パワハラ上司に苦しむ彼の唯一の心の支えは
やさしい隣人女性。
彼は、まだ”隣人女性の由美”の正体を知らないー。
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「-------…」
大滝部長は、病院を訪れていたー
”金原 由美”と書かれているー
そこにはー
”本物”の由美がいるー
大滝部長がいつも、変身している姿ー
孝二の部屋の隣の部屋に住んでいる”やさしい隣人”女性ー
その”本物”がここには、いるー。
「----由美」
大滝部長は、病室に入ると、寂しそうに由美の名前を呼んだー
だが、返事はないー
大滝部長は、返事がないことを気にする様子もなく、
由美の方に近づいていくー。
「--もう、、3年になるかな」
大滝部長は呟くー。
由美は、返事をしないー
何故ならー
本物の由美は
”3年前から、ずっと寝たきり”だからーー
・・・・・・・・・・・・・・・
「---はぁ」
孝二は、今日も仕事を終えて、
死んだような目をして、部屋のソファーに横たわったー
いつまで、こんな生活が続くのだろうかー
いつまでー。
大滝部長は明らかに自分を目の仇にしている。
何故かは、分からないー。
このままでは、自分の心が折れてしまうー。
精神的に追い詰められている孝二ー。
隣人女性の由美は、心の支えにはなっているものの、
最近では、その由美の存在をも、帳消しにしてしまうぐらいに
大滝部長の嫌がらせが、ひどくなっているー
しかもー
”一部からパワハラ”と指摘されてはいるものの、
仕事も出来て、基本的に、厳しい中にも部下に対する思いやりを持つ
大滝部長は、自分のような、まだ年数の浅い社員が騒いでも、
ほとんど誰にも相手にされないー
会社内での大滝部長の評価は
”厳しすぎる面もあるけれど、仕事はできて、配慮もできる人物”
と、いうことになっているー。
孝二の同期にも、厳しく当たりながらも、最終的には優しいし、
クレームが入った時には、部下を庇い、土下座をしたこともあるー。
しかし、何故ー?
何故、孝二にだけは、いじめのようなことをするのか。
”自分だけが被害者”であるために、
なかなか周囲も真に受けてくれないー
”大滝部長の指導に耐えられない、メンタルの弱い若者”
みたいなことになってしまっているー
♪~~
”わたしです”
「-ーあ、金原さん」
隣人の由美を確認すると、笑顔で、孝二は由美を
出迎えたー
由美は、いつも、落ち着いた感じの服装を
身に着けているー
だが、”プライベート”については謎が多いー
どうして、こんなに自分のことを気遣ってくれるのかもよくわからないし、
そもそも、由美は”不在”であることも多く、
私生活が全く見えてこない。
まるで”二重生活”を送っているかのようにー
孝二は、家庭が上手く行ってなくて、逃げてきている人なんじゃないか、と
勝手に想像していたー
どこかに夫と一緒に暮らしている家があって、
何らかの理由でその生活に耐えられず、
このアパートを借りて、逃げてきているのではないかと。
ばれないように、定期的に帰りつつー…
そんな風に考えていたー
もちろん
それは”ハズレ”だー
二重生活までは合っているー。
大滝部長の姿の時は、自分の家に、
由美の姿のときは、このアパートで暮らしているため、
確かに”二重生活”を、大滝部長・由美はしている。
「---どうかしましたか?」
由美が心配そうに尋ねて来る。
「--あ、いや…いつもの上司のことなんですけど」
孝二は呟くー
「---最近、俺、もう、どうしていいか分からなくて」
孝二が、目を潤ませながら言うー
もう、精神的に限界。
日に日に”限界突破”は近づいていたー
自殺ー
大滝部長への復讐ー
色々なことが、頭を巡るようになり始めていた。
「----…気持ちはわかります…でも」
由美はそう呟くと、
少しためらった表情を見せてから、
孝二を優しく抱きしめたー
「え…」
孝二が、赤くなるー
「--田代さんが、死んだら、悲しむ人は絶対にいますー
それに、田代さんが、その大滝部長を襲ったりしたら
悲しむ人が絶対にいますー」
その言葉に、孝二は自虐的に笑うー
両親との間柄は、正直、そんなに良くないー。
友達はいるが、最近は仕事が忙しくて遊ぶこともできないために
疎遠になりつつあるー。
「そんな人、俺にはいませんよ」
孝二は寂しそうに言う。
すると、由美が孝二の顔を見つめながら
「わたしが悲しみますー」
と、呟いたー
孝二は、思わずドキッとしてしまうー。
由美は、そんな孝二を見て
「だから、変な考えは、起こさないでくださいね」
と、ほほ笑んだー。
そして、由美は立ち上がるー。
「今日はこれで失礼しますね」とー。
「あ、はい」
孝二は、由美からおすそ分けで貰ったカレーのお礼を言うと、
由美は「どういたしまして」と呟いたー
去り際に
”本当にごめんなさい”と由美が、呟いた気がするが、
孝二には、その意味は分からなかったー
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「---すまん」
部屋に戻った由美は、そう呟いていたー
「すまん…田代」
由美は、由美の姿のまま、大滝部長の口調で呟くー
「すまん…お前は悪くないんだ…すまん」
由美は目から涙をこぼしながら呟くー
「--俺は…俺は…最低だ!」
由美の綺麗な声でそう呟く大滝部長ー
由美は、悲しそうに、悔しそうにー
複雑な感情を全て曝け出して、
自分の部屋で涙をこぼすー
そうー
孝二は、何も悪くないー
でも、自分を止めることができないー
会社で”やつ”を見ると、それだけで怒りが
湧いてきてしまうー
自分で、自分の感情を抑えることができないー
でもー
孝二が悪くないのは分かっているー
だからーーー
せめてもの償いとしてー
由美として、孝二に接しているー
せめてーー
