可愛い妹。
優しい妹。
自分を慕ってくれる妹。
兄が、選択する道はー。
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「---乃枝みたいな妹が居て、良かったよ」
兄の松雄がほほ笑んだ。
中学3年生の兄。
妹の乃枝にとっては、心から大好きなお兄ちゃんだった。
「---うん、わたしもお兄ちゃんが大好き!」
乃枝は”異常”なまでに、兄を愛していた。
理由はあるー。
乃枝には、父がいなかった。
いや、居たー。
けれど、父は自分が2歳の時に病気で死んでしまった。
そのせいだろうか。
乃枝は、兄に対して、異常なまでになついていた。
父が居ないという”穴”を
無意識のうちに埋めようとしていたのかもしれない。
けれどーーー
兄の松雄は、死んだ。
交通事故で。
”自分と同い年の少女を助けて”
その少女が被っていた帽子がー
風に飛ばされた。
風に飛ばされた帽子を少女は拾おうとした。
そこに、車がやってきた。
乃枝の兄・松雄は、その少女をかばいー
死亡した。
乃枝は、泣いたー。
狂ったように泣き続けた。
そして、憎んだ。
帽子を車道まで取りに行ったその少女をー
その少女はーー
ーーーー帆花という名前だった。
そう、彼女の親友だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鏡を見つめながら帆花は笑う。
「---わたしからお兄ちゃんを奪った
アンタをわたしはずっとずっと恨んでた」
帆花がほほ笑む。
その顔には憎しみも混ざっている。
帆花に憑依している乃枝は、事故の前から
親友だった帆花と、そのままずっと”親友”を続けてきた。
憎しみを抑えてきた。
けれどー
帆花は最近、兄である統也のことを
うざいと言い始めるようになった。
乃枝はそれが許せなかった。
乃枝の兄は奪われた。
けれども、帆花にはまだ兄がいる。
それなのに、帆花はーー
帆花は口元をゆがめた。
「--わたしが、あんたの代わりに
お兄ちゃんを大切にしてあげる…
ふふふ…♡」
帆花の兄・統也の写真を見つめて
帆花は顔を赤らめて微笑んだ。
「--もう離さないよお兄ちゃん…
お兄ちゃん… お兄ちゃん…♡
うふふふふふ」
帆花の表情は狂気に染まっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明日は給料日。
統也は、給料が入ったら10万円を
帆花に支払うつもりだった。
10万円払えば、帆花は解放される。
けれどー。
「----」
一昨日ぐらいから、帆花の元気がない。
「---どうしたんだよ?帆花」
統也は、憑依されている妹を
”帆花”と呼ぶことに抵抗が無くなっていた。
もう、帆花は帆花だ、
そう思い始めていた。
「---ううん…
お兄ちゃん…
わたし、お兄ちゃんにひとつだけ話があるの」
帆花は悲しそうにつぶやくと、
統也の方を見て言った。
「---話?」
統也が不思議そうに問いかけると、
夕日が差し込む統也の部屋で、
帆花が語り始めた。
「ごめんなさい…
わたし…最初、男のフリをしたけれど…
そうじゃないの」
帆花が言う。
統也は最初の日を思い出す。
最初の日、確かに帆花は男のような口ぶりで
憑依して、からだを支配した、というようなことを
言っていた。
だから、帆花に憑依しているのはずっと男だと
思っていたし、
