最愛の妻との間に授かった子供ー。
しかし、その幸せは”最悪の形”を迎えたー。
出産時に妻が命を落としてしまったのだー。
そしてー
残された夫は、”生まれた娘に妻の魂を憑依させる”という凶行に
及ぼうとしていたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーー…本当に構いませんかー?」
怪しげなローブの男がそう言葉を口にするー。
「ーーも、もちろんだー!
もう一度、もう一度、恵美(めぐみ)に会えるならー!」
男は、そう叫んだー。
高塚 昌義(こうづか まさよし)ー
彼は、妻の恵美を亡くし、失意のどん底にいたー。
幸せの絶頂にいた昌義と恵美ー。
恵美が子供を授かりー、
生まれて来る娘・葵(あおい)と共に、
幸せな生活が待っているー…
ーはずだったー。
しかし、そうはならなかったー。
出産の際に、恵美の容態が急変しー、
恵美はそのまま帰らぬ人となってしまったのだー。
”ごめんねーーー…葵のことーー…お願いーー…”
恵美は最後に涙を流しながらそう言ったー。
娘の葵は無事に生まれたー。
だがー、昌義は妻である恵美の死を受け入れることが
できなかったー。
来る日も、来る日も、死んだ恵美の幻影を追う日々ー。
いつしか彼は
”恵美を生き返らせる方法”を、何かに取り憑かれたかのように
求めるようになり、
そしてー、
その方法にたどり着いたー。
それはー…
”死んだ人間の霊を呼び出し、生きる者に憑依させる”
禁断の呪術ー。
中東のとある国に、そんな呪術が存在すると知った昌義は、
赤ん坊の葵を連れて、その呪術が行われているという”神殿”にやってきていたー。
普通であればー、
こんな非現実的な話を信じる者は、ほとんどいないだろうー。
しかし、昌義は妻・恵美が死んだことによって
精神的に壊れていたー。
恵美を生き返らせる方法に執着しー、
見つけたこの”呪術”に藁にもすがる思いでここまでやってきたー。
「では、あなたの最愛の人の魂をー、
その赤ん坊に”憑依”させましょうー」
ローブの男がそう言葉を口にするー。
「ーお願いしますー」
昌義は、そう言葉を口にしながら頭を下げー、
娘の葵を差し出すー。
実の娘である葵に、妻・恵美の魂を憑依させて、
恵美を蘇らせるー。
昌義は今、まさに怪しげな儀式によって”恵美”を
蘇らせようとしていたー。
「ーー~~~~~~」
ローブの男が、祭壇に昌義の娘・葵を寝かせるとー、
昌義から預かった恵美の”遺骨”を、祭壇の上に設置して、
恵美の魂を呼び出す呪文を唱え始めるー。
「ー恵美ー…もうすぐー
もうすぐ、会えるぞー」
笑みを浮かべる昌義ー。
死んだ最愛の人と、もうすぐまた、会うことができるー。
そう思っただけで、喜びの感情が溢れ出しそうになるー。
「ーーー……恵美ー………
絶対、絶対に俺が助けるからなー。」
死んだ恵美を”助ける”と表現しながら、
”儀式”の様子を見守るー。
するとーーー
信じられないことに、ローブの男の前にある祭壇にー
天井から光が注ぎ始めたー
「こ、これはー?」
思わず昌義が声を上げると、
ローブの男は得意気な表情を浮かべながら言ったー
「ーーー”降りて”来ましたよー
あなたの最愛の人がーー」
その言葉に、昌義は瞳を震わせながら
目に涙を浮かべるー。
「め、恵美がー?ほ、本当ですかー!?」
その言葉にローブの男は頷くー。
そして、さらに呪文を唱えると、
天井から差し込んだ謎の光の中に、
”霊魂”のようなものが出現しー、
それが祭壇の上に寝かされている娘・赤ん坊の葵の方に
向かって行くー。
「ーあなたの最愛の人の魂はーー
あなたの娘さんの中へーーー
新たな身体を得て、あなたの最愛の娘は今ー、
現世へと蘇るのですー」
ローブの男はそう言いながら、最後の呪文を唱えるとー、
恵美の霊魂と思われるものが、
娘の葵の身体へと入り込んでいくー。
「ぁ…」
ピクッと震える娘の葵ー。
「ーーさぁ、死者の魂よー
生者の肉体に溶け込みたまえー」
ローブの男がそう言葉を口にすると、
葵が光に包まれてー、
やがてー、天井から差し込んでいた光も、
霊魂のような物体もー、
葵の周りで輝いていた光も、
全ての光が消え失せ、元通りの光景が
戻って来たー。
「め、恵美はーー…?」
昌義が言うと、「既に、この赤子の中にー」と、
ローブの男はそう言葉を口にしながら、
葵を抱えて、そのまま優しく昌義に手渡したー。
「ーほ、本当に恵美が、恵美がー、娘に宿ったんですねー?」
昌義がそう確認すると、
「ええ」と、ローブの男は静かに頷いたー。
「ーただ、肉体は赤ん坊ですー。
歩いたり、喋ったりすることができるようになるまでは
ある程度時間がかかりますので、
ゆっくりと肉体の成長を待ってあげて下さい」
ローブの男のその言葉に、昌義は
きょとんとした表情を浮かべている娘・葵を見つめながら、
「恵美ーーおかえりー」と、そう言葉を口にしたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「恵美ーおかえりーー」
そんな言葉が聞こえたー。
出産の際に命を落としたはずの恵美ー。
大切な大切な娘のことを、夫である昌義に託しー、
命を落としたはずの恵美ー。
その恵美にー
聞こえてきた言葉は”おかえり”という言葉だったー。
意味が分からずに戸惑う恵美ー。
そしてーーー
夫・昌義の顔が視界に入って来るー。
”ま、昌義ー?”
