”町娘が突然、豹変して、
国を乗っ取り、暴政をふるった”
江戸時代の書物に記されているというこの一文。
その裏に隠された、
憑依による悲劇とは…。
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「お春、そっちのものをとっておくれ」
とある食事処の店主が言う。
少女が、その言葉を聞き、
微笑んで、頼まれたものを、店主に渡す。
彼女は、まだ16だった。
生まれてすぐに、山賊の類に、
生まれの村を焼き払われた少女は、
たまたま近くを通りがかった、この店主に助けられた。
それ以降、お春は、この店で住み込みで働いている。
娘のいなかった店主、一之介(いちのすけ)は、
お春を実の娘のように育てた。
ここは、
とある小領主が治める場所。
小さいながらも、人々はつつましく暮らしていた。
だがーー、
この領土を収める、
松崎 孝之進(まつざき こうのしん)は、
近年、民に重税を課し、民たちを苦しめはじめていた。
それは、この小さな町にも影響を与えていた。
「---反対側の金森様のところ・・・
お店、お止めになられたみたいですね」
お春が言うと、
一之介が頷いた。
「あぁ・・・このところ、わしらは搾り取られて
ばかりじゃ…」
一之介が嘆く。
だが…
そんなことが松崎 孝之進の耳に入れば、
打ち首ものだ。
「---」
お春が悲しそうな表情をする。
可愛らしい容姿で、
この食事処の、看板娘として、
近所からの評判も高い彼女。
「--そんなに悲しそうな顔をするな」
一之介が言う。
「わしは、まだまだやれる」
その時だったー。
侍の格好をした男が入ってきた。
「小西(こにし)様…」
お春が笑顔でそう声をかけると、
小西と呼ばれた侍は手で合図をした。
”気にしなくていい”という合図だ。
まだ若いながらも、よく気の付く、
好青年という感じの侍。
領主、松崎 孝之進の家臣である男だ。
最近は、お春たちがいるこの町の担当に
なったのか、よく顔を出す。
「--いつも、ありがとうごぜぇます」
一之介が言うと、小西は笑顔でうなずいた。
小西は、町民たちからの徴収も担当している。
だが、小西は、殿である松崎の提示した金額よりも
遥かに低い金額しか、町人たちから取り立てをしなかった。
小西が、何らかの方法で、松崎の目を欺いて、
民たちのためにと、徴収額を減らしているのだ。
「---お春、いつものやつ、頼めるか?」
小西がほほ笑むと、
「はい!」とお春が”いつものやつ”と言われた、
小西がいつもここで食べていく、洋菓子の準備を始めた。
「---良い娘だな」
小西が、お春を見つめながら、店主の一之介に言う。
小西は、お春に好意を抱いていた。
若いながらも、お春は、よく頑張っている。
小西はここに通ううちに、いつか、お春を自分の屋敷に
迎えたいと思い始めていた。
「---恐れ入ります」
一之介が嬉しそうに言う。
実の娘のように育てられたお春が褒められることに、
悪い気はしない。
「---お待たせいたしました」
お春が美味しそうな団子と茶を持ち、
小西の座るテーブルにそれらを置く。
「--うむ。いつもすまぬな」
小西がお茶を手に取ったその時だった。
「----店主はいるか?」
別の侍が、店の中に入ってきた。
「---!!」
小西はすぐさま、頭を下げる。
”殿”の、腹心ともいえる男、本多が入ってきたのだ。
そしてーー
その後に続き、
殿ー、
松崎 孝之進が入ってきた。
「---こ、、これは松崎様…
何用でございましょうか?」
一之介がただちに、対応にあたる。
目付きの鋭い男、
松崎 孝之進は店を見回して言った。
「---納めるべきもの…
納めておらぬようだが?」
その声は、怒りに震えていた。
既に、ここに立ち寄るまでに、
松崎は、近隣の飾り職人の店や、三味線の店にも立ち寄り、
絞り上げていたところだった。
「---はっ、殿…。
この者たちはちゃんと納めて・・・」
