<入れ替わり>おじいちゃんの欲望

幸せな人生を送った。

彼に、未練はなかった。

先が長くない彼はー人生に満足していた。

しかしーそんな彼に”入れ替わり”の誘惑が襲い掛かる。
可愛い孫娘との入れ替わりの誘惑が…。

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柏田 次郎(かしわだ じろう)
85歳ー

彼は、病院のベットの上で
病室の窓を見つめていたー

桜が咲いている。

恐らくー
自分が見る桜は、これで最後になるだろう。

次郎は、そう思っていたー

余命半年ー

そう言われてからもう、半年が経過した。

自分は、もう十分長く生きた。
楽しい学生生活、順調な仕事、結婚、家族ー
子供ができて、子供が自立し、孫が出来て―。
定年退職後は老後も充実した日々だった。

あとはー。
自分の人生に幕を下ろして
3年前に他界した妻に会いに行くー。

それだけだー

「---おじいちゃん!」
孫娘の柏田 美姫(かしわだ みき)が
お見舞いに来ていた。

学校帰りに美姫は、よくお見舞いに来てくれる。

現在高校生の美姫は、
とても可愛らしくー
3年前に他界した妻の若い頃に
よく似ていた。

「--美姫」
次郎は呟く。

美姫のことは小さい頃から
とてもよく可愛がってきたー
思春期を迎えている年齢であろう美姫。
しかし、美姫は祖父である次郎のことを
こうして、いつまでもいつまでも心配して
くれているのだった。

「--おじいちゃん、今日は調子どう?」
美姫が微笑む。

「あぁ、美姫が来てくれたから、元気いっぱいだよ」
次郎が言うと、
美姫は嬉しそうに笑った。

「あ~!桜、咲いたね!」
美姫が病室の外の窓を見ながら笑う。

前回、美姫がお見舞いに来てくれた時は、
まだ桜は完全には咲いてなかった。

次郎は、その言葉を聞いて
弱弱しく微笑んだ。

「わしが、最後に見る桜かもな…」

そう呟くと、美姫が振り返って呟いた。

「こら!おじいちゃん!
 そんな弱気なこと言っちゃだめ!
 来年も桜、一緒に見ようよ!
 来年はほら、病院からじゃなくて、
 外で!」

美姫が言うと、
次郎は優しく微笑んで「あぁ、そうだな」と
呟いた。

”余命半年”

そう言われてから半年ー。

美姫も、そのことは知っている。

けれどー美姫は
祖父である次郎に後ろ向きなことは言わなかった。

勇気づける言葉、
前向きな言葉をかけ続けた。

三か月ー
もって半年。

そう言われた祖父が半年経っても
生きているのは、前向きな言葉を
かけ続けているからだと
美姫はそう思っていた。

「じゃあ、おじいちゃん!また来るね!」

美姫が手を振る。

「---あぁ、またな」
次郎が呟く。

次郎は、美姫が帰って行くときー
いや、美姫だけではなく
こうしてお見舞いに来てくれた人が
立ち去る時、いつも思うー

”これが、最後になるかもしれない”

とー。

だが、美姫はそんな祖父の気持ちを
お見通しかのように言う。

「--次にわたしが来るときも
 ちゃんと、わたしを迎えてよね!」

笑う美姫。

つまり、死なないで待っていてー
そういうことだ。

「あぁ、約束するよ」
次郎はそう呟いた。

美姫を悲しませるわけにはいかないー

だからー
まだ、生きようと思えるー

もう、立つこともままならない、
こんな身体でもー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

深夜ー

足音が聞こえる。

次郎は目を覚ます。

こんな深夜に、足音?
警備員だろうか。

次郎はそう思いながら目を閉じるー

しかし、なんだか警備員ではないような、
不気味な足音だった。

病室の扉が開くー

そしてー

中に入ってきたのはー
トレンチコート姿の怪しげな男だった。

「柏田次郎さん」
マスクとサングラスで顔を隠した男は
”いかにも不審者”
だったー。

「---!!」
次郎は驚く。

だが、もう、この身体では逃げることもできない。

そして、次郎は思う。
”この男がお迎えか”

