妹は”悪の魂”になど侵食されない。
ジョーはそう考えていた。
そして、事実、今のところ目立った変化はない。
しかしーーー
悪の魂は確実に、妹の麻里を侵食し始めていた・・・
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あれから1週間。
奥本麻理に変化はなかった。
兄のジョーは満足そうにその様子を見つめていた。
「--やはり」
ジョーは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「純白は漆黒には染まらない。
我が妹は、悪の魂如きでは
悪には染まらないのだー」
手にした”純水”を口に流し込みながらジョーは思う
「我が妹の勝利だー」 と。
…妹の麻理は、
このところ、自分に違和感を感じていた。
ちょっとのことでイライラする。
ひょんなことでムカッとする。
真面目にやっている自分がバカらしくなる。
介護の実習をしていると「何で私がこんなこと」と思う。
けれども、自分は疲れているのだろう。
精神的に弱っているのだろう。
だから、そんな馬鹿げたこと考えてしまうのだと、
自分に言い聞かせていた。
彼女は自室によくこもるようになった。
ジョーは透明になる能力を持つとはいえ、
流石に彼女の自室まで入り込むのは困難だった。
麻理がそこで何をしているかはー
麻理本人のみぞ知ること…。
「よ!」
麻理の彼氏=高沢 秀樹(たかざわ ひでき)が
麻理の家にやってきた。
外から妹の家を見つめるジョーは呟いた
「そっか、彼氏いるんだったな」
兄のジョーも妹に彼氏がいることは知っていた。
別に、嫉妬はない。
彼氏の高沢は好青年だし、ジョーも応援しようとしていた。
「そういえばさ、睦美(むつみ)がさ、
この前また色々ぼやいてたんだけどさー」
彼氏の高沢が言う。
睦美と言うのは、麻理と高沢、共通の友人だ。
高沢の小さいころからの幼馴染でそこには恋愛感情はなく、
完全な友情関係だった。
そんな高沢と睦美の関係を麻理も理解し、
二人があったりすることも快諾していた。
しかしーー
この日は違った。
無性に腹が立った。
自分の中の嫉妬が爆発した。
「---そう」
麻理は静かにそう言った。
我慢しようと思ったーー
けれども、自分で自分の溢れ出す感情を抑えることが
出来なかった。
「---最近、睦美ちゃんと楽しそうね?」
麻理が不気味にほほ笑みながら言う。
そこには最大限の皮肉が込められていた
「え…
どうしたんだよ?
いつものことじゃないか…」
高沢が戸惑う。
麻理はそんな曖昧な高沢の態度に
さらに腹が立った。
ーーーいつも彼氏の高沢は自分の事を大切にしてくれている。
睦美と浮気をすることなんて絶対にありえない。
それは分かっている。
けれどもーー
何故だか心から溢れる黒い感情を抑えきれなかった
「そうやってー
睦美と楽しんでればいいじゃん?
私となんか会わなくても」
麻理はとげとげしい雰囲気で言い放った
「な、なんだよ…
そんな事言ってないじゃないか!
俺はいつだって麻理のこと…」
その言葉は本心からだった。
だがーーー”黒い感情”に支配されつつあった
麻理には届かなかった
「あ~はいはい、そういうのいいから。
浮気したいんでしょ?すればいいじゃん?
私と別れたいんでしょ!好きにすればいいじゃん!」
麻理は自暴自棄な様子でそう言った。
すると高沢は
「---ご、ごめん…後で連絡するから」と
普段温厚な麻理が怒りだしたことに戸惑い、
そのまま退出して行った。
麻理は元々、心のどこかでは女友達と彼氏が会うことを
不安に思っていた。
けれども、理性でそれを抑えていたし
”高沢君なら大丈夫” そう、思っていた。
しかし
彼女に投げ込まれた”悪の魂”は彼女の負の感情を増幅させた。
ここ1週間、懸命に湧き出る感情を抑え込んでいた彼女は
もう”限界”だった。
「---…うぅぅぅ……むかつく!むかつく!」
一人になった麻理は狂ったように頭をかきむしった。
怒りで自分が壊れてしまいそうだった。
「----うぅ……
腹立つ…本当にむかつく!」
麻理は乱暴に壁を蹴り飛ばした。
その形相は優しい麻理とは思えないような形相だった。
そして彼女は再び自室へと入って行った。
外から様子を見ていたジョーは呟く。
「彼氏の浮気か…
ま、麻理だって怒るだろうな」
ジョーは涼しい顔でそう解釈していた。
妹が”悪の魂”に浸食されているなど夢にも思ってなかった。
ーーー夜。
ジョーは何食わぬ顔をして妹の家を訪れた。
最近よく妹がこもっている自室が
なんとなく気になったからだ
「お兄ちゃん、珍しいね?私の家に来るなんて!」
麻理は、いつもの優しい笑顔で兄を出迎えた。
「--いや、たまにはな」
ジョーが笑う。
そして一つ質問してみた。
「最近、変わりはないか?」
”悪の魂”の効力を確認する意味もあった。
「--うん、順調だよ!
