彼女の身体で、
この先の人生を満喫することを決めた兵吾ー。
余命あとわずかな身体になってしまった藤枝ー。
ふたりの運命は…?
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藤枝の身体で、久しぶりの大学生活を
満喫した藤枝(兵吾)は
帰宅すると、スマホに兵吾(藤枝)からの
メッセージが届いていることに気づいた。
「藤枝…」
藤枝(兵吾)はベットの上に足を組みながら座ると、
そのメッセージを確認したー
どんな恨み言を言われるのだろうかー。
いいや、
何とでも言えばいいー
誰だって、死にたくないんだー。
藤枝が反対の立場なら、
藤枝だって同じことをしたはずだー。
俺は、悪くない。
藤枝(兵吾)は、自分にそう言い聞かせながら
スマホから聞こえて来る音に耳を傾ける。
”……兵吾?わたし…藤枝…”
自分の声ー
「わお…」
藤枝(兵吾)は、苦笑いする。
スマホから、自分の声が聞こえて来るって
なんだか気味が悪い。
しかも、”わたし”とか言ってるし…
”…ごめんね…兵吾”
「え…」
いきなり謝られたことに
藤枝(兵吾)は驚くー。
録音されたメッセージだから
返事をすることはできないが、
思わず「え」と声が出てしまった。
てっきり恨みの言葉をかけられると思っていたから、
いきなり謝られる、というのは正直、驚きだった。
”…わたし…兵吾がこんなに苦しいなんて…
ごほっ…ゴホッ…思ってもみなかった……
これから死ぬって……こういう気持ちなんだね…”
兵吾(藤枝)が悲しそうに呟くー
「---…」
藤枝(兵吾)は、複雑な表情でその言葉を聞く。
”ごめんね…兵吾……
ほんとうに……。
分かったつもりだったけど
寄り添ってたつもりだったけど…
全然、、、分かってなかった…
こんなに怖くて…
こんなに、生きたいって気持ちが強いなんて……”
泣きながら言う兵吾(藤枝)
正直、自分の泣いている声を聞くのは
とても気味が悪いー
女々しく泣く元・自分の声を聞きながら
藤枝(兵吾)は表情を歪めるー。
”……わたし…怒ってないから”
兵吾(藤枝)が言う。
「え…??」
思わず、また声を出してしまう。
”………だって……
こうして……兵吾を助けられるなら……
助ける方法があるなら……
嬉しいもん……”
苦しそうにそう言うと、
兵吾(藤枝)は言ったー
”わたしの身体、大切に使ってね…
ばいばい”
メッセージは、それで終わったー
「---藤枝…」
スマホを握りながら藤枝(兵吾)は呟く。
「--……」
どうせならー
恨んでくれたほうがよかったー
本当は恨んでいるかもしれないー
本当は怖くて怖くて仕方がないはずだー
しかも、彼氏である自分に騙されて
身体を入れ替えられてそのまま逃げられてー
藤枝はいったい、どれほどショックを受けただろうか。
それなのにー
それなのに、
兵吾に対して出た言葉は、
謝罪の言葉と、前向きな言葉ばかりだったー。
「---くそっ」
藤枝(兵吾)は髪をボサボサにしながら
頭を抱えるー
「くそっ!」
スマホの先の兵吾(藤枝)の声は
震えていたー。
気丈にふるまってはいたものの、
怖くて怖くて仕方がない声だったー。
昨日まで、自分がその立場だった兵吾には
よく分かるー
これから死ぬ、という事実が
どうしようもなく怖くて、
けれど、どうすることもできない苦しみー
それに、兵吾になった藤枝は
必死に立ち向かっているー。
「----………」
藤枝(兵吾)はスマホを机の上に置くと、
身体を動かした。
やっぱり、動くー
こんな自由に動くってすごいー。
「やっぱ、最高だな」
そう呟くと、姿見のほうを見つめる藤枝(兵吾)。
その表情には、笑みが浮かんでいるー
そしてーーー
出かける準備を始める。
藤枝の持っている洋服の中で
兵吾が一番好きなものを選ぶー
「あぁぁ…この格好の藤枝、やっぱ可愛いなぁ」
鏡の前でウインクしてみる藤枝(兵吾)
「ふぁぁぁあ~やっぱ藤枝好き…」
顔を真っ赤にして藤枝(兵吾)が笑う。
さっき乱した紙を整えて、
”最初で最後のおしゃれかな”とニヤニヤしながら呟き、
出かける準備を完了させた。
”---どこへ行くつもりだ?”
