母を失った4歳の少年は、
ママを追い求めていたー
そんな純粋な願いは、
善悪の概念が無いまま、新たなママを
探し求めて、暴走するー
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「ねぇ、ぼくの”ママ”になってよー」
保育園から帰ってきた裕樹は、
隣家の家族、森川家の庭に入っていき、
森川家の若い母親・藍の方を見て言った。
「--ゆ、裕樹くん?ごめんね」
藍が、しゃがんで、裕樹の方を両手で
掴みながら諭すようにして言う。
「わたしは裕樹くんのママにはなれないの」
森川家の父と息子が見つめる中、
藍はそう言った。
「--わたしは、良太郎のママだから…ね?」
藍が言うと、
裕樹は言った
「--ずるい!僕にはどうしてママが居ないの?ずるい!」
4歳の少年の純粋な疑問。
藍も、塚田家の悲劇はそれとなく聞かされている。
だが、4歳の少年に、どう答えていいか分からず困惑する
「ずるい!ずるい!ずるい!」
裕樹の中で、憎しみや嫉妬、色々な感情が
膨れ上がっていく。
そして、もう一度言った。
「ねぇ、ぼくの”ママ”になってよー」
と。
裕樹の目を見た藍は、何故だか
自分が裕樹のままであるような
そんな錯覚に支配された。
「え…」
藍は、うつろな目で、裕樹の目を見る。
「--ねぇ、ママ!」
裕樹が言う。
「---うん」
藍は呟いた。
「わたしは、裕樹くんのママー」
「わたしは、裕樹くんのママー」
藍がそう呟くと、
ゆっくりと立ち上がる。
「おい?藍?」
父親が不思議そうに言う。
「-ママ!一緒に積み木で遊ぼうよ!」
そう言って裕樹が手を引くと、
藍はうつろな目のまま
「うん…遊びましょう」とつぶやいた。
裕樹の家の方に一緒に向かっていく藍。
「---お、、お母さん!」
藍の息子が叫んだ。
その言葉を効いて、裕樹が、睨むようにして言った。
「--ママは、ぼくのママだ!」
裕樹の言葉には、敵意がにじみ出ていた。
「ママを僕からとらないで!」
裕樹が言うと、
藍が、自分の息子の前に近づいて行った。
そして、息子を躊躇なくビンタした。
「--わたしは裕樹くんのママー」
そう呟くと、泣きじゃくる自分の息子と、
戸惑う夫を放置して、
隣のー
裕樹の家に入って行った。
「--ママ-!だっこしてー!」
裕樹が甘える。
藍は、ほほ笑んで、裕樹をだっこする。
自分でも、少し疑問に感じながらも、
自分は裕樹のママでなくてはならない。
いや、”最初からそうだった”と
考えながら、裕樹を抱っこして見せた。
「--ママ!僕、カレーが食べたい!」
そう言うと、藍は「カレー?そっかぁ~わかった!」と
笑顔を見せた。
そして、そのままスーパーに向かい、
カレーの素材を買って、藍は帰ってくる。
「--おい、何やってんだ?」
父の正信が異変に気づき、2階から降りてきた。
「--あ、あなた、森川さんの…」
正信は、なぜ、隣の家の奥さんがいるのかと
疑問に思う。
すると、藍は微笑んだ。
「--わたし、裕樹くんのママ!」
と。
「お、、おい…冗談は困りますよ奥さん」
そう言うと、藍は、うつろな目になって考え込む。
インターホンがなる。
森川家の夫だ。
”すみません。妻がお邪魔してると思いますが?”
「あ、はい!」
正信が玄関に向かう。
いったいどうなってるんだ?
と思いながら。
じゃがいもを手に持ったまま、藍はうつろな目で
何かをつぶやいている。
「--ママを…」
裕樹がつぶやいた。
「ママをとるな~~~~~~!」
裕樹が叫んだ。
家に入ってきていた森川家の夫と、
裕樹の父親の正信が少し驚いた表情を浮かべる。
「--おい…裕樹…ママはな…」
正信が説明しようとすると、
裕樹は叫んだ。
「どうしてボクからママをとろうとするの!
ねぇ、どうして!」
そして、裕樹は泣きながら続けた。
「僕からママを奪おうとするのは
わるいやつだ!
だいまおうだ!
ねぇ、ママ、悪いヤツをやっつけてよ!」
裕樹がそう言うと、
藍の身体がビクンとなり、
うつろな目のまま台所に向かって
包丁を手にした。
「ママ!悪いヤツをやっつけて!」
「---うん」
藍は、夫に向かって突進した。
慌てて夫が藍を抑え込む。
「--ママ、わるいやつをやっつける」
「--ママ、わるいやつをやっつける」
まるで操り人形のようにそう呟き続ける藍。
夫はなんとか包丁を押さえながら叫んだ。
「藍!どうしたんだ!?おい?藍!」
夫の悲痛な叫びにも
藍は包丁を逃げる手を緩めない。
「--おい!おい!」
夫が取り押さえながら、
正信の方を見て叫んだ。
「おいあんた!妻に何をした!」
しかし、裕樹の父である
正信にも事態を把握することはできず、
ただただ困惑していた。
「--お、おれは何も…」
しかし、そんな中、
裕樹が突然笑い出した。
「ママをを奪うヤツは許さない!
