幸せな若い家族ー。
その幸せを壊してほしいー。
そう、依頼を受けた。
例え、悪魔のような所業であっても、
彼は、”ある目的のため”淡々と、仕事をこなすのみー。
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50万。
そのお金を受け取り、
枚数を数え終えた処刑人は、
目の前にいる、40代の独身女性ー、
中間 肇子(なかま はつこ)を睨んだ。
「後悔はしないか?」
その言葉に、肇子は手を震わせる。
自分が、ここで「はい」と言えば、
隣家の、幸せそうな家族は
ぶち壊しになるのだろうか。
だがー。
独身の自分にとって、嫉妬が爆発しそうな日々は、
もう飽きた。
これ以上は、我慢できない。
肇子はー
女子大生の頃に、彼氏がいた。
しかしー
ある日、子供が出来てしまい、
彼氏と相談した末に、子供をおろすことにした。
そしてー
子供をおろしたことを確認した彼氏は言った。
”面倒なことにならなくて良かった”と。
その日を最後に、彼氏との連絡はつかなくなった。
それ以降、肇子は男性不信となり、
ずっと一人で暮らしてきた。
そんな肇子にとって、幸せそうな隣家・石堂家の存在は
目障りでしかなかった。
「---後悔なんて、しないわ」
肇子は強い口調で言うと、
処刑人はふっ、と笑った。
処刑人は、廃墟の外の月光を見つめながら言った。
「世の中は、不条理なものだな…」
そう呟く、彼の目には、悲しみの色がにじみ出ていた。
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翌日。
肇子が家の前の植物に水をやっていると、
石堂家の世帯主・石堂 高志(せきどう たかし)と
まだ学生のような雰囲気も残る、25歳の主婦・
石堂 絵里加(せきどう えりか)が出てきた。
今日は日曜日。
仲良く何か、家の前で話をしている。
「--あ、おはようございます」
絵里加が、肇子に優しく微笑みかけた。
「お、、おはようございます」
肇子はそう言うと、慌てて家に入って行った。
あの処刑人が、詐欺師でなければ、
今日、石堂家の3人は、全員死ぬー。
それも、肇子が依頼したとおりに
”滅茶苦茶に”されてー。
肇子の手は震えていた。
石堂家が自分に何をした?
自分が、ただ一方的に、石堂家のことを憎み、
逆恨みをして、
あげくの果てに命まで奪おうとしている。
自分は醜い存在だ。
でもー
もう、決めたことだ。
肇子の心には一晩のうちに
迷いが生じていた。
処刑人の噂を聞きつけ、
処刑人に石堂家の殺害を依頼した
彼に依頼すると、
翌日に、その通りの出来事が起きて、
ターゲットが死ぬと言われている。
今回の場合、肇子が依頼したとおりに
「石堂家は滅茶苦茶になって全員死ぬ」
「---そんなこと、あるわけないじゃない」
自分が、隣の家の幸せを壊そうとしていることの
罪悪感に押しつぶされそうになりながら、
肇子はテレビの電源を入れた。
気分がもやもやする。
こんな時には、テレビを見るのが一番だ。
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石堂家は、日曜日を利用して
遊園地に行く予定になっていた。
「--今日は遊園地だぞ~」
高志が一人息子の
輝明(てるあき)に笑いながら話しかけると、
輝明は「やったぁ!」と嬉しそうに叫んだ。
まだ5歳。
可愛らしい男の子だ。
「--あ、ちょっと上から荷物とってくるね!」
母の絵里加がそう言って、2階に上がる。
その時だったー
「うっ…!」
絵里加が動きを止めた。
そしてー、
次の瞬間、笑みを浮かべた。
「微笑ましい家族だなーー
だがーー」
絵里加は持っていた荷物を放り投げると、
自分のスマホを手に、微笑む。
絵里加がスマホにタッチして何かをし始めた…
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一人、テレビを見ていた隣家の肇子は思う。
あの処刑人はきっと詐欺師だ。
お金を巻き上げるだけ巻き上げて、何もしない…
そういう類の詐欺師だろう。
肇子は体中を震わせていた。
そうであって欲しかった。
隣の家の家族を殺したいなんて
一時でも考えた自分がバカだったー。
「---!?」
肇子のスマホが鳴った。
恐る恐る肇子がそれを開くと、
そこにはーー
”依頼を受けた石堂家家族の処刑”
と書かれていた。
そして、
そこには、動画サイトへのURLが貼りつけされていた…。
「これは・・・」
肇子が動画を開くと、
隣の家・石堂家の妻・絵里加が写っていた。
動画名はー
”幸せな家族の幸せを自ら壊してみた”
「ちょ、ちょっと…何これ!?」
肇子は思わず、一人で呟く。
隣の家の絵里加はこんなことをする人間じゃない。
まさかー
”みなさん こんにちは~♡
これから、わたしがみなさんを
楽しませてあげます~ふふふ♡”
絵里加が、嬉しそうに手を振っている。
色気を振りまくような喋り方をしながら…
やはり、おかしい。
”わたし、夫と5歳の息子と
幸せに暮らしているんだけど、
今日は、その幸せを、わたし自らの手で
滅茶苦茶にしちゃいま~す”
笑いながら言う絵里加。
「--ーー」
肇子はその動画を見ながら
身体を震わせた。
昨日の処刑人とやらが何かしたんだ…!
