妻の命を奪ってしまい、
妻に変身して、養父を出迎えた彼ー。
しかしー…?
彼の運命は…?
--------------------—
「-------」
沈黙ー。
遥奈は、思わず無意識のうちに、爪をかじり始めていたー。
遥奈の父親・健三郎は、
遥奈がとりあえず用意した食事を食べながらも、
なんとなく、異様な空気に戸惑っている様子だったー。
「----」
爪をかじる遥奈ー
今、ここにいる遥奈は、遥奈ではないー
遥奈と口論になり、その最中に、遥奈が机の角に
頭を打ち付けて死んだしまったことを隠そうとしている
夫・重康が変身した姿だー。
重康は、パニックになって、妻の遺体を
押し入れの奥に隠して、
そして、たまたま会社の同僚からもらっていた
怪しげな変身薬を使い、
妻の遥奈に変身、
こうして、今日遊びに来ることになっていた
養父・健三郎を出迎えたのだったー
「----ははは」
健三郎が笑う。
「重康くんの癖が移ったのか?」
健三郎の言葉に、
遥奈は、ハッとする
”爪をかじる癖ー”
それは、重康自身の癖だー
遥奈は、しないー。
健三郎の言葉に、重康は緊張を強めるー。
緊張した時に爪をかじる癖が、
つい、遥奈に変身している今も、出てしまったのだー。
「----あ、、つい、、、つい、ね」
遥奈に変身した重康はそう答えると、
汗をぬぐいながら答えたー
「なんだか、調子悪そうだな…?大丈夫か?」
健三郎が心配そうに尋ねるー。
「--だ、、だいじょうぶよぉ?
ほら、、この通り、げんきげんき!」
何故かボクシングのようなポーズを取って
パンチしてみせる遥奈に変身した重康。
さっきから、
遥奈がしそうにないようなおかしな行動ばかりしてしまっているー
”平常心”なら、
遥奈にもっと成り済ますこともできたかもしれないー
だが、今はー
”事故”とは言え、妻の遥奈を殺してしまったことー
犯罪者として裁かれることを恐れていることー
そして、何より、大事な妻を失ってしまったことー
それらに、重康は激しく動揺していて、
遥奈に成り済ますどころではない精神状態なのだ。
「---?」
健三郎が表情を歪めているー
娘の遥奈が、貧乏ゆすりをしているからだー。
極度のストレスから、
遥奈に変身している重康はー
普段しないようなことまでし始めてしまっていたー
遥奈と健三郎が座っているイスと机が
カタカタと音を立てるー
遥奈に変身した重康の貧乏ゆすりが、
かなり激しくなっているー
「お、、おい、大丈夫か?」
健三郎が心配そうに言う。
「--え…」
遥奈に変身した重康は、ここでようやく
自分が貧乏ゆすりをしていたことに気づいて
「あ、ごめん」と、言葉を口にしたー
”どうすりゃいい?”
重康は、遥奈の姿のまま、そう考えるー
イスから立ち上がって、冷蔵庫からお茶を取り出して、
それを口にして、深呼吸をするー
喉が渇いて乾いて仕方がないー
どうすればいいのかー。
仮に、ここで、遥奈の父親である健三郎を
誤魔化すことができたとしても、そのあと、どうするー?
ずっと遥奈として生きるのかー?
ずっとー?
遥奈の遺体を隠し続けるのは、難しいー。
だがー
自分が遥奈の姿でいればー
どうだろうか。
なんとか、誤魔化せるー…?
いやー
いずれにせよ、この家から遺体が見つかれば、ダメだろうー
遥奈になった重康は、頭をフル回転させるー
まずは、養父である健三郎が帰宅するまで
やり過ごしー、
そしてー
遥奈の遺体をどこかにー…
そうすればーー
遥奈として生きていくことで、なんとかー。
だが、
今度はそうなると、”重康”が行方不明になってしまうー
それは、どうするー?
