<憑依>わたしは、消えてしまうから②~想い~

愛美は、友人の奈々枝の体に憑依して、
消えることを免れた。

奈々枝として、学校に登校する愛美。

愛美は、彼氏である雅幸と、学校で再会する。
そして、彼女が選ぶ道は・・・。

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「---おはよう」
奈々枝が声をかけると、
雅幸は振り返った。

「あ、おはよう」
雅幸が振り返って微笑んだ。

「---赤石さん」
そう、呼ばれた。

ショックだった。

勿論、雅幸が奈々枝のことを赤石さんと呼ぶのは
当然のことだ。

まさか、奈々枝の身体の中に、愛美が憑依している、なんて
思いもしないだろう。

「---あ・・・」
茫然としている奈々枝をみて、
雅幸が首をかしげる。

「--赤石さん?どうかした?」
そう尋ねる雅幸に、
奈々枝は
”愛美だよ”と、喉のあたりまで言葉が出かかってしまったモノの、
それをなんとか抑え込んだ。

この体は奈々枝の身体。
好き勝手にするわけにはいかないー。

わたしは、もう一度、雅幸に会えるだけで十分なのだから。

今朝、奈々枝と少しだけ話をした。

奈々枝は言った。
”とりあえず、明日あたりデートに誘ってみたら?”と。

明日は土曜日。
雅幸と一緒に居るチャンスだ。

けれどー。
奈々枝として?

愛美の心に、複雑なモノが走る。

奈々枝に憑依してわかった。
奈々枝は実は、雅幸のことが好きだった。

その想いを、隠している。

憑依したことで奈々枝の意識や記憶の”ごく一部”が
流れ込んできた。
その中でも、一番強い想いが
”雅幸への好意”だった。

”親切のふりして、雅幸に近づこうとしてるんじゃないか”

愛美は、奈々枝のことをそんな風に思ってしまった。

そしてー、
奈々枝もそんな愛美の疑念を感じ取ったのか、
朝以降、何もしゃべりかけてこなくなった。

「・・あのさ」
奈々枝が口を開く。

「ん?」
雅幸が振り返る。

「あ、明日・・・ちょっとだけ・・・いいかな?」
奈々枝が緊張した様子で言う。

奈々枝にデートに誘われたら、
雅幸はどんな反応をするのだろうー。

断って欲しい・・・
そう思う気持ちもあった。

でもー

「---ちょっとだけ・・・って?」
恋愛に鈍感な雅幸が首をかしげる。

「あ、、ほ、、ほら、、愛美も居ないし
 一緒に買い物でも・・・って」
奈々枝が言うと、
雅幸は微笑んだ。

「あ~うん、いいよ」
雅幸はそう答えた。

なんとなく、寂しい感じもした。
自分が居なくなれば、こうやって、奈々枝と
どんどん接近していくのだろうか。

「-ーーーーー」
奈々枝は無意識のうちに、怖い表情をしていた。

「赤石さん…」
不思議そうに、雅幸が様子をうかがっている。

「---え、あ?ご、ごめん。
 じゃあ、明日、よろしくね」
奈々枝は座席に戻ると、
少しイライラしながら自分の髪をいじくり始めた。

(嫌だ…わたしが消えたら、雅幸は・・・
 わたしのことを忘れて・・・奈々枝と一緒に・・・)

奈々枝に憑依している愛美の中で
疑念がどんどん大きくなっていく。

自分では、押さえつけることのできないほどに、
その疑念は、大きくなっていく…。

(・・・愛美・・・)
不安と恐怖から来る苛立ちと、
愛憎交じり合った複雑な感情が、
愛美に体を貸している奈々枝にも伝わってきた。

”わたしが奈々枝になってしまえばー”
愛美はそんな風にさえ思い始めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日の夜。

