彼女の身体に憑依した
消息不明の姉ー。
姉はこのまま、乗っ取った身体で
生きていくつもりだと言う…
彼女かー
姉かー。
最後に下す決断は…?
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粧裕は驚くー。
俊治が、粧裕をぎゅっと抱きしめたー。
「---…俊治…」
俊治のほうから自分を抱きしめてくれたー
粧裕に憑依している、俊治の姉・水穂は、
その意味を理解し、静かにほほ笑んだー。
「---」
雪が舞う静寂の中ー
俊治はしばらく粧裕を抱きしめると、
静かに粧裕から離れた。
「--姉さん…ありがとう。
俺、ずっとずっと、姉さんがいてくれたからこそ
ここまで来れた」
俊治が言うー
粧裕は、何も言わず俊治のほうを見ている。
「---小学生のころ、俺、いじめられてて
本当につらかったけど、姉さんが
教室まで乗り込んできてくれていじめっ子を
成敗してくれたよな…
中学の時も、受験に悩む俺を
必死にサポートしてくれたし、
高校の時もー
いつだって、姉さんは俺の味方だった
本当にうれしかったし
今、こうしてここに立っていられるのは
姉さんのおかげだよ…
いじめられたままだったら
俺は不登校になって、今もびくびくしながら
生きていたかもしれないし、
高校にだって、行けなかったかもしれないー
だから、姉さんには感謝してる」
俊治がそこまで言うと、
粧裕は、無言で俊治のほうを
見つめていたー。
複雑な表情でー
「--粧裕に憑依して会いに来てくれたのも…
俺のためなんだって、分かってる…
俺が行方不明になった姉さんのこと
ずっと気にしてたから、俺にだけは教えてくれようと
したんだと思うし、
粧裕にそうして憑依したのは、
粧裕の浮気とかそういうことを…心配して、だって
ことも分かってる。
でも…それでも」
「ブーっ」
俊治の言葉を遮って粧裕が言った。
「---ひとつ、ハズレ。」
とー。
粧裕は笑いながら言った。
「でー?どうするの?
わたしを殺すの?それとも…?」
姉の水穂を選ぶのかー
彼女の粧裕を選ぶのかー
そんな、究極の選択を強いられているー
姉の水穂は、粧裕の身体から
抜け出したら、もう消えてしまうのだというー
憑依の回数に限界があるのだと。
もちろん、それが本当かどうか
確かめるすべはないー。
けれどー
粧裕を選べば、姉の水穂は消えるー
そんな気がしてならなかった。
「--姉さん…ごめん…」
俊治は頭を下げた。
「------」
粧裕は無言で俊治を睨んでいる。
”ごめん”
その言葉を聞かなくても、姉の水穂にはわかっていたー
俊治はきっと、粧裕を選ぶー。
それでこそ、わたしの弟だとー。
「-----そう」
粧裕は愛想なく、そう呟いた。
俊治は続けるー
「さっきも言ったけどー
姉さんだってそうなんだー
身体も、中身も姉さんじゃなきゃ…
俺にとって姉さんじゃないんだー…」
俊治が悲しそうにして言うと、
粧裕は俊治を睨みながら近づいてきた。
俊治は目をつぶるー
”姉さんを怒らせてしまったのかー?”
そして、俊治は目を瞑ったまま叫ぶ。
「--ね、、、姉さん…粧裕だけは
助けてやってくれ!
か、、身体が欲しいなら、俺のをあげるから…
お、俺、男だけど、ほら、姉さん賢いから
きっとすぐ慣れるから!
