娘との大切な日々を
取り戻したはずの昇ー。
けれどー
昇は踏み入れてしまったのかもしれないー
決して、入ってはいけない”深淵”にー
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ハイヒールの音が響き渡る。
サングラスをかけた女が、
銀行の口座を確認するー
100万ー
50万ー
250万ー
120万ー
通帳にはー
多数の口座から振り込まれた金額が
刻まれていたー
「ふふ…」
女は笑うー
そして、そのままコツコツと音を立てながら立ち去ったー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「--お母さん…だいじょうぶ?」
娘の鈴奈が心配そうに聞いてくる。
「え…?あ、うん…」
恵としてふるまうことには慣れてきたー
あれから3日ー
恵の皮を着ている昇は、
これからどうするべきか、悩んでいたー
もちろん、自分が鈴奈を手渡すつもりはないー
恵の皮を着て、
これからも恵として
ふるまうつもりだー。
だがー
週刊深淵の記者・崎谷慎一はどうにか
しなくてはいけないー
やつは、
昇が恵を皮にしたときを目撃していたー。
人通りのない場所に
たまたまそんなやつがいたなんて偶然は
不運としか言いようがないが、
とにかく、やつが写真と映像を持っているのは事実ー
”人を皮にする”
法律上、どのように扱われるのかは
分からないが、最悪の場合はー…
「おかあさん…?」
鈴奈が心配そうにしているー
「---…だ、大丈夫だよ…」
昇は、そう答えたー
そうだー
と、昇は思いつくー。
彩夢に相談しようー。
彩夢ー。
”皮”にするスプレーをくれた
会社の後輩女性。
恵になってからは、昇としては
姿を消したから
もう会社には行っていないが、
彩夢に連絡を取ることはできる。
”あ、もしもし?先輩ですか?
どうされたんです?こんな遅くに”
彩夢が電話に出るー。
「--ちょっと問題が起きたんだ。
力を貸してくれー」
恵の声のままそう言うと、
彩夢は、明日会う約束をしてくれたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー
昇は、恵の皮を着こんだまま彩夢の家にやってきた。
「---…」
昇は恵の皮を脱いで、
彩夢に洗濯機を借りていいか確認し、
恵の皮を洗濯するー
定期的に洗濯しないと
”皮”は異臭を放ち始めるー。
「---問題、とは?」
彩夢が、キャバ嬢のような姿で
足を組み、たばこを吸いながら昇のほうを見るー
会社で見ていた彩夢の態度とは全然違うー。
彩夢はどちらかというと、おとなしいタイプの子だったー。
「--あ、あぁ…
実は…俺が恵を皮にしたところを
週刊誌の記者に見られてたんだ」
昇が言うー
彩夢の部屋の洗濯機の音が響き渡るー
「へぇ…」
彩夢がクスリと笑った。
「--言っておきますケド、
あれを使ったあとのことまで
わたし、面倒見ませんからね」
そう言うと、彩夢は面倒臭そうに
煙草を置いたー。
「---そうはいかない」
昇は呟いたー
「俺が、あの崎谷とかいう週刊誌記者に
金を払わなければ、おそらくやつは
”皮”のことを容赦なく記事にするだろうー
そうなったら君もー…
……君も”彩夢”じゃないんだろう?」
昇はそう呟いたー
憶測でしかないー
だがー
ずっと”彩夢”だと思っていた相手の中には
”誰かが”いるー
そう思っていたー
彩夢のような子が、こんな”人を皮にするスプレー”なんて
持っているはずがないー。
彩夢は、会社で昇に出会うずっと前からー
”誰かに皮にされている”のだと、昇は思っているー
「-----……ふふ」
彩夢は笑った。
「---ま、そうですよ。確かにわたしは皮にされちゃいました。
くくく」
彩夢はニヤニヤしながら言うー
今まで猫をかぶっていた彩夢ー
だが、今日はその本性を隠す気はなさそうだ。
「柿田先輩と出会った頃には、
もうわたし、皮でしたから、
柿田先輩にとっては、わたしが彩夢で
あることには変わりないでしょ?」
彩夢がケラケラ笑いながら言う。
「---…でも、皮のことが記事にされたら
きみにだって影響が出るかもしれない」
昇がそう言うと、
彩夢がじーっと、昇のほうを見つめた。
「---確かに…」
昇はその反応に笑みを浮かべたー
彩夢の中にいるのが誰だかは知らないが、
彩夢の協力を得ることができれば
あの週刊誌記者の崎谷を
どうにかすることは簡単だろうー
昇は、協力モードに入ってくれた彩夢に対して
この前接触してきた週刊誌記者のことを伝えるー。
そうこうしているうちに、恵の皮の洗濯が終わりー
恵の皮を部屋干しするー
皮にされた恵の表情は固まったままで、
脱ぎ捨てられた着ぐるみのようにー
力なく干されているー
「--…500万円は、用意できるんですか?」
彩夢が言う。
