彼は、会社の上司のことが嫌いだった。
厳しい叱責を受けて、連日、心がボロボロの彼ー。
そんな彼の心の支えは”隣人のやさしい女性”だったー。
しかし…?
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「--田代!お前は本当に無能だな!」
提出した報告書を放り投げる大滝(おおたき)部長。
「--お前の頭の中には、脳みそ入ってないのかぁぁぁぁぁ?」
大滝部長が、田代(たしろ)と呼ばれた若手男性社員の頭を
グリグリとしながら呟くー
田代 孝二(たしろ こうじ)は、20代中盤の、
若手社員。
優秀で、真面目な性格の持ち主だが、
上司の大滝部長とは相性が合わないのか、
よく、叱られている。
大滝部長に叱られる日々を送っているせいか、
最近は自分に自信を無くしてしまい、
ミスも増えてきてしまった。
一方の大滝 肇(おおたき はじめ)は、
50代前半の、部長職にいる人物で、
孝二の上司にあたる人物。
仕事自体はできるのだが、
部下にも非常に厳しく、一部からはパワハラであると指摘されている。
「--全部、やり直せ!明日までにだ!」
大滝部長が叫ぶ。
「あ、、明日ですか…?」
孝二が戸惑いながら言うと、
大滝部長は「家にもパソコンあるだろう?時間までに終わらなかったら、家でやれ!」と
声を荒げるー
孝二が戸惑っていると
大滝部長は、再び孝二の頭をグリグリしながら
「脳みそ入ってるのか~?それともお前の頭の中身は
味噌汁なのか~?」と、脅すような声で言ったー
・・・・・・・・・・・・・・・
「はぁ…」
孝二は、追い詰められていたー
正直、会社を辞めたいと考えたこともあるー
大滝部長に、自分は嫌われているー。
何故だかは分からないー。
他の社員に対しても、
大滝部長は厳しいが、
孝二に対する態度とは違うー
”パワハラ気味”などと言われることはあっても、そこまで
酷いことはしないし、厳しい言葉の裏には、
理に適っている部分も多いー
しかしー
孝二にだけはー
嫌がらせのような行為や、
明らかにパワハラ行為を繰り返してくるー
「もう、、、疲れた」
休憩時間に休憩スペースで激しく落ち込む孝二ー。
会社を辞めるー
そんなことは、何度も頭をよぎったー
だが、せっかく大企業に就職したのに、という気持ちもあるし、
今のご時世、退職してしまってすぐに次の仕事に
ありつけるのか?という不安もある。
なかなか、そう上手くはいかないー。
”自殺”
そんな考えまで、一瞬、過ってしまったー。
今まで一瞬たりともそんなことを考えたことがない孝二は、
自分で驚いてしまう。
それほどまでに、孝二は大滝部長に追い詰められていた。
「-----」
大滝部長は、そんな孝二の姿を通りがかりに見つめて、
表情を歪めたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家に帰宅しても、心が晴れないー
大滝部長から言われた書類をまとめるー。
正直、この作業も”疑問”だー。
これまでにも、一生懸命作った書類や報告書が
大滝部長から却下されることがあったー。
だがー
別の部署の相模原(さがみはら)部長に、
たまたま却下された書類を見せる機会があって、
それを見せた際に、相模原部長は言っていたー
”この内容で却下されるなんてなぁ”、と。
どういうことか、と相模原部長に聞いたところ
”俺が見てきた中じゃ、よくまとまってるし、
普通、このレベルの内容なら、通すんだけどなぁ…”と
苦笑いしていたー
大滝部長が、孝二にだけ”異様に厳しい”
孝二の中でー
”内容に問題があるのではなく、いやがらせ目的で却下しているのではないか”
という疑念が膨れ上がって来るー
大滝部長に何か嫌われるようなことをしただろうかー。
いや、特に思い当たることはないー
「はぁ~~~~~」
ため息しか出てこない。
鬱になりそうな感じすら、する。
最近は夜も眠れなくなっているし、
趣味に時間を費やすことも
出来なくなってしまっているー。
♪~~~~
インターホンが鳴るー
「はい」
孝二が、来客を確認すると、
同じアパートに住んでいる女性・
金原 由美(かなはら ゆみ)の顔が、モニターに写っていたー
