わたしは、わたしじゃなかった…
そのことを思い知らされた朝香…
困惑と絶望の中ー、
朝香は…?
---------------------
「------」
朝香は、部屋の中で一人、呆然としていたー
「-----…」
体育座りをして、ふさぎ込む朝香ー
「わたしは…わたしじゃなかった…」
ずっとずっと、
自分は朝香だと思っていたー
でも、違ったー
自分は、朝香なんかじゃなかった。
自分はー
1年前に藤江 朝香を皮にして乗っ取った男ー
杉谷節夫だったー
「----…そんな…」
1年前の自分から届いた
ビデオメッセージの通り、
同封されていた特殊なクリームを後頭部に塗った朝香はーー
自分が”皮”にされていたことをーー
いいや、違う。
自分が朝香を皮にして乗っ取っていた男だったということを
思い知ったー
節夫としての記憶は戻らないー
朝香としての記憶は、おそらく朝香を乗っ取った時に
自分に入り込んできたのだろうー。
自分は、朝香じゃなくて、節夫ー。
その事実に耐えられずー
彼は再び朝香の皮を着こんで、そのままふさぎ込んだー
頭に塗ったクリームを落とすと、再び”皮”は固定されたー。
さっきのように脱ごうとしても、脱げないー
完全に一体化しているー。
恐らく、着込んだ皮を分離させるクリームなのだろうー
また、塗ればー
朝香の皮を脱いで、自分に戻ることができるー
でもーー
「わたしは…わたしは…朝香だもん…」
涙を流しながら呟く朝香ー
自分が、節夫という男だなんて信じたくないー
けどー…
朝香の皮が脱げてー
中から出てきた男ー節夫は、
確実に自分が動かしていたー
つまりー
自分が節夫ということを意味しているー
「--違う…違う…わたしは朝香だよ…」
朝香は頭を抱えたー
自分が、この子の人生を奪ったー?
そんな、そんなことーー
朝香は、一人泣きじゃくるー
どうすることもできない、失意と絶望の中ー
そしてー
”罪悪感”に襲われながらー。
自分が節夫だということはー
この朝香という子の身体を、無理やり皮にして
乗っ取ったことになるー
こんな、幸せな人生を、他人である自分が
無理やりー…。
確かに、朝香として生きているー
確かに、朝香はここに存在しているー
でも、皮にされた朝香本人の意識はー?
記憶も、身体も残ってるー
でも、本人からすれば
”殺された”のと何も変わらないー
それだけじゃないー
全て、奪われたー
何も、かもー。
親友の園枝のことも
彼氏の健司のこともー
自分は、騙し続けていたことになるー
いいやー
違う。
朝香の親友と彼氏だー。
自分はーー
”他人の親友と彼氏”を奪っているー
「----…」
涙が止まらないー
1年前の自分はーー
”平気で他人を皮にして乗っ取れるようなやつだった”のかー。
朝香としての記憶しか持たない節夫は、
戸惑っていたー
「--ち、、違う」
朝香は叫んだー
同封されていたクリームがおかしいんだー、と。
自分は、節夫なんかじゃない!
間違いなく朝香だよ!