それゆえに、何をされるか分からないという恐怖から
手を出せずにいた。
「----」
統也は悲しそうに話す帆花を見て思う。
今、帆花を押さえつけて「妹を返せ」と叫べば、
妹を助け出せるかもしれないー、と。
「---わたし……
もう行く場所がないんです…」
帆花が涙を流す。
統也はその涙にドキッとしてしまう。
「--ー事情はお話しできないんですけど…
わたしは…もう…」
帆花が首を振った。
ーー乃枝のからだは、既に死んでいた。
帆花に憑依した翌日、身体機能の全てが停止して死亡ー。
学校でも既にその死が伝えられていた。
もちろん、それは乃枝の計算通りのこと。
「---どういうことなんだ?」
統也が真剣に尋ねる。
「--わたしはもう死んでるんです。
だからーーこのからだから離れれば、
わたしは消える…」
帆花がポタポタと涙を流しながら言う。
知るかー。
統也はそうも思った。
帆花を勝手に乗っといておいて…。
「--でも…1週間ちょっとだけでしたけど…
本当に楽しかった」
帆花が泣きながら統也の方を見て微笑む。
「--からだは、、約束通り、
明日、お返しします
だからーー
それまでは…
わたしのお兄ちゃんで居てね?」
帆花がほほ笑む。
統也はーー
帆花に近づいた。
「------」
脅して帆花を取り戻すつもりだったのにー。
妹を助けるつもりだったのにー。
何故だろうー。
どうして…。
統也は、涙を流す帆花を優しく抱きしめていた。
「お兄ちゃん…」
からだを震わせて涙を流している帆花。
「・・・帆花・・・」
憑依しているのが誰だかは分からない。
けれどーー
この子は”死ぬのを怖がっている”
「--だいじょうぶ・・・
だいじょうぶだよ・・・」
統也は帆花を抱きしめながら
優しくその頭を撫でた。
「---うっ…うっ…」
帆花は、シクシクとそのまま泣き続けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜ー。
精神世界に幽閉されている帆花が異変に気付く。
「----!」
自分のからだが”薄く”なっていた。
「---わ、、わたし…消えちゃうの…?」
帆花は怯えた様子で呟く。
「ねぇ!助けて!!!誰か!助けて!
お、、お兄ちゃん!助けてよ!!!」
帆花は叫ぶ。
久しぶりに”お兄ちゃん”と呼んだ。
「------」
帆花の眼前に”帽子”が落ちてきた。
”その帽子、見覚えある?”
帆花を支配している乃枝の声がした。
「こ、これは…」
帆花が大切にしていた帽子ー。
小学校4年生のときに、
兄の統也からもらった誕生日プレゼント。
ずっと大切にしていたものー。
ある日ー、
風に飛ばされて車道に帽子が行ってしまったとき、
帆花は、必死に”兄からもらったもの”を守ろうとした。
けれどー
その時に、車に轢かれそうになって、
男の人が助けてくれたーー
”あのとき、アンタを助けたの、
わたしのお兄ちゃんなの”
乃枝の声がした。
帆花は驚く。
帆花と乃枝は親友だった。
けれど、兄とは面識はなかった。
だから、知らなかった。
”あんたはわたしからお兄ちゃんを奪った。
だから、返してもらうの。
お兄ちゃんを♡”
乃枝の声に向かって帆花は叫んだ。
「---お兄ちゃんがわたしを
助けてくれる!」
帆花の言葉を聞いて、乃枝は笑う。
”どうかなぁ…?
お兄ちゃん…もう、わたしにメロメロだよ?
ふふふふふ・・・”
「そんなことないわよ!