何か知っていると思われて、
遥奈の姿をした重康が容疑者になってしまう可能性があるー。
「---くそっ!」
舌打ちする遥奈の姿をした重康ー
そして、重康は、ひとつの答えを見つけ出したー。
養父・健三郎を誤魔化しー
本物の遥奈の遺体をどこかに埋めてー
そして、遥奈に変身した状態と、自分に戻った状態でー
W(ダブル)生活を送るー
そうすればー
自分も、遥奈も、世間的には”行方不明”には、ならないー。
なんとか、二人を切り替えてー
「---何か悩みか?
まさか、重康くんと喧嘩でも?」
健三郎の言葉に、遥奈になった重康はドキッとするー
さっきまで、ちょうど喧嘩をしていたのは、事実だからだー
「そ、そ、そんなことないわよぉ~!うふふふふふ」
遥奈の口調を真似ようと必死なのだが、
空回りして
”芝居がかった女言葉”になってしまうー
養父・健三郎にも、違和感を抱かれてしまっているかもしれないー
「--ところで、重康くんはいつ帰って来るんだ?
できれば重康くんにも挨拶していきたいからさ」
健三郎が言う。
「---え…あ~」
遥奈の姿をした重康は
”くそっ!どうする?”と内心で、再び考えるー
変身ー
”遥奈”になれば”重康”がいなくなるし
”重康”になれば”遥奈”がいなくなるー
二人同時に存在することは、できないー
”どうすれば”
そう思ったものの、
遥奈に変身している重康はすぐに答えたー
「---き、、、今日は、、遅いって」
とー。
「----」
健三郎が、少し考えるー
”泊まるとか、言うんじゃねぇぞ”
と、重康は念じるー
「---そっか。じゃあ、また今度だな」
健三郎はそう答えたー
遥奈に変身している重康は「ほっ」と、胸をなでおろしたー。
「--ちょ、ちょっとトイレにー」
この緊張感ー
頭がおかしくなってしまいそうだー
身体が張り裂けてしまいそうだー
トイレに駆け込むと、遥奈に変身している重康は
大きくため息をついたー
遥奈を殺してしまったときのことを思い出すー。
いや、あれは、事故だー。
浮気を疑われて、仕事上の大事な相手や
家族の連絡先まで消されそうになったのを
止めようとしただけー
「俺は、悪くない」
遥奈の姿のまま、重康は頭を抱えるー
トイレでしゃがみこんで、
髪をぐしゃぐしゃにしながら
目に涙まで浮かべるー
「俺は悪くない」
「俺は悪くない」
「俺は、俺は、俺は悪くない」
遥奈の声で、そう呟く重康ー
悪くない
悪くない
悪くない悪くない悪くないー
髪をぐしゃぐしゃにすると、
遥奈に変身している重康はようやく深呼吸をして立ち上がりー
そのままトイレを済ませー
「---!!!!!」
盛大に失敗したー
遥奈に変身していることも忘れー
流れで立ちションして、
大失敗してしまったー
健三郎にバレないように、慌ててトイレを掃除して、
服を着替えるー。
「--あ~~もう…何を着りゃいいんだ」
と、呟きながら
遥奈に変身している重康は、
適当に服を着替えたー。
ロングスカートに、落ち着いた感じのブラウスに着替えてー
そのままリビングに戻るー。
普段なら、女の身体になってしまった!なんて状況に
興奮したかもしれないし、
何なら、ちょっとエッチなことをしてみたい、
なんて気持ちにもなったかもしれないが、
今の、この状況では、そんな気分にすらなれなかったー。
ヒトは、極限まで追いつめられると、
もはや、”性欲”なんて、どうでもよくなってしまうのかもしれない。
なんとかリビングに戻った重康ー。
当然、遥奈の姿のまま。
健三郎は、テレビを見ながら、遥奈が戻って来るのを待っていたー
会話が弾まないー
ぎこちないー。
これじゃ、変に思われるー
遥奈として、何か会話をしなくては。
そんな風に思いながら
「お父さんは、最近、どう?」と
適当に会話を始めたー
「ん~俺か?俺はいつも通りだよ」
健三郎は笑うー。
”会話”をするのもリスクだー
”会話”から、不自然な点が生まれ、
そして疑われてしまう可能性だって、十分にあるからだー
だからー
父・健三郎のお茶が無くなっていることに気づいた