心配してくれてありがと!」
麻理が可愛らしく笑うと、
「あ、飲み物持ってくるね!」と言ってキッチンへ向かった。
完璧だー。
我が天使ー。
ジョーはそう思った。
今までの例を思い浮かべる。
西原愛華のように、悪に堕ちてはいないー。
藤森彩乃のように、自分の欲望、性の欲に
飲み込まれたりもしていないー。
いつもの優しい麻理だ。
ふと、ジョーは麻理がこもる部屋を見た。
「そういや、最近よくあそこにいるよな…」
そう思い、何気なく扉を開けた…
するとそこにはーー。
ジョーは驚きで目を見開いた。
壁には深い爪痕や
死ね だの ウゼェ だの乱暴な文字が殴り書きで
真っ赤な字で書かれていた。
そしてわら人形のようなモノには釘が刺してあり、
びりびりに破られた彼女の親友の写真が置かれていた。
「-----うっ」
ジョーは思わず吐き気を催した。
元々ー
麻理はこういうことをする人間だったのか?
ーーーそれともーーー。
まさか!
「何見てんのよ」
背後から麻理の声がした。
ジョーの知らない、低い声で。
麻理が睨みつけるようにして近づいてきた
「あ、、わ、悪い つい」
ジョーはいつものように軽い調子で謝った。
その時だった。
「おい、ふざけんじゃねぇよ
私の部屋 何勝手に覗いてんだよ?あ?」
麻理が低い声でジョーの髪を引っ張りながら言う。
「す、、、すまん。。。麻理!
悪かった!」
ジョーが必死に謝ると、
麻理が深いため息をついて笑った
「ご・・・ごめんねお兄ちゃん。
ちょっとイライラしてたみたい」
そう言うと、いつものように麻理は優しく微笑んだ。
麻理に案内されて、リビングの机に戻る。
麻理は自室の方に向かって何やら片づけをしている。
しかし、麻理のいる方からは乱暴な物音と
「いつもふざけやがって!」という乱暴な言葉がきこえてきた。
そして、「あ~ストレスたまる!」という叫び声の後に
麻理が一人喘ぐ声が聞こえてきた。
ーーーまさか!!
そんなはずは!!!
いつも冷静だったジョーは耳をふさぎながら、
パニックを起こして妹の家を飛び出した。
ーーー麻理!!
ーーーそんな!!そんな!!
孤高に生きるジョーにとって、
妹の麻理は唯一の肉親であり、家族であり、大切な存在。
ジョーにとって天使であり、尊敬する存在だった。
その妹がーーー。
「うっうあああああああ!」
ジョーは一人泣き叫んだ。
彼は妹なら”悪の魂”を克服できると信じていた。
しかしーーー。
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3日後。
彼はバーに居た。
親友に妹のコトを話す
「なぁ……俺の妹はどうなる…」
ジョーは酒に酔いながら言った。
親友は呆れた様子で言う。
「……ジョー。悪の魂を入れられた人間が
どうなるか、お前が一番よく知ってるはずだろ?」
そうだーーー。
そうーーー。
優等生であることを馬鹿らしく感じ、悪に堕ちた
西原愛華。
自分の快感に溺れ、全てを捨ててしまった
藤森彩乃。
これまでもそうだーー
妹思いの姉に悪の魂を入れた時は、
最終的に嫉妬に呑まれた姉が妹を殺した。
家族思いの母は、
悪の魂に飲み込まれて浮気に走った。
心優しい女子中学生は、
その年で体を売るようになってしまったーー
麻理もーーー。
ジョーが動揺した様子を見せていると
親友が言った。
「しっかりしろ。
今ならまだ間に合うかもしれねぇ」
そう言うと親友は水の入ったグラスをジョーに差し出した。
ジョーの言う”純白”のような存在。
そこに、親友はワインを注いだ。
みるみるうちに”色”が黒く染まっていく。
「--どんなに透き通っていても、
黒に染まるんだ。
ジョー。
染まりきる前に!妹さんに全てを打ち明けて
なんとかしろ!」
親友は、そう叫んだー。
麻理はーー
次第に壊れていった。
大学構内の人通りのない場所で、
素行不良の学生と淫らな行為を行っていた
「うふっ…最近ね…
あたし、ストレスたまっちゃって、
自分でも変だと思うだけど…あっ、、あぁっ、、もっと!
こうでもしないと あっ! やってられないのぉ♡」
不良と抱き合いながら感じる麻理。
その顔は、欲望にまみれていた。
そうーー
愛華や彩乃と同じようにーーー
そこに、彼氏の高沢が通りかかった。
「お、、おい、、、麻理!
何やってんだよ!」
高沢が不良を引きはがす。
しかし、麻理は悪びれる様子もなく笑った。
「なにって?
高沢君が睦美ちゃんと浮気してるから、
あたしもしてるの。
悪い?
ウフフ…
このヒト、すっごい気持ち良くしてくれるの♡」
麻理がうっとりとした表情で言う。
「……麻理…」
高沢は何も出来ずその場に立ち尽くした。
ーー成り行きを見守っていたジョーは決心した。
今夜、妹の家に行こう。
全てを打ち明ければ、
彼女はきっと理解してくれるー。
そして妹の強い心は必ず”悪の魂”を克服する。
ジョーはそう考え、静かに歩き出した。
⑩へ続く
(次回、第3部最終回)
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