<憑依>まさか俺が怯えるなんて②~恐怖~

憑依によって手に入れた新たな人生…。

快適な女子大生ライフを送っていたものの、
”バイト先の先輩”がストーカー化してしまい、
困惑することに…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

前のバイトを辞めた絵梨菜は、
新たに書店でバイトを始めー、
穏やかな日常を送っていたー。

「ーーそういえば、絵梨菜って”コーヒー”好きだよね~」

大学の空き時間に自販機で買ったコーヒーを飲んでいると、
友達の明日香(あすか)がそんな言葉を掛けてきたー

「ーあははー…あまり似合わないかなー?」
苦笑いする絵梨菜ー。

「ー似合わないってことはないけどー…意外な感じ~」
明日香のそんな言葉に、絵梨菜は「ーあははははー」と、
笑って誤魔化すー。

”絵梨菜”は元々コーヒーなど飲まなかったようだが、
絵梨菜に憑依している”郷太”が、大のコーヒー好きで、
ガードマンの仕事をしている合間にも、いつもコーヒーを飲んでいた。

その時の癖が抜けず、絵梨菜になった今でも、コーヒーを飲んでいるー。

普段は”女子大生っぽい”食べ物や飲み物を口にするようにしているものの、
どうしてもコーヒーだけはやめられないー。

”ーーまぁ…味覚が違うから、前よりあまり美味しくは感じないんだけどー”
絵梨菜はそう思いながら、砂糖入りのコーヒーを飲み終えると、
そのまま空き缶の回収ボックスにそれを入れるー。

以前、郷太は無糖ばかり飲んでいたー。
が、無糖のコーヒーでは絵梨菜の口には苦すぎるのだー。

「ーー新しいバイトの調子はどう?」
明日香の言葉に、絵梨菜は「あ、うんーいい感じだよ」と、
穏やかに笑うー。

新しいバイト先である書店も、とても良い感じで、
バイトを辞めて以降、今のところ”久保原先輩”の動きもないー。
きっと、久保原先輩からも逃げ切ることができたのだろうと、
絵梨菜は心のどこかで安心していたー。

新しいバイト仲間たちもいい感じだし、
店長も悪い人ではないー。

唯一困るのは、成人向けの本を売っているコーナーがあって、
そこの整理整頓をしていると、絵梨菜の身体が
興奮してしまうことだー。

別に絵梨菜がそういうものを好きだったわけでは
ないだろうけれどー、
中身が男である以上、絵梨菜の身体が反応してしまうのかもしれないー。

”今は別に、ああいう本見なくても、俺自身が女なのにー
 まだ興奮するんだなー”

そう思いつつ、絵梨菜は少しだけ面白そうに笑うー。

とにかく、”久保原先輩”から逃げ切ることができたー。
そう思って、絵梨菜は安堵していたー。

…この日まではー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いらっしゃいまー……」

その日の夜ー。
バイト先の書店で、いつものように笑顔を振りまいていた絵梨菜は、
笑顔のまま凍り付いたー。

それもそのはずー
やってきたのは、久保原先輩だったのだー。

「な…な…なんでここにー」
引きつった笑顔を浮かべたまま、そんな言葉を口にすると、
久保原先輩は「ー絵梨菜の新しいバイト先を見つけるのに、
時間がかかっちゃってさー」と、穏やかに笑いながら、
絵梨菜のほうを見つめるー。

「ーーーど、どうして…そんなことするんですかー?」
絵梨菜の言葉を他所に、久保原先輩は
「まぁ”今度”ゆっくり話そう」とだけ言葉を口にすると、
そのままカウンターに本を数冊置いたー。

その本は、いずれも”結婚”関連の本だったー。

「ーーー……」
絵梨菜が思わず呆然としていると、
「ーどうしたんだい?この3冊を買いたいんだけど」と、
久保原先輩は笑みを浮かべたー。

「ーー…あ…はいー」
絵梨菜は動揺を隠して、業務的に振る舞おうとするも、手が震えるー。

「僕には、結婚を真剣に考えている相手がいてねー」
久保原先輩は、笑みを浮かべながら絵梨菜のほうを
真っすぐと見つめているー。

「ーーーー」
絵梨菜は、手だけではなく自分の身体まで震えていることに気付くー。

分かっているー。
”久保原先輩の言う、結婚を真剣に考えている相手”というのは
”わたし”のことであるとー。

久保原先輩は、周囲に人がいる手前だろうかー、
それとも”わざと”絵梨菜の反応を見て楽しんでいるのだろうかー。
いずれにせよ、”絵梨菜に分かるように”あえて、
曖昧な言い方をしているのだー。