戸惑いながら、その名を呼ぼうとするー
がー、なんだか口が上手く動かずに、
”だぁ” ”あ~~” ”ぅ~”という
変な声しか出なかったー
それにー、なんだか様子がおかしいー。
身体が自由に動かないしー、
昌義に”抱えられて”いるー?
恵美は一瞬、
”わたしは死にかけたけど、奇跡的に助かったのかもしれないー”
と、そんな風に思うー
恵美の中に残されている”最後の記憶”はー、
出産時のトラブルで”自分の死”を悟りー、
駆け付けた昌義に必死に、葵のことをお願いした記憶ー。
そのあと、恵美は力尽きて意識を失ったー。
がーー
”死んだ”のではなく、”助かった”のかもしれないー、と、
恵美はそんな風に感じたー。
だがーーー
やがて、恵美は”異変”に気付くー。
自分の身体が”赤ん坊”になっていることに気付くー。
昌義に抱きかかえられて帰国しー、
家に帰った頃には、
恵美は”恐ろしいこと”が起きていると理解せざるを得なかったー。
自分自身がーー
”娘の葵”の身体に憑依してしまっているー、と、
そんな、恐ろしい状態であることをー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰国した昌義は、
妻・恵美が憑依した娘・葵のことを
一生懸命世話していたー。
「恵美~、
自由に歩いたり、喋れるようになるまで
もう少しの辛抱だからな~?」
昌義がそう言いながら、
赤ん坊の葵を見て笑うー。
がー、帰国してから葵は泣いたり、
嫌がったりを繰り返してばかりー。
体調が悪いのではないかー、と心配になったり、
本当の恵美が葵の身体で蘇ったのかー?と、心配になったりする日々を
送っていたー。
「ー恵美ーだよな?」
昌義は、何度もそう確認するー。
その都度、葵は頷いたり、「あぅ~」と、返事をしたりをしていてー、
恐らくは”妻の恵美”が、ちゃんと葵の身体で生き返ったのだと、
昌義はそう信じて、必死に”子育て”を続けたー
がーーー
それから時が流れたー、ある日のことだったー。
「ーまさーーよしー…」
葵が言葉を口にするようになり始めたー
「恵美!俺だー!分かるよな?」
昌義が目を輝かせながらそう言うと、
葵に憑依した妻・恵美は、
言葉を口にしたー。
「ーなんで、なんでー…?」
とー。
「ーーえ…?」
昌義が不安そうに表情を歪めるー。
「ーー…な、なんでってー?」
昌義がそう聞き返すもー、
まだ、脳の発達や、身体の発達が追い付いていないのか
その日は、それ以上、葵が言葉を発することはなかったー。
しかしー
その日を境に、”葵”はだんだんと言葉を発することが
できるようになっていくー。
「ーーなんでーーなんでこんなことしたのー!?」
本格的に話をすることができるようになった葵はー、
そう、言葉を口にするようになったー
「な、なんでってー…?お、俺、恵美に会いたくてー」
昌義がそう言うと、
葵は「ーーこの身体ー葵のものだよね…!?どうなってるの?」と、
涙目で言葉を口にするー。
まだ小さな子供に問い詰められている状況の昌義は
「ど、どうってー……だ、だってー…」と、気まずそうに言葉を口にするー。
「ーーお、俺、なんとか恵美を助けたいと思ってー
そしたらー死者の魂を生きてる人間に憑依させることができるってー
そういうのを見つけてー
それで、恵美を生き返らせようと思ったんだー」
昌義がそこまで言うと、
葵は「なんでー…なんで葵の身体を使ったのー?!」と、そう叫ぶー。
「ー葵は、どうなったの!?」
とー。
「ーーあ、葵はーー…葵はーーめ、恵美と共に生きてるからー」
気まずそうに昌義がそう言葉を口にするー。
「ーーー葵を”殺した”のー?」
葵に憑依した状態の妻・恵美がそう言葉を口にするー。
まだ、満足に一人で長距離を移動することもできないぐらいの
小さな”葵”から、問い詰められる昌義ー。
「ーーーーこ、こ、殺してなんかない!
