<憑依>まさか俺が怯えるなんて③~狂気の果て~(完)

憑依薬を使い、
女子大生ライフを手に入れた男。

しかし、元ガードマンの彼は、
バイト先輩のストーカー行為に怯える日々を送っていたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅した絵梨菜が、おつまみを食べながら
くつろいでいると、インターホンが鳴ったー。

「ーー?」
絵梨菜は、”こんな時間に誰だ?”と思いながら
だらしない服の着こなしを慌てて直して、そのまま
”誰が来たのか”を確認するー。

がー…インターホンのモニターに映ったその男の顔を見て
絵梨菜は青ざめたー。

辞めたバイト先の先輩ー
久保原先輩の顔が映っているのだー。

”ーあ、偶然通りがかったからさ、お土産をと思って”

まだ何も反応していないのに、
インターホンのカメラに向かって
有名なドーナツ店の箱を見せ付けるー。

どうやら”お土産”としてドーナツを買って来たようだー。

「ーあ、あいつ…なんでわたしの住所をー…?」
絵梨菜はそう呟きながら、歯ぎしりをするー。

「ーくそっ…変態野郎めー…」
せっかく快適な女子大生ライフを楽しんでいるのにー、と
激しい怒りを覚えながら、
あまりの苛立ちに、爪をガリガリとかじり始めるー。

「ーーー…!」
そんな自分の姿が鏡に映っていることに気付いて、
絵梨菜はすぐにハッとするー。

「いけないいけないー”俺”だった頃の癖がー」
絵梨菜はそう呟くと、電気がついてしまっている以上、
居留守を使うのも難しいと判断して、
「はいー」と答えたー。

”ーあ、久保原だけど、お土産ー。
 あと、さっきはごめんね。大学まで押しかけて”

そんな言葉を口にする久保原先輩ー。

「ーーわたし、先輩に住所、教えてないはずですけど」
苛立ちを隠そうともせずに、絵梨菜がそう言葉を口にすると、
久保原先輩は笑ったー

「ーえ、そうだったかなぁ、前にバイト中に教えてもらったじゃんー」

そんな言葉に”嘘つくんじゃねぇよ”と言いたくなったものの
”絵梨菜”としてのキャラクターを壊さないように
「そんな覚えはないですけど」と、突っ込むー。

動揺を悟られないように必死に応対しながらも、
絵梨菜は自分の身体が震えていることに気付くー。

”くそっー…俺がビビってるのか、
 それともこの子の身体が反射的に反応してるのかー?”

そんなことを考えながらも
「ーわ、わたし、今、人前に出たくない格好をしてるのでー」と、
そう言葉を口にするー。

”中身”が男だからか、家では結構雑な着こなしをしていたり、
たまにコスプレ姿で過ごしたり、
正直、人前に出れる姿ではない格好をしていることも多いー。

「ーーあはは、大丈夫、僕は気にしないよ」
笑う久保原先輩ー。

「ーーわたしは気にするんです!
 女の子なんですから!」
絵梨菜はそう言いながら、
自分のことを女の子と言い放ったことに少しだけ興奮する
絵梨菜に憑依している郷太ー。

「ーーははは、そうかそうか、ごめんごめんー」
久保原先輩はそれだけ言うと、
「じゃあ、ドーナツは扉のところに置いておくから、あとで食べてよ」と、
そう言葉を口にすると、
改めて「さっきはごめんね。おやすみ」と、そのまま立ち去って行ったー。

「ーーふぅ」
安堵する絵梨菜ー。
まだ、その手はガクガクと震えているー。

「ーーあぁ…こういう時だけは男に戻りてぇよなー」
そう呟きながら、絵梨菜は首を横に振るー。

ガードマンとして働いていた郷太は、
格闘技なども身に着けていたものの、
”絵梨菜の身体”は、そもそもあまり体力がないし、
習ったことも”自分の身体”だからこそ活かせるもので、
絵梨菜の身体では、十分にそれを発揮できないー。

絵梨菜の身体には、絵梨菜の身体なりの戦い方があるー…
が、絵梨菜になってからはそんな練習もしていないし、
郷太が郷太であったころに学んだ格闘技は、
絵梨菜の身体では使えないに等しかったー。

”身体が違う”と、何もかも感覚が違うのだー。
年齢も体格もまるで違うし、そもそも性別も違うー。

遊び慣れたゲームを、
全く違うコントローラーで遊ぶ時には、
また1から練習していかないといけないー。

身体が変わるのもそれと同じー。
郷太として極めた体術も、
絵梨菜として使いこなすには、また絵梨菜の身体で練習しないといけないのだー。

しかし、そんな練習の機会は絵梨菜になってからはなかったし、
絵梨菜自体、スポーツは得意ではないタイプの子だしー、
そもそも、男と女では体力にどうしても差が出るー。

