彼女には、生まれつき難病の息子がいたー。
そんな難病に対して、
母は、できる限りのことをしてあげたいー、と、
”禁断の方法”に手を染めようとしていたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三笠 由美(みかさ ゆみ)は、
大きくため息をついたー。
「ーどうした?由美ー?」
由美の夫・俊樹(としき)は、
そんな由美のため息に気付いて、
少し心配そうな表情を浮かべるー。
「ーーー英介(えいすけ)のことかー?」
そう言葉を口にする俊樹ー。
「ーーーうんー」
由美は暗い表情を浮かべたまま、静かに頷いたー。
”英介”とは、由美と俊樹の息子で、
現在、5歳の子供だー。
しかしー、その英介は生まれつき、
とある難病に冒されていて、
現在も入院しているー。
担当医の榊 竜太郎(さかき りゅうたろう)先生は、
”成長と共に回復する可能性はある”とはしていたもののー、
現在の状況では日常生活を送ることはできない状態で、
学校に通う年齢に差し掛かっても、
学校に通うことも難しいー、
そんな状態だったー。
「ーーーーーーわたしのせいで、英介は…」
由美がそう言葉を口にすると、夫の俊樹は戸惑いながら、
「由美のせいじゃないし、英介のせいでもないー。
あまり気に病みすぎるなー」と、優しく言葉を口にするー。
「ー英介だって、楽しそうにしてる時もあるだろ?
本人が一生懸命生きようとしているのに、親の俺たちが
暗い顔をしてちゃだめだー」
英介の言葉に、由美は「うんー」と、そう言葉を口にしたー。
二人は大学の頃に出会い、その後結婚ー
大学卒業後にすぐに子供を授かり、
現在は20代後半の二人ー。
そんな二人にとって、英介は例えどんな病気に冒されていても
本当に大切な存在だったし、
なんとかしてあげたい、とそう考えていたー。
そんなある日ー。
由美はネットで”禁忌の方法”を見つけてしまったー。
それがー
”憑依”ー。
憑依薬と呼ばれる薬の存在だー。
それを使えば、英介を”わたし”の身体に憑依させることができるー。
由美は、そんな風に考えてしまったー。
英介が、難病を持って生まれてしまったのは
自分のせいだと、必要以上に自分を責め続けていた由美は、
”せめて、わたしの身体を英介にあげることができればー”と、
そんなことを考え始めてしまったのだー。
しかし、夫である俊樹に相談をすれば
”反対”されることは目に見えているし、由美もそれを理解していたー
それ故か、由美は俊樹にそのことを相談せずにー…
担当医の榊先生に”憑依”のことを相談したー。
「ーーー…”憑依薬”ですかー…?」
担当医の榊先生が戸惑いの表情を浮かべるー。
「ーー…これを使えば、英介がわたしの身体を使うことができるんですー。
ーー英介はこのまま生きていてもきっとー…
普通の生活を送ることはできないー…
母親であるわたしがしてあげられることは
わたしのこの健康な身体を英介にあげることだけなんですー」
疲れ切った様子で、そう言い放つ由美ー。
榊先生は「お、落ち着いて下さいー」と、そう言葉を口にすると、
「しかしー他人に憑依など、そんなー」と、
戸惑いながら、由美が持参した”憑依薬”の容器を見つめるー。
「ーーそんなこと、できるはずがありませんー
その液体が”憑依”とやらをできるという根拠はあるのですかー?」
榊先生は戸惑いながら言うー。
それもそのはずー
”憑依”なんて普通は出来ることではないし、
榊先生が疑問を抱くのも当然だったー。
「ーー三笠さんー、どうか考え直してくださいー。
そのような怪しい薬ー…
例えばですよ、それを飲んだ瞬間に、
英介くんが死んでしまうー
つまり、その薬が”憑依薬”などと偽った毒である可能性もあるわけですー。」
その言葉に、由美は表情を歪めるー。
「ーいやー…もちろん、さすがにそこまでではないとは思いますが
大方、ただの水を憑依薬などと名前をつけて販売している
悪質な商法でしょうー。
栄養剤とか、ただの着色した水とかー
いくらでも方法はありますー。
三笠さんー、英介くんがこのような状況で辛い気持ちは
十分に理解できます。
しかしーー」
榊先生がそこまで言葉を口にすると、
由美はその続きを遮って、口を開いたー
「”本物”ですー」
とー。
「ーなんですって?」
榊先生が困惑の表情を浮かべるー。
「憑依薬は本物ですー」
そう言い張る由美ー。
榊先生は、さすがに少し呆れたかのような
表情を浮かべると、
「ーいやー、それはー…流石に無理がありますよー」と、
苦笑いしたー。
がーー
「ー試したので、間違いありませんー」
「ーた、試した!?」
由美の言葉に、榊先生が声を上げるー。
由美は、得体の知れない憑依薬とやらが
本物かどうか確かめるために
自分で飲んで試したというのだー。
通行人の女性に実際に憑依もできたと
由美は語るー。
「ーーま、まさか、そ、そのようなー」
榊先生が戸惑いながらそう言葉を口にすると、
由美は「ですからー、英介にわたしの身体を差し出したいんです!この薬で」と
憑依薬の容器を榊先生の方に向けるー。
「ーし、しかしー…」
榊先生は困惑の表情を浮かべるー。
がー、やがて大きく息を吐き出すと、
「ー本当に”憑依”することができるんですね?」と、そう確認するー。
もし、この液体が毒なら、
”飲んだ瞬間に死ぬ”ー
それは、避けたいー。
「ー本当に、安全であること確認できたんですねー?