とー

「--わしにもいよいよお迎えが来たか」
次郎がふっと笑う。

すると、トレンチコートの男は呟いた

「ザンネンだが私はお迎えではない」

そして、男は言う。

「---お前に、チャンスを渡しに来た」
トレンチコートの男はそう言うと、
病室の入り口を閉めて、ある容器を取り出した。

「チャンス…?」
次郎は不思議に思いながら言う。
この男は、何を言っているのか、と。

「--もう一度、青春を楽しみたくはないか?」
男は、ベットの横の棚に、2つの小さな容器を置く。

「---入れ替わり薬」

男はぼそっと呟いた。

「--な…なんじゃと!?」
次郎は小さな声で言う。

「--その薬を使えば
 他人と身体を入れ替えることができる…」

トレンチコートの男がそう呟く。

次郎は「そんなバカな…」と呟く。

「--くくく…今、可愛い孫娘のことを
 思い浮かべただろう?」

トレンチコートの男が笑う。

「な…!」

図星だったー

次郎は一瞬、
孫娘の美姫と入れ替わったら…と、
想像してしまっていたー

そ、そんなことはできない

「---そ、そんなことはない!
 わ、わしはもう、人生に満足なんだ!

 あとは、、あとは…
 死を待つだけだ!」

次郎は、久しぶりに感情的になって
そう呟いた。

孫娘の人生を奪うなんて、
あり得ない。

トレンチコートの男は、そんな次郎を見て今一度笑う。

「---私は強制しない。
 だが、女子高生になって、もう一度青春を
 やり直せるチャンスが目の前にあるのだぞ?

 お前が死ねば、お前は”無”になる。

 だがー
 その薬を使って孫娘の身体を奪えばー
 お前はまた、何十年も人生を楽しめる。
 しかも、女子高生ー女子大生ー
 色々な新しい経験が出来る」

その言葉に、次郎はゴクリと唾を飲み込んだ

「み、美姫が幸せなら、わしはそれで…」

その言葉を遮り、
トレンチコートの男は続けた。

「本当にそれでいいのか?
 お前は”無”になるー
 大事な孫娘も、1年もすれば
 お前のことなんてほとんど忘れるだろうよ。」

そこまで言うと、男は病室の扉に手をかけた。

「--使うも、使わないもお前次第だ。
 そのまま死を待つか。
 それとも、孫娘と入れ替わって
 もう一度青春を、その手にするか。」

「ま…待て!」

次郎はわけが分からない!という様子で叫ぶ。

しかしー
男は何も答えず、病室の外へと出て行った。

外に出たはずの男は、足音ひとつ立てず、
立ち去って行ったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1週間後ー

次郎は、”あの薬”を大切に抱えていた。

美姫のことが頭から離れないー
あの可愛い美姫に、自分がー?

女子高生の身体を想像してしまう次郎。

性欲など、とうの昔になくなったと思っていたー

しかしー

”身体を入れ替えるー”

それは、つまりー
”美姫の死”を意味する。
どんなに頑張っても、この身体が元気に
なることはない。

つまり、あの男の言うとおり、
自分が美姫と入れ替われば
美姫は、次郎として、まもなく死ぬー。

仮に、入れ替わった美姫が騒いでも、
周囲は、死ぬ間際の老人が錯乱したとしか、
思わないだろう。

そして、この身体はもう動かないー。

だからー
あの男が言っていた話が本当であれば、
美姫と入れ替わることで、自分は
美姫になることができる。

美姫の記憶を引き出せるのかどうか、
そこは分からないが、
小さい頃から美姫を見てきた。
なんとか、成りすますことも可能かもしれない。

けれどー

”おじいちゃん!”

