獣の残留思念に憑依された
柚香は、身も、心も獣に変わっていく。
そんな中でも、彼氏の直樹は懸命に
柚香を支えようとしていた…。
--------------------------
「ごめんね…」
柚香が、四つん這いで皿に入れられた生肉を
口で食べている。
毛が獣のように全身に生えてきている。
今でもワンピースやスカートを身に着けているが、
直樹には分かっていた。
もう、服を着ることに対しても、柚香は
違和感を覚えていることに・・・。
鋭い牙で肉を食べていく柚香。
その食べ方は、とても獰猛で、汚らしいー。
「---わたし……」
寂しそうな目で直樹を見つめる柚香。
柚香は一体どうしてしまったのか。
”獣の残留思念”に憑依されたー。
そんなこと、直樹や、柚香本人に分かるはずもなかった。
「--大丈夫。心配するな。
どんなになっても、柚香は、柚香だ」
その言葉に、
柚香は少しだけ微笑んで、「ウゥゥ…」という獣のような声を
あげるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「---あれ?最近、柚香ちゃん見かけないよね?」
大学で女友達の樹里(じゅり)が言う。
「--ん?あ、あぁ、ちょっとな」
歯切れ悪く返事をする直樹。
そんな直樹を見て、樹里は、
少しだけ意地悪な気持ちになった。
「---喧嘩でもした?」
樹里の言葉に、直樹が元気なく答える。
「そんなんじゃないよ…でもさ…」
直樹が悲しそうに言うと、樹里は微笑んだ。
「--ふぅん…いろいろあるんだね」
樹里は、そう言うと、心の中に
”黒い感情”が湧き出てくるのを感じた。
樹里はー、直樹に好意を抱いていた。
しかし、柚香に先を越されたため
身を引いていた。
「--気晴らしに、今度一緒に映画でも観に行かない?」
「--え?」
直樹が樹里の言葉に、一瞬戸惑う。
樹里は優しそうな笑みを浮かべている。
「--い、いや、ごめん…
柚香を裏切ることはできないから」
直樹が樹里の申し出を断ると、樹里は
そっか、ザンネン とだけ呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜。
廊下に…
排泄物が落ちていた。
心もーー
次第に獣に近づいている柚香はー、
トイレに行くことも、忘れはじめていた。
「----」
大学で疲れていた直樹はため息をついた。
「きったないなぁ…」
呟きながら、処理をする直樹。
そして、柚香の方に向かうと、
柚香は言った。
「肉たべたい!」と。
当たり前のように、四足方向で肉を待つ柚香。
既に、服も身に着けず、
毛深くなった皮膚と、胸を露出させている。
「---」
直樹は不機嫌そうに肉を用意した。
そしてーー
柚香の胸を直樹は触った。
「---!!」
柚香は、その瞬間、人間らしい感情を取り戻した。
「やめて!!」
柚香が鋭くなったツメで直樹を振り払う。
「---いてっ!」
直樹が、切り傷を顔に作って、慌てて胸から手を離した。
「あ・・・ご、、ごめ…」
柚香が咄嗟に謝る。
しかしーー
「---ふ、、、ふざけやがって!
俺がどれだけお前のことを思っていると思ってるんだ!」
直樹が怒りを込めて叫んだ。
柚香は驚いた表情を浮かべる。
「--毎日毎日毎日、俺に世話されるのが
当たり前だと思いやがって!
胸ぐらい触らせろってんだ!」
直樹は連日の疲れとストレスから
苛立ちが頂点に達していた。
柚香は悲しそうに雄叫びをあげた。
「--うるさい!黙れ黙れ!」
直樹は叫んだ。
そして、そのまま頭を抱え込んで、
黙り込んでしまった。
「--な・・・おき…ごめん…」
柚香も、そう言うと、部屋の隅っこで落ち込んでしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌週ー。
直樹は、女友達の樹里と、映画館に来ていた。
「良かったの?柚香ちゃんは?」
樹里が言うと、
直樹は言った。
「放っておけよ、”あんなやつ”」
あれから1週間。
直樹と柚香の溝は深まるばかりだった。
心では分かっていてもー。
愛情はある。
けれどー
もう限界だ。
直樹はそう思い始めていた。
「--ねぇ、今度、直樹の家に行ってもいいかな?」
小悪魔のような笑みを浮かべながら樹里は言った。
直樹は戸惑ったあとに、
「あ、、あぁ…」と答えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三日後。
直樹は動物用のオリを自宅に用意した。
「--柚香。柚香の為に、これを買ってきたよ」
直樹が笑う。
柚香は目に涙を浮かべて首を振る。
「---柚香、急に暴れたりするからさ…
俺も、柚香にとっても、この方が安全だよ」
直樹が優しく言う。
しかし、”目は笑っていない”
「--い、、、いやだ…
わたしは…なおきと…!」
柚香が涙を流しながら言う。
「---いいから早く入って」
直樹がほほ笑む。
「--ーいやよ!なおき!
わたしをみすてないで…!」
柚香が、叫ぶ。
「--うるせぇ!”獣のくせして”
俺の言うことが聞けないのか!」
直樹は叫んだー。
「俺はお前を愛してる!
だから保護してやるんだ!
