妹の体に憑依している兄・隆介は決意する。
妹を守るために、自分が消えると。
”お兄ちゃんが、、何かあっても必ず守るからなー”
その約束を果たすために。
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日曜日。
いつものような朝日を見ながら目を覚ます千鶴。
千鶴に憑依した兄の隆介は、
眩しい朝日を見つめながら思う。
”これが最後の朝日になる” とー。
「はは・・・やっぱり・・・休みの日の朝っていいよな・・・」
千鶴(隆介)は呟いた。
小さいころ、家族でよく訪れた山奥の湖。
最後に、あそこに行きたいーーー。
あの湖はーー
思い出の場所だからー。
「-----おはよう」
父の秀蔵に挨拶をする。
「おう」
秀蔵が新聞を読みながら挨拶した。
手短に朝食を済ませる。
体調はかなり、悪くなっていた。
もう、あまり時間がない。
早く、自分が消えなくてはならない。
このことを妹の千鶴にはまだ伝えていない。
”自分が消えるつもりであることを”
「--ちょっと出かけて来るね」
千鶴(隆介)が言う。
あの思い出の場所で、
妹と最後のひと時を過ごしたら、
もう、自分に未練はないー。
いつもいつも、妹ばかり、、
そう思っていた。
けれどー
妹の千鶴は、家族には見せないだけで、
本当はとても苦労していた。
クラスの陰険女子、蘭子や、
DV男の裕彦―
「--千鶴も、苦労してたんだな・・・」
千鶴(隆介)は静かに呟いた。
「おい・・・本当に”行くのか”?」
父の言葉が背後から聞こえた。
千鶴は立ち止まる。
「---行くのか?」
父が新聞を畳んで、千鶴に近づく。
「---お父さん?」
千鶴のフリをして、振り返る。
父の目はーーー
優しさに満ち溢れていた。
「--俺、、お前が退院したときから、ずっとわかってたんだ・・・
隆介、お前なんだろ?」
父が言う。
「---え、、、わたし・・・」
最初は千鶴の人生を奪おうとしたーー。
途中からは、、余計な心配をかけまいとしたーー。
「---そんな顔するな。
千鶴も、隆介も、、俺にとっては大事な子供だ」
父が千鶴の肩をつかむ。
「---強くなったな」
父が、普段、隆介にはめったに見せない笑みを浮かべた。
「---父さん・・・」
千鶴(隆介)はそう呟いた。。
「---ごめんな・・・
父さん、、お前にはいつも辛くあたってしまった…
お前のことが嫌いだったんじゃないんだ・・・。
お前も、千鶴も俺の宝だ・・・
でもな・・・俺はバカだから・・・。
お前を一人前にしようとするあまり、つい辛くあたってしまった…」
父が悲しそうに言う。
「---・・・・・・いいよ・・・
父さんには感謝してる。
・・・ありがとう」
千鶴(隆介)はそう呟いた。
父は少しだけ笑った。
そしてーー
千鶴を抱きしめて言った。
「--ごめんな・・・・・・
お前・・・・・・消えるつもりなんだろ・・・?
本当は俺が代わってやりたい・・・
でも・・・・・・」
父が声を震わせて言う。
「大丈夫だよ・・・父さん・・・
俺、、小さいころ、千鶴と約束したからーー
”お兄ちゃんが、、何かあっても必ず守るからなー” ってーーー」
千鶴(隆介)が言うと、
父は手を離して頷いた。
そして、千鶴から目をそむけると、父は言った。
「お前はーー、俺の誇りだ」
それだけ言うと、父はもう何も言わなかった。
「---ありがとう。父さん」
千鶴(隆介)はそう言うと、
”最後”に住みなれた家を見渡して、
微笑んだ。
「いってきます」
千鶴は玄関をくぐり、
思い出の場所へと向かった。
父は、悲しそうに玄関を見つめる。
そしてーー
寝室で一人涙を流していた妻・月子の元へ向かう。
「------もう、、行ったの・・・?」
母の月子も、息子と娘のことに気づいていた。
「あぁ・・・」
秀蔵はそう呟くと、月子を優しく抱きしめた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは、昔から変わらない。
静かで、人の気配のあまり無い。
けれども小さな自然。
自宅から30分ほどの小さな山に足を踏み入れようとする
千鶴(隆介)
「最後は、、やっぱここだよな・・・」
ズキズキ痛む体にムチを入れ、
山を登る。。
そしてーー
隠れた場所にある思い出の場所
”湖”に辿り着いた。
いつも小さいころ、家族で訪れた場所。
静かな水面。
のどかな景色。
ここは、いつでも変わらないー。
「---」
千鶴(隆介)は、いつもの木陰に足を運んだ。
この木陰に差し込む、木漏れ日は、、
小さいころと全く変わらない。
”お前はあの、光のように、
影をも照らす存在になれー”
