<他者変身>やさしい隣人③~決意~(完)

”やさしい隣人女性”が
”パワハラ上司”自身であると知らずに、
彼が取った行動…

そして、最後に下す決断とは…?

——————-

「-----……」
孝二は、隣人女性の由美が、パワハラ上司の大滝部長だとは知らずに
”プロポーズ”してしまったー

孝二が顔を赤らめるー

「あ、、あの、、も、もちろん、無理だったら大丈夫です。
断られても、絶対恨んだりしませんし、付き纏ったりもしませんし、
断られたから落ち込んで、自殺したりなんかもしません。

それに、金原さんに、もしかしたらそういう人がいるかもって…
そういうことも分かってますから…

だから、遠慮なく、断っていただいても大丈夫です」

孝二が慌てて、そうフォローした。

由美は、赤くなりながらも、戸惑いの表情を浮かべるー

”まさかーこんなことになるなんて”
由美に変身している大滝部長は思うー。

大滝部長は、孝二が”かわいそう”という気持ちと
昼間の扱いから”壊れてしまわないように”、その2つの理由から
由美として、親切に接してきた。

孝二と隣の部屋になったのは、単なる偶然だー。
本物の由美も元々ここに住んでいて、3年前、由美が寝たきりに
なってしまってからも、大滝部長は由美として、ここにいる。
孝二が、ここのアパートに来たのは
新社会人になった時ー
2年前のことだ。

”偶然”、大滝部長の娘を植物状態にした夫と似ていて、
”偶然”、同じ会社で、しかも住む場所も一致したー
それだけのことー

偶然が重なり、まさか、
プロポーズまでされてしまうなんてー。

「-----」
由美は表情を歪めるー

”ど、どう返事をすれば…”

由美は、戸惑っていたー

”自分は実は大滝部長だ”と明かすかー?
いや、それはさすがにまずい。
どんな反応をされるか分からないー

やはり、ここはお断りをー。

「---俺…部長からのパワハラが、本当に辛くて…」
返事を待つ孝二が、涙を流しながら呟き始めたー

「俺……何にも、、何にも悪いことしてないのに…
ミスを怒られるとか、そういうことならわかるんです。

でも俺だけ、、俺だけミス以外のことでも色々言われて…」

孝二がボタボタ目から涙をこぼすー

「----」
由美に変身している大滝部長は
思わず”ごめんなさい”と謝りそうになったー

自分でもわかっているー

いつまでー
いつまでこんなに”意味のないこと”をしているのだー?

昼間は、上司として、”八つ当たり”を繰り返しー
夜は、隣人女性として、”自分が傷つけた孝二を慰める”

やめればいいのにー
八つ当たりをやめればいいのにー

でもー
スーツ姿の孝二を見ると、
娘を寝たきりにした娘の夫を重ねてしまいー
きつく当たってしまうー

”とにかく、とにかく、プロポーズは断ろう。
俺は女じゃないし、
大変なことにー”

「---少しの間」
由美は、口を開いたー

「---…」
”いや、断るしかないだろ!”
大滝部長は心の中でそう思うー

でもー
何故だかー
由美に変身している大滝部長には、
断ることができなかったー

”かわいそう”だからー?

いや…
もしかして…

「---少し…考えさせてください」
由美はそう呟くと、
孝二は「はい…」と頷いたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

部屋に戻った由美ー
放心状態で、変身状態を解き、
女物の服装のままの大滝部長が、口をぽかんと開いているー

「俺は…どうすれば…」

変身して、由美として接するうちに、
情以上の感情が、生まれてきているような気がするー

孝二は、本当に好青年だ。
娘を寝たきり状態にした娘の夫とよく似ているのに、
中身は、全く違うー

そんな孝二を、自分は、
”似ているから”という理由で勝手に憎しみを抱き、
パワハラを繰り返しているー

「俺は…俺は…」
大滝部長は頭を抱えるー

このままじゃ、孝二が壊れてしまうー
このままじゃ、自分も壊れてしまうー。

好きー
憎しみー
好きー
憎しみー

頭がおかしくなりそうだー

大滝部長と言う”自分”と
金原由美と言う”娘”
その二つを演じ続けることによって、
感情も、思考も、二つに分離しようとしているのかもしれないー

このままじゃー
このままじゃ、おかしくなってしまうー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日

大滝部長は、”本物の由美”が寝たきりの病室を訪れたー

本物の由美が目を覚ましたときのためにー
大滝部長は、由美に変身して、
由美として生活を続けているー。

由美が戻ってきたときにー
由美の部屋、由美の仕事、そういったものが
全部、”今まで通り”残っている、という状況を
作るためにー

由美にはなんて説明するべきだろうかー。

「----」
大滝部長は思うー

自分は、本当に、由美のためにやっているのだろうかー。

由美がいない寂しさー
それを紛らわせるために、由美に変身しているだけなのではないだろうか。

部屋や、バイトでの立場ー
それらが、そのまま残った状態で、
いつか目を覚ますはずの由美は、
喜ぶのだろうか。

「---自己満足…親バカ…か」
大滝部長は静かにそう呟いて、
病室の外を見つめたー

娘の由美が、植物状態になって、3年ー。
自分は、いつまでも”娘がいない”という現実を
受け入れられていないのかもしれないー

「------もう、終わりにするよ、由美」
大滝部長は、そう呟くと、
少しだけ寂しそうに微笑んだー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「---え!?大滝部長が、異動…ですか?