とー。
節夫としての記憶はないー
朝香としての記憶はあるー
クリームを塗った時に、
朝香がパックリと割れて
中から節夫が出てきたー
それは、このクリームのせいだと。
朝香は現実逃避をしながら、
ネットで、”杉谷 節夫”と検索するー
だがー
「---!!!」
朝香は表情を歪めたー
ちょうど1年前ぐらいにー
家族が”捜索願”を出していてニュースになっているー。
「--そんな…」
朝香は震えたー
1年前に消息不明になっているー
それはつまり、届いたビデオメッセージの通りー
1年前に、節夫が、朝香を皮にして、
朝香の皮を着込んだためー…
それを意味しているー
そしてー
やはり自分が節夫であることをー
意味しているー
「---」
1年前の自分はーーー
”映像を見れば自分の記憶が戻る”と言いたげな
雰囲気だったー。
たぶん、思い出すと思っていたのだろうー
1年前の自分の”誤算”-
もしー
もしも、自分が節夫だとして、
今、節夫としての記憶を取り戻したらー
自分は、どうするのだろうー。
映像の中の節夫が言っていた通りー
エッチ三昧を始めてしまうのだろうかー。
朝香としての記憶を持ちながら
節夫としての記憶を取り戻したとき、自分はー…
「---……」
朝香は、ふさぎ込むー
自分は、朝香だー
信じたくないー
自分が、1年前に、他人を皮にして乗っ取った男だなんてー
・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー
大学にやってきた朝香ー
だが、別人のように、朝香は暗かったー
「だ…だいじょうぶ?」
親友の園枝も、不安そうに朝香の方を見るー
「--------」
朝香は生気を失った表情で、ぼーっとしていたー
信じられないー
わたしは、朝香だよ…
節夫なんかじゃない…
朝香は、そればかり、頭の中で繰り返していたー
それだけー
ショックだったー。
自分が、朝香ではないかもしれないー
という事実ー
そして、1年前の自分がー
”他人を皮にして乗っ取る”なんてことを
平気でしてしまうような人間だったことー
あらゆることが、ショックだったー
「ねぇってば!」
反応しない朝香に向かって園枝が叫ぶー
「--あ…」
朝香は、涙目で園枝の方を見た。
「どうしたの???だいじょうぶ???」
涙目の朝香を見て、園枝はとても心配そうだー
「---……」
朝香の目からボタボタ涙がこぼれるー
わたしは、たぶん…朝香じゃない…
朝香を乗っ取って、朝香になりきってるーー
節夫という男ーー
それが、わたし…
「------ごめん…」
朝香は謝りながら、涙をこぼし続けるー
「どうしたのよ~?急に謝ったりして」
園枝は、心配そうに、朝香を抱き寄せるー
泣き続ける朝香ー
「ごめん…ごめん…ごめん…」
色々な意味でのごめんー。
しかし、その真意が園枝に伝わることは、なかったー
その日の夜ー
再び、メッセージが届いたー
”どうよ、思い出しただろ?”
映像の中の節夫が言うー。
やっぱりー
1年前の自分はー
”映像を見れば、自分が記憶を取り戻す”と
思い込んでいるー
「-----」
朝香は、涙目で映像を見つめるー
”せっかく、朝香ちゃんを皮にして乗っ取るんだからさ、
1年間は、完全に朝香ちゃんとしてー
2年目からは、俺としての記憶を取り戻してエロイ朝香としてー
1つの楽しみを、2つ味わえたら最高だろ?”
笑う節夫ー
「--最高じゃないよ!」
朝香は、パソコンに向かって、声を荒げてコップを投げつけたー
ふざけないで!!
朝香は、1年前の自分を殴ってやりたい気持ちになるー。
自分が節夫だったとしてもー
だったら、1年前の自分を、なんとしてでも、止めたいー。
朝香が、自分じゃないのだとしたらー
こんな風に、乗っ取っているなんて、許せないー。
雑談っぽい話題で、映像は終わるー
1年前の節夫は、完全に1年後の自分が
”映像を見て記憶を取り戻す”と思い込んでいるー
節夫としての記憶を取り戻すどころかー
朝香の皮を着込んだ今の自分は、
こんなに苦しんでいるのにー
こんなことならー
”知りたく”なかったー
知らなければ、ずっと自分は、朝香としてー
生きて行っただろう。
最後まで、何も知らないままー。
でもー
”知って”しまったー
1年前の自分の無神経さ、身勝手さに
怒りを感じる朝香ー
その時ー
ふと、あることを思い出したー
”彼氏”の健司のことー。
彼氏の健司はいつも、昼休みに
少な目のメニューを”2つ”食べる。
先日は、カレーとカツ丼を昼休みに食べていたー。
その時に、健司はこう言っていたー
「--はは、高校時代の友人が言ってた言葉でさ~、
そいつ、いつも言ってたんだよ。
1つの楽しみを、2つ味わえたら最高だろ?ってさ。
ま、そいつの言う通り
確かに1回のお昼でカレーとカツ丼…2つ味わえたら
最高だよな~」
「----…」
朝香は、映像を思い出すー
今、見たばかりの映像をーーー
”せっかく、朝香ちゃんを皮にして乗っ取るんだからさ、
1年間は、完全に朝香ちゃんとしてー
2年目からは、俺としての記憶を取り戻してエロイ朝香としてー
1つの楽しみを、2つ味わえたら最高だろ?”