父はよくこの木陰から木漏れ日を指さして
そう言っていた。
自分は、、影を照らせるような存在にはなれなかった。
けれどーー。
「---また、みんなで来たかったな・・・」
木漏れ日を見つめながらそう呟く。
「-----次に生まれ変わったら・・・
また、みんなと会えるかな・・・」
そう呟いて、差し込む木漏れ日に
手をかざしたーー
「---隆介・・・」
木陰から、見覚えのある女子が姿を現した
「--みさ、、い、、、いえ、、厚谷先輩・・・」
隆介のクラスメイト、厚谷 操。
いつも口げんかの絶えない間柄だった。
「ーーーどうして、ここに・・・?」
千鶴(隆一)が訪ねると
操が笑った。
「それは、秘密。
私、アンタの考えることなんて分かるんだからー」
「えーー?」
”アンタ”と呼ばれて、千鶴は首をかしげる。
「--千鶴ちゃんの体に憑依しちゃうなんて、、
とんだ変態ね、、呆れた。。」
ため息をつきながらも、操は笑っている。
「ーーみ、、操・・・どうして?」
千鶴は正体がばれていることを悟り、言う。
「--ふふ、、秘密。」
操は続けた。
「--隆介・・・・・・
消えるつもりなんでしょ?」
操の言葉に、千鶴(隆介)は
「はは、、全て御見通し・・・か」とつぶやいて、
木陰に腰をおろし、今までの経緯を説明した。
操は茶化すことなく、真剣に聞いて、
そして話を信じてくれた。
「---そう。。
アンタにしては良く頑張ったわね・・・」
操がほほ笑む。
「アンタにしてはって何だよ!」
側からみれば女子高生二人の会話ー。
けれども・・・
「--どうせ最初は千鶴ちゃんの体で~
とかいやらしいこと考えてたんじゃないの?」
操の言葉に、千鶴が顔を赤くする。
「--ふふ、図星ね」
呆れ笑いをして操が湖の方を見つめる。
「---寂しくなるなぁ・・・」
操がつぶやいた。
千鶴は操の方を見る。
「--もう、、アンタにグチグチ小言言えなくなっちゃうね・・・・・・」
操が目から涙をこぼしている。
「操・・・」
千鶴がつぶやくと、操は涙を拭いてほほ笑んだ。
「千鶴ちゃんを守る為なんだもんね!
・・・立派・・・、、本当に立派だよ・・・」
操が悲しそうに言う。
「ありがとう・・・。
でも、俺・・・結局、彼女なしのまま、あの世に行くのか・・・」
千鶴(隆介)は呟く。
よく操に”彼女なし”をからかわれていた。
「---ふふ・・・そうね・・・ でも・・・」
そう言うと、操が長い髪を抑えながら、
千鶴にキスをした。
「えーーっ?」
唇を離し、操は笑う
「女の子にキスするって、、変な気分ね・・・」
そして続けた。
「--私が、、彼女になってあげる」
操の言葉に、千鶴(隆介)は呟いた。
「はは・・・速攻でお別れのカップルじゃんか・・・」
そう言いながらも千鶴は嬉しそうだった。
ビクン・・・
心臓が苦しくなる。
胸を押さえて、千鶴は言う。
「---もう、、きついな・・・
そろそろ行かなきゃ」
そう言って、ほほ笑む千鶴。
操は悲しそうに千鶴を見つめる。
「--ー最初で、最後のデートね・・・」
木漏れ日を見つめながら言う操。
「---短すぎだろ・・・」
千鶴が自虐的に微笑むと、
操が言う。
「--ごめんね。。
童貞卒業はさせてあげられないね?」
冗談めいて言う操。
千鶴も笑う。
そしてーー
千鶴は真顔で操の方を見て言った。
「ありがとうーーー。
あの世に行ったら、自慢する。
”俺には最高の彼女が居た”ってー。」
千鶴(隆介)が言うと、
操がほほ笑んだ。
「じゃ、私はこっちで自慢するー。
最高の彼氏が居たって」
そう言うと、二人とも微笑んで、
最後に二人でお互いを抱き合った。
「---ごめん 操」
千鶴がそう言うと、
操は涙を流しながら、
「いいの・・・・・・私こそ、、何もしてあげられなくてごめんねーー」
とつぶやいた。
そして、、
千鶴は操の肩を優しくたたいて、
木陰から湖の方に歩いて行く。
操は、、悲しそうな目で千鶴を見つめた。
湖の前に立つ千鶴。
「---もっと早く・・・大切なものに気付けていればーー」
湖を眺めながら呟く。
もっと早く、妹のことに気付けていれば、、、
もっと早く、父と母の愛情に気付けていれば、、、
もっと早く、操の想いに気付けていれば、、、
あんな風に妹を罵倒してーー
あんな事故を起こすことも無かったのかもしれないーー。
「バカだなーー俺・・・」
隆介には、自分が消える方法は
何故だか分かる気がした。
目をつぶって・・・
ーーーー!?
辺り一面が白い景色に包まれる。
「---お兄ちゃん」
隆介が振り返ると、そこには千鶴が居た。
「千鶴ーーー」
隆介がその名を呼ぶと、千鶴は微笑んだ。
「私が、気づかないとでも思ってた?