「ーーー…その子のための婚約指輪も用意してあるんだー。
 まぁ、一度受け取りを拒否されたけどねー ふふ」
久保原先輩はそう言うと、結婚関連の書籍3冊を見つめながら笑みを浮かべるー。

激しい嫌悪感に襲われながら、絵梨菜は
会計を何とか済ませると、
「あ、ありがとうございましたー」と、事務的に接客を終わらせるー。

久保原先輩は、それ以上何も言わずに立ち去って行ったものの、
絵梨菜は一人、しばらくの間青ざめていたー

”くそっー…あんなやつ、俺が俺だったならー…”

バイトを終えて、絵梨菜に憑依している郷太は表情を歪めるー。

けれどー、
郷太の使った憑依薬は”一度きり”の憑依ー。
絵梨菜に憑依した今、もう絵梨菜の身体から抜け出すことはできないー。

どんなに過去の栄光に縋ろうとも、
”今”の郷太は絵梨菜であり、
”今”の郷太は男性ではなく、女性ー。
屈曲な肉体も、優れた格闘技も、今では過去のものー。

今の自分は、久保原先輩に襲われたら、どうすることも
できないのだー。

「ーーーーー…!」
そんなことを考えていた絵梨菜が”ふと”気配を感じるー。

”誰かに尾行されているー”

そう思った絵梨菜は心臓がバクバクとし始めて、
変な汗まで噴き出し始めていることに気付くー。

「ーーー…」
怯えた表情を浮かべたまま、少し先にある
道路に設置されたミラーでさりげなく背後を確認するー。

「ーーーー」

そしてー
”背後の気配”の正体を察した絵梨菜は
真っ青になったー。

いいやー、ある意味では”予想通り”というべきかもしれないー。
絵梨菜から少し離れた場所に
久保原先輩の姿が見えたのだー。

「ーーー…くそっ…やめろよ…ふざけるなー…」
絵梨菜はそう呟くと、悟られないようにわずかに
歩く歩幅を早めるー。

”怖い”意味でドキドキして胸が張り裂けそうになるー。

”怖い”という思いで頭がいっぱいになるー

”くそっー…どうして俺がーあんな奴一人にこんなー”

そう思いながらも、目からは涙があふれ出して、
気付けば、相手に悟られないように少し早足に
していたはずが、必死に走り始めていたー。

”俺が、あんなやつ一人に涙を流すわけがないー”
”この子の涙腺が弱いだけだー”

必死にそんなことを言い聞かせる絵梨菜ー。

しかしー、気付けば絵梨菜は
「た、助けて下さいー…」と、近くの交番に向かって
駆け込んでいたー。

「ーーど、どうかしましたか?」
交番にいた警察官が戸惑いながら絵梨菜のほうを見つめるー。

絵梨菜は事情を説明すると、
すぐに警察官が交番の外に出て、周囲を確認してくれたー。

しかしー
既に久保原先輩の姿は周囲にはなかったー。

途中で絵梨菜が必死に走り始めたあと、
久保原先輩がどうしたのか、絵梨菜は見ていないー。
そのまま後をついてきていたのかー、
それとも途中であきらめたのか、
または、絵梨菜が交番に駆け込んだから、
身を隠したのかー。

「ーーひとまず、怪しい人影は見えませんねー」
交番にいた警察官がそう言うと、
ちょうど、警察官も忙しい時間帯ではなかったのか、
絵梨菜の話をそれなりに良く聞いてくれたー。

ストーカーに怯えて交番に駆け込んでー、
身体を震わせている”わたし”ー

そんな、今の自分を前に、
絵梨菜に憑依している郷太は、
もはや自分のプライドがどうこうなど、関係なく
ただひたすらに怯えていたー…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーー」
数日後ー

「ーーもう、いい加減にして下さい!」

大学で待ち伏せされた絵梨菜は、
これまで久保原先輩を刺激しないように、と
我慢してきたのも、いよいよ限界を迎えてそう叫んだー

「ーー…!」
周囲の学生たちも、絵梨菜のほうを見つめるー。

「ーき、急に大きな声を出して、どうしたんだよ?絵梨菜ー」
”周囲の目”を気にする久保原先輩は
そう言葉を口にすると、少し狼狽えた様子を見せているー。

「ーわたしは、久保原先輩とお付き合いするつもりも、
 結婚するつもりもありませんー
 勝手に結婚が決まっているみたいに振る舞わないでください」

絵梨菜が吐き捨てるようにして言うと、
久保原先輩はうすら笑みを浮かべながら言ったー。

「もちろん、勝手に進めるつもりなんてないよー。
 でも、僕は絵梨菜のことはよく分かってる。
 絵梨菜は恥ずかしがっているだけだよね?