それにー

「ー華奢な身体は維持したいしなー…」
絵梨菜の体形をそのまま維持したい、という思いもあり、
絵梨菜になってからは、肉体的な意味で身体を鍛えたりすることはなかったー

「ーーーさて」
時計を見つめると、絵梨菜は久保原先輩が置いて行ったドーナツを
回収するために玄関の扉を開けるー…。

ドーナツの箱を手にして、
絵梨菜が部屋に戻ろうとしたその時だったー。

「ーーへへー絵梨菜ー」

「ー!?!?」
絵梨菜はその声にドキッとしたー。

帰ったはずの久保原先輩が”まだ”そこにいたのだー。

「ーーーひっ!?」
そのまま家に入り込まれてしまい、絵梨菜は怯えた表情を
久保原先輩の方に向けるー。

”女に憑依した男”ならではの油断ー…だろうか。

もしも、絵梨菜が絵梨菜だったなら、
同じ状況にあれば、
恐らくは”無警戒で玄関前に置かれたドーナツを回収したり”はしないー。

回収しに行くにしても、もう少し警戒しただろうー。

がー、自分が元男でありー、
まだ女としての年数は1年にも満たない彼にとっては、
そこまで考えが及ばなかったのかもしれないー。

「ーーークククー絵梨菜ー。
 僕は傷ついたよ?
 大学で、僕のことを不審者扱いするからさー」

久保原先輩はそう言うと、
「ちょっとだけ、お仕置きが必要だな」と、
絵梨菜の方に向かってくるー。

絵梨菜は咄嗟に、”自分が郷太”であったときの
体術で久保原先輩を制圧しようとしたものの、
久保原先輩に腕を掴まれて、そのまま壁に叩きつけられてしまうー。

「ーやめときなよ。」
久保原先輩が笑うー

「ーー…くっ…」
表情を歪める絵梨菜ー。
”力ずく”で、久保原先輩を撃退することは、
困難だと悟るー。

「せ、先輩ー…
 こ、こんなことして…
 わ、わたしは女なんですよ!
 男が女にこんなことしたら、どうなるか分かってるんですか!」

絵梨菜は震えながら叫ぶー。

だが、久保原先輩は「ー何を言ってるんだい?僕は何もしてない。
彼女の部屋に来ただけだよ」と、笑うー。

「付き合ってなんかない!」
絵梨菜が涙目でそう言うと、
久保原先輩は真顔になって、絵梨菜の腕を乱暴に掴んだー

「ーーいい加減にしろよ?
 僕がこんなに好きだと伝えているのにー
 調子に乗りやがってー」

本性を表す久保原先輩ー。
その言葉に、絵梨菜は恐怖を感じて悲鳴を上げるー。

「ーそんな声出すなよ。近所に聞こえるだろ?」
久保原先輩のその言葉に、
もうどうすることもできなくなった絵梨菜は、
どうにか対策を考えるー。

「ーお仕置きだ」
久保原先輩はそう言うと、絵梨菜の頬をビンタしたー。

ついに”暴力”まで振るい始めたー。

”このままでは殺される”
そんな風にさえ思ったー。

「ーひっ…や、やめ… やめて…」
あまりの恐怖に、絵梨菜は必死に助けて、と嘆願するー。

がー…
極限まで追い詰められた絵梨菜、いや、郷太はー…
”ま、待てよー…相手が男ならー”と、咄嗟に叫んだー。

「ーーご、ご、ごめんなさいー
 わ、わ、わたし、何でもするから、暴力だけは振るわないでー」
と、頼み込むようにして叫ぶ絵梨菜ー。

「な、何ー?」
久保原先輩の手が止まるー。

「ーせ、先輩と何でもしますからー… 
 ほ、ほら、わ、わたしーメイド服とかも持ってるんでー」

絵梨菜は身体を震わせながらそう呟くー。

自分も”元・男”ー。
だったら、こうすれば暴力は止まるかもしれないー、と
そう思いながら、その場で服を脱ぎ始めるー。

「ーー!?!?!?」
久保原先輩は、目の前でメイド服に着替え始めた絵梨菜を前に
ドキッとして顔を赤らめるー。

「ーー今日は、先輩のこと気持ちよくしてあげますからー
 だ、だから、もう叩かないでー」
絵梨菜が涙目でメイド服に着替えてそう言うと、
久保原先輩は、「わ、わ、わかったーえへ…」と、笑みを浮かべたー。

とりあえずー、”暴力”を止めることには成功したー。
”個人で楽しむ用”だったメイド服に着替えた絵梨菜は、
心の中でわずかに安堵するー。

どんな手を使ってでも、まず暴力を止めないと
下手すればあのまま殺されてたー。

そう思いつつ、絵梨菜は笑みを浮かべるー。

”そうだー…今の俺は女なんだー…
 だったらー…”

