<憑依>娘は悪徳社長の秘書③ ~返却~(完)

父は、プライドを捨てた。

娘の絵梨奈を助けるために、
金ヶ崎社長に頭を下げて、訴えることをやめた。

全ては、娘のため。
例え、罵られようとも。

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ピンポーン

絵梨奈が帰ってきた。

会社を訴えることを止め、
プライドを捨てた父。

だが、プライドは捨てても、
娘は捨てない。

その想いで、屈辱にまみれながらも、
金ヶ崎社長に頭を下げたのだった。

妻の和代が不安そうな顔で
隆吾を見る。

「---娘さん、お返しに来ましたよ」

インターホン越しに
金ヶ崎社長の側近を勤める社員、
原崎の姿が映るー

隆吾は返事もせずに、外へと飛び出した。

そこにはーー
不機嫌そうな様子で腕を組み、
胸元をはだけさせたシャツと
デニムパンツ姿の絵梨奈が居た。

「---え、絵梨奈」
隆吾が不安そうに言うと、
絵梨奈は言った。

「--気安く呼ばないで」

不機嫌そうな要素でそのまま家に入っていく。

「---」
隆吾はその姿を見ながら思う。

”絵梨奈はもとに戻っていない?”と。

金ヶ崎社長は元に戻すと言った。
あれは、嘘だったのか?

「--貴様!」
隆吾は原崎の胸元をつかんで睨みつけた。

「お、おれに八つ当たりするな!」
原崎はそう言って、隆吾の手を振りほどくと、
スーツの内ポケットから紙を取り出して、
隆吾に渡した。

「社長からの伝言だ」

それだけ言うと、原崎は足早に車に
乗って立ち去ってしまった。

帰路―、
原崎は思う。
原崎も、隆吾の娘、絵梨奈とは面識があった。

車で、絵梨奈を送っている最中のあの、
ふてくされた態度。
原崎はバックミラーで見ながら不覚にも
興奮してしまった。

あの、真面目な雰囲気だった絵梨奈が、
あそこまで変えられてしまうとはー。

「--憑依薬…欲しい…」

原崎はそう呟いて、口元を不気味に歪めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”元”の居場所に戻してやった。

社長からの手紙にはそう書かれていた。
社長が”元に戻す”と言ったのは
娘の人格のことではなくー、
娘の居場所のことだったのだー。

そして、手紙の下の方には、
”お前もビジネスマンなら
 ヒトの言葉の意味1個1個に気を配れよ”と
バカにした言葉が書かれていた。

「くそっ!」
隆吾が怒りにまかせて手紙をぐしゃぐしゃに丸めて
処分した。

「やめて!」
リビングから声が聞こえる。

「---和代!」
隆吾は慌ててリビングに入ると、
絵梨奈が、母親に暴力を振るっていた。

「ふざけんじゃねぇよ!
 私は社長と楽しくやってたのに!
 あぁ?何だよこれ?
 わたしは、こんな安いモノ食べたくないの!」

絵梨奈が、母の和代が用意している
晩御飯を見て、キレていた。

「---やめてよ絵梨奈」
母親は泣いて、蹲ってしまう。

「あんたそれでも母親?」
見下した態度で絵梨奈が母を侮蔑する。

「娘にいいもの食べさせようと思わないの?」
絵梨奈が怒りに満ちた声で言う。

隆吾は悲しそうにその様子を見つめた。

こんなの絵梨奈じゃない。
絵梨奈は優しくて、思いやりに満ち溢れたー。

和代は泣きじゃくっている。

「--ほんっとうに最低。このクソババア」
絵梨奈はそう言うと、不機嫌そうにキッチンの方から
歩いてきた。

隆吾は思わず、絵梨奈の腕をつかんだ。

「--おい!母さんに謝れ」
隆吾が絵梨奈を睨むと、
絵梨奈も負けじと隆吾を睨んだ。

「---は?うぜぇんだけど?」
絵梨奈が挑発的に言う。

隆吾は叫んだ。
「母さんに謝りなさい!」

絵梨奈はなおも、不遜な態度を崩さない。

「--はぁ?うっせぇんだよ!
 私はこんなところに戻ってきたくなかったの!
 社長のところに居たかったの!

