彼女が二重人格ー。
その可能性に辿り着いた誠吾は、
彼女のことを受け入れた上で付き合いを続けることを決意するー。
しかし、”何気ない一言”が彼女を壊してしまう…
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その日は、1日穏やかだった。
昼休みに、優香に対して
二重人格…
解離性同一性障害についての話をしてみた。
優香は驚きながらも、
どこかに思い当たる節があるのか
冷静に話を聞いてくれた。
「--確かに、そういうこともあるかも」
と、優香は言った。
優香は、暴力が怖くて、不安で、
パニックになって、怖い気持ちでいっぱいになって
わけが分からなくなってしまうのだと言う。
ただ、誠吾には不安なことがあった。
それはー
優香に”1か月前の話”をしても、
優香の返事が要領を得ないことだ。
1か月前ー。
超がつくほどの不良・岩淵が先生に重傷を
負わせた事件ー。
そのことについて話をしても、
優香は「そんなことあったっけ…?」と
言うだけだった。
まるで、その場にいなかったかのようにー
まるで、辛い記憶を封印しているかのようにー
「---」
優香と二人で下校中、
談笑しながらも、誠吾は今後のことを考えていた。
「--誠吾が彼氏で本当によかった」
優香は微笑む。
今日はずっと、嬉しそうで穏やかな、いつもの優香だ。
誠吾も、この笑顔をずっと守りたいと、そう思っていた。
だからこそー
”言わなくちゃ”
そう思ったー。
このまま逃げているわけにはいかないー
言わなくちゃ、いけないー。
優香の家の前まで来たところで
誠吾は決心した。
「優香」
誠吾が立ち止まって優香の方を見ると、
優香は「なぁに?」と言いながら立ち止まった。
「--病院に行こう」
誠吾が言う。
両親は誠吾が説得するし、
何なら病院に付き合ってもいいと誠吾は言う。
解離性同一性障害にせよ、ほかの精神的なものにせよ、
やはり、一度先生に診てもらう必要がある。
誠吾はそう思った。
優香のことを守りたいー
けれど、自分には限界がある。
「---そっか」
優香が呟いた。
「そっかそっか。
わたし、病気だもんね。
うん、そうだよね。」
優香が自暴自棄な様子で言う。
「--あ、いや、そんなつもりじゃー」
誠吾がフォローの言葉を入れようとすると
優香は微笑んだ。
「ううん、大丈夫。病院、考えておくね。」
優香はそう言うと、足早に、振り返りもせずに
自宅に入ってしまった。
「---あ…」
誠吾は呆然としていた。
”悪いこと言っちゃったかな…”
と。
誠吾は停学中、ネットで解離性同一性障害について
調べていた。
治療法は”人格統合”であると、そのサイトに書かれていたからこそ、
優香に病院の話を出したのだった。
しかしー
ネットの情報は、全てが正しいわけではないー
”無理に人格統合させようとすることはーー
反発を招く可能性があるー”
そのことは、そのサイトには、書かれていなかったのだー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「--ーーー」
部屋に戻った優香はその場に座り込んだ。
力なく、へたへたと…。
「--わたしは病気…
わたしはびょうき…
わたしはびょうき…」
誠吾から病気と言われた優香は、
呪いのようにその言葉を呟いていた。
「わたしはびょうき・・・
びょうき・・・
うふふふふ、くくくく
そう、そうだよね…」
優香が一人、不気味に笑いだす。
そしてー
「---くくく、あはははははははははは!!!
うざいうざいうざいうざい!!!
全部うざい!!!!あはははは!!!
ははははははははは!!!!」
狂ったかのように笑いだすと、
優香は発狂したかのように、部屋で暴れはじめた。
優香の交代人格ー
弟が目の前で父親に撲殺されるという
あまりの衝撃的な光景を
封じ込めるために生まれた人格ー
新しい父親と日夜エッチをする母親への憎しみや
暴力への憎悪ー
この世への憎悪ー
負の感情の全てを背負うもう一人の優香。
それが、今、完全に目覚めてしまった…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
「おはよう!昨日はごめんね」
誠吾がそう言うと、
優香は優しく微笑み返してくれた。
誠吾は、”よかった、いつもの優香だ”と
思いながら、自分の座席へとつく。
だがー
誠吾は少し不安に思った。
優香の笑顔がーー
”いつもと少し違う”
そんな風に感じたからだー
昼休み。
誠吾は優香に呼び出された。
”大事な話があるから”
とー。
誠吾は、何かの相談かな?と思いつつ
呼び出された場所に向かう。
すると、優香が笑みを浮かべて待っていた。
「---壊れちゃった」
優香は微笑む。
「---え?何が?」
戸惑う誠吾。
「…”わたし”壊れちゃった」
優香が胸のあたりをつつきながら笑った。
「---…ど、、どういう…?」
誠吾は不安になって聞き返した。
「---優香、壊れちゃった…
ふふ…あんたのせいよ。
優香、あんたのこと、本当に信頼してたのに、
あんたが優香に病気なんて言うから…
優香、心を閉ざして、心の奥底に引きこもってる」
優香の言葉に誠吾ははっとした。
「ま…まさか…きみは…!」
誠吾は今目の前にいる優香が
優香であって優香でないことを悟る。
「--ふふふふふ…
もう、優香、表に出てこれないかもネ~!
