父は、プライドを捨てた。
娘の絵梨奈を助けるために、
金ヶ崎社長に頭を下げて、訴えることをやめた。
全ては、娘のため。
例え、罵られようとも。
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ピンポーン
絵梨奈が帰ってきた。
会社を訴えることを止め、
プライドを捨てた父。
だが、プライドは捨てても、
娘は捨てない。
その想いで、屈辱にまみれながらも、
金ヶ崎社長に頭を下げたのだった。
妻の和代が不安そうな顔で
隆吾を見る。
「---娘さん、お返しに来ましたよ」
インターホン越しに
金ヶ崎社長の側近を勤める社員、
原崎の姿が映るー
隆吾は返事もせずに、外へと飛び出した。
そこにはーー
不機嫌そうな様子で腕を組み、
胸元をはだけさせたシャツと
デニムパンツ姿の絵梨奈が居た。
「---え、絵梨奈」
隆吾が不安そうに言うと、
絵梨奈は言った。
「--気安く呼ばないで」
不機嫌そうな要素でそのまま家に入っていく。
「---」
隆吾はその姿を見ながら思う。
”絵梨奈はもとに戻っていない?”と。
金ヶ崎社長は元に戻すと言った。
あれは、嘘だったのか?
「--貴様!」
隆吾は原崎の胸元をつかんで睨みつけた。
「お、おれに八つ当たりするな!」
原崎はそう言って、隆吾の手を振りほどくと、
スーツの内ポケットから紙を取り出して、
隆吾に渡した。
「社長からの伝言だ」
それだけ言うと、原崎は足早に車に
乗って立ち去ってしまった。
帰路―、
原崎は思う。
原崎も、隆吾の娘、絵梨奈とは面識があった。
車で、絵梨奈を送っている最中のあの、
ふてくされた態度。
原崎はバックミラーで見ながら不覚にも
興奮してしまった。
あの、真面目な雰囲気だった絵梨奈が、
あそこまで変えられてしまうとはー。
「--憑依薬…欲しい…」
原崎はそう呟いて、口元を不気味に歪めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
”元”の居場所に戻してやった。
社長からの手紙にはそう書かれていた。
社長が”元に戻す”と言ったのは
娘の人格のことではなくー、
娘の居場所のことだったのだー。
そして、手紙の下の方には、
”お前もビジネスマンなら
ヒトの言葉の意味1個1個に気を配れよ”と
バカにした言葉が書かれていた。
「くそっ!」
隆吾が怒りにまかせて手紙をぐしゃぐしゃに丸めて
処分した。
「やめて!」
リビングから声が聞こえる。
「---和代!」
隆吾は慌ててリビングに入ると、
絵梨奈が、母親に暴力を振るっていた。
「ふざけんじゃねぇよ!
私は社長と楽しくやってたのに!
あぁ?何だよこれ?
わたしは、こんな安いモノ食べたくないの!」
絵梨奈が、母の和代が用意している
晩御飯を見て、キレていた。
「---やめてよ絵梨奈」
母親は泣いて、蹲ってしまう。
「あんたそれでも母親?」
見下した態度で絵梨奈が母を侮蔑する。
「娘にいいもの食べさせようと思わないの?」
絵梨奈が怒りに満ちた声で言う。
隆吾は悲しそうにその様子を見つめた。
こんなの絵梨奈じゃない。
絵梨奈は優しくて、思いやりに満ち溢れたー。
和代は泣きじゃくっている。
「--ほんっとうに最低。このクソババア」
絵梨奈はそう言うと、不機嫌そうにキッチンの方から
歩いてきた。
隆吾は思わず、絵梨奈の腕をつかんだ。
「--おい!母さんに謝れ」
隆吾が絵梨奈を睨むと、
絵梨奈も負けじと隆吾を睨んだ。
「---は?うぜぇんだけど?」
絵梨奈が挑発的に言う。
隆吾は叫んだ。
「母さんに謝りなさい!」
絵梨奈はなおも、不遜な態度を崩さない。
「--はぁ?うっせぇんだよ!