「あぁ、用意はできる。だが、渡す気はない」
恵の皮を着ながら昇が言う。
「---わかりました。
ただ、その崎谷という人が、どこにいるのか
分かりませんから、
約束の日まで待ちましょう」
彩夢は呟く。
そしてー
続けた。
「--柿田先輩からお金を受け取ろうと、
やってきた現場で、その記者をー」
彩夢はにやりと笑って
スプレー缶を手にした。
「”皮”にしますー」
ゾクっ…
恵の皮を着こんだ昇は恐怖したー
彩夢の表情にーー
なんとも言えない不気味さが漂っていたー
昇とは違う世界で生きてきた人間ー
そんな、気がした。
彩夢の中に入っている人間に
底知れぬ恐怖を感じながら
昇は頷いたー
娘・鈴奈との幸せな生活のためだー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後日、週刊誌記者の崎谷から場所をされー、
そして、
約束の日がやってきたー
「--お母さん…どこに行くの?」
鈴奈が不安そうに言う。
「--ごめんね…ちょっと用事があるの
ちゃんと帰ってくるから
お留守番してるのよ」
女言葉にもすっかり慣れてきた。
鈴奈を残すのは不安だが、
幼稚園が休みの日を、向こうが指定してきた以上
仕方がない。
一緒に連れて行って、あの記者が何か言い出したら大変だ。
「-ーーー」
鈴奈を抱きしめる恵ー
”俺はー
俺はただ、娘と一緒にいたいだけなんだー”
そう思いながら、昇は、車に乗り込んだー。
約束の場所に向かうためにー
指定された場所はー
とあるビルの地下駐車場ー
”週刊深淵”が入っているビルの地下だー。
たくさんの車が止まっているその場所でー
週刊誌記者の男・崎谷が姿を現したー。
「これはこれは…どうも」
崎谷がニヤニヤと笑いながら挨拶をしてくる。
「--お金、持ってきてくれましたか?」
崎谷が言う。
「--ここにある」
恵の姿のまま、昇は鞄を出す。
「--確認しても?」
崎谷が言う。
まぁ、当然の反応だろう、と思いながら昇は
鞄を地面に置くー。
「--……」
崎谷がニヤニヤしながら鞄を確認する。
昇は、周囲を見渡した。
このチャンスに、
彩夢が、週刊誌記者の男を皮にすると言っていたー
だがー
この場所はあまりよくないー。
なぜならー
”監視カメラ”があるからだー。
週刊誌記者の男は、”何かされること”を警戒して
この場所を選んだのかもしれないー
「---」
恵の皮を着たまま、昇は崎谷の行動を
注意深く見守る。
「---!」
昇はあることに気づいたー
この男ー
”監視カメラの死角”を完璧に把握しているー。
奇妙な動きをしていると思ったらー
現金の受け取り・確認が一切カメラに
映らないように、立ち回っていたのだー
「くっ…」
恵の姿のまま、思わず昇は舌打ちした。
これではー
「--確かに」
崎谷が言う。
「-ーで、次ですが」
崎谷の言葉に
恵は表情を歪めた。
「次、だと?」
昇が崎谷を睨みつける。
「えぇ…この500万で、あなたの犯行を
記事にするのはやめて差し上げます。
けどね…
あなたの娘さん…鈴奈ちゃんだったかな?
あの子に…
”このこと”を知られたくないでしょう?」
崎谷はニヤニヤしながら言った。
「くっ…」
今度は、娘を人質状態に脅してきたー
「---ふ…ふざけるな!」
恵の姿のまま、叫ぶー。
周囲を見渡す昇。
彩夢の姿はないー
”くそっ”
むざむざ500万円を奪われてしまったー
恵の姿をした昇は、
髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
家に娘の鈴奈を一人残してきたことを
思い出して慌てて家に戻る昇。
「くそっ!どけっ!」
恵として歩くことも忘れて、
蟹股歩きで、通行人をどかしていく恵。
鬼のような形相の恵を見て
通行人は何事かと驚くー
家に駆けこんだ恵ー
「お母さん?」
鈴奈は無事だったー
「---鈴奈、安心しろ…
俺が、俺が必ず守ってやるから」
恵としてふるまうことも忘れて
男口調で呟く昇。
そして、スマホを手にすると
彩夢に電話を入れる。
”ごめんなさい。まさかあんな場所とは
思わなかったの”
彩夢がさっそく、お詫びの言葉を口調にした。
週刊誌記者の崎谷を、
皮にする計画は失敗だった。
あの場所では監視カメラに記録が残ってしまう。
自社の駐車場の監視カメラの死角を
完全に把握している崎谷に勝ち目はなかった。
油断ならない男だー。
”---……わたしのほうでも
手を打ってみる”
それだけ言うと、彩夢は電話を切った。
「くそっ!」
怒りのあまり、スマホを投げつける昇。
「--俺が親だ…
鈴奈は、俺が守るんだ…
鈴奈…くそっ!くそっ!」
机で頭をぼさぼさにしながら
掻きむしる恵ー。
「---おかあさん」
心配そうに鈴奈が恵の手を握るー
「鈴奈…」
心配そうにしている娘の顔を見て
昇はようやく平常心を取り戻したー
そうだー。
俺が乱れてどうする?