ま、仕方ないよね?あんたが壊したんだから!」
優香は狂ったような笑みを浮かべながら続けた。
「わたしはね、優香の負の部分をぜ~んぶ背負ってきたの!
わかる?優香の怒りも憎しみもぜ~んぶ!
でもさ、
ずるいと思わない?
優香のやつ、わたしにば~っかりそういうのを
押し付けて、で、わたしが表に出てこれるのはたまにだけ!
ほんと、マジありえないよね?」
”もう一人の優香”は笑みを浮かべたー
「--わたし、優香のことも嫌いなの…
ふふふ…ずるいよねぇ、自分だけいい顔しちゃって、
わたしに全部押し付けて…
ウザいウザいウザい…ほんと~にウザい…
でも!
あんたのおかげで、こうしてわたしは自由になった!
ふふふふふふ…
これからは全部滅茶苦茶にしてやるわ!
全部ぶち壊してやる…!」
優香が手を震わせながら言った。
怒りの震えだった。
「や…やめてよ優香!ごめん!僕が、僕が…」
そこまで言うと、優香は誠吾の胸倉をつかんで
誠吾を睨みつけた。
「---あんたがわたしを嫌いになるまで
徹底的に苦しめてあげる。
覚悟しておきなさい」
優香はそう言うと、笑いながら教室の机を蹴り飛ばして
そのまま立ち去ってしまった。
「優香…僕は…僕はどうすれば…」
雄吾は途方に暮れていた。
しかし、すぐに決意して立ちあがった。
「---僕は、負けないー」
と。
その日からー
優香の執拗な嫌がらせが始まった。
ガゴン!
誠吾の机に突然ぶつかってくる優香。
「あ、ごめ~ん!」
意地悪そうな笑みを浮かべながら
馬鹿にした視線で誠吾を見る優香。
誠吾は、それでも怒ることはなかったー。
ただ耐え、優香の目をじっと見つめた。
そんな誠吾の態度に、優香はますます苛立っていく。
「--どうした?最近…」
友人の三郎も、優香と誠吾の間柄の異変に気付く。
「---ううん、別に大丈夫だよ」
誠吾が言うと、三郎が声をあげる。
「や、、やっぱ浮気…?」
三郎が茶化すようにして言うと、
誠吾は悲しそうな目で三郎を見つめた。
そして、言った。
「僕がー守る」
と。
ただならぬ決意を感じて、三郎は
それ以上何も言わなかった。
優香の嫌がらせは続く。
誰も見ていないところで暴力を振るわれたり、
土下座を強要されたり
モノを隠されたりー
不名誉な事を言いふらされたりー。
それでも、誠吾は屈しなかった。
優香は次第に苛立っていく。
どんなに嫌がらせをしても、誠吾は
優香のことを嫌いになることはなく、
優香を信じる、の一点張りだった。
そんな日々が、半月以上も続いたー。
優香の度を超した嫌がらせと、
不機嫌そうな態度から、優香は次第に孤立していった。
そんな、ある日ー。
「---おい!田内はいるか?」
教室に、A組の後藤が入ってきた。
不機嫌そうにキャラメルポップコーンを
バリバリ食べながら優香の方に向かっていく。
「最近、冷たいじゃねぇか?