 もう、恥ずかしがらなくてもいー…

「ーふざけないで!」
久保原先輩の言葉を途中で遮って、
絵梨菜は目に波を浮かべながら言うー。

”せっかく手に入れた理想の女子大生ライフ”が
こいつのせいで台無しだー、という怒り…
そして、何よりも”絵梨菜に憑依する前なら簡単に撃退できるであろうこの男”に、
こうして執拗に絡まれていることが、
絵梨菜に憑依している郷太からすれば、
とても、とても腹立たしいことだったー。

「な…なんだよ…そんなに怒らなくたっていいじゃないかー」
久保原先輩がそう言葉を口にすると、
「ーーわたしは、男の人に興味ないんです」
と、そう断言したー。

そう言えば諦めてくれるかもしれないー。
そう、願ってー。

「ーー…き、興味がないー?どうして?」
久保原先輩は戸惑うー。

まさか”中身が男だから”とは言えないー。
絵梨菜は「ーーわたしは可愛い女の子が好きなんです」と、
吐き捨てるように言葉を口にすると、
久保原先輩は唖然とした表情を浮かべながら、
今一度周囲を見渡したー

「わ、わ、分かったー。邪魔したねー」

そう言いながら足早に立ち去る久保原先輩は、
絵梨菜が男に興味がないと知って、
諦めてくれたー…

そんな風にも見えたー。

「ーーーったく、最初にも男と付き合うつもりはないって言ったのに」
絵梨菜はそんな愚痴を呟きながら、
「大丈夫だった?」と、駆け寄って来た親友の明日香に対して、
いつものように”女子大生”として笑顔を振りまいたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーー」
ため息をつきながら、帰路につく絵梨菜ー。

「ーーー」
スーパーで周囲を見渡しながら、
”憑依する前”に好きだったおつまみを買ったりして、
そのまま買い物を済ませるー。

「ー身体は美少女になっても、どうしてもこういう
 おじさん臭いもん、やめられないんだよなー」

そう思いながら、スーパーの袋を手に、
家に向かって歩き出す絵梨菜ー。

”まぁ、前みたいに食べるわけにもいかないしー
 そもそも味覚も違うんだけどさー”

絵梨菜はそう思いながら、自分の手を見つめるー。

この身体になってからは、
美容にも、体重にも、色々なことを気遣う様になったー。

食べ物もだいぶ気を付けているつもりだー。

が、コーヒーにしてもそうだし、
今購入したようなおつまみにしてもそうだし、
なかなか元々好きだったものをやめることはできないー。

強いて言えば、
酒とたばこはやめたー。

絵梨菜自体は成人はしているため、
どちらも問題はないものの、
酒は、以前一度家で飲んだところ、
絵梨菜の身体が酒に弱いらしく、明日香に電話をかけて
絡んでしまったことがあり、
それ以来、”絵梨菜としてボロを出すわけにはいかない”と
酒を控えているー。

最悪の場合、酔っ払って「俺は男だぞ」とか言いかねないー。

煙草は、健康のために絵梨菜の身体では最初から吸うつもりはなかったー。

「ーーさて、と、今日は帰宅したらー…」
絵梨菜が帰宅後の予定を考えながら歩いていると、
その背後でゆらりと人影が揺れたー。

「ーーーーー」
その人影は、久保原先輩だったー。

彼は、絵梨菜を尾行して、
絵梨菜の家の前までやってきてしまっていたー。

「ーーー…ここが、絵梨菜の家かー」
そう呟いた久保原先輩はニヤッと笑みを浮かべるのだったー。

③へ続く

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次回が最終回デス~!

とっても不穏な雰囲気…
快適な憑依ライフを守ることはできるのかどうか、
それは明日のお楽しみデス~!

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