2日後ー
孝二は、上司である大滝部長の移動を聞かされたー

「あぁ…お前へのパワハラ…
大滝部長が、自ら会社の上層部に申し出て、
大滝部長は飛ばされることになったんだ」
他の先輩社員が言う。

「---…」
孝二は、複雑そうな表情を浮かべたー

大滝部長のことは嫌いだ。
正直、苦手でもある。
飛ばされるとなれば、喜びすら感じるー

だが、何故今になって、大滝部長はーーー?

そしてー
孝二が家に帰宅すると、
玄関に紙袋が置かれていたー

「---これは…」
孝二が紙袋を回収すると、
そこには、隣人女性、由美からの手紙と、
由美の手料理が、容器に入れられて入っていたー

”わたしは、いつまでも、応援していますー
どうか、これからは明るい人生を、送ってくださいー。

いろいろごめんなさい
そして、ありがとう”

手紙には、そう書かれていたー

「---金原さん」
孝二は、寂しそうに手紙を見つめるー

「---振られちゃったか…」
苦笑いする孝二。

”いろいろごめんなさい”の意味は
孝二にはよくわからなかったし、
”ありがとう”の意味も正直、よく分からなかったー

「--俺の方こそ、ありがとう、ですよ」
孝二が、悲しそうにそう呟くー。
そして翌日、大家さんから
”金原 由美”が引っ越したことを聞かされたー。

このままじゃ、将来有望な好青年を潰してしまうー
ダメにしてしまうー
そして、自分自身も、未来に進むことができなくなってしまうー

罪を償いー
全てを清算し、
前に進むためにー
大滝部長は、娘の由美に変身するのをやめて、
孝二の前から姿を消し、
そしてー孝二が苦しむ原因となっていた自分自身も姿を消す道を選んだー。

本物の由美が戻ってきたときに、
”今の生活”を恥じずに、誇りを持って報告できるかどうかー。

それを考え、大滝部長は自らの行動を恥じた。

”お前の夫に似ていた男にパワハラを繰り返して、
お前に変身して、その男を慰め、
お前が帰ってきたときのために、お前として
家賃を払ったり、仕事をしていた”

そんな風に、目を覚ました由美に報告したら、
恐らくビンタされるだろうー

大滝部長は、自らの行動を恥じー
そして、孝二に対して、同時に感謝もしていたー

・・・・・・・・・・・・・・・・

「---」
大滝部長が、荷物をまとめるー

遠い地に行くことになるー
”本物の由美”にもしばらく会えないー

でも、本物の由美は強い。
きっと、目を覚まして
きっと、また、笑顔を見せてくれるー

そう、信じてー

荷物をまとめた大滝部長が、会社の廊下を歩いていると、
孝二とすれ違った。

孝二は、気まずそうに大滝部長の方を見る。

これまでのパワハラー
孝二がおびえるのは、無理もない。

「---田代」
大滝部長が立ち止る。

「----あ、、、あの…お疲れ様でした…」
すっかり怯えている様子の孝二ー

大滝部長は、そんな孝二を見て、
いつものように苛立ちを覚える。

どうしてもー
スーツを着ている孝二の姿を見ると、
いつもスーツ姿だった娘の夫ー
由美を昏睡状態に陥れたあの男のことを重ねてしまい、
勝手に、苛立ってしまう。

孝二は、何も悪くないのにー

大滝部長は、少しだけ心の中で笑うー。
”これは、もう治りそうもないからなー”
とー。

これからも、
大滝部長は、ここにいる限り、永遠に孝二に対して
勝手に八つ当たりをしてしまうー
そして、孝二が壊れてしまわないように、
隣人の由美として、孝二に優しく接し、
このままでは、本当に女として男を好きになってしまう。

昼間は憎んでいるのに、
夜は愛してしまう。

それは、誰のためにもならないー
だから、自分は消える。

由美としても、大滝部長としても、
跡形もなくー

「---今まですまなかったな」
大滝部長は、それだけ言うと、
「お前は、本当は優秀なんだー。
俺なんかよりも、ずっと、な」
と、付け加えたー。

「え…」

”どうせまた、何か悪いことを言われる”
そう思い込んでいた孝二は少し驚くー。

だが、大滝部長は、既に歩き始めていたー
二度と、孝二のことを振り返ることなくー

”すまなかった ありがとうー”

償いの意味も込めて
大滝部長は、パワハラを自ら上層部へと伝え、
そして、左遷のような扱いで、遠い地へと飛ばされていったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

数か月後ー

「いったい…何だったんだろなぁ…」
孝二は、すっかり元気を取り戻していたー

会社でも、すっかり自信を取り戻し、
新しい上司となった相模原部長の元で、
期待の若手として、日夜、頑張っていたー

前のように、理不尽な残業を頼まれたり、
理不尽な持ち帰りをさせられたりすることもなく、
今は、とても充実している。

でもーー
時折、孝二は思い出すー

やさしい隣人・金原 由美のことをー。

今はー
由美がいた部屋には、別の人間が暮らしているー

悪魔のような存在であった大滝部長と、
天使のような存在であった由美ー

ふたりは、ほぼ、同じ時期に、孝二の側から、
いなくなってしまったー。

「------」
孝二の部屋には、由美と撮影した、たった1枚だけの写真があるー。

孝二の誕生日の時に、
夜遅く帰宅した孝二を祝ってくれたときのものだー。

「----…本当に、ありがとうー
今、俺がここにいるのはーー…金原さんのおかげですー」

たぶん、もう会うことはできないー

孝二は、少しだけ寂しそうに、
けれども前向きにほほ笑んだー

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

本物の由美を昏睡状態に追いやった夫、は
出てきませんでした!!
それは、また別のお話…ということで!!

お読み下さりありがとうございました!!

他者変身<やさしい隣人>
憑依空間NEO

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