あんな可愛い笑顔を向けてくれる
孫娘の身体を奪うことなんて、
できるわけがない。

「わしは、、わしは、もう、満足じゃ…」
次郎はそう呟いた。

できればー

できることなら、

もう、美姫に会いたくないー

もし、
もしも美姫がお見舞いに来たら
自分は、欲望に負けてしまうかもしれないー

もう一度会いたいー
けど、
会いたくないー

会えば―

「--おじいちゃん!」

次郎はビクッとした。

病室の入り口に、
制服姿の美姫が立っていた

「み…美姫!」
思わず驚く次郎。

「ふふ、どうしたの?そんなに驚いて~」
美姫は笑いながら、次郎の横に座った。

次郎は、美姫のことを変な目で見てしまう。

綺麗な黒髪ー
膨らんだ胸ー
スカートから覗く足。

「--……」

ドキドキが止まらない。

孫娘を性的な目で見たことはなかった。

けれどー
”入れ替わることができる”

そんな力を手にした今、
どうしても美姫のことを性的に見てしまっていた。

「--~~~ねぇってば~!」
美姫が言う。

「--!」
美姫の話をすっかり聞いてなかった。

「--あ、ごめんごめん」
次郎が弱弱しく言う。

そういえば、今日は朝から、
力が入らない。

今度こそ、死が近いのかもしれないー

次郎は思うー

”死にたくないー”

”怖い”

とー。

もう未練はない
そう思っていた。

だが、いざ、その瞬間が近づいてきたのを
実感すると、怖くて怖くてたまらない。

「----み、、、美姫」

次郎は、自分が死ぬことへの恐怖に
耐えきれずー
そして、美姫の身体を奪ったときのことを
想像してしまい、その欲望に耐え切れず―

入れ替わり薬が入った容器2つを
取り出したー

「--こ、、これを…一緒に、飲んでくれないか?」

怪しげな液体の入った小さな容器。
それを見て、美姫は微笑む。

「なぁにこれ?」

とー。

次郎は、心の中で葛藤していた。
今からでも間に合う。
孫に悲しい思いをさせるな!と。
良いおじいちゃんのままで死ぬんだーと。

しかし…

次郎は呟いた。

「--看護師さんにもらった……ジュースだよ…
 高級なやつで…ちょっとしか…もらえなかったけど」

次郎は、声がかすれていることに気付く。
今日は身体の調子が物凄く悪いー

「--へぇ~そうなんだ!」
美姫が容器のうちのひとつを飲み込む

”やめろ!”
次郎はそう叫びそうになった。

だがー
美姫は、躊躇なくその入れ替わり薬を飲みほした。

”飲め”

”飲め”

自分の心の中の”悪魔”が囁く。
今、もう一方の容器に入った入れ替わり薬を飲めば―
美姫の身体を奪うことができるー

「--だ……」
次郎は、ダメだ!と自分で叫ぼうとした。

しかしー

美姫の可愛い身体がー
自分のものになるー
美姫の声も髪も顔も全部全部ー

それに、自分はまだ、死にたくないー。

次郎は、自分の欲望に負けたー
入れ替わり薬をー
飲み干してしまったー

不思議な感覚に包まれてー
次郎は、やがて、意識を失った。

・・・

・・・・

「うっ…」

意識が戻ってきた。

「わ…わしは…」
次郎は、そう呟くと
自分の口から、最愛の孫娘の声が
出ていることに気付く。

「え…あ…?わ、、わしは…」
病室の鏡を見つめる次郎ー

そこには、美姫の姿があった。

「---あ、、、ああああああああ!」

入れ替わってしまったー

本当にー

信じられないという表情で鏡に近づいて行く美姫。

すっかり腰が曲がっていた次郎は
美姫の身体になったのに、老人のように
腰を曲げて、鏡の方に近づいて行く。

「あぁぁぁ…美姫…」
嬉しそうに笑う美姫。

やった!身体を奪うことができたー

「---やった!やったやった!やったあああああ!」
美姫はそう叫びながら、
身体が自由に動くことに気付く。

身体が軽いー
そうだ、入院する前は自分も!