もしも、実際には試していないのであれば、
英介くんにこれを飲ませることはできませんー。
飲んだ瞬間に、英介くんの身体に何か異変が起きる
可能性だって、十分にあるわけですからね」
榊先生がそう説明すると、
由美は「本当に試しましたー。大丈夫ですー」と、
そう言葉を口にするー。
”憑依薬”を実際に試した、というのは本当だー。
由美は実際に憑依薬を飲んで、通行人に憑依を試しているー。
当然、”得体の知れない薬”を息子に先に飲ませるなんて
危ない真似はしないー。
由美は、自分の身体で身を以て、毒見を行い、
今、ここにいるー。
「ーーー……ーそこまで言うのであれば、分かりましたー
ですがー…
もしも本当に”憑依”できるのだとすれば、
あなたの意識は”なくなる”ーー
それは、つまりーー
単刀直入に言えば、あなたは”死んだ”ようなものになるわけですー
身体は生きていても、心は消えるー。
そうなれば、あなたは英介くんとはもう会えなくなりますしー、
その点は、ちゃんと理解されていますか?」
榊先生がそう言葉を口にすると、
由美は、意を決した表情を浮かべながら頷くー。
もう、迷いはないー。
「ー英介のためなら、命だって捧げる覚悟ですー。
だから、お願いしますー」
由美は、そう言葉を口にするー。
「ーーーーー…分かりましたー」
榊先生は、由美に協力することを約束するー。
由美が強引に憑依薬を英介に飲ませて、
自分に憑依させることも可能であったものの、
それだと、”抜け殻になった英介の身体をどうするのか”や、
英介が由美に憑依したあと、夫である俊樹にどう説明すれば
いいのか、そういったことに対応することができなかったー。
英介に憑依された時点で、由美の意識は恐らくなくなるー。
だからと言って、先に夫である俊樹に
”わたし、英介に身体をあげようと思っているの”などと
説明すれば、ほぼ100パーセント止められるー。
だからー、こうして”後始末”を良くしてくれていた
担当医の榊先生にお願いするしかなかったー。
「ーーーではー、英介くんの”憑依”は、
いつ頃にしますか?」
榊先生は、”色々と準備もあるでしょう”と、
そう言葉を口にするー。
由美は、少しだけ考えてから「来週の今日は、どうでしょうかー?」と、
そう言葉を口にするー。
すると、榊先生は「ー分かりました。ちょうど1週間後ですねー」と、
日付を再度確認してから頷いたー。
「ーお分かりだとは思いますが、
”憑依”されるということは、自分の人生を捨てる、ということです。
後悔のないように、1週間、しっかりと過ごしてくださいー
それとー、英介くんがちゃんと生活できるように、
憑依が終わった後に英介くん本人に伝えたいこと、
そして、ご家族に伝えたいことがあれば、
私がお渡ししますので、来週、当院に来る際に一緒にお持ちになって下さい」
榊先生はそこまで言うと、
由美は静かに頷いたー。
迷いなど、ないー。
難病を抱えて生まれ、この先もずっと
普通の生活を送ることができないー…
その可能性がとても高い息子の英介に自分の命を捧げることができるのであればー、
母として、そこに迷いはないー。
「ーー…いきなり、20歳以上を歳を取ることになっちゃうのは、ごめんねー」
由美は、静かにそう呟くー。
英介が由美に憑依して、由美の身体で生きていくとなれば
一気に20以上、歳を取ることになるー。
がー、それでも、きっと”自由に生きられる身体”を
英介に渡すことができれば、英介もその”失われた20年分以上”の経験が
できるはずー。
それに、平均寿命も女の方が長いー
そんなに、大きく英介の人生を削ってしまうことにはならないー。
「英介ー
これが、お母さんにできる数少ないことだからー……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
そしてーー
由美は最後の1週間を過ごしたー。
英介に憑依する当日ー。
病院で榊先生のところにやってくると、
由美は少し緊張した様子で、
「ー英介に、飲ませてあげて下さい」と、
榊先生に憑依薬を手渡したー。
英介は既に憑依後、その身体が”抜け殻”になるため、