な、、なんなら、、俺は嫌だけど
女装してもいいから!」
わけのわからないことを叫ぶ俊治ー
”何かされるー”
そう思った直後だったー
粧裕は、俊治の頭をポンポン、とやさしく撫でた。
「--姉さん…?」
俊治が顔を上げると、そこにはほほ笑む粧裕の姿があったー。
「--ふふふ…やっぱり、俊治は俊治ね…」
それだけ言うと、粧裕は笑いながら言うー
「大丈夫。粧裕ちゃんは浮気してないよ。
あんたをちょっと、試しただけ」
そう呟く粧裕ー
「え…」
俊治が言うと、
粧裕は続けた。
「さっき言ったでしょ?ハズレって。
あんたは、
”粧裕にそうして憑依したのは、
粧裕の浮気とかそういうことを…心配して、だって
ことも分かってる。”
って言ったけど、違う。
粧裕ちゃんは浮気してない。
私の彼氏の正樹は、複数の女に声をかけていて
みんな、そのことを知らなかったの。
粧裕ちゃんもその一人…
正樹がそういう男だって知らずに
仲良くしてたみたいー」
俊治はその言葉を聞いて安心したー
姉によれば、
正樹が姉の水穂を殺した直後に
粧裕は、正樹に違和感を感じて
すぐに正樹から離れたらしいー。
粧裕は、浮気なんかしていなかったー
「---…じゃあ、どうして…?」
俊治は首をかしげる。
さっき、粧裕に憑依した水穂は、
粧裕が浮気していたかのような
言い方をしていたし、
粧裕に復讐するような言い方もしていたー
「--あんたを試すため」
粧裕が笑う。
「わたしがあんたを誘惑して
粧裕ちゃんを捨てたりしないかどうか、
試したのー。
粧裕ちゃんには、わたしみたいに
彼氏に浮気されて、傷ついてほしくないからー」
その言葉に、俊治は苦笑いする。
「姉さんは、、昔からそうやって、
俺をからかうの好きだなぁ・・・」
そう呟きながら、空を見つめる俊治ー。
「--でも…俺は姉さんにも消えてほしくないー
何か方法を考えるからー」
俊治がそう言うと、粧裕は首を振った。
「それは、無理…
こうしていられるのも、あとちょっとなの…
最初に言ったでしょ?
”時間がない”ってー。
どのみちわたしが、こうしてほかの人に
憑依してられるのは、あと数分ー」
粧裕は悲しそうに呟くー。
”死後の世界”は分からないが、
とにかく、姉の水穂がこうして
今の世界にいることができるのは
あと数分なのだろうー。
「--でも、よかったー」
粧裕は一安心したように言う。
「あんたなら、彼女を悲しませることはなさそうだし、
ちゃんと、わたしのことも伝えられたしー。」
満足気にほほ笑む粧裕ー
俊治は空を見つめながら、
悲しそうに呟くー
「ごめん…姉さん…
姉さんを、助けてあげられなくて」
姉の水穂は小さいころから
いろいろと自分のことを助けてくれたー
なのに、自分は
姉の水穂を助けてあげることができなかったー。
山奥で一人、殺されー
誰にも気づかれないまま1年も経過してしまった。
「ごめん…姉さん…」
俊治は涙をこらえながら振り絞るようにして言った。
粧裕は、そんな俊治の頭をやさしく撫でたー
「--大丈夫。
俊治は何も悪くないよー。
それに、その気持ちだけで十分」
粧裕はそう言うと、”あ、もう時間がないや…”と呟いた。
「ま、、待ってくれ…姉さん…俺…!」
俊治が粧裕のほうを見て言うと、
粧裕は「待たないっ!」と笑いながら呟いた。
そして、早口で言うー
「わたしのこと…
みんなにも伝えてあげて…
お父さんとかお母さんにも…
このままずっと”行方不明”でもいいかな…?とも
思ったんだけど、
やっぱり、…ちゃんと伝えなくちゃいけないな…って。
本当はお父さんお母さんとか、友達にも
伝えに行きたかったけど、
時間がないから…」
粧裕は、それを伝え終えると、さらに続ける。
「俊治、この子を幸せにするのよ。
私の彼氏だった男みたいに
浮気したら許さないからね!」
粧裕はお姉さんっぽくそう言うー
俊治は「分かってるよ!
