なんで”妹”ばかりー。
兄はそう思っていた。
けれどー。
そんな日常が、かけがえのないものだと彼は気づく。
気付いた時にはーー
もう遅すぎたのだけれどー。
・・・家族と絆の憑依物語。
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ここは、誰にも邪魔されない自分だけの空間。
静かな水面(みなも)。
風に揺らされる木々。
辺り一面、自然に囲まれたこの場所。
小さな湖のそばにある大きな木の木陰から、
何の変化も無い湖をボーっと見つめる。
昔から、彼…
有森 隆介(ありもり りゅうすけ)はこの場所が好きだった。
家から30分ちょっとの場所にある小さな山の奥に存在する湖。
人がほとんどやってくることのないこの場所に彼はたびたびやってくる。
嫌なことがあったとき、ボーっと湖を見つめるのだ。
「---昔は良かったな」
隆介がつぶやく。
昔、小さいころ、父と母、妹の4人で、この場所に
よく来たのだ。
この大木の木陰で、いつもピクニックをしていた。
今でも、最近のことのようにそのことが思い出される。
「---アイツばっかり」
隆介は呟く。
妹の有森 千鶴(ありもり ちづる)
高校1年の彼女…一学年下の妹は、
自分とは違い、優秀だった。
どちらかというと悪い成績の自分とは違い、
彼女の成績は優秀。
そして、クラスでも中心的人物で、
とても先輩からも可愛がられているような子だ。
それに対して、自分はクラスでも中途半端な存在。
”居ても、居なくても”みたいなポジションだった。
友達はいるけれど、”親友”にはなれないー。
そんな感じだ。
今日も、自宅で父に言われた。
「お前も、千鶴のようにもっと頑張れよ」 と。
隆介は、妹と比べられることを何よりも嫌った。
”自分だって頑張っているのに”
褒められるのは妹だけ。
自分はいつも、妹と比べられるだけ。
「はぁ…」
大木の下で、かすかに差し込む木漏れ日を
見つめながら、隆介はため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ただいま…」
薄暗くなってから帰宅した隆介。
「また遊んできたのか?
お前も千鶴に負けないように、頑張らなくちゃな」
父の秀蔵(ひでぞう)が言う。
「・・・俺だって頑張ってるよ」
隆介が毒づくと、
父は「そんなこと言ってないで、お前もなぁ」とまた小言を言い始めた。
自分だって頑張っている。
けれど、それを誰も認めてくれない。
「---まーたこんなに遅くなって!
お兄ちゃんなんだから、もっとしっかりしなさい!」
母の月子(つきこ)が言う。
”お兄ちゃんなんだから”
自分は、好きで早く生まれてきたわけではない。
こんなこと言われるなら、自分だって弟に生まれたかった。
”ずるい”
そんな感情が隆介の中で爆発しそうになる。
「---千鶴」
自分の部屋の前の廊下で、妹の千鶴とすれ違う。
美術部の活動で遅くなったのか、
まだ制服姿だった。
妹は、どんどん可愛くなった。。
決してイケメンではない自分とは大違いだ。
「--またあそこに行ってきたの?」
千鶴が言う。
千鶴は、隆介が”あの場所”で時間を潰していることを
知っている。
「---悪いかよ」
隆介が言うと、千鶴が少しだけ笑みを浮かべた。
「別にそういうわけじゃないけど」
千鶴とは、”距離”が生まれてしまっている。
と、いうのも兄である隆介が一方的に敵意を抱き、
冷たい態度をし始めたのが原因だ。
ついこの間まで「お兄ちゃん」と言っていた千鶴も、
最近は隆介をどことなく避けるようになった。
「---いいよなお前は。
いつもチヤホヤされて」
隆介が嫌味っぽく言うと、千鶴が「何よその言い方」と突っかかる。
隆介は千鶴の言葉を無視して部屋に入り、
扉を閉めた。
「何よ!雰囲気わるっ!最悪!」
千鶴が廊下でわめいている。
”千鶴なんか、いなけりゃよかったー”
そんな風にも思うようになった。
”---お兄ちゃん、大好きだよ”
昔の千鶴を思い出す。
「昔はよかったのになー。
変に色気づきやがって…」
隆介はそう呟くと、ベットにうずくまった…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
高校帰りに、近くの公園を通りがかると、
そこで、千鶴と、イケメン男子が話をしていた。
男子が千鶴に手を振り、
二人は別れた。
「---なんだよ、イチャイチャしてんのかよ?」
隆介が嫌味っぽく尋ねた。
すると千鶴が言う。
「違うよ…
部活でお世話になっている先輩。
…ねぇ、どうして最近わたしにそんなに突っかかるの?」
千鶴が不愉快そうに聞く。
「……」
隆介は答えない。
「--ねぇ、、わたし、何か悪いことした!?