 それが何よ?
 アンタの勝手な都合で、私をこんなところに
 呼びもどして、それで満足?

 わたしのこと、道具としか思ってないんでしょ?
 アンタたちにとって、都合の良いおもちゃなんでしょ!」

パチン!

隆吾は、絵梨奈の頬を叩いた。
初めて、娘を殴った。

「----っ…」
絵梨奈が少し驚いた表情を浮かべている。

書き換えられたとは言え、
絵梨奈の要素がすべて消えたわけではない。

父のビンタはー、
絵梨奈本来の心に、強いショックを与えた。

「---」
目を震えさせている絵梨奈。

「--絵梨奈!そんなこと言うんじゃない!
 俺は、お前のことを愛している!
 母さんもだ…
 絵梨奈!目を覚ませ!
 俺と母さんは、いつでもお前の味方だ」

そう言って、父は絵梨奈を力強く抱きしめた。

「------!」
絵梨奈は無言で、目を震わせている。

しかしーー

「…離せよ」
それだけ言うと、絵梨奈は、母と父を睨んで
2階に上がって行ってしまった。

「絵梨奈…」
隆吾は呟いた。

妻の和代はまだ、泣き続けている。

隆吾は決意したー。
どうにかしなくてはならない…と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うっぜぇ!うぜぇ!うぜぇ!うぜぇ!」
2階の自分の部屋では、怒り狂った絵梨奈が
髪を振り乱しながら暴れていた。

「~~~~~~~~~!」
言葉にすらならないうなり声をあげながら
イライラした様子で髪をかきむしる絵梨奈。

壁に何度も何度も何度も
拳を叩きつけた。

「私は!私は社長のところに帰りたいの!」
一人、怒鳴り声をあげる絵梨奈。

「うああああああああああっ!」
怒り狂い、部屋中のものを破壊していく絵梨奈。

破壊しつくした絵梨奈は、
息を切らしながら、その場に頭を打ちつけ始めたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それからも、状況は変わらなかった。

絵梨奈は父と母に反抗的な態度を示し、
学校にも行こうとはしない。

だがー、
隆吾は感じていた。

少しずつー
少しずつ、絵梨奈と心が通じてきている…と。

あれから1週間。
最初の頃は暴力をふるったり、モノを壊していた絵梨奈も、
そういうことはしなくなった。

「----…」
今はただ、ぼっと窓の外を見つめていることが多くなった。

服は派手になり、
態度は反抗的になり、
まるで、絵梨奈が絵梨奈じゃないかのようだ。

だが、けれども、
それでも絵梨奈はー。

「---ん?」

スマホに連絡があった。

金ヶ崎社長からだった。
”緊急の話”があるらしい。
娘の絵梨奈に絡む―。

隆吾は妻に後を託して、
金ヶ崎社長のもとへと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「---失礼します」
隆吾が到着すると、金ヶ崎社長が振り向いた。

「ばぁっ!」

「--!?」

金ヶ崎社長が赤ちゃんのような声を出した。

「ばぶばぶ~きゃはははは!」

頭がおかしくなったのだろうか。
いや、元からか…。

隆吾は警戒しながら金ヶ崎社長に近づく。

…その時、背後から声がした。

「よぅ、坂城」
背後を振り向くと、
社長の側近で運転役を担っていた同期の社員、原崎の姿があった。

「原崎?」
隆吾が尋ねると、原崎は笑った。

「俺もさ、社長のこと、内心ムカついてたんだよ。
 見ろよ」

そう言うと、原崎は手にした試験管をかざした。

「憑依薬。俺が奪ってやった。
 で、俺がアイツに憑依して、中身を全部、赤ん坊に
 書き換えてやった。
 今ではあのざまだ」

原崎は笑う。

「ばぁ~~あははははは!」
床にゴロゴロ転がりながら笑う金ヶ崎社長のブザマな姿を
見つめる隆吾。

「---で、何の用だ」
隆吾が言うと、原崎は笑った。

そして、紫色の薬を取り出して
隆吾に渡した。

「--同期のよしみだ。
 持って行け」

原崎から、薬を受け取る隆吾。

「それはよ、
 憑依されて、書き換えられた脳を正常に
 戻す作用のある特殊な薬らしい。
 コイツが大事に抱えてたよ」

ー絵梨奈を、元に戻せる?