帰ったはずの老婆が再び姿を現した。
「あぁ…未来の俺」
藤枝(兵吾)が振り返る。
”どこへ行くつもりだ”
老婆が、藤枝(兵吾)のほうを見て叫ぶー。
「---決まってるだろ。
未来の俺なら、分かるはず」
”いいや、分からない”
「ーーー未来は、変わるんだ」
”ダメだ”
「---ー未来の俺だって、
後悔しただろ!?
ずっとずっと、後悔してきたんだろ!?」
藤枝(兵吾)が叫ぶー
50年後からやってきた藤枝(兵吾)は、
”人生を謳歌した”というわりには
その顔はとてもやつれていて、生気がない。
何かに悩み続けた人間の顔に見える。
きっとー
50年後から来た自分は、
藤枝を見捨てたことに、ずっとずっと後悔してきたのだろう。
藤枝の人生を奪い、人生を楽しみながらも、
心のどこかで、藤枝から身体を奪った罪悪感に
苦しみ続けてきたのだろう。
”勝手な行動は許さない”
老婆が言う。
「---…俺の行動は、俺が決める。
……わかってんだろ?
未来の俺なら、50年前の俺が言っても聞かないってことぐらい」
藤枝の声で、兵吾としてしゃべる藤枝(兵吾)
”------”
老婆は、藤枝(兵吾)を睨むー
もしも、
もしも”今”
藤枝(兵吾)がやろうとしていることを
本当にやればーー
50年後の藤枝(兵吾)も消えるかもしれないー
過去が変わり、未来が変わるー
”--------”
だが、老婆は何もしなかった。
ずっと、ずっと後悔してきた。
50年前、藤枝の身体を奪って
兵吾になった藤枝を見殺しにしたことをー。
それでも、50年が経過して
50年前の自分に入れ替わり薬を渡したのはー
”自分が消えないようにするため”
そしてーーー
”もしかしたらー”という願いもこめてー。
”好きにしろ…”
老婆はそのまま黙り込んだ。
藤枝(兵吾)は老婆のほうを見つめると呟く。
「---タイムパラドックスとか、
パラレルワールド?とか、そういうのよくわかんないけどさ…
俺がここで、今からやろうとしてることやったら…
たぶん……50年後の俺も消えるんだよな」
藤枝(兵吾)が悲しそうに言うー
だが、老婆は何も答えなかった。
「---……わかった、好きにするよ」
藤枝(兵吾)は、
50年後の自分が、”お前の好きなようにしろ”と言っているような
気がして、そのまま背を向ける。
そして、鏡に映った藤枝(兵吾)に対してー
静かにキスをしたー
「ラストキス…だな」
苦笑いすると、藤枝の身体で藤枝(兵吾)は
病院へと向かうのだったー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
病院に駆け付けた藤枝(兵吾)
藤枝は、いや、兵吾は
これまでの人生で一番、一生懸命
走ったかもしれないー。
身体がはち切れそうなぐらいに
必死に、精一杯走ったー
兵吾の身体になってしまった藤枝が
死んでしまう前に、必死にー。
「--藤枝!」
藤枝(兵吾)が自分の名前を叫ぶー
兵吾(藤枝)は、真っ青な顔色で
藤枝(兵吾)のほうを見るー
「あれ…なんで…?」
兵吾(藤枝)が少しだけ笑うー
「そっか……お迎えかなぁ…」
もうろうとした意識で呟く兵吾(藤枝)。
兵吾の身体はもう、限界だったー
”入れ替わり薬”の効果はまだ残っているのかー?