何も言わずに、一人で逝こうとしたでしょ?」
千鶴が笑う。
「--やっぱ、、ばれてるよな・・・
同じ体、使ってるんだもんな・・・」
千鶴は、、当然、兄が何をしようとしてるか御見通しだった。
「---厚谷先輩、私が呼んじゃった」
千鶴が笑う。
「ははー、、、おせっかいだなお前は」
隆介はそう言ったが、すぐにほほ笑んで続けた。
「でも、ありがとう」
千鶴が笑って頷く。
「ーーどうしても行かなくちゃいけないの?」
千鶴の言葉に隆介はうなずく。
「あぁ・・・千鶴だってわかってるだろ?
体のこと。。
ひとつの体に、2つの心は居ることができない」
隆介が言うと、千鶴が悲しそうにする。
「--だったら私が・・・!」
「ダメだ!」
隆介は叫んだ。
「--お前は、、父さんと母さんのところに居てやれ。
・・・・・・な?」
そう言って千鶴の肩を叩くと、
千鶴は目から涙を流しながら
「でも・・・でも・・・」と呟く。
「--泣くなよ。。
俺、、約束しただろ?
”お兄ちゃんが、、何かあっても必ず守るからなー”って・・・
最近、全然お兄ちゃんらしいことしてやれなかったけど・・・
俺、、お前のこと大好きだから」
涙を流しながら頷く千鶴。
「それにーー
もう女の体には飽きちゃったし」
隆介が言うと、
「全く、お兄ちゃんは失礼なんだから」
と泣きながら千鶴が笑う。
「-------」
隆介は千鶴の方を見つめた。
もう、行かなくてはならない。
「---じゃ、、、
父さんと母さんのこと、頼むよ・・・」
そう言って、隆介は微笑んだ。
そしてーー
千鶴に背を向け、白い光の中を歩き出す。
自分の人生はーーー
「--お兄ちゃん!」
千鶴が背後から叫んだ。
”---お兄ちゃん、大好きだよ”
千鶴がそう叫んだ。
小さいころ、よく兄の隆介に言っていた言葉。。
「----千鶴」
隆介は振り返り、ほほ笑んだ。
「--俺も、、お前が大好きだよ」
優しくつぶやいて、別れの挨拶に手をあげたまま、
背を向けた。
「---最後の最後まで・・・
かっこつけんな!バカ!!!!」
千鶴が泣きながら背後で叫んだ。
隆介はーーーー
もう振り返らなかった。
振り返ればーーー
また、”戻りたくなってしまうから”
大切な人たちのところにー。
「----みんな、ありがとうーーーーー」
隆介は静かに目を閉じながら、白い光の中を進んだーー
大切な妹を守るためにーーーー
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・。
千鶴は湖の前で涙を流していた。
「ありがとうーー
お兄ちゃん・・・」
そう呟く千鶴のそばに、、
操が寄り添い、静かに千鶴を慰めた。
ーーー湖を見つめて、操は静かにほほ笑んだ。
「---いいお兄ちゃんね・・・」 と。
隆介のお気に入りだった木陰には、
いつものように、木漏れ日が差し込んでいたーーー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1年後。
「---」
千鶴が、”隆介”の好きだった場所を訪れた。
隆介の好きだった場所。
木漏れ日差し込む木陰に、、
小さな木の棒と、花が添えられていた。
隆介が死んだのは、交通事故に遭った場所。
でも、隆介の魂はここでー。
ここは、千鶴と、操だけの秘密の場所。
二人で作り上げた秘密の墓ー。
「---アイツ、今どうしてるかな?」
一緒に来ていた操が言う。
「---・・・お兄ちゃんはきっと、、
あっちでまたバカやってると思います」
千鶴が悲しそうに、花を見つめながら微笑む。
「--そうね」
操も悲しそうに、そう呟いた。
花を見つめながら千鶴が言う。
「---私、ここに今でもお兄ちゃんがいる気がして、
こうして時々、足を運んでるんです」
千鶴が言うと、操がほほ笑んだ。
「私もそんな気がするー。
きっと、アイツ、喜んでるよ」
ーーー兄の隆介は、妹の千鶴をその身を持って守り抜いた。
”お兄ちゃんが、、何かあっても必ず守るからなー”
兄として、その約束を果たしたのだった。
「----お兄ちゃん・・・ありがとう。
・・・また来るね」
千鶴がそう呟き、
操と一緒にその場所を後にする。
風が吹くー
木々が”ありがとう”とでも言いたげに不自然に揺れたー。
「-----」
千鶴はその様子を見て微笑んだ。
「--お兄ちゃん・・・またね」 と。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
彼も逝きたくはなかったでしょうけれど…。
最後は笑顔だったので少しは救われた、、ハズです。。
ダーク要素はほとんどありませんでしたが
お読み頂きありがとうございました!
コメント
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家族の愛が伝わってきました
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> 家族の愛が伝わってきました
それは良かったです!
黒い小説ばかりではないということで…。