どうせ、金を巻き上げるだけの詐欺師だろうと
思っていたけれど…違った!
「--と、、止めないと…!」
肇子は慌てて靴を履き、玄関から飛び出した。
昨日は確かに、
石堂家なんか不幸になれ、滅茶苦茶になれ、と思った。
けれどー
一晩明けてー
正気を取り戻した肇子は、
自分のしようとしていたことに、恐怖を覚えたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「--みてみて、わたしの身体~
うふふ♡」
絵里加が自分の服を脱いでいてくサマを
自分で撮影しながら微笑んでいる
「あぁ~♡
全世界に身体を見せちゃうなんて、
わたしったらエッチ!」
嬉しそうに飛び跳ねながら、絵里加は、
ふと、部屋の隅にあったものを見つける。
女子高生の制服。
絵里加の高校時代のものだろうか。
「--ふふ♡ みんなに生着替えみせてあげるね!」
そう言うと、絵里加は色っぽく洋服を
脱ぎ始めて、高校時代の制服に
着替え始めた。
動画のライブ配信の
視聴者数は、どんどん増えている。
絵里加は今、
処刑人に完全に乗っ取られている。
身体も、心もー
制服に着替え終わった
絵里加は、女子高生っぽい
ピースポーズをして、ほほ笑んだ。
25歳になった彼女が
こんなことをさせられていると知ったら、
彼女自身は赤面してしまうかもしれない。
けれど、今の彼女には
そんな思いは、ない。
「じゃあ、これから家族を滅茶苦茶にしま~す♪」
そう言うと、嬉しそうに家族の待つ
1階へと降りた。
「ーーお、遅かったな。
そろそろ出発の準備を」
夫の高志はそこまで言いかけて、
女子高生の制服を着ている妻を見て
口を止めた。
「--お、お前、何やってんだ?」
高志が唖然とする。
そんな高志を無視して、
絵里加はクルっと回転して
スカートをふわりとさせてみせた
「どう?可愛いでしょ?」
絵里加が言う。
高志は、絵里加が何をしたいのか分からず、
そのまま口を半開きにしながら固まっていた。
「--おかーさん!ゆうえんちー!」
息子の輝明が言うと、
絵里加は大声を出した
「お姉さんと呼びなさい!」と。
高志も、輝明も、
絵里加の突然の怒鳴り声に唖然とする。
「--お、お前何を言って…」
唖然とする高志。
絵里加は、なおも、女子高生のような
ポーズをしながら笑っている。
「--お、おかあさん!遊園地!」
涙目で輝明が言うと、
絵里加は突然、輝明の足をつかんで
輝明を転倒させた。
そして、両足をつかんで、
ハンマー投げのように輝明を振り回した。
部屋中に響き渡る泣き声。
「--お、おい!何やってんだ!」
夫の高志が叫ぶ。
「--うふふふふふ!