「あはははははは!」
美姫はスカートをふわふわさせながら
飛び跳ねた。

嬉しくて
嬉しくて
たまらないー

「---!!」
美姫は、ふとベットに寝転んでいる自分の身体を
見つめた。

自分の身体ー
次郎がこちらを見ている。

「お、、おじい…ちゃん?」
弱弱しい状態でこちらを見ている次郎ー

中身は入れ替わった美姫だろう。

次郎になった美姫に呼びかけられて、
美姫になった次郎は一気に罪悪感に
支配された。

「--そ、、そんな目でわしを見るな!」
美姫は叫んだ。

「わ、わしは、死にたくない!
 死にたくないんじゃ!」

可愛い声で叫ぶ美姫。

次郎になった美姫は、何かを
言いだそうとした。

しかしー

「聞きたくない!」
美姫になった次郎は病室から
飛び出したー

わしだって死にたくないー
死にたくないー

次郎は美姫の身体を奪ってそのまま逃走したー。

腰を折り曲げて、がに股の状態で
病院内を走る美姫。

他の病院関係者や患者が驚いて美姫を見る。

制服姿の女子高生が
そんな格好で走っていれば、
当たり前だー

「--あ、、あはは、、あははは!
 わしは、わしはまだ生きられる!
 あははは、あはははははは!」

美姫は嬉しそうに笑いながら
美姫の自宅へと飛び込んだ。

・・・・・・・・・・・・・

部屋に戻った美姫は
自分の身体を見つめる。

「あぁぁ…美姫…
 わしが…美姫…
 あああああ♡」

嬉しそうに微笑みながら
美姫はゆっくりと服を脱いでいく。

「むふぅ…」
ようやく背筋をちゃんと伸ばして立つ感覚を
思い出した次郎は、
ちゃんとした姿勢で鏡を見つめて
微笑んだ。

「美姫…これからは、ずっと一緒じゃ…」

自分勝手な事をしているー

その考えを振り払いー
美姫は、優しく微笑んだ。

トレンチコートの男が
そんな様子を静かに見つめていた。

”くくく…”

トレンチコートの男が
黒い雫になって消えて行くー

彼はー
死にたくないと、無意識のうちに
願っていた次郎の強い”未練”から
生まれた悪意の塊だった。

次郎は
自分自身が生み出した悪意に誘惑されー
そして、孫娘と入れ替わったのだったー

「どうせ、どうせ、わしのことなんて
 忘れるんだ!
 お見舞いに来てたのも、わしを嘲笑ってる!」

美姫になった次郎はそう叫んだ。

美姫はきっと、自分のことを恨んでいるだろうー
けど、次郎の身体になった美姫はまもなく死ぬ。
そんなこと、もうどうだっていい。

「--うひゃひゃひゃ…!
 おじいちゃんをぞんざいに扱った罰だ!」

そう言いながら笑うと、
美姫は鏡を見つめながら、胸をわしづかみにして叫ぶ。

「この身体は、わしのものじゃ!」

とー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

容体が急変したー

次郎になった美姫は、
涙を流しながら呟く。

「おじいちゃん…」

美姫は
”裏切られた”とは思っていなかったー

もちろん
こんなことをされるなんて思わなかったしー

自分も死にたくないー

けれどー

「おじいちゃんのためなら…わたし…」
次郎は弱弱しく呟いたー

美姫は、祖父のことが本当に大好きだったー
そのおじいちゃんが、あんなに嬉しそうに
わたしの身体を使っているならー

「----…おじいちゃん…」
次郎になった美姫は、そう呟いたー

そしてー
数秒後、次郎は心停止したー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

ずっとスケジュール表にタイトルだけ載せていた作品なのですが
ようやく書いてみました!

死の間際に、自分の孫娘と入れ替わるチャンスが到来したら…
皆様だったらどうしますか~?

お読み下さりありがとうございました☆

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