「--あ、金原さん こんばんは」
玄関の扉を開けると、
綺麗な女性が入ってきたー
隣人の金原 由美ー
同じアパートの隣の部屋に住む20代の女性で、
孝二の”心の支え”だー。
「--お料理、余っちゃったんで、良ければ、と思いまして」
由美が笑顔で言う。
「--あ、ありがとうございます」
孝二は、書類作成の仕事を中断して、
机の前に座ると、由美からもらった豚汁のようなものを
飲み始めたー。
由美は、何かと気遣ってくれるー。
孝二が、このアパートに引っ越してきた2年前から既に
ここに住んでいるー。
孝二が毎日毎日疲れ果てた顔で帰って来るのを見かねたのか、
妙に親切にしてくれるのだー
とても優しい由美の存在はー
孝二にとって”心の支え”とも言うべき存在だった。
孝二が、ギリギリ壊れずにー
孝二が、ギリギリ自殺せずに、
頑張れるのは、
この由美の存在が大きいー
”妙に厳しい”大滝部長と
”妙に優しい”隣人の由美ー。
正反対のふたりー
孝二にとって、由美の支えが無ければ
壊れてしまうほどに、心は、深刻なダメージを受けていた
「---また、お仕事ですか?」
由美が心配そうに聞くー。
「--はい」
孝二は暗い表情で答えたー
由美にも”大滝部長”のことは相談したことがあるー
「-酷い部長さんですね」
と、由美はとても悲しそうに、親身になって話を聞いてくれたー
そして、それ以降は、特に心配して
こうして、おすそ分けを持ってきてくれたり、
色々配慮してくれたりしているー
男女としての恋愛感情…
と言う感じではなく、純粋に心配してくれている感じだ。
「---美味しいです」
豚汁を口に運びながら、孝二は無意識のうちに
涙をこぼしていたー
「---大丈夫ですか…?」
由美が心配そうに孝二を見つめるー
孝二は「俺…頑張ってるのに…認めてもらえなくて…
怒られてばかりで…
俺…何かしたのかなぁ…」と、悲しそうに、涙ながらに、
その想いを口にしたー。
しばらくしてー
孝二は「すみませんでした」と、由美に頭を下げるー
つい、人前で涙を流してしまったー
孝二は、申し訳なく思いながら、
由美に対して「話まで聞いてくださって、本当にありがとうございました」と、
頭を今一度下げるー
「いえ…わたしなんかで、お力になれるのであれば」
と、由美は優しく微笑みながら、「おやすみなさい」と
自分の部屋へと戻って行ったー。
「--本当に、、ありがとうございます」
孝二は、一人、そう呟いたー
”やさしい隣人”がいなければ、
孝二はとっくに壊れてしまっていただろうー。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
自分の部屋へと戻ってきた由美ー
由美は、呟くー
「---ごめんなさい…」
とー。
謝罪の言葉を口にする由美ー
由美が”孝二に異様に親切にする”のはー
”贖罪”のためー。
何故ならー
自分はーー
由美の姿が変形していくー
そしてー
あっという間に、由美はー
”大滝部長”の姿になったー。
「------」
”言えないー”
隣人・由美は、大滝部長自身だー。
絶対に、そんなこと言えないー
会社では、大滝部長として、
孝二に嫌がらせを繰り返している本人がー
仕事が終わったあとは、やさしい隣人”由美”として、
孝二を支えているー
孝二を苦しめているのは自分であり、
孝二を救っているのも、自分であるー。
大滝部長は、由美の着ていた女物の服装のまま
「すまんな…」と呟き、ハッと鏡を見て、
顔を赤らめて慌てて着替えたー。
そんな”由美”の部屋には、
大滝部長と、由美が写った写真が飾られていたー。
”由美”は架空の人物ではないー
ちゃんと、実在しているー
だが、
ここにいる”隣人”の由美は、本物ではないー。
大滝部長が変身している”偽物”なのだからー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー
朝早く、由美は男物のスーツを身に着けて、家から出るー。
誰にも見られない、早朝の時間に、由美はアパートの近くの物影まで
移動すると、
”大滝部長”の姿へと変身したー
「ふぅ」
大滝部長には”由美という女性に変身する力”を持つー