私はこんなところに戻ってきたくなかったの!
社長のところに居たかったの!
それが何よ?
アンタの勝手な都合で、私をこんなところに
呼びもどして、それで満足?
わたしのこと、道具としか思ってないんでしょ?
アンタたちにとって、都合の良いおもちゃなんでしょ!」
パチン!
隆吾は、絵梨奈の頬を叩いた。
初めて、娘を殴った。
「----っ…」
絵梨奈が少し驚いた表情を浮かべている。
書き換えられたとは言え、
絵梨奈の要素がすべて消えたわけではない。
父のビンタはー、
絵梨奈本来の心に、強いショックを与えた。
「---」
目を震えさせている絵梨奈。
「--絵梨奈!そんなこと言うんじゃない!
俺は、お前のことを愛している!
母さんもだ…
絵梨奈!目を覚ませ!
俺と母さんは、いつでもお前の味方だ」
そう言って、父は絵梨奈を力強く抱きしめた。
「------!」
絵梨奈は無言で、目を震わせている。
しかしーー
「…離せよ」
それだけ言うと、絵梨奈は、母と父を睨んで
2階に上がって行ってしまった。
「絵梨奈…」
隆吾は呟いた。
妻の和代はまだ、泣き続けている。
隆吾は決意したー。
どうにかしなくてはならない…と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うっぜぇ!うぜぇ!うぜぇ!うぜぇ!」
2階の自分の部屋では、怒り狂った絵梨奈が
髪を振り乱しながら暴れていた。
「~~~~~~~~~!」
言葉にすらならないうなり声をあげながら
イライラした様子で髪をかきむしる絵梨奈。
壁に何度も何度も何度も
拳を叩きつけた。
「私は!私は社長のところに帰りたいの!」
一人、怒鳴り声をあげる絵梨奈。
「うああああああああああっ!」
怒り狂い、部屋中のものを破壊していく絵梨奈。
破壊しつくした絵梨奈は、
息を切らしながら、その場に頭を打ちつけ始めたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それからも、状況は変わらなかった。
絵梨奈は父と母に反抗的な態度を示し、
学校にも行こうとはしない。
だがー、
隆吾は感じていた。
少しずつー
少しずつ、絵梨奈と心が通じてきている…と。
あれから1週間。
最初の頃は暴力をふるったり、モノを壊していた絵梨奈も、
そういうことはしなくなった。
「----…」
今はただ、ぼっと窓の外を見つめていることが多くなった。
服は派手になり、
態度は反抗的になり、
まるで、絵梨奈が絵梨奈じゃないかのようだ。
だが、けれども、
それでも絵梨奈はー。
「---ん?」
スマホに連絡があった。
金ヶ崎社長からだった。
”緊急の話”があるらしい。
娘の絵梨奈に絡む―。
隆吾は妻に後を託して、
金ヶ崎社長のもとへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「---失礼します」
隆吾が到着すると、金ヶ崎社長が振り向いた。
「ばぁっ!」
「--!?」
金ヶ崎社長が赤ちゃんのような声を出した。
「ばぶばぶ~きゃはははは!」
頭がおかしくなったのだろうか。
いや、元からか…。
隆吾は警戒しながら金ヶ崎社長に近づく。
…その時、背後から声がした。
「よぅ、坂城」
背後を振り向くと、
社長の側近で運転役を担っていた同期の社員、原崎の姿があった。
「原崎?」
隆吾が尋ねると、原崎は笑った。
「俺もさ、社長のこと、内心ムカついてたんだよ。
見ろよ」
そう言うと、原崎は手にした試験管をかざした。
「憑依薬。俺が奪ってやった。
で、俺がアイツに憑依して、中身を全部、赤ん坊に
書き換えてやった。
今ではあのざまだ」
原崎は笑う。
「ばぁ~~あははははは!」
床にゴロゴロ転がりながら笑う金ヶ崎社長のブザマな姿を
見つめる隆吾。
「---で、何の用だ」
隆吾が言うと、原崎は笑った。
そして、紫色の薬を取り出して
隆吾に渡した。
「--同期のよしみだ。
持って行け」
原崎から、薬を受け取る隆吾。
「それはよ、
憑依されて、書き換えられた脳を正常に
戻す作用のある特殊な薬らしい。
コイツが大事に抱えてたよ」
ー絵梨奈を、元に戻せる?