(よかったね・・・。明日、デートできるじゃん)
奈々枝の意識が、憑依している愛美に語りかける。

「---」
愛美は答えない。

(ねぇ…愛美・・・
 大丈夫?9

奈々枝は不安になって尋ねた。
愛美は”自分が死んだ”という事実を
受け入れられず、混乱している。

愛美に対する心配も当然ある。
そして、このまま自分の身体が奪われてしまうのではないか、という
不安も奈々枝の中にはあった。

「--黙ってて」
奈々枝の身体を支配している愛美が冷たい声で答えた。

(え・・・)
奈々枝の不安がさらに膨らんでいく。

「---黙っててって言ってるの」
それだけ言うと、愛美はイライラした様子で
明日の準備を始めた。

(ま・・・愛美・・・
 わ、、わかったわ)
奈々枝の意識はそう答えた。

自分だって、もしも反対の立場なら
混乱して、苛立つかもしれない。
愛美には、少し、時間が必要だ。

奈々枝は「でも」と付け足した。

(わたしは、愛美や雅幸のこと、
 大事な友達だと思ってるから・・・。
 これだけは、忘れないでね)

奈々枝の言葉が、奈々枝に憑依している
愛美には嬉しかった。

でも、不安や恐怖が交じり合って、
冷たい言葉を吐いてしまった。

「そうやって・・・わたしが居なくなったら
 雅幸を奪うんでしょ?」

その言葉に、奈々枝の意識はもう、返事をしなかった。

「--ふん。図星?」
愛美に支配されている奈々枝の身体は、
不機嫌そうにそう呟いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日。

雅幸は、奈々枝と合流した。

奈々枝は、愛美が普段おしゃれをして
行くようなのと同じ感覚で、
おしゃれをして出かけた。

「--赤石さん、いつもとイメージ違うなぁ」
雅幸が笑いながら言う。

「え・・・あ、、そ、そうかな?」
奈々枝が慌てて言うと、
雅幸は微笑んだ。

「--ど、、どこが、違う?」
奈々枝は尋ねる。
違和感を感じるのは当たり前かもしれない。

奈々枝と雅幸も、幼馴染同士。
ずっと見て来たからこそ、違和感を感じ取るのだろう。
今の奈々枝は、見た絵は奈々枝でも、中身は愛美なのだから。

「--な、なんか、その・・・」
恥ずかしがり屋の雅幸が少し顔を赤らめる。

「---か、可愛いな・・・って」
顔を真っ赤にして言う雅幸に
奈々枝は「なにそれ」と笑いながらも、
内心ではイライラしていた。

「(こうやって、仲良くなっていくのね)」と
吐き捨てるように心の中で呟いた。

「・・・ま、まぁ、愛美も居ないし、
 雅幸、寂しそうだから、今日は代わりに・・・ね」
奈々枝が言うと、
雅幸は笑いながらも、こう言った。

「うん・・・
 1年間ってわかってるんだけど、
 愛美が居ないと、すごくさびしいなぁ・・・

 でも・・・まぁ、1年間の信望だからね。
 あんまりうじうじしてると愛美にも
 嫌われちゃうし。
 なんか、LINEも上手く繋がらないみたいだから、
 1年間の間、寂しいけど、待つよ」

雅幸が言った。

奈々枝は言葉に詰まる。

”1年待っても、もうわたしは帰れない”

「----」
奈々枝が難しい表情をして考え込む。

でも、言うことはできないー。
雅幸と一緒に居たいー。
けれど、雅幸が悲しむ顔は見たくない。

雅幸が悲しむ顔なんて見てしまったら、
わたしは・・・

自分は悪霊にでもなってしまうのではないかと
そう思った。

そう、自分は死んだんだ・・・。
だから、今日1日だけでも、
今日1日だけでも、雅幸と居られることを
幸せに思わなくちゃいけない。

奈々枝が体を貸してくれたことを、
感謝しなくてはいけない。

「---赤石さん?」
雅幸が、奈々枝の方を見つめながら言った。

「え?」
奈々枝は我に返った。

「--だいじょうぶ?急に難しい顔して
 動かなくなっちゃうから・・・」
雅幸の言葉に奈々枝は頷いた。

わたしが今日、言わなくても、
数日以内には”わたしの死”が海外から
伝わるだろう。

そのとき、雅幸はどういう反応をするのだろうか。
雅幸はきっと、とても悲しむだろうー。
それこそ、食事ものどを通らないぐらいにー。

「-----」
雅幸に背を向けながら、奈々枝は涙をこぼした。

「---ごめんね・・・」
”帰れなくてごめん”という意味の呟きだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