それは、分からない。
”この薬をお前と、もう一人別の誰かに飲ませるんだー。
そして、薬を飲んだ者同士で、手を握ればー
お互いの身体が入れ替わる”
老婆はそう言っていたー
もう一度、手を握ればー
「お迎えじゃない!」
藤枝(兵吾)が叫んだー
兵吾(藤枝)が驚くー
「え………」
”本物なの?”と言いたそうな表情ー
明らかにもう時間がないー
心電図が音を立て始めるー
もう、言葉を交わしている余裕がないー。
医師たちが兵吾(藤枝)の病室に向かうー
「藤枝…ごめんな…!
やっぱり、やっぱり俺、自分の身体で死ぬよ!」
藤枝(兵吾)は叫んだー
”未来がどうなろうと、知ったことか!”
兵吾は思うー
もしかすると、今までずっと同じことが
続いてきたのかもしれないー
始まりはいつだったのかは分からないー
50年後の自分から入れ替わり薬を貰って
藤枝の身体を奪って、助かった兵吾が、
また50年後に、今度は過去の自分に入れ替わり薬を渡す。
そんなことを、繰り返し続けてきたのかもしれないー
けれどー
それを”ここで”止めるー
「藤枝!」
藤枝(兵吾)は兵吾(藤枝)の手を掴んだー
光が、広がるー
「---兵吾…?」
光の中ー
兵吾の身体は、もう意識がないー
ふたりで会話することなど、不可能なはずなのにー
奇跡が起きた。
「---藤枝…身体、返すよ。ごめん」
兵吾が頭を下げる。
「--え…そ、、そんな…謝らなくてもいいよ」
藤枝が悲しそうに呟く。
「--兵吾が助かるなら、わたし…
それでも…それでもいいから」
藤枝の言葉に、兵吾は静かに首を振った。
「いや…だめだよ。
藤枝の身体は藤枝のものだー。
昨日入れ替わって、たった1日ちょっとだったけど、
最後にまた、健康な身体で過ごせて楽しかった。
それだけで、俺は十分だから」
兵吾はそう言うと、
周囲を見渡す。
光が強くなってきたー
もう時間が残されていないー。
「--藤枝!短い間だったけど、
一緒に過ごせて楽しかった!
一瞬でも身体を奪おうとした俺が言うのも変だけど…
本当に感謝してる…
ありがとう!」
兵吾がそう言うと、
藤枝は「待って!」と叫ぶー。
なんとか、兵吾を助ける方法はー
しかしー
もう時間はなかったー
激しい光に包まれて、
藤枝が気付くと、病室に立っていたー
自分の身体に戻っているー
兵吾が苦しそうにしているー
もう、意識はない。
駆けつけた医師が兵吾の処置を始めるー
「--兵吾!」
藤枝は悲しそうに叫んだー。
なんで…
…と、藤枝は思う。
”一番辛いよ…こんな結末…”とー。
もちろん、そのまま兵吾が死ぬこともつらかった。
そして、身体を奪われたまま兵吾として自分が死ぬのもつらかったー
けれどー
”一度奪おうとしたのに、直前で改心して戻ってこられて
あんな寂しそうに笑われたらー もっと…”
「こんな終わり方…つらいよ…」
藤枝がそう言うと、
意識のないはずの兵吾が、力なく片手を上げてーーー
藤枝に、何かを言いたげに少し動かしてー
そして、心停止したー
兵吾の蘇生に当たっていた医師が
兵吾の死を告げるー。
藤枝は、泣きながら動かなくなった
兵吾を見つめたー。
兵吾はどれだけ苦しんだのだろうー。
身体を奪ったままなら、生きて行けたのに、
それを捨てて、戻ってくるとき、
どんなに辛かっただろう。
死ぬために病院に戻ってくるなんてー
「----…最後の最後まで、苦しませてごめんね…」
動かなくなった兵吾の前で、藤枝は涙をこぼし続けたー。
兵吾の行動は、藤枝を救ったー
「---ありがとう…
でも…つらいよ…」
でもー
1度入れ替わったことによって、
普通に死ぬよりも、強く、藤枝の心を傷つけてしまったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