お兄ちゃんは、わたしを助けてくれる!」
帆花の言葉に乃枝はまた笑った。
”10日ー。
10日間、憑依され続けると、元々の意識は
吸い込まれて消えちゃうの”
帆花は自分のからだを見てハッとする。
それでー
少しからだが薄れているのか、と納得する。
”明日が楽しみねー うふふふふふ”
乃枝の気配が消えた。
「---お願い…
今まで反抗的な態度をとってごめんなさい…
だからお兄ちゃん…助けて…」
帆花は精神世界の中で涙を流した
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
「一応、約束だから」
夕暮れ時ー。
統也は帆花に10万を見せる。
「---貰っても使い道ないし…」
帆花が悲しそうに言う。
「ーー帆花に、使ってあげて」
涙ぐんだ目でほほ笑む帆花。
「----」
統也は思う。
この子は、消えてしまうのかー と。
恐らく、10日間の共同生活から、
この子も帆花と同じぐらいの年齢だと思う。
このまま、この子を消してよいのだろうか。
「--アンタに触られたと思うと寒気がする!」
本当の帆花の姿を思い出す。
そして、目の前の帆花を見る。
ーーーまるで、”こっちの帆花”が
本当の妹のようだ。
「”お兄ちゃんがそれを望むなら”
からだを返してあげるって最初の日に約束したよね…?」
帆花が言う。
「---お兄ちゃん…。
帆花を、返してほしい?」
帆花がそう言い切ると、涙をこぼした。
目をつぶって、高校生の統也から見れば小さなからだを
プルプルと震わせている。
怖いんだー。
この子は、怖いんだ。
死ぬのが。
「---帆花」
統也は名前を呟いた。
目からぽろぽろと涙をこぼす帆花。
「---ーーー」
統也の中で、今までの妹との日々が
駆け巡った。
可愛い妹の帆花。
最近は反抗的になってしまった帆花。
まるで、人をゴミのように蔑んでいた帆花。
そしてーー
また優しさを取り戻した帆花。
そうだよーー
帆花は、帆花じゃないか。
「------」
統也は無言で、帆花を抱きしめた。
「--何言ってんだよ帆花。
お前は、俺の大事な妹だ」
統也は優しくそう呟いた。
もう、統也には、今の帆花が誰かなんて
どうでも良かった。
帆花は、帆花だーーー。
そう自分に言い聞かせた。
本当はーーー
また、反抗的な妹に戻ってしまうことを
恐れていた。
例え、中身が別の人間だとしても…
「…お兄ちゃん…嬉しい・・・」
帆花が顔を赤らめて涙をこぼした。
「わたし…お兄ちゃんの”本当の妹”になるね…」
帆花の言葉に、統也は言った。
「何言ってるんだ。
今までも、これからもお前はずっと俺の妹だ。な。」
そう言うと、帆花は嬉しそうに微笑んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
精神世界。
目で見た映像が、映し出されているーー。
「何言ってるんだ。
今までも、これからもお前はずっと俺の妹だ。な。」
信じていた兄に裏切られたーーー
本当の帆花は、胸から下は既に消滅して、
身動き取れない状態で、その映像を見つめていた。
「ごめんなさい…
お兄ちゃん…
わたしが、、わたしが酷い事ばっかり言うから…」
帆花は目から涙をこぼすーー
「悪い子の妹なんか・・・いらないよね…
ごめんね… 本当にごめんね…」
自分が選ばれなかった悲しさで
帆花の心は打ち砕かれていた。
「---助けて・・・」
顔だけになった帆花の意識がつぶやく。
「--助けて・・・ たすけて・・・」
でも、もうその声は届かない。
兄が、嬉しそうに”乃枝に支配された帆花”と
話している。
「---お兄ちゃん・・・
ごめんなさい・・・」
自分の存在が薄れていく…
最後に帆花は呟いた。
「----だいすき・・・」
と・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
部屋に戻った帆花は笑みを浮かべていた。
「---消えちゃった♡」
憑依している乃枝は、頭の中の帆花の存在が
消えたことを悟った。
「--うふふ、これでこのからだはわたしのもの
そして…お兄ちゃんもわたしのもの」
帆花は机にあった、兄・統也の写真を手に取った。
「お兄ちゃん…♡
ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっ~~~~~~と
わたしのものだよ…
うふふふふふふ♡」
狂気にそまった目で統也の写真を見つめて、
帆花は呟いた。
そして、鏡を見て、
嬉しそうに帆花は言った。
「わたしはーー中崎 帆花… ふふふ♡」 と。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
からだも、兄も奪われてしまいました。
日頃の行いは…大事なのデス!
お読み下さってありがとうございました!
コメント
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妹の身体を返してくれとならず妹が消滅する描写もしっかりある辺りが最高ですね。しかしこの妹お兄ちゃんが自分のものじゃなくなったら(彼女ができたりしたら)ヤンデレ化しそう
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> 妹の身体を返してくれとならず妹が消滅する描写もしっかりある辺りが最高ですね。しかしこの妹お兄ちゃんが自分のものじゃなくなったら(彼女ができたりしたら)ヤンデレ化しそう
ありがとうございます!
この後も大変な展開が待っていそうですね^^