隆吾は喜びに震えた。
「どうして、俺に?」
「それが同期ってもんだろ?」
隆吾は、原崎に礼を言うと、
勢いよく家へと向かって走り出した。
「---俺も甘いな」
原崎は自虐的にほほ笑んだ。
本当は、隆吾からあの薬を引き換えに
金を巻き上げることもできた。
だが、同期のよしみが、原崎にそうさせることを
許さなかった。
「ま、いいか。娘さん、戻るといいな」
そう呟いて原崎は、手にした憑依薬で何をしようかと
楽しそうに試案し始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっと娘が帰ってくる。
少しずつ理解できてきていたけれど、
やはり、あれは絵梨奈ではない。
「絵梨奈、今、助けてやる」
隆吾が家に帰ってくると、
2階に上がって、絵梨奈の部屋をノックした。
返事はない。
隆吾がそれでも中に入ると
絵梨奈が不機嫌そうに言った。
「あ?勝手に…」
隆吾は薬を絵梨奈に差し出そうとした。
いやーーー。
隆吾はもしも絵梨奈が拒んだら?と考えて
その薬を絵梨奈の口に強引に押し付けた。
「---なっ…むぐっ!?」
絵梨奈が驚く。
そして、薬を飲むと、
絵梨奈はその場で気を失って、
倒れてしまった。
「---絵梨奈」
隆吾は、願うようにして絵梨奈の目覚めを待った。
そして、
絵梨奈は、目覚めた。
うつろな様子で、絵梨奈は、父の方を見る。
そしてー
「お父さんーーー」
と嬉しそうに微笑んだ。
目に涙を浮かべながら。
「絵梨奈…!」
父も、嬉しそうに絵梨奈の方を見て、
二人は再会を喜んだ。
「---わたし」
ふいに絵梨奈がつぶやいた。
「---え…うそ…わたし…
うそ…そんな・・・」
父から離れて、目に恐怖を浮かべる絵梨奈。
「ど、どうした絵梨奈!?」
隆吾が言うと、絵梨奈は突然悲鳴を上げた。
「いやあああああああああああああっ!」
絵梨奈の恐怖に満ちた絶叫ー。
確かに、絵梨奈はもとに戻ったー。
でもーーー。
”記憶”はそのままだったー。
自分が好き勝手されている間にしたことー、
変えられている間に父や母に暴力をふるったことー。
それらが一気に、絵梨奈の中に流れ込んできた。
「いやあああああ、、わ、、、わたし…
ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
涙をボタボタと落としながら叫ぶ絵梨奈。
「--え、、絵梨奈!いいんだ!大丈夫だから」
隆吾は叫ぶ。
けれどー
絵梨奈の心は耐えられなかった。
自分の非行にー。
自分の罪にー。
「あああああ・・・ぁああ~~
ううう… うあああああああああああっ!」
絵梨奈の心は壊れたー。
変えられていた間の自分に、耐えられずに―。
その場に蹲り、
絵梨奈は廃人のように泣き続けた。
そしてーー
彼女は壊れてしまったー。
あまりのショックに、絵梨奈はふさぎ込み、
廃人のようになってしまったー。
家族はもう、戻れない。
元の、幸せだったころにはー。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
取り戻したけれど、取り戻せなかった…
そんな最後になりました。
実際のところ、憑依から解放されると、その間のこと、
どう思うのでしょう…?
気になるところです
(でも、私は憑依されたくないです!棒)
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