誰にでも、変身できるわけではない。
だがー
由美には、任意のタイミングで変身することができたー。
「-------…」
大滝部長は、アパート近くの人通りのない場所で
手鏡をチェックするー
「よし」
大滝部長は呟くー
変身しても、服装は変わらないー
だから、変身する前には、予め変身後に適した服装に
着替えておかなくてはならない。
毎朝、大滝部長は、由美の姿で、ぶかぶかのスーツを身に着け、
外でこうして大滝部長の姿へと変身するー。
家で変身しても良いのだが、
万が一玄関から出た時に、誰かに見られた場合ー
”由美の部屋から男が出てきた”ということで、
変な目で見られる可能性もある。
由美の彼氏です、という言い訳も大滝部長の年齢では
なかなか厳しいものがある。
だから、こうして外で変身するのだー
「さて…行くか」
大滝部長は、そのまま会社へと出社した。
「---はぁぁ…」
孝二は、今日もため息をついていたー。
酷く、落ち込んだ様子だ。
今日も、大滝部長から、さっそく、嫌味を言われた。
毎日、こんな調子だから、
精神的に追い詰められてしまうのも、無理はないー
「----」
大滝部長は、孝二の方を睨むー
孝二は、自分を嫌っているー
大滝部長はそのことをよく知っているー
何故なら、”由美”と”大滝部長”が同一人物だと知らない孝二から、
部長の愚痴を聞かされているからだー。
「----(嫌われて、当然だな)」
大滝部長には”自覚”がある。
自分が、酷いことをしているという自覚がー
けれどー
”やめられない”
だからこそー
由美として、孝二を、励ましているー。
ギリギリ、孝二が壊れてしまわない、ラインでー。
どうしてそんなことをするのか。
大滝部長には、分かっているー
自分が全く”意味のないことをしていること”ぐらいー。
でも、やめられないー。
孝二の苦しむ顔を見ずにはいられないー
何故ならーー
「---あの…」
孝二が、書類を提出してくるー。
「----」
大滝部長は、不愉快そうに、それを受け取ったー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな日々が続いたある日ー。
「---今日も…きつかったなぁ…」
仕事を終えた孝二が、疲れ果てた表情で呟くー。
アパートの周辺までやってきたところで、
孝二は、ふと、人の気配を感じたー。
「--!」
孝二が、その気配のする方向に歩いていくとー
人が普段立ち入らない、人通りのない一角に、
大滝部長がいたー
「ぶ、、、部長ぉ!?」
孝二が叫ぶー。
「---た、、た、、田代!?」
コソコソしていた大滝部長が叫ぶー。
「----こ、、こ、、ここで何を?」
孝二は戸惑っていたー
大滝部長の住所は、隣の町であるはず。
なぜ、ここにいるのか。
しかも、コソコソ隠れるようにー
「お、、、あ、、、あ、、
この辺に俺の知り合いがいてな…その帰りだ」
大滝部長の言葉に、孝二は「そ、そうですか」と呟くー
それだけ言うと、大滝部長は足早に立ち去って行ったー
「----?」
孝二は、不思議そうに、立ち去っていく大滝部長の
後ろ姿を見つめたー
・・・・・・・・・・・・・・・・
「あぶねーーーーー!」
近くの公園のトイレ内で大滝部長は、冷や汗をかいていたー
家に入る前に、由美の姿に変身して、家に入るつもりだったー。
さっき、孝二に声を掛けられる直前ー
ちょうど、”由美”に変身しようとしていたタイミングだったため、
あと5秒、声を掛けられるのが遅ければ
孝二の目の前で由美に変身してしまうところだったー
「ふ~…深呼吸深呼吸」
大滝部長はそう呟くと、そのまま立ち去って行ったー
”今日は、俺の家の方に帰るか”
と、思いながらー
②へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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昼間はパワハラ上司、
夜はやさしい隣人女性…
目的はいったい…?
続きはまた明日デス~!
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