葵は、葵はちゃんと生きてるー!
そしてー、恵美も、こうして生き返れたんだー!
何も、何も心配する必要はないって!」
昌義がそう言うと、
葵は表情を歪めるー。
「ーーじゃあ…葵は…葵は”どこ”なの!?」
葵に憑依した恵美はなおも悲しそうに言うー。
「ーー…ど、どこってー…
め、目の前にいるじゃないかー」
昌義が気まずそうに言うー。
恵美が何を言いたいのかは分かっているー。
”葵の身体”の話じゃなくて”中身”の話をしていることぐらいは分かっているー。
「ーー違う!葵のーー葵の心はどこに行っちゃったの!?」
葵が涙目で叫ぶー。
「ーーそ、そ、それはー…」
昌義は震えながら、
「ーーー俺は…俺はただ、恵美を助けたかったんだー
もう一度ー…もう一度、恵美にー」
と、ついに言い訳もできなくなって、そう言葉を口にするー。
「ーー……もういいよー 一人にして」
葵はそう言い放つと、そのまま小さな身体を動かして、
ため息をつくー。
「ーーそ、その身体じゃまだ、一人で出来ないことも色々あるだろー?
大きくなるまでは俺がー」
「ーいいから、一人にして!」
葵が声を荒げるー。
「ーーわ…わかったー。恵美ー。落ち着いてー」
昌義は、そう言葉を口にすると、
慌てて、いったん葵を一人にしたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日もー、
葵は機嫌を直していなかったーー。
けれど、まだ”葵”は、やっと立って移動することが
できるようになったぐらいに幼い年齢ー。
ひとりで生活することは無理だったー
この先、仮に一人で何でもできるようになっても、
小学校や中学校に通う年齢で、一人で暮らすのは
社会的に無理があるー。
葵に憑依した恵美は、昌義に頼って
生活せざるを得なかったー。
”出て行ったって、生活できないだろ?その身体じゃー”
昌義は困惑しながら、当初、出て行こうとした葵にそう言い放ったー。
葵になった恵美も、
”こんなことした夫ともう一緒にいたくない”と思いつつも、
昌義の力を借りざるを得なかったー。
「ーーーーーーわたし…この身体を葵に返したい」
葵が、毎日のようにそう言葉を口にするー。
「ーー葵を、返してよー」
昌義に対して、悲しそうにそう言葉を口にする葵ー。
「ーーわたしのこと助けたいって気持ちは嬉しいけどー
でも、こんなの絶対間違ってるー
わたしと昌義の大切な子供だったのにー!
なんでこんなことー!」
葵に連日、責め続けられる昌義ー。
昌義はつい、「どうせ生まれたばかりだったんだし、
葵の意識なんてないに等しかったんだから、いいじゃないか!」
とー、投げやりな返事をしてしまうー。
「ーーー……そっかー…そういう考え方なんだねー…
もういいや」
葵は、心底ガッカリしたように言葉を口にすると、
それ以降、ほとんど口を利いてくれなくなってしまったー。
昌義は今になって罪悪感を覚え始めるー。
”娘を犠牲にして、妻を復活させるー”
そんなようなやり方ー、恵美が喜ぶはずなどなかったのだー。
冷静になって考えてみれば、最初から分かることだったー。
「ーーーーめ、恵美ーごめんー
俺、どうかしてたー
だ、だからーー許してくれー」
昌義は、そう言葉を口にするー。
けれど、そうは言っても、葵はもう戻ってこないー。
葵に憑依した妻・恵美と、
夫の昌義の関係は修復されることのないままー、
葵に憑依した恵美は、やがて学校に通い始める年齢になったー…。
②へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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妻を生まれたばかりの娘に憑依させて
復活させてしまったお話ですネ~!☆
この先も大変なことになりそうな気配…デス…!
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