何にもしてないよね?
お兄ちゃんに何かした??
何で、そうやって、私に冷たくするの?」
千鶴が声を少しだけ荒げる。
「---うぜぇんだよ」
隆介は呟いた。
隆介とてー、
千鶴が嫌いになったわけではない。
けれどー。
嫉妬や、比べられることの辛さから、
千鶴を憎むようになっていた。
「えっーーー」
千鶴が唖然として声を出す。
「お前のそういう一生懸命なところが
うざいって言ってるんだよ!」
隆介が声を荒げる。
そしてさらに続けた
「いつもいつもお前ばっかり!
日々、何の苦労もなく楽しそうにしやがって!
ふざけるなよ!
俺だって頑張ってるんだよ!
なのになんだよ!?父さんも母さんも先生も
みんなみんなお前ばっかり!」
隆介が言うと、千鶴が反論する。
「何よ!なんなのその言い方!!」
隆介はさらに続けた。
「--ずるいんだよ!お前は!
この泥棒女!
お前なんか妹じゃない!
二度と俺に話しかけるな!」
隆介が叫んだー。
この日、先生にも妹の千鶴と比べられる発言をされて
イライラしていた。
だからー。
つい、心にもないことを言ってしまった。
「酷い…」
千鶴が目に涙を浮かべて後ずさる。。
「---、、、」
隆介が”まずいこと言ってしまった”と我に返る。
「酷い…酷いよ…お兄ちゃん…
わたし…そんな風に思われてたんだ…」
涙を流しながら、公園から後ずさり、隆介から離れていく千鶴。
「--お兄ちゃんなんて知らない!」
千鶴が振り返り、
走り出す。
「千鶴ーーごめー、、、」
ーーーー!!
千鶴のすぐ横から大型トラックが迫っていた。
ーーーーーーー!?
”お兄ちゃんが、、何かあっても必ず守るからなー”
小さいころーー
約束した。
”必ず守る”と。
「---千鶴!」
とっさに隆介が大声で叫んで走り出す。
「---えっ?」
千鶴が横を見て目を見開く。
大型トラックはもう目前までー。
「----!」
隆介が妹の名を叫びながらーーーー
千鶴を思いっきり突き飛ばしたーーーー。
そしてーーーーー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ピッ、、、ピッ、、、と電子音が聞こえる…。
「---うっ…」
意識が回復するー。
一瞬、何が何だか分からなかったがー
すぐに思い出した。
「……うう…千鶴…千鶴は…?」
そう呟き、異変に気付いた。。
「えっ…」
自分の口から出ている声が…
”いつもと違う”
「な、、、なんだよコレ…」
可愛らしい声で千鶴が自分の胸を見て…
髪を見て……
そして鏡を見て驚いた。
「---ちょ、、、お、、俺が千鶴にーー?」
隆介はーーー
妹の千鶴になっていたーーーー。
「--ど、、どうなってんだよ…」
千鶴(隆介)がつぶやく。。
ふと、自分の胸に目が行く。
「うはぁ…」
緊急事態だと言うのに、男にはないそのふくらみを見つめて
千鶴は興奮を覚えた。
触ってみたい…
そう思った…。
その時だった。
「千鶴!無事で良かった!」
父の秀蔵と母の月子が病室に入ってきた。
二人とも、満面の笑みで喜んでいる。
「え、、、あ、、、う、、うん」
どうしていいか分からず、千鶴は適当な返事をする。
「あ、、、あの、、あのさ…
お、、俺、、じゃない、、お兄ちゃんは…?」
千鶴が尋ねると、
父の秀蔵が母・月子の方を見つめる。
そしてー。
「---千鶴…
お兄ちゃんはな…
お前を守って……死んだんだ…」
死んだーーー???