遊園地!行きたいんでしょ~
お姉さんが乗り物役やってあげる~!」
そう叫ぶと、絵里加が、ジャイアントスイングのように
高志を振り回す。
そして、絵里加は、
「幸せな家族の崩壊~!えへへへへへっ!」
と叫ぶと、そのまま、輝明を投げ飛ばした。
頭から冷蔵庫に激突する輝明。
「--お、、おま…」
高志はもはや言葉を失っている。
絵里加は包丁を手に取ると
微笑んだ。
「--ねぇ、わたし、
幸せをぶち壊したくなったの…!
くく、うふふふふ・・・うふふふふふ♡」
狂った殺人鬼のように笑う絵里加。
「おーーー、、おお、、おおい!
な、、何のつもりだ!」
高志はそう言いながらも、
倒れた冷蔵庫の下敷きになってしまった
息子の身を案じた。
しかし、それ以上に、恐怖で動けなかった。
高校生のような格好をした、妻・絵里加を前に
身動きを取ることさえ、できなかったー。
「---ーーも、もうやめて!」
玄関から、隣の家の独身女性・肇子が入ってきた。
絵里加も高志も、肇子の方を見る。
「--き、昨日の、、昨日のお話しはなしで!!
なしでお願いします!」
肇子が泣きながら言う。
どう考えてもおかしい。
絵里加は、昨日の処刑人に何かされたに違いない。
こんなことをする人ではないことは、
隣家に住んでいた肇子が、よく知っている。
絵里加は包丁をペロリと舐めた。
「昨日言ったよな?」
冷たい目で言う絵里加。
”後悔はしないか”ってー。
「--……や、、やめて…
肇子が涙を流し、その場に蹲る。
そしてーー
夫・高志の悲鳴が響き渡った。
「--くふふ♡
視聴者のみなさん…どうでしたか?」
絵里加はスマホに向けて語りかけたが、
既にライブ配信は、停止させられていた。
事件性のある動画だと判断した運営側の配慮だろう。
「--ーーー」
絵里加は冷たい目付きで蹲っている肇子を
見つめた。
「人殺し!」
肇子は叫んだ。
絵里加はため息をついた。
「--依頼したのは、あんただ」
そう言うと、絵里加は煙草を加えて、
密かに運んでおいたガソリンをまくと、
そのタバコを美味しそうに吹かせて、
ガソリンに吸い殻を投げ捨てたー
その事件は、
一家の無理心中として、処理された。
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翌日。
絵里加から抜け出した処刑人は、
いつもの廃墟で新聞を読んでいた。
昨日のことが、ニュースになっている。
「--ーーー」
足音が聞こえてきた。
また、依頼だろうか。
「--また、お前の仕業か?」
そこにやってきたのは、
一人の警察官だった。
「月谷さん・・・」
シルクハットをかぶった処刑人が言う。
「--お前の気持ちは分かる。
だが、もう、やめるんだ」
月谷と呼ばれた刑事が言うと、
処刑人は首を振った。
「--私はやめませんよー。
妹のためにー」
処刑人は言う。
処刑人はー
元刑事だった。
ある日、妹が何者かに”憑依”されて、
大量殺人を起こした末に、命を絶った。
その事件には、憑依薬が絡んでいる。
警察もそれをつかんでいた。
だがー
”憑依薬”の存在が明るみに出れば
世間は混乱する。
だからー
警察はそれを隠ぺいした。
憑依された妹は、大量殺人犯の汚名を
被ったまま、死んだー
いや、殺された。
「--私はやめませんよ。
憑依薬の存在を、警察が認めるまで、
何度でも、何度でも、事件を起こす」
処刑人が言った。
「--お前の気持ちは分かる。
妹さんは気の毒だった。だが、
憑依薬の存在が明るみに出れば…」
月谷が言うと、
処刑人は微笑んだ。
「---月谷さんも、大切な人を
憑依されて奪われれば、分かりますよー
わたしの気持ちが」
処刑人は不気味な笑みを浮かべて、
夜空の方を見つめたー。
そうー、
処刑人をやっているのは、妹の汚名を晴らすため…
生活していくためのお金を稼ぎながら、
警察に憑依薬の存在を認めさせるためー
処刑人は、悲しそうに夜空を見ながら微笑んだ。
③へ続く
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コメント
憑依薬…もし実際に存在したら
やはり最初は隠ぺいされるのかも…?
憑依処刑人は、次回で最終回です!!
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