「---ごめんね」
恵としての振る舞いを思い出し、
優しく微笑むー
そして、昇は決意したー。
”週刊深淵”の編集長と直接話をすることをー。
・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー
週刊深淵が入っているビルに向かう恵。
鈴奈は幼稚園に向かったー
その間に、決着をつけるー
「---」
週刊誌記者の崎谷も出社しているのだろうかー。
だが、崎谷など、どうでもいい。
編集長と話をつけることができればー
全ては終わるー。
いや、逆に崎谷を皮にしたところで、
上もこのことを知っていたら
全ては終わりだー。
やはり、週刊深淵編集部に乗り込むしかー
「--!?」
昇は、週刊深淵のビルに入っていく、
女性の姿を見かける。
その女性はー
彩夢だった。
ハイヒールの音を立てて、
ビルに入っていく彩夢。
「---なんだ?」
昇は疑問を感じるー
彩夢のやつ、
崎谷を皮にするために
乗り込んできたのかー?
そう思いながら、昇も、
恵の姿のまま、週刊深淵の入るビルに入っていくー
昨日の駐車場を超えてー
エレベーターに乗り込む。
週刊深淵の編集部があるビルの8階に行くー
彩夢の姿はないー
8階に到着するー。
8階は鎮まりかえっていたー。
「---誰かいませんか?
編集長とお話があります」
恵の声で問いかける昇。
だがー
返事はないー
「----」
昇が、編集室を覗くと、
そこにはーーー
一人の男がデスクに向かっていたー
編集部員の崎谷だー。
「---崎谷」
昇が背後から声をかける。
だが、反応はないー
「---崎谷!」
昇が、顔を覗き込むー
ーーーー!?!?!?
崎谷が、まるで抜け殻のように椅子から
崩れ落ちるー
「---か、、皮ッ?」
恵の声で思わず叫ぶー
週刊誌記者の崎谷は、すでに皮になっているー
恵と同じようにー
「----?!」
背後からハイヒールの音が聞こえてきたー
「---先輩」
驚いて振り返ると、
そこには、彩夢がいた。
「---こ、これはどういうことだ?」
昇が叫ぶ。
「----……」
彩夢が何かを考える仕草をしたあとにほほ笑んだ。
「--面倒くさいやつだなぁ…
黙って金を払い続ければいいのに」
「--なんだって?」
恵の姿のまま叫ぶと、
彩夢がぱっくりと割れたー
彩夢もー
昇の読み通り、やはり”皮”だったー
中からー
見知らぬ男が出てくるー
「はじめまして…
週刊深淵の編集長・久保山(くぼやま)ですー」
笑う男ー
彩夢の皮が、地面に崩れ落ちるー。
「---私はね、お前みたいな
”カモ”に、人を皮にできる力を与えてー
そして、その秘密を握り、脅して、
金を奪ってるんだよー。」
そう言うと、久保山は通帳を見せたー
通帳には、たくさんの人間からの振り込み履歴が
刻まれていたー。
「-ーーー…な、、なんだって」
昇は恵の姿のまま震えるー。
「---そこの崎谷も、彩夢も、
中身はこの私だ。」
久保山は笑うー
「---!!」
昇は、床に横たわる彩夢と崎谷の皮を見つめるー
彩夢も、崎谷も
中身はこいつだっただとー?
と、思いながら。
確かに彩夢と崎谷が一緒にいた場面は
見たことがないー
「---ま、君は知りすぎたー」
そう言うと、久保山はほほ笑んでー
彩夢の皮を乱暴につかむと、
それを再び着込んだー
「--この女は、そうだな、3、4年前だったかな?
ここの前をいつも大学帰りに通っていて
気に入ったから…
皮にして、私のものにした」
彩夢の皮を着こんだ男は笑うー
彩夢の姿で…。
「--くそっ!俺はただ、俺はただ娘と!」
昇が叫ぶー
シュッ!
「---!!」
昇は、表情を歪めたー
彩夢が手に、スプレー缶を持っているー
このスプレーは…
「--あ…ああああああ…」
恵の皮が脱げていくー
そしてー
昇自身も皮になっていくー
「ここは週刊・深淵ー。
深淵を覗くときー、深淵もまたおまえのぞいているのだ…くくく」
その言葉を聞いたのを最後に、
昇は床に崩れ落ちる。
「安心してくださいね先輩」
耳元で彩夢としてささやいてくるー
「---娘の鈴奈ちゃんもすぐに
仲間にしてあげますからー
ふふふふ♡」
”……すまない…”
昇は最後にそう思ったー
理由はどうあれー
おかしな力に手を出したことでー
みんなを巻き込んでしまったー
鈴奈のこともー
彩夢は、そんな昇を見つめて
完全に皮になりきる直前に、
ヒールで昇を踏みつけたー
昇のことを、あざ笑いながらー
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
ダークな皮モノでした~!
まだ、続きが書けそうな気もしないでもないですが…(笑)
お読み下さりありがとうございました~!
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