小西が殿の前に出て頭を下げる。
だが、松崎は言う。
「---小西よ…
お主の小細工、儂が気づかぬと思うたか?」
「-----そ、、それは・・・」
うろたえる小西。
松崎が刀を抜いた。
「---儂を欺き、
民の側につくとは、愚かものよ!」
「-----も、、、申し訳ございませぬ」
小西が悔しそうにお詫びの言葉を口にする。
小西はーー
かつて、両親を、度重なる重税により、失っている。
だから、この町のものたちにも同じ思いを
させたくなかった。
それ故に、
徴収額を減らし、上手く細工をすることで、
民たちの負担を抑えていた。
「---ま、松崎様…
わ・・・私どもの落ち度でございます」
店主の一之介が小西を庇うようにして前に出る。
「--控えよ!」
松崎が一喝すると、一之介は震える足で、その場から離れる。
お春を残して死ぬわけにはいかないのだ。
「---小西、最後に言い残す言葉はあるか?」
松崎が言うと、小西は「ございませぬ…」とあきらめの表情を浮かべた。
「---おやめください!」
ーーーお春が、小西の前に割って入った。
16の少女が、刀を抜いて、相手を睨みつけている
侍の前に立つ。
目には涙が浮かんでいる。
「----」
松崎はその目を見つめた。
そして、不気味な笑みを浮かべた。
「---愛いやつだ」
そう言うと、松崎は刀をしまう。
「この娘に免じて、此度は見逃してやろう!
だが、代わりに、この娘を儂の城に頂く!」
そう言うと、お春を側近の本多が掴み、
松崎たちがやってきた列のほうへと連れて行く。
「---お春!」
店主の一之介が叫ぶ。
だがーー
「---大丈夫です。」
お春は、悲しそうにそれだけ言った。
自分が拒めば、小西も、
父として慕う店主にも、身の危険が迫る。
「-----」
そうして、お春は、松崎の城に連れていかれた…。
帰路、松崎は不気味な笑みを浮かべていた。
「---見つけたぞ。わしにふさわしい”からだ”をー」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜。
「-----」
悲しい表情を浮かべているお春のもとに、
松崎がやってきた。
「---くくく、そう睨むな」
松崎が笑う。
お春は目を逸らす。
お春は、乱暴される、そう思った。
もう、覚悟はしていた。
これで、二人が助かるのなら…。
「---儂は、何もせぬよ。安心せよ」
そう言うと、お春の方を見て
ニヤリと笑った。
「------!」
お春はその表情に
”自分の考えが甘かった”ことを悟る。
「---儂は、、、お前に・・・”なる”」
そう言うと、松崎が不気味な煙の入った容器の
フタを開けた…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌朝。
小西は、松崎から呼び出されて、
松崎の元へと向かっていた。
「---」
小西は思う。
きっと、自分は切り捨てられるのだろう、と。
松崎とはそういう男だ。
けれど、民のために死するのであれば、
それを恥じることはない。
「---お呼びでございますか?」
小西は部屋に入って、目を見開いた。
そこにはーー
高貴な着物を着たお春の姿があった。
「---お…春?」
小西が目を震わせて言うと、お春が振り向いた。
「あら?小西様・・・」
笑みを浮かべるお春。
だが、
その笑みはーーー
”優しい”笑みではなかった。
「これは、、どういうことだ」
小西が尋ねると、
お春は着物を抑えながら、
小西に近づいてきた。
昨日までとは違う。
手入れもしっかりとされ、
髪も綺麗に整えられ、
まるで、高い身分の姫のような姿だ。
「---どういうことって…?」
お春が意地悪な笑みを浮かべて言う。
「---私、松崎様に全てを捧げることにしたの」
「捧げるー?」
小西が言うと、
お春がほほ笑んだ。
「そう。今日から、この城はわたしのもの」
お春の言葉の意味が分からない。