遥奈は「お茶を入れて来るね」と立ち上がるー。
とにかくー
とにかくまずは”第1の関門”を突破しなければならない。
この、父親をどうにかしなくてはいけないのだ。
どうにかー
と、言っても殺したりするわけではない。
とにかく、娘の異変を察知しないまま
普通に帰ってほしいのだー。
「-----」
お茶を入れながら、遥奈の胸に手が当たるー。
「---チッ」
普段なら興奮するかもしれないが、
人間、極限状態まで追いつめられてしまうと、
もはや性欲などと言うものすら、どうでも良くなってしまうのかもしれない。
少なくとも、今の重康が、興奮したり、ドキドキを感じたり
することはなかったー
妻・遥奈への愛情が失われたのかー。
いや、それはない。
おそらくー
この”極限状態”では、性欲などというものも、
二の次になってしまうのだ。
なんとかー
この難局を突破しなくてはならないー
「あいつに、感謝だな」
遥奈の低い声で呟く重康ー
会社の同僚が海外旅行で購入してきた、怪しげな変身薬が
無ければ今頃重康は逮捕されていただろう。
「---!」
待てー。
遥奈の姿をした重康は、お茶をコップから溢れ出させながら、
”ある不安”を思いついてしまったー
このまま自分が遥奈として変身したままで過ごせば、
”重康”という存在はこの世から消えるー。
”俺は重康だ”と、自分では当然理解しているが
他の人からしてみれば”重康は失踪した”となるー。
と、なればー
あいつはどう思うだろうか。
変身薬をくれた会社の同僚は
”俺が変身薬を持っていることを知っている”
どうにかしないとー。
次々と難題が生まれて、
遥奈に変身した重康は、遥奈の顔を鬼のように歪ませて
苦痛の表情を浮かべたー
「-!」
お茶がこぼれまくっていることに気づき、
健三郎に背を向けたまま、
「くそっ!」と舌打ちしたー。
少し離れた場所のテーブルに座っている健三郎のもとに戻るー。
その時だったー。
「----!」
遥奈に変身している重康は、表情を歪めたー
”机の角”に、
わずかに血痕が残っているー
”まずいー”
重康は、そう思ったー
ちゃんと、全部ふき取ったはずなのにー
「----ーーー」
早く拭き取らないとー
そう思った直後ー。
「---あれ?」
健三郎が、最悪のタイミングで血痕に気づいてしまったー
「----遥奈、これ、、、」
ーーー!!!!!!
どうする
どうするどうするどうする
お茶を手に持ちながら、頭をフル回転させる重康ー
そしてー
「---」
キッチンのほうを振り返り、慌てて、
台所の上の包丁でー
自分の人差し指を切りつけたー。
「---遥奈~!ここに血が!」
健三郎が、イスから立ち上がって
遥奈の姿をした重康のほうに近づいてくるー
「---------血?」
遥奈は笑みを浮かべたー
咄嗟の判断ー
キッチンに戻ってー
包丁で自分の指を軽く切りー
絆創膏を貼ったー
「---これ、じゃないかな」
遥奈が血のにじんだ絆創膏がついた指を見せたー
「---さっき、、、料理してて切っちゃって」
遥奈に変身した重康は”嘘”を重ねたー
「--だ、大丈夫か?」
健三郎が心配そうに聞いてくるー
遥奈の姿をした重康は「うん、大丈夫」と答えたー
”さっきまで絆創膏貼ってあったかなぁ?”と
思ってるかもしれないが、
人間の記憶力はあいまいだ。
”最初から貼ってあったよ”と断言すれば
それ以上は、何も言えまい。
お茶を手に、机の方に戻っていくと、
健三郎に「どこ~?」とわざとらしく聞いてから
血痕をふき取ったー
”セーフ”
嘘に、
嘘を重ねー
禁断の嘘は、
さらに膨れ上がろうとしていたー
③へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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膨れ上がる「嘘」
次回が最終回デス~!
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