とっとと入りやがれ…!」
”けものー”
柚香は酷くショックを受けた。
「ウゥゥゥゥゥゥアアアアア!」
獣のような雄叫びをあげると、柚香は
そのままオリの中に入って行った。
「---ガアアアアアア!」
その日、柚香が人間の言葉を話すことは
もうなかったー。
それから数日ー。
柚香の”獣化”はあの日から急激に進んだ。
心の支えであった直樹から見捨てられたことで、
柚香はーー
生きる気力を失っていた。
「柚香…エサだよ」
直樹が微笑みながら肉をカゴに入れる。
直樹は、今も柚香を大切にしているー
けれどー
その愛情は
”異性として”ではなく
”ペットに対するそれ”に変わっていた。
「ガアアウウウ!」
もうーー
柚香が人間だったことも、
直樹以外には分からないだろう。
どうして、こうなってしまったのか。
柚香は、自分が人間だったことも、既に
忘れかけていた。
直樹も、もう、柚香を人間としては
扱っていなかった。
ピンポーン
インターホンが鳴った。
ちょうど、オリからエサを取り出そうとしていた直樹は
「ちょっと待っててな」と言って柚香を置いて、
玄関へと向かった。
「--直樹くん!来ちゃった♡」
女友達の樹里が、ショートパンツ姿で
大胆に生足を晒した格好で入ってくる。
胸元を強調した服を着ている樹里はー
今日、直樹を誘惑するつもりだった。
樹里は部屋を見渡す。
”柚香はいない”
読み通り。
直樹と柚香は喧嘩か何かしたー。
それで別居しているんだ…。
樹里はそう思った。
「ねぇ、直樹くん…」
樹里が直樹の方を見る。
直樹も、樹里の色っぽい姿にまんざらでもなさそうだ。
「--ん?」
「--わたしと、、キスしよ?」
樹里が甘い声で囁く。
「--え?…ま、、まぁいいけど…」
直樹は顔を赤らめて言う。
「ふふ・・・」
樹里は甘い息を吐きながら、
直樹の唇に、自分の唇を重ねた。
そしてー
チャンスとばかりに、そのまま自分の舌を
直樹の舌に絡めさせ、
身体を密着させた。
「んふふ・・・直樹くん…
わたし…ずっと、あなたのことが好きだったの…」
樹里が言う。
直樹が顔を赤らめながら樹里を見た。
「---ほ…本当に…?」
信じられないという表情の直樹。
「--本当よ…!
ねぇ…直樹くん…わたしと…付き合って…
柚香と喧嘩したんでしょ?
あんな女なんか放っておいてさ…」
樹里が、イヤらしく太ももを近づけながら囁く。
「---」
背後では、”柚香だったもの”が、
二人を睨んでいる。
「----そうだな」
直樹は微笑んだ。
「---樹里…俺も、お前が好きだ」
二人は、再び熱いキスを始めた。
ぴちゃ…
「---?」
樹里が、違和感を覚えた。
ぽた…
ぽた…
液体が身体に当たる。
「---え?
直樹くん…もしかしてもう…?」
樹里は、直樹が興奮のあまり
濁った液体をあそこから放ったのかと…
そう思った。
けど…
「----ひっ・・・」
樹里の脚がーーー
噛みちぎられて、
真っ赤な血が噴き出ていた。
「いやあああああああっ!」
樹里が泣き叫んで、その場に崩れ落ちる。
「---じゅ、樹里!?」
抱きしめあっていた直樹も異変に気付いた。
「グルルルルルルルル…」
柚香がーーー
開けっ放しになっていたオリから飛び出た柚香が、
樹里に襲い掛かっていた。
「--な、、何よコイツ!やめて…来ないで!!!」
片足だけになった樹里が泣き叫ぶ。
綺麗な足がーー
赤に染まっていく。
「ガアアアアアアウ!」
怒りを爆発させた獣は、
樹里に襲い掛かった。
何度も、何度も、樹里を
食いちぎっていくー。
そしてーー
樹里だった肉の塊は動かなくなった。
「---ひっ…」
直樹がその場に尻餅をついた。
”柚香”が近づいてくる。
「ーーーち、違うんだ柚香!
お、、俺は…柚香のことを」
”これが本当の修羅場か”
直樹はそんな風に思った。
けれどー
こうも思った。
”柚香が俺を殺せるはずがない”
と。
柚香が口を開いた。
「---な…お…き…
ゆるさない…!」
とーーー。
「や、、、やめてくれーーーー!!!」
直樹の悲鳴が響き渡った…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ーーー。
”獣に襲われてカップル死亡”の
ニュースが大々的に報じられた。
狼のような獣が、住宅に侵入し、
そこにいた男女をかみ殺したのだ。
被害者は、
向井田 直樹(むかいだ なおき)と、
野下 樹里(のした じゅり)-
2人の大学生―。
そして…
自宅にはオリのようなものがあり、
自宅の持ち主である向井田 直樹が
違法に猛獣を飼育していた可能性があるとしてー
捜査は続けられていたー。
その場にいた獣はーー
猟友会によって射殺されたー。
最後の瞬間
「な お き」とつぶやいた、と
猟友会の男は言っていたが、
そのことを信じるものは居なかったというー
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
獣と化していく彼女。
もしも皆様が直樹君の立場だったら、
どうしますか・・・!
コメント