー
自分が斬り捨てたはずの女にー
一介の町娘にーー
自分がなってしまっていたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「-----お目覚めになられましたか」
城ではー
帯刀 雪之丞本人が目を覚ましていたー。
「---え…」
雪之丞は目をぱちぱちさせながら
不思議そうに周囲を見回しているー
「--ここは…?」
雪之丞はそう呟いて、思わず自分の口を押えたー
自分の口から出た声が、
自分の声ではなかったからだー。
”小夜”としての声ではなく
”帯刀 雪之丞”としての声ー
「---ここは我が城にございます。
殿は、狩りからの帰還中に町で急に意識を失われたのでございます」
家臣が状況を説明した。
「----そ、、、、そう、、、ですか」
雪之丞(小夜)は戸惑うー
自分が佐吉をかばうために雪之丞の前に
立ちはだかり、斬られた部分までは覚えているー
だが、どうして自分が雪之丞にー
「---!」
自分が雪之丞になっているということはー
もしかするとー
「--あ、、あの、わたしー」
雪之丞(小夜)はそこまで叫んで、
首を傾げた家臣のほうを見て
何度かせき込むと
「--わ、、わ、、儂が斬った女は、どうした…?」と
雪之丞のような振る舞いをしながら答えたー
「---町のものが慌てて近くの食事処に連れ込みましたが
あの傷では助からないでしょうな」
家臣はそう答えたー
「--そんな」
雪之丞(小夜)は思わず、呟いてしまうー。
「----?」
家臣の男が、不審そうに雪之丞(小夜)のほうを見るー。
そしてーー
「--磯部(いそべ)!こっちに来てくれ!」
別の男が、雪之丞(小夜)のいる部屋の外から、
雪之丞(小夜)と話していた男・磯部を呼んだー
”今行く”と返事をすると、
磯部は「--殿もまだお疲れでしょう。ご無理をなさらずに
今夜はお休みください」と頭を下げるー
そして、立ち去っていく磯部ー
「--わたしが…お殿様」
雪之丞(小夜)は近くにあった小さな鏡を見つめるー
恐怖の象徴である帯刀 雪之丞に自分がー…
「-----」
小夜は聡明な女性だったー。
入れ替わってしまったという状況に強く驚きを感じながらも、
”起きてしまった現実”をすぐに受け入れた。
そしてー
”なすべきこと”を
小夜は考えたー
「わたしがお殿様………だったら…」
雪之丞(小夜)は考えたー
”この身体であればー
みんなの暮らしをよくできるかもしれないー”
とー。
この日を境にーー
”暴君”雪之丞は変わるー。
虐げられる苦しみを知っているからこそー。
彼女は、”この身体なら出来ること”を
成そうと決意するのだったー。
②へ続く
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コメント
憑依空間初の時代劇X入れ替わりモノに挑戦デス~!
入れ替わってしまったふたりの運命は…?
今日もお読み下さりありがとうございました~!
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