せめてーー
彼が、壊れないようにー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3年前ー
金原 由美はー
”寝たきり”になってしまったー
当時、大学生だった由美は、
高校時代から付き合っていた彼氏と、結婚したー
彼氏はとても優しくー、
早いうちに妻を亡くし、男手ひとつで由美を育ててきた父も、
由美の夫となる彼氏を、とても気に入っていたー。
娘を溺愛していた父からすれば、
寂しい気もしたが、
それでも、由美をこの男になら任せられるー、と
その男に由美を託したー
結婚した由美は
”大滝”由美から、”金原”由美になったー
だがーーー
”夫”は豹変したー。
それが、その男の本性だったー。
由美は、暴行を受け続けた末に、
それを父親に相談することもできずー、
そして、ついにー
夫から暴行を受けた際に、頭を強く打ち付けてー
そのまま、寝たきりになってしまったのだったー。
夫は離婚することもなく、行方を晦ましたー
今、どこにいるのかもわからないー
寝たきりの由美ー
父である大滝 肇ー
孝二からすれば”大滝部長”である人物は、
娘を寝たきりの状態に追いやった”夫”を激しく憎んだー。
仕事も手付かずで、連日悲しみ続ける大滝部長ー
そんなある日ー
”奇跡”が起きたー
由美に対する”あまりにも強すぎる思い”が
奇跡を起こしたのだろうかー
大滝部長は、娘の由美に、変身できる体質…
に、なってしまったのだったー
大滝部長は、それを”由美の生活を守るため、神様がくれた力”だと思ったー
それ以降、大滝部長は”二重生活”を送っているー
大滝 肇として
金原 由美としてー
”ふたつの生活”を守るためー
大滝部長は、娘の由美が、もし目を覚ました時に、
”そのまま日常生活に復帰できるように”と、
由美が続けていたバイトを、大滝部長としての生活時間に
被らない様、由美として続け、
由美が結婚前に住んでいたアパートに由美として住み、
各種の支払いや貯金、あらゆるものを”由美”として、続けていたー
そしてー
今ー
「こんなふざけた仕事で、通ると思っているのか!」
大滝部長は、今日も、孝二から提出された書類を放り投げたー
”よく出来ているー”
本当は、そう思っているー
でもー
自分で自分を抑えられないー
何故なら孝二はー
”娘を寝たきりした、娘の夫”と、
よく似ているからー。
孝二は、娘の夫とは別人だ。
だが、容姿も雰囲気も、よく似ている。
だから、見ているだけでイライラしてしまう。
見ているだけで、怒りが湧いてきてしまう。
孝二自体が何も悪くないことは、
大滝部長にもわかっているー
でも、そうせずにはいられないー
「すみませんでした」
孝二が頭を下げて、
オフィスの端っこの席に座ると、
その場でしばらく深刻な表情で固まっていたー。
「-----」
大滝部長は、そんな孝二の様子を見つめるー。
”嫌がらせをやめればいい”
簡単な答えだ。
そうすれば由美として、
支えてあげなくても、
孝二は、壊れたりはしないだろうー。
誰かに相談すれば、
きっと、そう言われる。
でも…
”娘を寝たきりにされた経験”がない人間には分からないー
”娘をあんな目に遭わせた人間と、そっくりの人間が目の前にいる”
こんな経験をしなければ、自分の気持ちはわからないー
由美の姿に変身しているときはー
優しい気持ちになるのだろうか。
それとも、娘の婚約者が、いつもスーツ姿だったから、
仕事中スーツ姿の孝二を見ると、さらに怒りが湧くのか。
大滝部長にもよくわからないー
だが、昼間は憎しみー
夜は心の支えー
という、今にも崩れ去ってしまいそうな、アンバランスな
生活は、続いていたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜ー
孝二は、ある決断をしていたー。
「-----」
♪~~~
いつものように、由美が、晩御飯のおすそ分けを
持ってきてくれるー
「お仕事で忙しいと思いますし、
せめて、支えにななれば、と思いまして」
由美が恥ずかしそうに笑うー
由美に変身している大滝部長は
”昼間は散々苦しめておいて、俺は何をやっているんだ”と
自虐的に心の中で笑う。
料理はー
男手一つで由美を育ててきた経験からか、
朝飯前だ。
孝二は、”隣人の優しい女性”が、
作ってくれた料理と思い、いつも食べているー
孝二は「いつも本当にありがとうございます」と涙を流しながら呟いた。
そして、真剣な表情を浮かべるー
由美は、少しドキッとして孝二の方を見るー。
「----金原さん」
孝二が、緊張しながら呟くー。
「俺…金原さんがいなければ、とっくに自殺してたと思います。
会社の部長に、本当に酷い扱いを受けて
何度も何度も死を考えました。
でも…でも、俺、金原さんがいてくれたから、
ギリギリのところで思いとどまることができました」
孝二の言葉に、由美は複雑な表情で孝二を見つめるー
そして、孝二は意を決して呟いたー
「--もし、、もし、、もしも…もしも、金原さんが
ずっとそばにいてくれたら、俺はずっとずっと…
これからも頑張れると思うんです。
だからーー
もし、もしよければ
いつまでも、俺の側にいてくださいー」
孝二が、真剣な表情で頭を下げたー
「え…!?」
由美が顔を真っ赤にするー
これって
”プロポーズ”!?
孝二は、目の前にいる由美という女性が、
大滝部長の変身した姿だと知らず、
プロポーズしてしまったー。
③へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
9月に入ってから変な天気が続いてますネ~
皆様も気を付けて下さい!
今日もお読み下さりありがとうございました!
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