俺、器用じゃないから浮気なんてできねーし!」と
苦笑いしながら返事を返す。
「--う~ん、そのぐらいかな…」
粧裕は、満足そうに微笑んだー
粧裕に憑依している水穂が
”消える前に伝えたいこと”を
すべて伝え終わったー。
雪景色を見つめながら、
粧裕は静かに俊治のほうに歩み寄るー
「-----」
そしてー
粧裕は、静かに俊治の頭を撫でた。
「--頑張ってー」
それだけ言うと、静かにほほ笑んだ粧裕は、
俊治に背を向けた。
「--粧裕に撫でられるって変な気分だなぁ・・・」
俊治が苦笑いしながら言うと、
粧裕は少しだけ笑いながら呟いた。
「じゃあ…もう行かなきゃ」
粧裕は悲しそうにそう呟いた。
今度こそ、本当の別れー
「---姉さん…」
雪が舞う中、俊治は
悲しそうに呟く。
”いかないでくれ”
とそう叫びそうになった。
でもー
姉の水穂はもう死んでいるー
ここで、俊治がどんなに願っても
水穂はもう、死んでいるー。
それは、変えようのない事実。
別れるのは、姉の水穂だってつらいはずー。
だからー。
俊治は”いかないでくれ”と喉まで
出かかった言葉を、口にはしなかった。
「--姉さん、会いに来てくれてありがとう」
俊治はお礼の言葉を口にした。
「ううん…わたしこそ付き合ってくれてありがとう。
それと…彼女とのデート…
邪魔しちゃってごめんね…」
粧裕がそう呟くー
粧裕の身体を借りることでしか
こうして俊治と接触することは
できなかったのだろうー。
「---……粧裕ちゃんには、、
ちゃんと、説明しておくから」
粧裕はそう呟くと、背を向けたまま、
黙り込んだ。
「姉さんー…
俺がそっちに行ったら、またいろいろ話そうな…」
俊治はそう呟くと、つけ加えた。
「何十年後…いや、何百年後かもしれないけど」
ーと、少し笑いながら。
「--何百年後って…あんた、何歳まで生きる気よ」
そう言って、粧裕は少しだけ笑うと、
振り向いて、ほほ笑んだー。
「--俊治ー、さようならー」
そしてー
粧裕はその場にゆっくりと倒れたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・
白い世界ー
そこに、粧裕はいたー
見知らぬ女性が近くにやってくるー
「-----え??だ…だれ?」
粧裕が子供のように疑問を口にするー
やってきたのは、水穂ー
「ごめんなさい、あなたの身体を借りてしまって」
俊治の姉・水穂はそう言うと、
首をかしげる粧裕に向かって、頭を下げた。
もう、時間がない。
水穂は、頭を下げたままはっきりとした口調で言った。
「俊治のことー
よろしくお願いしますー」
ーーと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雪山から下山する二人。
「--だいじょうぶか?」
俊治が、一緒に歩く粧裕を心配する。
けれど、粧裕は
「だいじょうぶだいじょうぶ~!」と
いつも通り元気そうだったー。
記憶が飛んでいることも、
「わたし、疲れてたみた~い!」と
気にしていない様子だ。
俊治は、そんないつも通りの粧裕に
安心しながら、
少しだけほほ笑んだー。
姉の遺体の件は、どうにかしなければならないが
それはこれから考えようー
1年間行方不明だった姉ー
どこかで、生きているのではないかという希望ー
それらと決別することになったこの日ー。
1年間、どこか、ぽっかりと開いていた穴が
ふさがったようなそんな気分になりながら、
俊治は、姉の分まで強く生きることー
そして、粧裕のことをしっかりと
支えていくことを決意するのだったー
「---…」
粧裕は、先に歩いていく俊治の姿を見ながら思うー。
”俊治とあなたのこと、応援してますからー…
頑張ってくださいね”
目覚める前に、俊治の姉・水穂に言われた言葉を思い出す。
あの人が、誰だかは名乗ってくれなかったー。
けれど、粧裕にはなんとなくわかったー
「素敵なお姉さんだったね」
粧裕がふと呟くと、
俊治は「ん?」と振り返るー
そんな俊治を見て、
粧裕は「なんでもな~い!」と無邪気にほほ笑む。
”俊治のこと…
ちゃんと幸せにしますから、見ててくださいね”
粧裕は、雪山のほうを振り返りながら、
静かに、そう呟いた…。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
今年の小説も、あと3本!
明日からの入れ替わりモノ(2話)と、
30日の小説、そして最終日の小説デス~!
ダークじゃない作品は、
”雪舞う日の決別”が今年最後になるかも…?
ですネ!
今日もありがとうございました!!
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