嘘に嘘を重ねていくー。
その果てに、待つ運命はー?
妻の遺体を隠し、
妻に変身して、養父を出迎えた彼の運命は…?
---------------—-
重い沈黙ー。
何を話していいのかわからないー。
いや、分かると言えばわかる。
だが、それは”重康”として話すときの話だー。
今、重康は、自らが命を奪ってしまった妻・遥奈の姿に変身している。
遥奈のふりをしながら、健三郎と話すのは、
正直”きつい”-
話せば話すほど、どこでボロを出してしまうかわからない。
そして、今、この状況ー
”ボロ”を出してしまうことは、絶対に許されない。
ボロを出せば、人生は終わりだー。
何故なら、押し入れの中に、変わり果てた妻・遥奈がいるのだからー。
”逮捕なんて、冗談じゃない!”
遥奈の姿をした重康は、無意識のうちに貧乏ゆすりを初めていたー。
普段、貧乏ゆすりなどしないのだが、
極限状態ともいえる、今、この状態が
重康を普段はしない行動に走らせていたー
体中が熱いー
遥奈の姿をした自分が、興奮しているー
わけではない。
妻の命を奪ってしまって
こうして隠しているー
隠して、乗り越えようとしているこの極限状態が、
重康の気持ちをなぜか高揚させていたー。
「-----…」
健三郎が、口数の少ない遥奈を心配する。
「----」
遥奈に変身している重康も、
”口数が少ないこと”を心配されていることには
当然気づいている。
だが、心配されてでも、ここは
なるべく会話を少なく、今日を乗り切るのが
ベストだと考えていたー
遥奈とは夫婦の関係だったし、
遥奈側の父親でもある健三郎のことも、
当然、知っているー
だが、”遥奈として”会話すれば、必ずボロが出る
多少不審に思われても
”沈黙”が一番の答えであることは間違いないー。
時計の時を刻む音だけが響きー、
窓ガラスには夕日が差し込むー。
夕日が室内を照らすー。
いつも以上に、室内は殺風景に見えたー
遥奈がいることが、どれだけ、この空間に”色”を
与えていたのかー。
急速に、遥奈を失ってしまったこと、
事故とは言え、遥奈を殺してしまったことに対して、
重康は強い罪悪感を覚えたー
だが、それでも、重康は認めないー。
自分は、悪くないー。
浮気は本当にしていなかったし、
浮気なんてこと、頭の中で考えたことすらなかったー。
完全な濡れ衣だ。
疑われるようなこともしないように、できる範囲内で
頑張ってきた、つもりだし、
最後だって、人のスマホを勝手に奪って
勝手に浮気相手でもない相手の連絡先を消そうとした
遥奈の方が悪い、と、少なくとも重康はそう思っているー
止めなければ、いけなかったー。
でも、まさか、それで遥奈が後頭部を勢いよく打ち付けて
死んでしまう結果になってしまうなんてー。
「----そんなに、重い話なのか?」
父・健三郎が言う。
「--へっ!?」
遥奈に変身した重康は、思わず声を出してしまうー
なんだー?
”そんなに重い話”ってー?
意味が分からない。
どういうことだー?
重康は今、遥奈の姿に”変身”しているだけー。
だからー
当然、遥奈としての記憶が存在しないー
「--電話では、嬉しそうだったのになぁ
俺ももしかしたら、って思って今日、ここに来たのにー
なんだか、今日の遥奈は、すごく暗いからさ…
どうしたのかなって。
なかなか話を切り出さないところを見るとー
いい話じゃないんだろ?」」
重康が沈黙していると、健三郎は
そう口にしたー
健三郎の言葉の中にあるヒントを
重康は必死に探るー
”妙な受け答え”をすれば
怪しまれるー
とにかく、ここを乗り越えればー
妻の遺体をどこかで処分しー、
そして、なんとかー
なんとかすればー…
”電話では嬉しそうだった”
おそらく、遥奈は、父の健三郎に
何か話をしようとして、健三郎を呼び出したのだろうー。
”遊びに行く”という名目で、この家に来たのだろうー
”嬉しそうだった?”
”わざわざ直接会って話をしたいほどの話ー?”
「-------」
遥奈に変身した重康は
遥奈が本当は、父に何を伝えようとしていたのかは、知らない。
だがー
ここは”何もないよ”だとか”話すこと、忘れちゃった”では
完全におかしいー。
何か、
何か話をする必要がある。
「----」
”暗い雰囲気”を養父は察知しているー。
と、いうことはー
”暗い話”をすればなんとかなるかもしれないー。
どうするー?