「--松崎様から、勅命を頂いたの」
お春が書簡を床に投げ捨てて、
拾え、と顎で合図をする。
そこにはーーー
確かに殿である松崎の字で、
”城をお春に明け渡す。
これよりはお春の命を儂の命として仕えよ”と書かれていた。
「--ご理解なされましたか?小西様」
バカにしたように言うお春。
「----お春…」
小西がお春の目を見て、ハッとする。
目つきがーー
その鋭い眼光が、
殿である、松崎と同じだった。
「-----ま、、まさか…殿!」
小西が、そんなハズはない、と思いながら叫ぶ。
すると・・・
「くくく・・・はははははははははははははっ!」
お春が狂ったように笑い出した。
「---鋭いやつめ」
お春が、低い声でそう言った。
いつものような、愛嬌のある声ではない。
「---ど、、どういうことだ…?」
小西がそう言うと、
お春が、近くにあった棒で小西を殴りつけた。
「がぁっ!」
吹き飛ばされる小西。
「頭が高いわ!控えなさい!」
お春が言う。
「---くっ・・・と、、、殿…
ど、、、どうなっているのですか!」
小西が頬を抑えながら言う。
すると、お春は微笑んだ。
「---この体は儂のものだ」 と。
唖然とする小西。
だが、すっかり高飛車な様子に変わり果てたお春は、
床に這いつくばる小西を見下して言った。
「---この娘が好きだったのだろう?
くくく…儂には御見通しだ」
挑発的な口調で言うお春。
「---お、、、おやめください!殿!
今すぐ、お春を、、お春を、返してあげてください」
小西が必死に頭を下げる。
だがーーー
バキッ…
お春は小西の手を踏みつけた。
「ぎゃあああああああっ!」
狂気の笑みを浮かべて、お春が小西の手を
グリグリと踏みにじる。
「---わたし、小西様みたいな
忠誠心のない、お侍さまは嫌いです…」
お春の口で、松崎が言う。
憑依されたお春は、完全に自我を失っていた。
「---お春…」
小西が睨むようにしてお春を見つめる。
「----そんな目でわたしを見るな!無礼者!」
小西を蹴り飛ばすと、お春は叫んだ。
「---これより、例の町のものを見せしめのため処刑する。
者ども、支度せよ!」
優しくおしとやかな雰囲気のお春が、
威厳に満ちた女の声で叫んだ。
家臣たちが集まってくる。
「はーーー、殿、支度は出来てございます」
腹心の本多が言うと、お春は、本多が差し出した剣と鎧を
受け取った。
松崎が特注で作らせた、
少し露出度の高い鎧を身に着けると、
笑みを浮かべた。
「---くくく…愛する娘に
切り捨てられるんだ。光栄に思うが良い…
ふふっ…お養父様…♡」
お春は、邪悪な笑みを浮かべて、”出立”した。
小西は、お春を止めようとしたが、
お春は小西を殴り飛ばして、そのまま歩いて行ってしまった。
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数時間後。
「---いらっしゃ…」
食事処。
店主の一之介が入ってきた客を見て唖然とする。
それはーーー
お春だった。
鎧を見にまとったお春…。
「---お養父さま…」
お春は不気味な笑みを浮かべる。
「お春…???」
一之介は不思議そうに声を出した。
「---納めるものも納められないなんて、
本当に無能なですね」
お春が冷たい口調で言う。
「な…なに…?」
一之介が驚きで目を見開いた。
「---虫けらが…」
お春が吐き捨てるようにして言い、刀を抜いた。
「---わたしに切り捨てられるのよ…
光栄に思いなさい!
あははははははっ!はははははははははっ♡」
さぞ愉快そうに笑うと、刀を抜いたお春が、驚く一之介に襲い掛かった…
②へ続く
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時代劇モノです。
密かに初めてですね!
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