ママ、だいまおうをやっつけて!」
裕樹が無邪気に笑いながら言うと、
藍はさらに力強く、夫を刺そうとした。
「--今、ママが悪党をやっつけてあげるからね」
「--今、ママが悪党をやっつけてあげるからね」
まるで呪文のように藍はうつろな目のまま呟く。
藍の夫は藍の顔を見て、叫んだ。
「藍!目を覚ませ!」
とー。
夫の真剣なまなざしを見た藍は
はっとした様子で動きを止めた。
「----あ、、あれ、、わたし…」
包丁をその場に落とす藍。
「わ、、、わたし…急に…わたし…
ど、、どうしてこんなこと…
わからない…わたし」
藍はその場に泣き崩れてしまった。
夫は「もう大丈夫だから」と優しく愛を
抱きかかえた。
何が大丈夫なのか?と藍の夫自身も
自問自答しながら。
「---おい…!
もう、うちに関わらないでくれ」
藍の夫はそう言うと、
藍を抱きかかえながら、
立ち去って行った。
「----」
残された裕樹と父親の正信は沈黙する。
「おい、裕樹、お前ーー」
正信が言うと、
裕樹は笑った。
「ぼく、ママが欲しい!
ねぇ、パパ!
おもちゃは買ってくれるのに
どうしてママを買ってくれないの?」
まだ4歳の裕樹に
命の話は早すぎるのかもしれない。
しかし、正信は話さなければいけないと思った。
「--ママはな…とられちゃったんだ。
悪いヤツに…。
もう、ママには会えない」
どう説明していいか分からず、正信はそう説明した。
裕樹の目から涙がポタポタと落ちる。
「---ごめんな 裕樹」
正信は泣きじゃくる息子の裕樹を優しく抱きしめた。
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その夜ー
裕樹は眠りながら呪文のように呟いていた。
「ぼく、ママを奪ったやつを許さないー」
「ママをとったやつ、ゆるさない」
「おもちゃみたいに、壊してやる こわしてやる こわしてやる」
”ママ”の命を奪った男は、
既に、あの日、パニックを起こした裕樹によって
殺されている。
幼い子供が起こした事故ー。
そう、処理され、裕樹が罪に問われることはなかった。
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翌日ー
ホームヘルパーが居なくなってしまったため、
正信は困っていた。
来週からまた別のヘルパーさんが
来てくれることになっていたが、
どうしても今週の土日、来てくれる人が
いなかったのだ。
そんな途方に暮れる正信に、
近所の女子大生、彩香が声をかけてくれた。
近くのアパートに住む彩香は、何かと裕樹を
可愛がってくれていたし、よく公園で
裕樹と遊んでくれていた。
彩香の方でトラブルがあったときは、
正信が力を貸してくれたこともある。
良好なご近所関係なのだ。
「悪いな…今日と明日だけ、お願いするよ」
正信の仕事は水曜日だけが休みだった。
そのため、土曜日・日曜日は仕事だった。
「--はい。裕樹くんにわたしも癒されちゃうんで!
だいじょうぶです!」
彩香が笑いながら答える。
正信はそんな彩香に「ありがとう」とつぶやき、
玄関から外に出た。
「---祐樹くん、何してあそぼっか?」
彩香がほほ笑みながら言う。
女子大生らしく、おしゃれで、
美人の部類に入る彩香は、
大学で人気の存在だった。
将来は、子供と関わる仕事をしたいのだと言う。
「---じゃあ」
裕樹が彩香の方を見た
「ぼくの”ママ”になってよー」
裕樹は言う。
遠いところにママが行っちゃったなら
新しいママを手に入れればいい。
前にパパは言った。
おもちゃを壊してしまって、泣いている時に、
「壊れたら、また新しいのを買えばいい」って。
昨日、パパは言った。
ママは、悪い奴にとられちゃったのだと。
だからー
新しいママを手に入れればいい
「---え」
彩香の表情から微笑みが消える。
「ねぇ”一生”ぼくのママになってよ」
裕樹の言葉に、
彩香がぬけがらのように、うつろな目で呟いた。
「はい…」
彩香が、そう呟くと、
裕樹は笑った
「ねぇ、だっこしてママ~!」
”ママ”になった彩香は、裕樹を
実の息子のように、優しく抱っこして微笑んだ。
「ねぇママ、お願いがあるの」
抱っこされたまま裕樹が言う。
「なぁに?」
彩香が微笑む。
笑ってはいるが、催眠術にかけられているかのように、
その表情は不気味だ。
「ママをとった、わるいやつをやっつけて!
ママをうばったやつを、こわして!」
裕樹が言うと、彩香はさらに微笑んだ。
「うん…裕樹のお願いだもんね…
わかった」
彩香は台所に向かうと、包丁を持って
玄関の前に立った。
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夜ー
「ただいま」
父親の正信が帰宅した。
「---おかえりなさい」
虚ろな目の彩香が出迎える
「あぁ、ありがとう たすか…!?」
そう言いかけた正信に鋭い痛みが走った。
正信が驚いて身体を見ると、
彩香が正信の腹部を包丁で刺していたー
「--裕樹のママを奪ったやつを、ぶっこわすー」
虚ろな目で彩香がそう呟いたー。
「---ひっ!?」
正信は悲鳴をあげる。
そう、1年前のあの日ー
雨が降り出してきたー
やかましい音を響かせる大雨がー
そして、修羅場が始まろうとしていたー
③へ続く
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コメント
なぜ、父親が刺されてしまったのでしょうか。
そして、無邪気な裕樹くんの願いの行方末はー
明日をお楽しみに!
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