これから自分が遥奈として生きていくためにはー
どんな”嘘”をつくのがいいー?
頭をフル回転させる遥奈の姿をした重康。
自然と、指で机をとん、とん、とん、と叩いてしまうー。
極限の緊張感の中ー
遥奈に変身した重康はー
”今後、遥奈の姿で生きる”ことを計算に入れた上で
こう口にしたー
「--わたしたち…離婚になるかもしれないの」
とー。
「---えっ!?!?!?!?」
父・健三郎は叫んだー。
そう、この”嘘”が一番だー。
どのみち、本物の遥奈は死んでいるー。
”遥奈”と”重康”が同時に存在することはできないー
と、なれば”離婚”したことにして
”重康”と”遥奈”を引き離さなくてはならないー
この養父をやり過ごしたあとは、
重康は遥奈として生きるつもりだー。
これにも理由があるー
遥奈の姿でエッチしたい、とか
女の姿で生きたい、とか
そういう”くだらない理由”ではない。
もっとー
もっと”大事な”理由だー。
重康がどんな姿で生きようと、
遥奈の遺体は残るー。
万が一、
万が一、遥奈の遺体が今後発見されるようなことがあったときー
自分が”重康”の姿、本来の姿で生きていたらどうなる?
”遥奈を殺して、遺体を遺棄した”と思われるのがふつうだ。
だがー
自分が”遥奈”の姿で生きていたら、どうだろう?
遥奈の遺体は見つかっても、
遥奈は”ここにいる”のだー。
”全くの他人である”と言い張ることができるー。
この”変身”は、血液型や内部まで、遥奈になっているのかは分からない。
それはすぐに確かめる必要があるが、
DNAレベルまで遥奈になっているのなら
仮に今後「遥奈」の遺体が見つかっても
「わたし(遥奈)はここにいます」と言い張り、
見つかった”本物の遥奈”の遺体を
”身元不明”にすることができるー
万一のリスクを考えたら
遥奈として生きたほうが、”安全”なのだー
もちろん、”最近、遥奈変わったね”と言われるリスクもあるが、
人は変わるー。
遺体が発見された時のリスクに比べれば、
どうってことはないし、
”人が変わった”から、なんて理由で逮捕されることはないー
「---そうか」
健三郎は、離婚の言葉を聞いて、静かに頷いたー
「--それで、重康くんは今日、ここにはいないのか」
そうー
そうだ。
理由付けもできた。
最高だ
「うん」
遥奈の姿をした重康は
また”ひとつ”嘘を重ねたー。
遥奈が死んだのは”事故”だ。
こんなもので捕まるなんて、たまったものではないし、
絶対にありえないー。
事故は事故だー。
重康はそう思いながら、辛そうに頷いたー
”我ながら完璧な嘘だ”
と、遥奈の姿をした重康は自画自賛した。
”遥奈が暗い理由”
”重康が今、家にいない理由”
”今後、二人が一緒にいることはない理由”
この3つを、一気にクリアできた。
そしてー
”遥奈の性格が変わる”ことの理由付けにもなる。
愛していた夫に、離婚されたかわいそうな遥奈ー
性格が多少変わっても、問題ないはずだ。
本当はー
”偽物だから”性格が変わるのだが、
表向きは”離婚をきっかけに性格が変わった”という状況をー
ドドッ
「-!?」
変な音がしたー
ドドドドドドドッ
ゴゴゴゴゴゴ
バン!
「--!?!?!?」
健三郎も遥奈も、音のほうを見るー
遥奈に変身している重康は表情を歪めたー
音はーー
”押し入れ”からー
遥奈の遺体を隠した押し入れー
”しまった”
重康は、背筋が凍る思いだったー
押し入れには色々詰め込んであって
”そろそろ整理しないとな”というレベルだったー
慌てていたから、そこに遥奈の遺体を無理やり詰め込んだー
おそらく、今の音は、押し入れの中のものが雪崩を起こした音だろうー。
「---何か音がしたぞ?」
父・健三郎が不思議そうな表情で言うー。
まずいー
時間が無かったから、押し入れに押し込んで、
適当に手前のモノで隠しただけだー
今の音的に、押し入れの中に積んであった
手前のモノが、崩れて
遥奈の遺体が飛び出したのだと思うー。
”く、、くそっ!”
遥奈の姿のまま、重康は表情を歪めたー
ドン!