別室に移動されているー。
最後に、そんな英介の顔を見てきた由美は、
少し緊張しながらも、”もう、後悔することなんてありません”と、
そんな言葉を口にするー。
榊先生は静かに頷くと、
「ーそれではー……決心できたら、声をかけて下さい」と、
そう言葉を口にするー。
由美は、深呼吸をすると「よろしくお願いします」と、そう言葉を口にしたー。
榊先生は静かに頷くと、
「ー分かりましたー。それでは、英介くんに憑依薬を服用させますー」と、
そう言葉を口にして、英介がいる隣の部屋へと移動していくー。
由美は、目に涙を浮かべながら
「英介ー…わたしの身体でー…楽しく生きてねー」と、そう呟くー。
夫の俊樹には、最後まで”憑依”のことは言わなかったー
言えば、確実に止められるからだー
「ーーーごめんねー」
そんな俊樹に対して、謝罪の言葉を口にする由美ー。
その直後ー、由美は”自分の身体に英介が入って来るのを”感じたー。
「ーぅ…」
ずぶっ、と何かが自分の中に入り込んでくるような、
これまでの人生で感じたことのない不思議な感触ー。
それを噛みしめながら、由美は
「ー英介ー…頑張ってねー」と、そう言葉を口にしたー。
「ーーー!!!!」
その言葉を最後に、由美の身体はビクンと震えてーー
そのまま、由美の意識は闇へと飲まれたー。
けれどー、
由美自身は、それで満足だったー。
愛する息子のために、
自分の身体を捧げることができるのだからー。
それで、よかったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーただいま~」
由美が帰宅すると、俊樹は「お、おかえり~英介はどうだった?」と、
そう言葉を口にするー。
「ーうん、いつも通り、元気そうだったよー」
由美は、そう言葉を口にすると、
夫の俊樹と会話を交わしー、
そのまま自分の部屋へと向かうー。
「ーーーーー」
自分の部屋に入った由美は
ニヤリと笑みを浮かべるとー、
自分の胸を思いっきり両手で揉み始めるー。
「ーーふふふふ…
ふふふふふふー… ははははははっ♡」
嬉しそうに笑う由美ー。
由美はそのまま、興奮した様子で服を脱ぎ捨てると、
「ー最高だ♡」と、ゾクゾクしながら自分の身体を見つめたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーー…いったい、どうなってるんだー?」
「分からないー」
「ーー先生!先生!」
その頃ーー
病院ではーー
由美の息子・英介の担当医である”榊先生”が、
原因不明の”意識不明”の状態になっていたー。
「ーーーせんせい…どうしたのー…?」
由美の息子・英介が言葉を口にするー。
周囲のスタッフたちは慌てた表情を浮かべながら
英介に対して「先生はちょっと、具合が悪いみたいー」と、
そう言葉を口にするー。
担当医の榊先生の”身体”は確かに生きているー。
がー、榊先生が意識を取り戻すことはないー。
由美と話をして、”憑依薬”なるものが本物だと確信した榊先生はー、
英介に憑依薬を飲ませず、自らが憑依薬を飲みー、
由美の身体を乗っ取ったのだからー。
人に憑依するー
そんなこと、考えたことはなかったー。
が、いざ、”憑依”という力を目の前にして、
榊先生は、由美を乗っ取ることを決めたのだー。
せめてもの救いはーー
乗っ取られた由美が、最後の瞬間まで、
”わたしの身体に入って来たのは息子の英介”だと思っていたことだろうかー。
身も心も完全に奪われてしまった由美はー
この後、夫の俊樹と離婚してー、
そのままいずこかへと姿を消したのだったー。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コメント
1話完結の憑依モノでした~!☆
結構前にアイデアを思いついたのですが
実際に書くことなく、たぶん1年ぐらい経過した作品を、
今回、実際にこうして書いて見ました~!☆
憑依薬を手に入れても、他の人に任せちゃダメですネ~!
お読み下さりありがとうございました~!☆!
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