自分がーーーーー???
千鶴(隆介)は青ざめた。
「------お、、、お兄ちゃん…が」
放心状態になる千鶴。
父と母は、悲しそうな表情をしているが、
泣くことはなかった。
そして言った。
「隆介の事は今は気にするな。
千鶴、お前はお前のことに専念するんだ。いいな…」
千鶴自身も怪我をしていた。
しばらくは入院が必要になるとのことだった。
しばらくして、夜遅くなったため、両親は帰って行った。
「---……」
”自分”が死んだー?
確かに、あのとき、千鶴を守ろうとしてトラックに…。
だがーー。
ならば”千鶴”はどこに行った?
まさか、”隆介”として死んだのか―?
「------」
父と母は”自分”が死んだのに、
一切涙を見せなかった。
所詮、母と父にとって、自分の存在はその程度だったのだろう。
「く……くふふ・・・」
千鶴は口元をゆがめた。
「くふふふふふふ、うふふふふ、あははははははははは!」
誰も居ない病室で笑い出す千鶴。
「そうかそうか、そうかよ!
俺なんかどうでもいいんだよな!」
可愛い声で叫ぶ千鶴。
その目には憎しみが宿っている。
「そうだよ!これはお前の罰だよ千鶴!
いつもいつも、俺の邪魔ばっかりして…!」
そこまで言うと、千鶴は笑みを浮かべた。
「--俺がお前の全部を奪ってやる!
体も、人生も、、、全部!全部だ!
あははははははははっ!」
千鶴は楽しそうに大笑いする。
そうだー
奪われたら取り戻せばいい。
今まで、千鶴に散々邪魔されてきたんだ。
なら、自分が千鶴の人生を奪ってしまえば良いーー
「---俺が…俺が千鶴だ…
ううん、、”わたし”が、わたしが千鶴よ!
うふふふふっ、あはははははははは!」
隆介は妹の体に”憑依”した今の状態を
心から喜び、邪悪な笑い声をあげたーーー。
「---あぅっ♡」
禁断の領域ー。
自分の胸を触り、
千鶴は初めて快感を味わった。
「あっ♡ あふっ♡ す、、すごい♡
すごい!あははははは♡」
千鶴は、周囲にばれないように
自分の体を弄び、
喘ぎはじめたのだった…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日後。
リハビリのために、千鶴は廊下を歩いていた。
まだ足が思うように動かず、松葉杖状態だ。
「--ーー隆介…」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
曲がり角の先からだ。
「・・・お母さん?」
千鶴は立ち止まり、耳を澄ませた。
こっそり覗くと、
そこには母と父が居た。
これから自分の見舞いに来るつもりだったのだろうか。
「---泣くな…
千鶴だってショックを受けてる。
あの子の前で涙は見せちゃいけない」
父の秀蔵が母の月子をさすりながら言う。
「でも…でも…
隆介が…うぅっ……」
事故から数日ー。
母は、息子を失った悲しみから立ち直れずにいた。
「---隆介………」
母が涙をこぼす。
それを見て、千鶴は身を隠した
「・・・母さん…」
千鶴は目をつぶる…。
「---最後の最後で千鶴を助けるなんて、
立派な兄貴になったよな…
でも……
死んじまったら、父さん、お前のことを褒めてやれない…」
曲がり角の先から、父の涙声も聞こえてきた。
「---お前の事…褒めてやれないぞ…隆介…」
千鶴は両親の涙を見て、
そのまま、自分の病室へと戻った。
「----」
両親の愛情はちゃんと、存在していた。
そのことに気付けなかったー。
「ーーーどうする…」
千鶴は呟く。
このことを言うべきか。
それともーーー。
いや、、、
「俺は隆介だ」なんて言っても信じてもらえないだろう―。
それどころか、千鶴までおかしくなった、とさらに
両親を悲しませてしまうかもしれない。
「---」
千鶴(隆介)は病室から窓の外を見つめながら決意したー。
自分が”千鶴”として生きていくーと。
②へ続く
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コメント
今回は、プロローグ的なところまでですね。
兄が、妹として生きていくことを決めたようですが、果たして…。
コメント
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これからどうなってしまうのか……
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> これからどうなってしまうのか……
白くなって(?)いきます。。