老婆は、この時代の兵吾の家にいたー。
老婆は、机の上に載っている
藤枝と兵吾の写真を見つめて
悲しそうに呟くー
”ーーーそういう…ことか”
老婆は悟ったー
”繰り返しているー…。
そう、繰り返しているー
何度も、何度も、こうやってー。”
老婆…
50年後の藤枝(兵吾)は、
50年前、同じように、”老婆”から
入れ替わり薬を貰ったー。
だが、”今”起きていることは、
老婆が体験したものとは、違うー。
50年後の老婆=兵吾も、
50年前、未来から来た藤枝に入れ替わり薬を貰ったー
でもー
”今、起きていることとは違う”
自分に入れ替わり薬をくれた老婆は、藤枝そのものだった。
兵吾と入れ替わった藤枝ではなかったー。
その時、藤枝はこう言っていた。
”兵吾が死んでから、ずっと兵吾を助ける方法を考えていた”
とー。
そして、その入れ替わり薬を使って、
50年後の兵吾は、藤枝と入れ替わりー
今回の兵吾とは違い、そのまま改心せずに、
藤枝の身体を奪い、人生を謳歌したー。
いやー
違う。
藤枝の身体を奪ったことを50年間
ずっと後悔して、苦しんでいた。
でも、50年前の自分に同じように
入れ替わり薬を渡さなければ
未来の自分も消えてしまうかもしれない。
そう思って、50年後の兵吾は
藤枝の身体で、50年後には完成している
タイムマシンの技術を使い、この時代に来て、
兵吾に入れ替わり薬を渡した。
結果ー
兵吾は藤枝と入れ替わったが、
”今回は”兵吾が直前で改心して、藤枝と元通りになって、
藤枝が助かった。
50年後の兵吾=藤枝の身体の兵吾が経験したものとは
違う結末になったー
「----…」
老婆の身体が薄れていくー
これは、永遠に続くのかもしれないー
今回、生き残った藤枝は、兵吾を助けられなかったことを苦しみー
50年生きるー。
そして、50年後、おそらく入れ替わり薬を持って
50年前の兵吾に会いに行くー。
そして、兵吾に入れ替わり薬を渡すー。
恐らく、”次”は、藤枝から入れ替わり薬を渡された兵吾は
改心しない。
そして、今度は兵吾が藤枝と入れ替わって藤枝を奪って生きるー。
次は兵吾が後悔しつつ、苦しみながら生きて、
50年後、過去の兵吾に入れ替わり薬を渡す。
老婆(兵吾)から入れ替わり薬をもらった50年前の兵吾は
恐らくまた直前で改心して、藤枝が助かるー
それで、藤枝が後悔し、50年苦しみ、入れ替わり薬を過去の兵吾に渡して
今度は兵吾が助かってーーーー
「-----……」
老婆はそんなことを思いながら、消えたーーー
「---…兵吾」
生き残ったこの時代の藤枝は、
このあと、兵吾の死に苦しみ続けることになるー
そして50年後、今度は自分が老婆として、
50年前の兵吾に入れ替わり薬を持って会いに行くー。
兵吾を助けるためにー。
そして、次は兵吾が生き残るー。
兵吾が後悔して、また50年後、同じことが繰り返されて
次は藤枝が生き残るー
2人は、永遠に幸せになれない、
永遠の苦しみを
これからも繰り返し続けることになるのかもしれないー。
おわり
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コメント
余命あとわずか!な入れ替わりモノでした~!
”50年後の兵吾(か、藤枝)が、
過去の兵吾に入れ替わり薬を渡しにいかなければいいんじゃ?”と
思っちゃうかもですが、
渡しに行く時点では、渡すことで苦しみが繰り返されている…と
気付けていないので、渡しに行っちゃうのですネ~…!
お読み下さりありがとうございました~
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