次いつやらせてくれるんだよ?」
後藤が言うと、優香は不機嫌そうに答えた。
「--うっさいわね…この、ケダモノ!」
とー。
後藤は「あぁ?」と怒りの声を挙げた。
今にも殴りかかりそうな後藤を止めようと、
誠吾が声をかける。
しかし、後藤は口から
キャラメルポップコーンを吐きだすと、
それを足で踏みつけた。
何度も何度も何度も…。
そして、粉々になったキャラメルポップコーンを
指さして後藤は叫ぶ。
「テメェもこうなりてぇか!?」
誠吾はーーー
やはりびびってしまった。
震えあがる誠吾。
後藤は、そんな誠吾を無視して優香の方を見た。
「--おい、俺と付き合えよ」
後藤が言うー。
優香は「ふん」と鼻で笑ってそれを無視した。
後藤は怒り狂った形相で
優香の胸倉をつかむ。
教室に緊張が走るー
昼休み。
賑やかだった教室はシンと静まりかえった。
「---俺と付き合えってんだよ」
後藤が言うと、
優香は微笑んだ。
そしてー
「触るんじゃねぇよ!」という怒鳴り声と共に
優香が後藤の急所を蹴り飛ばした。
「ぐおおぉぉぉぉおおっ!」
後藤が持っていたキャラメルポップコーンの袋を落とし、
ポップコーンが床に散乱する。
「おぉぉぉぉぉお…!」
あまりの苦しみに後藤はうめき声をあげることしかできなかった。
教室のクラスメイトたちは、
唖然として優香を見つめる。
優香はそんな視線に気が付いて、自虐的に微笑んだ。
「--何よその目…」
クラス全体に敵意を向ける優香。
クラスメイトの一人が
「優香…最近どうしちゃったの?」と
不安そうに口にする。
「---うぜぇ…!どういつもこいつもマジでうざい!」
そう叫ぶと
机を蹴り飛ばして優香はそのまま教室から出て行ってしまった。
・・・その日を最後にー
優香は不登校になってしまったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1週間後。
「---」
誠吾は、学校の授業を終えると、
意を決して歩き出した。
「----おい?どこ行くんだ?」
友人の三郎が誠吾に声をかける。
「---僕…行かなきゃ…優香のところに」
誠吾は優香の家に行って、
優香を説得するつもりだったー
もう一人の優香をー。
「---」
三郎は頭をかきながら言う。
「何があったんだ?」
三郎の言葉に、誠吾は頷くと、微笑んだ。
「---…気遣い、ありがとう…」
誠吾がそう言うと、三郎は複雑な表情を浮かべたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕日が街角を照らす。
不機嫌そうな表情で歩いていた
不良生徒の後藤の前に、
一人の男が姿を現した。
岩淵ー。
先生を半殺しにして退学になった生徒ー
優香のトラウマが再燃するきっかけを作った生徒ー。
「い…岩淵さん…!」
同級生なのに、後藤は岩淵をさん付けで呼んでいる。
「--うまそうなもの喰ってるじゃねぇか。
1個くれよ」
岩淵が、後藤の持つキャラメルポップコーンを指さすと、
後藤は「あ、、いえ、、、ぜ、、全部お召し上がりください」と
袋ごとキャラメルポップコーンを差し出した。
「---いいこと、教えてやろうか?」
岩淵が微笑む。
岩淵は、数日前に、夜の街で遊ぶ優香を偶然目撃して声をかけたー
そして、会話の中から、
優香は二重人格であると、彼は悟ったのだった。
「--お前の学年に二重人格の面白い女がいるぜ」
岩淵の言葉に後藤は表情を歪めた。
「そ、それは、誰ですか!?」
後藤が言うと、
岩淵は微笑んだー
「C組の田内 優香だよー。
あの真面目な図書委員の子…」
その言葉に後藤は不気味な笑みを浮かべたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
優香の自宅の前にやってきていた誠吾は考える。
僕はー優香に何をしてあげられるのだろうー。
いやーー。僕には何もできない。
どんなに理解してあげようとしても彼女の心の傷を
僕がそっくりそのまま味わうことはできないし、
彼女の代わりに僕がトラウマを背負ってあげることなんか
できない。
ーー僕は無力だ。
医者でもなければ、頭が良いわけでもない。
ごく普通のちっぽけな人間だ。
でも僕はもう逃げない。
僕はちっぽけな人間。
何の専門知識もないただの高校生。
ならば僕にできることは唯、一つ。
優香のことをしっかり受け止め、信じて、
そして想いを伝えることのみー。
誠吾は、深呼吸をすると、優香の家のインターホンを鳴らした。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
3話で書くつもりが、収まりきりませんでした…汗
22日に
精神崩壊~ココロノキズ~(仮称) を執筆予定デス!
少し間が空いてしまってすみません!
お読み下さりありがとうございました!
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