隆吾は喜びに震えた。

「どうして、俺に?」

「それが同期ってもんだろ?」

隆吾は、原崎に礼を言うと、
勢いよく家へと向かって走り出した。

「---俺も甘いな」

原崎は自虐的にほほ笑んだ。
本当は、隆吾からあの薬を引き換えに
金を巻き上げることもできた。

だが、同期のよしみが、原崎にそうさせることを
許さなかった。

「ま、いいか。娘さん、戻るといいな」

そう呟いて原崎は、手にした憑依薬で何をしようかと
楽しそうに試案し始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やっと娘が帰ってくる。

少しずつ理解できてきていたけれど、
やはり、あれは絵梨奈ではない。

「絵梨奈、今、助けてやる」

隆吾が家に帰ってくると、
2階に上がって、絵梨奈の部屋をノックした。

返事はない。

隆吾がそれでも中に入ると
絵梨奈が不機嫌そうに言った。

「あ?勝手に…」

隆吾は薬を絵梨奈に差し出そうとした。

いやーーー。
隆吾はもしも絵梨奈が拒んだら?と考えて
その薬を絵梨奈の口に強引に押し付けた。

「---なっ…むぐっ!?」
絵梨奈が驚く。

そして、薬を飲むと、
絵梨奈はその場で気を失って、
倒れてしまった。

「---絵梨奈」
隆吾は、願うようにして絵梨奈の目覚めを待った。

そして、
絵梨奈は、目覚めた。

うつろな様子で、絵梨奈は、父の方を見る。

そしてー
「お父さんーーー」

と嬉しそうに微笑んだ。
目に涙を浮かべながら。

「絵梨奈…!」
父も、嬉しそうに絵梨奈の方を見て、
二人は再会を喜んだ。

「---わたし」
ふいに絵梨奈がつぶやいた。

「---え…うそ…わたし…
 うそ…そんな・・・」

父から離れて、目に恐怖を浮かべる絵梨奈。

「ど、どうした絵梨奈!?」
隆吾が言うと、絵梨奈は突然悲鳴を上げた。

「いやあああああああああああああっ!」
絵梨奈の恐怖に満ちた絶叫ー。

確かに、絵梨奈はもとに戻ったー。
でもーーー。

”記憶”はそのままだったー。

自分が好き勝手されている間にしたことー、
変えられている間に父や母に暴力をふるったことー。

それらが一気に、絵梨奈の中に流れ込んできた。

「いやあああああ、、わ、、、わたし…
 ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
涙をボタボタと落としながら叫ぶ絵梨奈。

「--え、、絵梨奈!いいんだ!大丈夫だから」
隆吾は叫ぶ。

けれどー
絵梨奈の心は耐えられなかった。

自分の非行にー。
自分の罪にー。

「あああああ・・・ぁああ~~
 ううう… うあああああああああああっ!」

絵梨奈の心は壊れたー。

変えられていた間の自分に、耐えられずに―。

その場に蹲り、
絵梨奈は廃人のように泣き続けた。

そしてーー
彼女は壊れてしまったー。

あまりのショックに、絵梨奈はふさぎ込み、
廃人のようになってしまったー。

家族はもう、戻れない。
元の、幸せだったころにはー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

取り戻したけれど、取り戻せなかった…
そんな最後になりました。
実際のところ、憑依から解放されると、その間のこと、
どう思うのでしょう…?
気になるところです

(でも、私は憑依されたくないです!棒)

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