楽しい時間ー。
雅幸と買い物しているだけでも、
自分の今置かれている立場を忘れて、
笑顔になれたー。

こんな時間が永遠に続けばいいー。
そうも思った。

このまま奈々枝としてー。

ファミレスで昼食を食べる二人ー。

奈々枝は、雅幸に声をかけた。

「--雅幸・・・あのさ・・・
 もしも、、もしも愛美が急に海外から
 帰ってこれなくなったら・・・
 雅幸はどうするの?」

やっぱり、奈々枝と一緒になるのだろうか。

「---え?」
雅幸は不思議そうに奈々枝の方を見る。

「--あ、いや、例えの話よ!
 もしも、もしもそういうことがあったら、
 どうなのかなって?」

奈々枝の言葉に、雅幸は数秒間
考え込んだ。

そしてーー

「それでも、僕、ずっと待つよ」
雅幸は、心からの笑顔を浮かべて言った。

「--愛美が、帰ってくるまで、僕はずっと待つ」
強い意思から出た言葉だった。

「---雅幸」
奈々枝は雅幸の目を見ながら続ける。

「もしも・・・10年・・・いえ、100年・・・
 ずっと帰ってこれないとしても?」
奈々枝のさらなる質問に雅幸は、即答するー。

「-うん。待つよ。ずっと

 ほら、僕は愛美の事が大好きだから」

雅幸が笑顔で言う。
奈々枝は思わず顔を赤らめてしまう。

「--だ、大丈夫?顔が赤いよ?」
雅幸が言うと、
奈々枝は慌てて「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と答えた。

「ちょ、ちょっとお手洗いに」
奈々枝は一人、トイレに駆け込んだ。

そしてー
我慢していた涙をこぼした。

「-うん。待つよ。ずっと
 ほら、僕は愛美の事が大好きだから」

雅幸の言葉を浮かべながらー。

「ごめん・・・わたし、帰れないよ・・・
 帰りたいけど・・・帰れないの・・・」

奈々枝に憑依している愛美に
あるイメージが流れてきた。

「------」

海外で、自分の体が火葬される瞬間だった。

「--------」
奈々枝は、涙を流す。

「---わたしは・・・もう・・・」

悲しみに暮れる愛美に、
奈々枝の身体から、奈々枝の想いが
流れ込んできた。

奈々枝にーー
雅幸を奪う気など無かった。
奈々枝は、心から雅幸と愛美の幸せを
願っていたー。

「・・・・・」
奈々枝の身体に憑依しているからか、奈々枝の記憶や
思考が、少しずつ流れ込んできている。

奈々枝に、雅幸を奪うつもりなんてない。

奪おうとしているのはーー
人のものを奪おうとしているのはー、
奈々枝の身体を奪おうとしている、自分自身ー。

「----ごめん」
奈々枝に憑依している愛美は呟いた。

このままじゃ、雅幸は、
一生誰とも恋愛しないまま、
その生涯を終えてしまうかもしれないー。

愛美は
雅幸の幸せを願っていた。

自分には、もう、それができない。
なら、せめて・・・

「--奈々枝」
愛美は、奈々枝を呼んだ。

(・・・・・・どうしたの?)
奈々枝の意識が返事をする。

「---わたし・・・
 今日までで充分・・・。」

愛美は決意したー。

自分は死んだー。
死者はーーー
ここにとどまってはいけない。

自分は怨霊でも、悪霊でもないー。
人として、消えていきたい。

(…え)
奈々枝の意識が驚いたように声を出す。

「--ありがとう。奈々枝ちゃん。
 雅幸と、今日だけでも楽しめて、
 本当にうれしかった」

涙を流しながら鏡を見つめるー。

「--あと、3時間だけー。
 雅幸とのお別れを済ませるから」

そう呟くと、
愛美は奈々枝として、お手洗いから出て、
雅幸の待つテーブルへと向かった。

③へ続く

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今日は指が痛いので、
いつもより書くのに時間がかかりました(笑)

 

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