絵梨菜はそう呟くと、
「ー先輩ー…わたしってー、今までずっと黙ってましたけどー…」
と、笑みを浮かべながら言うー。

ゴクリ、と唾を飲み込む久保原先輩ー。

絵梨菜に憑依している郷太は、心の中で少しだけ笑うと、
言葉を続けたー。

別にー…憑依のことを打ち明けるわけではないー。
”実はわたしの中身は男なんです”なんて言っても信じないだろうし、
説明する手立てもないー。

「ーー…わたし、本当はすっごく変態なんですー
 先輩にそうやってぐいぐい来られると、興奮しちゃってー、
 本性が出そうになっちゃってー

 だからー、今まで避けて来たのにー

 うふふふ…♡」

絵梨菜はニヤニヤしながら、久保原先輩の方に向かうー。

久保原先輩は、少し気圧されたかのように
「へ…へへ…最高だよー絵梨菜」と、笑みを浮かべたー。

絵梨菜は、久保原先輩にキスをすると、
メイド服姿のまま、無我夢中で久保原先輩に
身を捧げたー。

”絵梨菜の身体”が激しい拒否反応を示すー

いいやー、
絵梨菜の身体が拒否反応を示しているのではないかのかもしれないー。
自分自身が、拒否反応を示しているのかもしれないー。

けれどー、とにかく
”元・男”である自分の知識を元に、久保原先輩を気持ちよくしてやったー

男が喜びそうなことを、とにかくしてやったー。

絵梨菜の髪が、服が、何もかもが乱れていくー。

そしてーーー
絵梨菜はニヤッと笑ったー

そのまま、突然玄関の方に向かって走り出して、
アパートの部屋から飛び出すと、
「誰か…!誰か助けて!」
と、そう叫んだー

「ーーなっ…!?」
すっかり、気持ち良い世界に旅立っていた
久保原先輩が一気に現実に引き戻されるー。

「ーーだ、誰か…!誰か!」
悲鳴を上げる絵梨菜ー

すぐに近所の住人が集まって来るー。

既に、久保原先輩に身を捧げて、
乱れた格好になっていた絵梨菜ー。

さらに、その直前の久保原先輩の暴力によって、
絵梨菜の顔には痣が出来ていたー。

「ーーだ、大丈夫!?」
「ーー何があったんですか?」

近所の住人たちが、絵梨菜に声をかけるー。

絵梨菜は”泣きながら”、久保原先輩が無理矢理家に入ってきて、
乱暴をされたー、と叫ぶー。

3分の2は本当だが、無理矢理滅茶苦茶にされたというのは、
自分から誘った嘘だが、そんなことはどうでもいいー。

ガードマンの時のように、力では久保原先輩を撃退できないー。

けれどー
今はー

”ーー今の俺は女なんだー…女の武器を使えばー…
 お前だってー”

唖然とする久保原先輩のほうを見つめる絵梨菜ー。

程なくして、久保原先輩は駆け付けた警察官に、
呆然とした表情のまま取り押さえられて、
そのまま連行されたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数か月後ー

絵梨菜に憑依している郷太は、
再び女子大生ライフを堪能していたー。

ストーカー化した久保原先輩のことを
心配する必要もなくなり、
また、憑依した時に夢見た女子大生ライフを
取り戻していたー。

「ーーえ~?絵梨菜ならすぐ彼氏できると思うのにな~」
親友の明日香と、恋愛トークをしていると、
明日香がそんな言葉を口にしたー。

「ーーふふふ、でも、今は彼氏とかはいいかなぁ、って気分でー」
絵梨菜はそう言葉を口にしながら笑うー。

「え~?勿体ない~」
明日香がそう笑うと、絵梨菜は”中身が男だから、男は恋愛対象じゃないんだよな”と、
心の中で笑ったー。

”むしろ、明日香と付き合いたいよーえへへ”
心の中でそんな言葉を口にしながら、
絵梨菜は今日も女子大生ライフを堪能するのだったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーー絵梨菜ー…僕をはめるなんてー…
 なんて、したたかな女なんだー ふふ」

警察の世話になり、
大学は退学、バイトもクビになった久保原先輩ー。

しかし、例の件でそのまま留置所行きになるまではいかなかった
久保原先輩は、ボロいアパートの一室で笑みを浮かべていたー。

「ーーーふふふふ」
久保原先輩は、不気味な笑みを浮かべるー。

彼が見つめているパソコンの画面には
”憑依薬”の購入サイトが表示されていたー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント

憧れの生活を手に入れたのに、
ストーカー化した男に怯えるお話でした~!☆

最後は…とっても不穏な感じも…☆笑

乗り換えできない憑依薬の場合は、
慎重に行動しないとダメですネ~!☆

お読み下さりありがとうございました~!

コメント