また、何かが倒れた音がしたー
押し入れには、色々モノを詰め込んでいて、
そこに慌てて遥奈の遺体を押し込んだため、
押し入れの中のものが次々と倒れているのだー。
「ーーー…なんだなんだ?」
健三郎が立ち上がって
勝手に押し入れの様子を見に行こうとするー
「---触るんじゃねぇ!!!」
遥奈の声で、思わず怒鳴り声をあげてしまうー
「遥奈…?」
健三郎が、戸惑うー。
”しまっ…”
重康は半分パニックになっていたー
このままじゃー
遥奈の遺体が見つかってしまうー
そしてー
そうしたらー
”逮捕”
「--さ、、さ、、触らないで!とにかく!触らないで!」
しかしー
「--なんだこのニオイは」
健三郎は、狼狽えるー。
血の匂いー
普段、感じない異様なニオイが
押し入れからかすかに漏れ出していたー
父・健三郎が押し入れに手をかけるー。
「--さわるなあああああああああああああああああ!」
遥奈に変身したまま、重康は悲鳴のようにそう叫んだー
そしてー
”終わったー”
遥奈の遺体が押し入れから出て来るー
父・健三郎が、唖然としているー
押し入れから出てきたのは、
紛れもない、遥奈の遺体ー。
しかし、目の前に、遥奈もいるー。
「---く、、、、、、く……」
父・健三郎からすれば
”娘の遺体”と”今、娘がここにいる”という
もはや状況を全く理解できない状態だった。
「---ど、どういうことなんだ?」
父・健三郎がやっとの思いで、口を開いたー
彼は”嘘”をついたー
嘘に、嘘を重ねたー
「---重康が…急に、”変身薬”っていう変な薬を
使って、わたしに変身して…」
遥奈に変身した重康は、”自分が本物の遥奈”で
あるかのような台詞を口にしたー。
重康の部屋にあった変身薬を持ってきて、
それを父・健三郎に見せるー
これを飲んだ重康が遥奈の姿に変身して、
襲い掛かってきたから、必死に逃げようとしてー
その際に、遥奈に変身した重康は頭を打ってー
死んでしまったのだとー。
「--わたし…どうしたらいいのか、わからなくてー」
泣きながら言う、”遥奈に変身した重康”
自分が本物の遥奈であると嘘をつきー
死んでいるのが”遥奈に変身した重康”であると嘘をついたー
自分が重康だ、と白状するより、
自分が、”本物の遥奈”であることにしておいたほうがー
”罪が軽い”と、判断したのだー
変身薬というおかしな薬を使った夫に
襲われて、逃げようともがいているうちに
夫を殺してしまった哀れな妻を
演出して、なんとか罪を軽くー
「---遥奈…」
父・健三郎は何も言わずに
遥奈を抱きしめ、
そして”とにかく、警察を呼ぼうか”と、優しく告げたー
計算通りー
重康の罪は、あまり重くならなかったー。
夫が妻に変身し、妻に襲い掛かりー
逃げようとした妻が事故で夫を殺してしまったー
と、そういう感じになったー
無罪ではなかったが、
罪は軽かったー。
重康の会社の同僚が”重康に変身薬を渡した”ことを
認めたために、遥奈に変身している重康の主張は、
より信憑性の強い物になったー
嘘に、
嘘を重ねー
結果ー
重康は、一生、遥奈に変身したまま生きることになってしまったー。
「-----」
今でも時々、思い出すー
あの時のことをー。
遥奈に変身した重康は、
あれから5年が経過した今でも、
嘘に嘘を重ねー
自分は本物の遥奈として、生きているー
遥奈と重康が写った写真を見つめながらー
遥奈の姿をした重康は、悲しそうな笑みを浮かべたー
嘘をつきー
罪から逃れー
「---俺は、、、地獄行きだろうなー」
遥奈の姿をした重康は
静かにそう呟いたー
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
生前の遥奈が、
父・健三郎を家に呼んでまで話そうとしていたことは
なんだったのだろうー。
・・・
”あの事件”が起きる前ー
おとうさん!おとうさん!
来週ー
”話がある”のー
良かったらうちに遊びに来て!
「へぇ…
どんな話なんだ?」
ふふふー
ひ・み・つ!
楽しみにしててね!
父・健三郎との通話を終えた遥奈は
おなかのあたりを触りながら嬉しそうに微笑んだー
来週ー
お父さんが遊びに来た時にー
重康と父に、同時に報告しようー
”子供ができたことを”
遥奈は嬉しそうに、父と重康が驚き、
喜んでくれる顔を、思い浮かべるのだったー
そんな日はー
永遠に来ないとも、知らずにー
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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ダークな他者変身モノでした~!
嘘に嘘を重ねて、取返しのつかないことに…?
嘘のご利用は計画的に!ですネ!
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