1つの楽しみをーーー
ふたつーーー
「--!」
朝香は、ハッとしたー
そして、翌日ー
昼休みに彼氏の健司に聞いてみたー
「---杉谷 節夫ーー…」
朝香が、”自分”かもしれない名前を口にするー
「え?」
今日も”ダブル”で昼食を食べていた彼氏の健司が、表情を曇らせたー
「知ってる?」
朝香が言う。
健司の言う”高校時代の友人”が、節夫のような気がしてならなかったー
そして、もしー
もしも、彼氏・健司の高校時代の友人が節夫ならばー…
もしかすると…”皮”の件も何か知っているかもしれないー
健司と付き合い始めたのは半年前ー
健司から告白してきたーー
まさかとは思うけれどー
”皮”のことを知っていてーーー
「----そ、、そいつが、どうかしたのか?」
健司が、苦笑いしながら言う。
少し、動揺しているようにも見えるー
「---……知ってる?」
朝香が問い詰めるような口調で言う。
もしも、”節夫のことを知っているなら”-
健司の言う”親友”が節夫ならー
”わたしのこと”も知っているかもしれないー
「---……そ、そんなことより!」
健司は話を逸らしたー
明らかに、”杉谷 節夫”という人間を
知っているかのような素振りだったー。
「---……」
朝香は悲しそうな表情を浮かべー
それ以上は何も言わなかったー
・・・・・・・・・・・・・・
帰宅した朝香は、一人頭を抱えて
涙を流すー
送られてきたクリームを塗るとー
朝香の身体が着ぐるみのように変化して
脱げるようになるー
そして、中からは杉谷節夫が出て来るー
節夫の身体を自分は自由に動かすことができるー
「---わたしは…朝香なの!」
一人で苛立ってコップを壁に投げつける朝香ー。
信じたくないー
自分が”他人の身体を乗っ取るようなやつ”だ、なんてー
1年前の自分からのメッセージを見た今でも、
朝香は、自分が朝香だという記憶しかないー
節夫としての記憶など、まるでないー。
だからー
信じることができなかった。
「--……どうして…どうしてこんな目に遭うの…」
朝香は髪をイライラした様子で触るー。
どうすればいいー?
「----」
朝香は、鏡を見つめるー
友達ー
彼氏ー
家族ー
朝香は、素敵な人間に囲まれているー
そんな、素敵な人たちを、自分は騙しているー
朝香、、どころか、
自分は、その朝香を乗っ取った最低な人間なのにー
友達も彼氏も家族も、相手を朝香だと思って、
親切に、優しく接してくれているー。
それが、またーーー
今の朝香にとっては、とてもつらかったー。
「----…」
朝香はある決意をするー
送られてきたクリームを見つめてー
朝香は、静かに立ち上がったー
自分は、朝香だと今でも思っているー
けれどー…
もし、もしも”違う”ならーー
朝香は、クリームを手にするとー
それを頭に塗り付けたー
朝香の皮を脱ぐ、ために…
③へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・
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皆様も、もしかしたら…笑
今日もお読み下さりありがとうございました~!
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